芽吹き
放課後、
俺はまっすぐ学校を出て、
その足で和樹の家へ向かった。
ちょうど引っ越しの準備をしているところだった。
玄関先で和樹の母親が俺に気づき、
軽く頭を下げてから、奥に向かって声をかける。
やがて和樹が現れた。
「いきなりすぎるよ……!
なんで言ってくれなかったんだよ!」
思わず声が荒くなる。
「……悪い、直樹。
あのことがあってから、
親に“もうこの辺には住めない”って言われてさ……」
「俺のせいで、
直樹にも迷惑かけちまったし……」
「そんなことない!」
言葉が、こぼれた。
「手を差し伸べてくれたこと、
どれだけ嬉しかったか……!」
二人とも、
もう涙を止められなかった。
それ以上の言葉は出ず、
ただ時間だけが静かに流れていく。
空から夕日が消えかけた頃──
和樹が、ぽつりと口を開いた。
「直樹。
お前と過ごした日々、
マジで楽しかったよ」
まだ腫れの残る顔で、
それでもニヤリと笑う。
「……うん。
俺さ、助けられっぱなしだったけど、
これからはちゃんと頑張るよ」
もう迷いはなかった。
俺たちは、
固く握手を交わし──別れた。
─────
翌日から、和樹は学校にいない。
塚本はまだ骨折中、取り巻きも何もしてこない。
不安はあったが、その夜は眠ることができた。
そして次の日。
少し緊張しながら登校したが何も起きなかった。
むしろ周囲は、
俺を怖い存在として見ているようだった。
そのまま、
何事もない日々が続き、季節はゆっくりと移ろっていった。
空気が冷え始めた、ある放課後。
下駄箱へ向かう途中、
後ろから声がした。
「……み、三浦くん……」
振り返る。
そこに立っていたのは──塚本だった。
思わず、身が固くなる。
だが塚本は、そんな俺の様子など気にせず、小さな声で言った。
「……ごめんなさい。
できれば……許してほしい」
拍子抜けするほど、まっすぐな謝罪だった。
それ以降、
俺たちは奇妙な距離感で並ぶようになった。
気づけば塚本は、少し後ろを歩いてついてくるようになっていた。
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日曜日の昼。
何か食べようと冷蔵庫を開けるが、
何もない。
電子レンジの周りも、空っぽだった。
テーブルの上に、千円札が一枚。
兄の分も何か買おうと思い、自転車で近くのスーパーへ向かった。
買い物を終え、帰り道。
少し先に、何か大きなものが倒れているのが見えた。
近づくにつれ、それがはっきりする。
──老人だった。
見て見ぬふりはできず、駆け寄る。
「大丈夫?
どうしたの?」
つまずいて倒れたらしく、
体格はいいのに、立ち上がるのもつらそうだった。
「家、どこ?送るよ」
指さした先まで、小さな体で支えながら、ゆっくり歩いた。
ようやく家の前に着き、老人は軒先に腰を下ろす。
俺はそのまま帰ろうとしたが、呼び止められた。
そして老人から差し出されたのは──
千円札。
「気持ちだから、
受け取ってほしいんだ」
断ったが、どうしてもと言われ、結局ポケットにしまった。
それで終わるはずだった。
────
夜。
インターホンが鳴る。
玄関に立っていたのは、見覚えのある女と、知らない男。
狭い家の前で、二人は声を荒げた。
「あなたの子どもが、
うちの祖父に怪我をさせて、 金まで奪ったんです!」
──意味が分からなかった。
事情を話そうとしても、女は一方的にまくしたてる。
「ほら見なさい!
黙ってるのが証拠よ!」
「片親だから常識がないのよ!」
胸の奥が、静かに冷えていく。
ようやく母が口を挟んだ。
「何か言いたいこと、あるの?」
俺は、昼間の出来事をすべて話した。
聞き終えた母は、静かに、しかし強く言った。
「感謝の気持ちで
お金を渡した。
そう聞いているのでは?」
「…………」
その瞬間、男がいきなり俺を突き飛ばした。
床に叩きつけられる。
「知らねえよ。
悪ガキが悪いんだろ」
頭を、叩かれた。
「おい、金、返せよ」
千円を差し出すと――
受け取ると同時に、もう一度殴られた。
「盗むなんて最低だな」
男は玄関前に唾を吐き、二人は笑いながら去っていった。
─────
なぜ、ここまでされなければならないのか。
怒りだけが、胸に残った……
この日を境に、俺は何に対しても斜に構えるようになった。
日ごとに性格は歪み、周囲からは非行少年と見られていく。
──だが、
もう気にしなかった。
感情を顔に出し、他人との距離を自分から切り離していった。
それが、
この先の俺を決定づけていくことになるとも知らずに。




