第十話 模擬戦準決勝〜感情〜
ディスプレイにトーナメント表の進行状況を表示させると、チーム『モンキー&ゴリラ』もしっかり駒を進めていた。次の準決勝でおれたちと当たることになる。
カオルたちと話す間もなく試合場に入り、所定の位置についた。
「多分一番難しい戦いになると思う。でも負けられないわ。やるわよ、コウ君」
優花さんの声からは、これまで以上に緊張感が感じられる。
学園に来て日が浅いが、たしかに早苗とカオルの二人の戦闘スタイルは、他のクラスメイトに比べて異質だった。
「優花さん、あの二人は接近して戦うタイプだ。これまでと同じように、まずは壁に身を隠し遠距離から攻撃しよう」
「ええ。出来るだけ接近される前に倒したいところね」
ビーッ! 試合開始だ。
一試合目同様、開始早々に優花さんが砂埃を巻き上げ、二人で壁に身を隠す。
おれは『イーグル・アイ』を発動し、探知圏内に二人のうちどちらかが入るのを待っていたのだが……。
ドゴッ! ドゴッ! と、何かが壊れる音が聞こえてくる。そっと覗くと、カオルが自分たちの側にある壁を壊していた。壁は砕かれ、細かくなって地面に散らばる。
「カオル君は何をしているのかしら?」
「……」
隣でそれを拾いショルダーバッグに詰め、両手にもいっぱいに抱える早苗。
「……武器を調達しているんだ」
早苗が拾った壁の破片を空中へ放り投げ、叫ぶ。
「『フォーリング・スタアァァッ』!!」
「! 優花さんシールドを!」
そう言って二人が身をかがめた直後、
ズガガガガガッ!!
推進力を与えられたたくさんの破片が降り注ぎ、周囲の壁を破壊した。砕かれた壁の破片が、二人を包むシールドにガンガンと当たる。壁がなくなり、おれたちの姿が露わになる。
「ぐ……! あれも優花さんの命名した魔法?」
「あんな技は初めて見たわ!」
そのとき、砂埃の向こうに魔力を探知する。
「カオルがくる!」
「! 迎撃するわ! 『エアリアル•スラッシャー』!」
優花さんが無数の風の刃をカオルに向けて放つ。
カオルはボクシングのステップでそれをかわしながら、こちらへ突っ込んでくる。そこへ一発が命中し、カオルの皮膚を切り裂く。
「やった!?」
が、カオルは被弾しても速度を緩めない。それどころか、おれたちの側にある壁を破壊しながら突き進んでくる。拳が傷ついても、一向に気にしていないようだ。
「うそ……!?」
「優花さん危ない!」
投石が迫るのを探知し、咄嗟に優花さんの袖を引っ張る。石は彼女の鼻先をかすめて闘技場端の壁に当たり、粉々になった。
早苗はこちらの姿を確認しながら、さっきよりも少し大きい破片を、自身も移動しながら飛ばしてくる。動きながらこの距離で……なんて正確なコントロールだ。
優花さんはそれをシールドで防ぐが、その度に攻撃の手が止まり、カオルの接近を許してしまう……。
ならば二手に分かれて自分が囮になり、優花さんは攻撃に専念してもらうほうがいい。そう考え、前に出る。意図を察したのか、優花さんは、おれのななめ後方に位置をとる。
おれは目視と魔力探知で投石をかわしつつ、カオルの進行を食い止めるつもりでいた。狙い通り、早苗はおれに攻撃を集中し始めている。
優花さんはカオルを攻撃し続けるが、被弾しようが回復もせず構わず突っ込んでくる。残念ながら、魔法をチャージして放つ余裕はなさそうだった。
カオルが一直線におれに向かってくる。『イーグル•アイ』を短距離に切り替え、対象をカオルに絞る……!
おれは主にカオルの打撃を回避することに専念しようと考えた。乱戦になれば、早苗も迂闊におれを投石で狙えないはずだ。この位置関係なら、カオルとおれに阻まれ、優花さんのことも狙いづらいはず。
カオルが一気に大きく前進し、おれの懐に入り攻撃姿勢をとった。よし……来い! 覚悟を決め、カオルに探知を集中する。しかし次の瞬間……
ダンッ!
「!」
気づいたときにはもう遅く、カオルは鋭いステップでおれをかわし、優花さんのほうに向かっていく。
「しまった!」
優花さんはカオルに攻撃魔法を浴びせるが、止まらない。ダメージがないはずはないのに……! そしてついにカオルは彼女に最接近し、腰をひねり拳を突き出す。
ズガッ!!
優花さんは咄嗟にシールドを展開し防いだものの、カオルの打撃によって大きく後方へ弾き飛ばされる。
「うくっ…!」
援護に向かおうとしたおれの前髪を、早苗の投石が掠める。
飛んできた方を見ると、ニカッ、と笑う早苗がすぐそこへ迫っていた。展開が早い……!
この二人……強い。勇者と共に魔王と戦う、おとぎ話の魔法使いのイメージとは程遠く、会場を縦横無尽に駆け回り、運動能力をフルに使って勝負を仕掛けてくる。
カオルの連打で優花さんは壁際に追い詰められ、防戦を強いられている。早苗はおれから五メートルほどの位置から、右に左にと動きながら投石をくりかえす。彼女のバッグと足元には、カオルが進行しながら破壊した壁の破片。弾は十分にあった。
どうする……?
覚えたての『プラズマ•ステーク』を発動するには、タメと集中力がいる。二試合目も終盤だったとはいえ、短距離の『イーグル•アイ』と同時に使用したら、一発で魔力が空になってしまった。しかも、早苗の動きは逆上した水瀬詩織と違って変則的だ。投石をかわしながら接近し、急所に当てるのは不可能に思えた。
投石をかわしながら少しずつ後退し、カオルを叩くか……? しかし、それも難しく思える。近づけばカオルは標的をおれに切り替えるだろう。
そうなった場合、優花さんが背後から攻撃したとしても、これまでの状況をみる限り、チャージした一撃でなければ有効打にならない。被弾をものともせず、おれを倒しにかかるに違いない。
どうする……? このままでは防戦一方だ。
ふと、二試合目に戦った九条大地の姿が思い浮かぶ。彼は学園トップクラスの防御魔法の使い手で、探知魔法を使うこともできた。
……このままやられるくらいなら、試してやる。
脚を止め、早苗が投げた石に意識を集中する。地属性魔法は岩石に含まれる鉱物を操る魔法だ。石自体は実体のある物質だが、そこには魔力の推進力が与えられている。その流れを掴むことができれば……!
おれは左手の甲にシールドを作り出した。例によって範囲を絞り、密度を上げた直径十五センチメートルほどの小さなシールドだ。それでも九条の全体シールドの強度にも劣る脆弱なものだが、やるしかない。いや、やってみたい。
シールドを目の前に構え、飛んでくる石を顔面で受け止めるように凝視。そして石の推進力に対していなすように角度をつける。
ガンッ!
「うぐ…!」
投石は簡単にシールドを砕き、手を傷つけた。
「あれ、どうしたの? コウくん。避けるの疲れちゃった? でも試合だから遠慮はしないよ? VRだからケガの心配ないしね。あはっ、だからVR好き! 最高ー!」
早苗は左右にすばやく移動しながら投石を繰り返す。おれも繰り返しピンポイントシールドで石を受け続けるが、上手いこといかず、弾いた石が体や頭に当たり、傷だらけだった。
「はぁ……はぁ……」
「そろそろ限界かな? それじゃ、次は全力で……」
早苗が舌なめずりをし、大きく振りかぶる。そのわずかな間に、シールドを整える。
おれは、九条の姿を必死に思い出す。
「いっ……けええぇー! 『ソニック•ブレイカアァァーッ』!!」
これまでとは比較にならないくらい速く、高濃度の魔力を帯びた石が飛んでくる。だが、そのぶん石を覆う魔力はよく見える。
九条のように、ピンポイントシールドで、飛んできた破片を……パリィする!
ギャリィッ…!
「えっ……!?」
石はシールドの大半を削り、左手の皮膚を削り取った。九条のように滑らかにはいかず、とてもパリィとは呼べない代物だったかもしれない。だが、とにかく石は軌道を変え、おれの狙い……というか希望どおり、カオルの背中めがけて飛んで行ってくれた。スピードを殺された状態ではあったが、怯ませるには十分の威力だった。
「!?」
一瞬の隙を見逃さず、優花さんは風魔法でカオルを数メートル押し戻す。そしてほぼ同時に、今度は早苗に向かって氷魔法を発動。機動力の要である両脚を凍りつかせ、地面に固定する。
異なる属性魔法の高速連発……しかもチャージなしの魔法でこの威力は、魔法使い見習いの学園生としては、正に規格外だった。
「わっ!? とっと……!」
早苗は突然両脚を固定され、バランスを崩して慌てる。おれは右手に魔力を集中し、早苗に向かって全力で駆け出す。
「ちょっ、タンマ……!」
魔力防壁の薄くなっている部分を探知……! 今なら入る!
「『プラズマ•ステーク…ッ』!」
ズドンッ!
「あぐっ!」
大声では叫べなかったが、とにもかくにも『プラズマ•ステーク』を叩き込み、早苗を撃破することに成功した。
その直後に優花さんを見ると、再び接近したカオルの打撃を受け、ダウンしてしまっていた。
「優花さん!」
おれの声にピクリと反応し、カオルがこっちを見る。
「……! 早苗!」
カオルの様子に違和感を感じる。なんだか様子がおかしい。激しくおれを睨みつけ、大股で歩いてくる。と思ったら、徐々に速度を増し、全速力で一直線に向かってくる。背中にゾワッ、と悪寒が走る。
しかしそれも束の間、何かがおれの内側から湧き出てくるのを感じる。
「うあああぁッ!!」
気がつくと、そう叫びながら、おれもカオルに向かって駆け出していた。理由はわからない。
カオルは大きく拳を振りかぶり、パンチを繰り出す。身をかがめてそれをかわすと、ブンッ! と大きな拳が頭上で空を切る。
洗練されたボクシングスタイルではなく、力任せの殴り方……当たれば一撃で終わりだろうが、いつもよりかわしやすい……!
普段感情を表に出さないカオルが、鬼の形相で襲いかかってくる。怒り、憎しみ、悲しみ……様々な負の感情がカオルを支配しているように感じる。
もしかしたら、おれも同じだったのかもしれない。
もう魔力は残り少ないが、喰らわせてやる……! おれは右手に魔力を集中させる。
カオルの大振りに合わせて身をかがめ、直後、飛び上がるように膝を伸ばす。実技でカオルが見せた動きだ。
「でやぁッ!!」
ズドンッ!!
「ぐっ……!」
電撃の杭は、たしかにカオルの左脇腹を直撃した。しかし、カオルは倒れるどころか、おれの右手をガシッと掴む。
「……くっ!」
魔力防壁の薄い部分を探知して撃ち込んだはずなのに。わずかにズレていたのか、それともカオルの耐久力が上回っていたのか。
カオルはもう片方の腕をおれの股の間に差し込み、頭の上まで高く持ち上げる。
「うわぁっ!」
激しく地面に叩きつけられ、おれは意識を失った。




