言葉にできない気持ち
祖父母が迎えに来てくれた、あの日から。
私たちの暮らしは自宅ではなく、祖父母の家へと移った。
そんなある夜、祖父が静かに言った。
「明日、お母さんのいる病院へ行こうか」
幼かった私は、ただ素直に嬉しかった。
母に会える──そのことだけで、次の日が待ち遠しくて仕方がなかったのを覚えている。
翌日、車に乗せられ病院へ向かった。
病室の扉を開けると、そこにはベッドに腰を下ろし、うつむいたままの母の姿があった。
私は、ただ会えた喜びのままに駆け寄った。
「お母さん!!」
──そして、足が止まった。
「え……お母さん……」
いまでも鮮明に覚えている。
母の左目の下、頬骨は大きく陥没し、フェイスラインにかけて青や赤、黒が入り混じった痣が広がっていた。
あまりにも痛々しく、幼い目には現実とは思えない光景だった。
声が出ない。
涙だけがあふれる。
どうして、こんなことに──。
そのとき、背後にいた祖父が、何も言わずそっと私の目を覆った。
やさしい手だった。
けれど、その手は怒りで小さく震えていた。
やがて私たち子どもは病室の外へ出され、室内では何か話し合いが続いているようだった。
結局、母と言葉を交わすこともないまま、祖父母に連れられて家へ戻った。
その日を境に、母の病室を訪れることはなくなった。
夜になると、私たちは二階の部屋へ行かされる。
下のリビングでは、双方の親たちによる話し合いが、毎日のように続いていた。
ときには怒号が、階上まで届くこともあった。
母の実家は、それなりに名の知られた家柄だったという。
こうした問題を世間に知られたくない──そんな事情があったことを、私は後になって知る。
やがて結論は、離婚と養育費の支払い。
本来ならば慰謝料や、暴力による治療費も請求されるはずだった。
だが、そこには別の理由があった。
それを知るのは、私が十六歳になってからのことになる。
──これは、三、四歳の私が過ごした、恐怖に満ちた日々の記憶である。




