初タイマン
「──直樹!!」
リビングでテレビを眺めていると、
母の声が家の奥から響いた。
何だろう。
そう思いながら声のする方へ向かう。
そこは、洗濯機の置かれた場所だった。
この時まで俺は、
正直に言って、バレるなんて一ミリも思っていなかった。
……けれど、バレていた。
また母は、
学校や相手の家へ文句を言いに行くのだろうか。
そう想像すると、胸の奥が重くなって、ただ嫌だった。
その時。
母は何も言わず、
ただ、俺をそっと抱きしめた。
優しく。
本当に、優しく。
言葉は一つもなかった。
ただ、母の匂いに包まれる。
気づけば、涙が止まらなかった。
何に対する涙なのか、自分でも分からない。
ただ、ひたすらに、母の胸の中で泣き続けた。
やがて母は、静かに言った。
「……明日から、しばらく学校に行かなくていいよ」
「え……? なんで?
でも、行かないと……」
それでも──
俺は母の言葉に従い、しばらく学校へ行かなかった。
────。
ある日の夕方。
家のインターホンが鳴った。
誰だろう。
扉越しに尋ねると、短く一言だけ返ってきた。
「……和樹」
扉を開け、顔を合わせた瞬間。
和樹は、俺の腹を軽く殴った。
「心配した。
学校、いねえから」
どうやら、俺が来なくなった理由は知らなかったらしい。
小学一年生なんて、何でも正直に話してしまう。
俺は、これまでのことを、ありのまま全部、和樹に話した。
細かい言葉は思い出せない。
けれど──
「やられっぱなしは、絶対ダメだ!」
「やり返すぞ!!」
「立て、直樹!!」
そんな強い調子だった。
「いいか、勝ち負けじゃねえ。気概だ!」
「手を出されたら、やり返す。その気持ちを持て!」
和樹の言葉を、
俺はそのまま信じた。
──明日から、また学校へ行こう。
そう思った。
その夜。
母に、明日から登校することを伝えた。
「無理しなくていいんだよ」
母はそう言ってくれた。
それでも俺は、ただ一言だけ返した。
「今日、和樹が来てくれた。
明日から、また一緒に遊べるから……大丈夫」
─────。
翌日、昼休み。
俺は、
“月山”と呼ばれる場所に立っていた。
いじめグループのリーダー
塚本大輝。(つかもとだいき)
給食のあと、裏山の表に来いと、和樹に呼び出された。
そこには、
いつもの取り巻き。
和樹。
そして、俺。
対峙していた
人生で初めての、塚本とのタイマン。
喧嘩のやり方なんて知らない。
ビビりの俺に、勝てる要素など何一つない。
……それでも、
やるしかなかった。
余裕すら漂わせながら、
先に仕掛けてきたのは塚本だった。
何をされたのか、分からない。
気づけば、目を閉じていた。
──あれ?痛く、ない……?
恐る恐る目を開ける。
何が起きたのか理解できないまま、俺は立ち尽くしていた。
その背後から、和樹の声が飛ぶ。
「直樹!!
やられたら、やり返せ!!」
その瞬間。
「うわああああ!!」
叫びながら、俺は塚本に飛びついた。
そのまま、力いっぱい首を締め上げる。
ヘッドロック。
相手も必死に暴れる。
けれど──
この腕を、絶対に外しちゃいけない。
そう思った。
力いっぱい。
ただ、ひたすらに。
締め続けた。
もみ合うまま、俺たちは月山の斜面でバランスを崩し、絡み合ったまま、下へ滑り落ちた。
その時だった。
「ぎゃああ!!
痛い!! 痛いよ!!」
突然、
塚本が大声で泣き叫んだ。
けれど俺は、何が起きたのか分からないまま、ただヘッドロックを続けていた。
やがて騒ぎを見ていた生徒が、先生を呼びに行ったらしい。
気づけば、
数人の教師に囲まれ、その場で──
取り巻き二人。
和樹。
そして俺。
正座させられ、
厳しく叱責された。
塚本は保健室へ運ばれ、
そのまま病院へ連れて行かれたと聞いた。
──この出来事は、瞬く間に学校中へ広まった。
そして。
和樹と俺は、"やばい奴ら"として、見られるようになった。




