不安と緊張
離婚が成立した、ある日の夕方。
退院した母が、祖父母の家へ私たち兄弟を迎えに来た。
けれど祖父は、すぐに私たちを母のもとへ行かせようとはしなかった。
祖父は、私たちを引き取って育てるべきだと考えていたのだろう。
その日から、母と祖父の言い合いが始まった。
しかし、ある深夜。
二階で眠っていた私たちは、母にそっと起こされた。
そのまま車に乗せられ、誰にも知られることなく、自宅へ戻った。
それからの母は、昼も夜もなく働き続けた。
仕事をしながら、私たち兄弟の世話をし、幼稚園の送り迎えもこなす。
当時、シングルマザーという立場は、いまよりずっと肩身の狭いものだったはずだ。
それでも母は必死に生き、私たちの前では気丈に振る舞っていた。
顔には、まだ痛々しい痣が残っていたにもかかわらず──。
明るく笑って見せる母にも、きっと限界はあったのだと思う。
夜の仕事から帰ってくると、私たちが眠る部屋にそっと入ってくる。
そして頭を撫でながら、かすかな声で繰り返すのだ。
「……ごめんね。ごめんね」
嘘寝をしていた私は、その震える指先と、ぽたり、ぽたりと落ちる涙を覚えている。
そんな日々のなか、やがて私は幼稚園に入る年齢になり、入園式の日を迎えた。
母と手をつないで歩いていると、周囲がどこかざわついているのが分かった。
当時は理由など分からなかった。
けれど思い返せば──顔に痣を残した母と、シングルマザーの家庭である私が同じ場所に立っていることへ向けられた、冷たい視線だったのだろう。
昭和という時代、シングルマザーはまだ「恥ずかしいこと」と見なされ、肩身の狭い思いを強いられていた。
それでも私は、周囲の空気の違和感を感じながらも、ただ素直に胸を弾ませ、入園という新しい一歩を踏み出していた。




