自分一人ではない
母に抱きしめられ、そのまま近くに止めてあった車へ向かうのだろう──そう思っていた。
けれど母は、私を車に残したまま、足早に幼稚園へ戻っていった。
おそらく先生に、何かを訴えに行ったのだと思う。
その日を境に、先生の態度はわずかに和らぎ、距離も少しだけ縮まった。
しかし、園児たちの態度は何一つ変わらなかった。
いじめは、静かに続いていた。
─────。
ある日、いつものように数人の子どもたちが私を囲んだ。
そして、積み木を私めがけて投げつけてきた。
一つが額に当たり、わずかだが血が流れた。
そのとき浴びせられた言葉は、いまも心の奥に残っている。
「バケモノの血だ。汚ねえ!」
周りの子どもたちも、声をそろえて笑った。
その瞬間、胸の奥に溜まり続けていた、名づけようのない感情が──弾けた。
私は落ちていた積み木をつかみ、
力のかぎり、彼らに向かって投げ返した。
思いのほか当たりどころが良かったのだろう、全員が泣き出した。
そのときの私の胸にあったのは、ただ一つ。
……ざまあみろ、という感情だけだった。
だが、この出来事は園内で問題になり、母が呼び出された。
事情を聞いた母は、なぜか相手の親に頭を下げていた。
加害者であるはずの子どもたちの親は、母に向かって言った。
「片親に育てられた子どもなんて、たかが知れてる」
「ああ、いやだいやだ。片親なんて恥ずかしくて外も歩けないわ」
その言葉を、私ははっきり覚えている。
それでも母は、私の手を握りながら頭を下げ続けた。
罵声を浴びても、ただ耐えていた。
──その手は、小さく震えていた。
その震えを感じたとき、
私は初めて思ったのかもしれない。
この人を、これ以上悲しませてはいけない、と。
翌日から、私に手を出す子はいなくなった。
こうして年少の一年は、ようやく静かな日々のうちに過ぎていった。




