兆候
小学生になって、初めての夏休み。
相変わらず俺は、毎日のように和樹と遊んでいた。
特別な目的なんてない。
ただ
いつも一緒にいた。
そんなある日、和樹の提案でプールへ行くことになった。
自転車をこいで向かったのは、学校に併設された二十五メートルプール。
その日は人が多く、水面は子どもたちの声で揺れていた。
しばらく遊んでいると、
休憩のベルが鳴り、全員がプールサイドへ上がらされた。
そのとき、
プールの底に、
タブレット状の消毒剤のようなものが沈んでいるのに気づいた。
「休憩終わったら、あれ拾って投げ合いしようよ」
俺は軽い気持ちで、
和樹にそう言った。
休憩終了のベル。
水へ戻り、俺たちは少し離れて立ち、そのタブレットを投げ合って遊び始めた。
──何度目かのやり取りのあと。
和樹の投げたそれは、思ったより遠くへ飛び、俺は取り損ねた。
タブレットは、
ゆっくりと沈んでいく。
何気なく潜り、
底を探した──その瞬間。
頭を、踏まれた。
咄嗟に暴れたことで、大事には至らなかった。
けれど、心臓が跳ね上がるほど驚いた。
水面へ顔を出し、息を乱す。
……次の瞬間。
腹に、強い膝蹴りを入れられた。
何が起きたのか分からないまま、俺は逃げるように、
和樹のもとへ向かった。
「どうした?」
事情を話すと、
向こうにいた上級生たちが、こちらを睨んでいるのが見えた。
その意味は分からない。
けれど──
良くないことだけは、なんとなく伝わってきた。
それ以上、何も起きなかった。
俺たちはそのままプールを出て、家へ帰った。
─────
夏休みは、あっという間に終わった。
二学期。
始業式で、全校生徒が体育館に集められる。
視線を感じた。
「……ん?」
振り返ると、少し離れた場所から、見知らぬ男子が俺を睨んでいた。
理由は分からないまま、人の流れに押され、そのまま式は終わった。
教室に戻り、夏休みの宿題を提出する時間。
……もちろん、俺は何もやっていない。
ふと視線を向けると、和樹も同じだった。
目が合い、二人でニヤリと笑う。
その日は、なぜか何も起きず、静かに帰宅できた。
だが──
次の日。
朝の会のあと、杉浦に呼ばれ、
和樹と二人で職員室へ向かった。
そしてそのまま、生徒指導室に連れて行かれた。
中には、学年もばらばらの、見慣れない生徒たちが立たされていた。
数分後──
体育館で俺を睨んでいた男子も、そこへ入ってきた。
ここに集められたのは、
要するに問題児だった。
やがて現れたのは、剣道部顧問で生徒指導担当の教師。
通称、タコおやじ。
「バカは力でねじ伏せないと分からん!」
意味の分からない怒号とともに、
俺たちは全員、容赦なく殴られた。
その後、長時間の正座をさせられた。
反省したと判断された者から、順に解放されていく。
一人。
また一人。
──だが。
和樹と、俺だけは残こされた。
全員がいなくなったのを確認すると、タコおやじは椅子を持ってきて、俺たちの目の前に座った。
「……何でお前らだけ残ったか、分かるか?」
分からない。
本当に、分からなかった。
やがて、
低い声で言った。
「塚本たちを
お前ら、いじめてるだろ」
……意味が分からなかった。
俺は、正直に答えた。
「そんなこと、してません」
だが教師は、親から連絡を受けていると言う。
骨折の原因。
他の二人の怪我。
不登校になった子ども。
それでも俺は、否定し続けた。
──そこから先は、
終わりの見えない説教だった。
痺れる足。
腫れた頬。
何時間もの正座。
解放された頃には、外はもう夕方だった。
震える足で、家へ帰る。
玄関を開けると、母がいた。
「どうしたの!?
何があったの!」
駆け寄る母。
少し離れて様子を見る兄。
俺は、今日あったことを、すべて話した。
母はどう動くべきか、迷っているように見えた。
やがて静かに言った。
「……このことは、私に任せなさい」
そう言って、どこかへ電話をかけに行った。
兄は何も言わず、ただテレビを見ていた。




