解決法は人それぞれ
世間の冷たい視線に対する向き合い方は、大きく分ければ二つしかないのだと思う。
──耐えるか、争うか。
幼かった私は、ただ耐えることでその場をやり過ごしていた。
けれど兄は違った。
置かれている状況は、きっと大差なかったはずだ。
それでも兄は、別の道を選んだ。
いわゆる非行に走り、同学年や近隣では、すでに悪名のように語られる存在になっていた。
当時の私は、そんなことすら知らずにいたのだが。
そんな対照的な兄弟の前に、ある日、
あのスーツ姿の男と年配の女が再び現れた。
女は唐突に言った。
「今度から、この人がこの家に住むから」
もし物心が十分にあり、判断できる年齢だったなら、何か言い返していたのかもしれない。
だが当時の私は、まだ五歳だった。
何も言えないと分かっているように、
男は私の頭を撫で、「これからよろしくね」と口にした。
──笑っていない目で。
その瞬間、兄がその手を叩き落とした。
そして怒りを露わにする。
「ふざけんな! なんだこのおっさんは!」
「こんな奴、誰が認めるかよ!」
「絶対イヤだから!!」
男と女は、その場から逃げるように去っていった。
けれど母は、なぜか兄をたしなめているように見えた。
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それからどれほど日が過ぎただろう。
ある夜、母が仕事でいない家に、あの男が一人でやって来た。
「腹、減ってるだろ」
そう言って、勝手に家へ入ろうとする。
戸惑う私の前に立ったのは兄だった。
守ろうとしてくれている──幼いながら、そう分かった。
だが男は意に介さない。
買い物袋を手に、靴を脱いで上がろうとする。
兄は袋をつかみ、「入ってくんな!」と叫び、引き倒した。
中身が床に散らばる。
──その瞬間、時間がゆっくりになった気がした……
男は兄の胸ぐらをつかみ、軽々と持ち上げ、
そのまま床へ叩きつけ、何度も蹴りつけた。
兄は小さくうずくまり、動かない。
次に、男の手は私へ向いた。
胸ぐらをつかまれ、何度も叩かれ、床に押さえつけられる。
浴びせられる言葉は、あまりにも醜かった。
やがて男は、動かない兄に唾を吐き、
何事もなかったかのように去っていった。
小さな私にも分かった。
──兄は危ない。
そばに寄り、声をかける。
そんな兄は歯を食いしばり、悔し涙を流しながら、
かすれた声でつぶやいた。
「……殺す。絶対、殺す……」
────
──
─。
深夜、何も知らない母が帰宅し、家の惨状を見て言葉を失った。
私たちはすぐ病院へ向かい、兄は骨折しており、そのまま入院となった。
母と兄が病室へ入り、私は待合室の椅子で一人待っていた。
やがて戻ってきた母とともに帰宅し、
その夜は抱きしめられたまま、同じ布団で眠った。
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だが翌日の夜。
再び、あの男が家に現れた。
また何かされる。
そう思い、私は身構えた。
だが男は私を見下ろし、頭を撫でながら言った。
「昨日はごめんね」
その言葉を聞いたとき、
胸の奥に、これまでにない感情が生まれた。
──怒りだった。
あれだけのことをして、
なかったことにしようとしている。
何を言っているのか分からない。
ただ、この人の近くにいてはいけないと、本能がそう言ってる様に感じた。
私は男の腕を振り払い、叫んだ。
「ふざけるな!!」
幼い子どもにできる、精いっぱいの抵抗だった。
次の瞬間、
男の手が、再び私を打った。
何度も、何度も。
床に叩きつけられ、蹴られる。
そんな男に母は必死に止めようとした。
だが男は、その母さえ打ち、突き放す。
それでも母は、
私の上に覆いかぶさり、自分の体で、私を守った。
鈍い音だけが、部屋に響いていた。
やがて男は暴言を吐き捨て、逃げるように家を出ていった。




