正当防衛
昼休みになり、
俺はユージのいる一組へ向かった。
扉を開ける。
「おーい、ユージ」
体格のいいあいつなら、すぐ見つかると思った。
だが、教室の奥で目に入った光景に、足が止まった。
今朝、トイレにいた連中がユージの机を囲んでいる。
机の上には、手つかずの給食。
今日の主菜はカレーのはずなのに、
その皿の中には──白い液体が混ざっていた。
牛乳だ。
わざとだと、すぐに分かった。
食べることも、片づけることもできず、ただ座らされているユージ。
──俺の中で何かが切れた。
その瞬間、身体が勝手に動いた。
三人の真ん中にいた奴の顔面へ、思いきり拳を叩き込む。
教室に、鈍い衝突音が響いた。
殴られたそいつは机をなぎ倒しながら、反対側へ吹き飛ぶ。
間髪入れず、もう一人の髪をつかみ、ユージが使っている机の角へ顔面を叩きつけた。
給食が床に散る。
残った一人の襟首をつかみ、引き寄せる。
「……お前ら、何、調子乗ってんの?」
そいつは、膝から崩れ落ちた。
恐怖で、目が泳いでいた。
───────
ふと横を見ると、ユージはまだ俺の体操着を着ていた。
思わず吹き出す。
「お前、もう乾いてるだろ!
なんで着替えてねぇんだよ!」
肩を叩きながら笑う。
「ほら、取りに行くぞ」
──────
体育館裏で着替えさせ、そのまま話を聞いた。
やっぱり、ユージもずっといじめられていた。
しばらくして、ユージが遠慮がちに言った。
「……三浦くん、だよね?」
今さらかよ、と思いながら、俺は名乗った。
「うん、三浦直樹。よろしくな」
だがユージは、噂を信じているのか、一歩引いた態度のまま。
それが、妙に腹立たしかった。
深く息を吐き、俺は言った。
「あのな、噂なんてデタラメだよ。俺、別に強くないし」
「五年に勝つ?そんなの化け物だろ」
「バックもいない。それにその五年って、俺の兄貴のことだし」
「しかも今、その兄とは絶縁中」
自分の現状を笑いながらユージに話した。
「俺はただの、生意気なガキだよ」
少し間を置いて、最後にだけ本音を言った。
「ただ……俺といると、変な噂つくぞ。
一緒にいない方がいいよ」
チャイムが鳴り、俺たちは教室へ戻った。
───────────
五時間目の直前、教室の扉が開いた。
浜田と──杉浦。
次の瞬間、俺を見つけたと言わんばかりに近づき、杉浦の持つ細い竹の枝が、俺の腕を何度も打った。
鋭い痛み。
瞬く間に腫れ上がる皮膚。
意味が分からなかった。
怒りだけが、一気に噴き上がる。
椅子を蹴り飛ばし、殴りかかろうとした瞬間──
浜田のタックルで、身体が宙に浮いた。
そのまま、引き離された。
──────────
気づけば、生徒指導室にいた。
扉が開く。
入ってきたのは浜田だった。
「……話、できるかい?」
俺は腕の腫れを見せた。
「その前に、なんで叩かれたのか分からない」
浜田は息をのみ、すぐに氷袋を持ってきた。
その行動だけで、
少しだけ、信用できると思った。
─────────
昼休みの暴力について、俺は全部正直に、話した。
嘘はない、と。
すると
浜田と杉浦は指導室をを出て、しばらくして戻ってきた。
浜田の目には、
うっすら涙が浮かんでいた。
「……全部、本当だったんだね」
静かに続ける。
「でもね。
暴力で解決するのは、やっぱり違うと私は思う」
「……はい」
それだけ答え、
俺は解放された。
────────────
次の日の放課後。
「三浦くん!」
振り返ると、ユージが立っていた。
「昨日はありがとう。一緒に帰らない?」
「あ、うん」
──少し、嬉しかった。
それから、放課後はほとんどユージの家で過ごすようになった。
立派な家。
自分の部屋。
ファミコン。漫画。ベッド。
俺の家とは、何もかも違った。
それでも──
その時間は、不思議と心地よかった。
そんなある日、
またユージが殴られ、金を取られた。
ユージに話を聞くと、相手は前に俺が殴った奴だった。
昼休み、体育館裏へ呼び出した。
そこにいたのは──
六年生の宮田。
そして、塚本。
忘れられるはずのない顔。
だが何か様子が、おかしい。
宮田の口からはシンナーの臭い。
焦点の合わない目。
崩れた呂律。
そして──ビニール袋。
あれで隠してるつもりなのだろうか……
しかも学校の中で。
──────
怒りは、不思議と湧かなかった。
ただ、はっきり分かった。
もう、こいつらとは別の世界だ。と。
そんな俺は奥に居る奴等の所に足を運ぶ。
そして胸ぐらを掴み寄せる。
「おい、何やってくれてんのさ……殺すよ?」
「お、お前には関係ないだろ!!」
「金用意しないとまた、兄貴に殴られるんだからよ!」
「は…?お前、宮田の弟かよ……」
ボッコボコにしてやろうと思ったが、奴は膝が震え上がり戦意なんて感じなかった。
俺は胸ぐらから手を外した。
「消えろよ」
そして俺とユージもその場を離れた。




