いじめの代償
生徒指導室には、数名の教師が腕を組み、無言で立っていた。
重苦しい空気の中、最初に口を開いたのは兄に対する問いだった。
──なぜ、一年生に手を上げたのか。
兄は迷いなく答えた。
「弟がいじめられてるって聞いて見に行ったら、
こいつらがバケツで水をぶっかけてた。
だから、そのまま殴った」
守るためだった──
言葉にすれば、きっとそんな意味だったのだと思う。
ずぶ濡れの俺の姿を見れば、
兄が嘘をついていないことは、誰の目にも明らかだった。
続いて、先生の視線は和樹へ向けられる。
──なぜ殴ったのか。
「こいつら、俺にも水かけてきたから。
やり返しただけ」
その短い言葉に、反省の色はないと受け取られていた。
いじめグループの連中は、やったこと自体は素直に認め、
今後は繰り返さないよう厳しく注意を受けると、
それぞれ教室へ戻されていった。
けれど。
これで終わるはずのない話だった。
下校して家に帰ると、
いつもはいない時間のはずの母親が、そこにいた。
「……ただいま」
怒っている。
顔を見た瞬間、それが分かった。
「直樹。ランドセル、見せてみな」
その一言が、どうしようもなく怖かった。
母は俺の背中のランドセルを見るなり、
すぐに相手の家へ連絡を入れ、
兄と俺を連れて、いじめの中心にいた生徒の家へ向かった。
────。
「手を出したのは悪いことかもしれません。
でも、そちらのお子さんがうちの子にしたことが原因ですよね?」
「どうして、うちだけが謝らなきゃいけないんですか?」
母は、静かに──けれど一歩も引かずに話していた。
しかし向こうも、複数の親が集まり、
言葉の数で押し返してくる。
「片親に育てられた子どもなんて、どうせ──」
「うちの子たちに関わらないでもらえます?」
関係のない言葉ばかりが、場を濁していく。
……このとき初めて知った。
和樹の家も、同じ片親だったことを。
話し合いは進まず、
どこに落としどころを置くのかも見えないまま、
空気だけが淀んでいく。
その瞬間だった。
「全員、前に並べ!」
母が、突然叫んだ。
そして左端にいた兄から順に、
そこにいた子ども全員の頬を、平手で打った。
当然、相手の親たちは激しく怒鳴る。
「何してるんですか!」
それでも母は、睨み返した。
「手を出したこっちにも非はある。
でも、そっちにも非はある」
「納得できないなら──とことんやりますよ」
凄まじい剣幕だった。
その気迫に押されたのか、
それ以上、誰も何も言わなかった。
こうして、形だけの話し合いは終わった。
────────
残念だけれど、
うちは裕福な家庭じゃない。
ランドセルは、そのまま使い続けることになった。
ただ、体操着入れだけは、母が新しく作ってくれた。
長い一日が、ようやく終わった。
────
翌日の昼休み。
和樹に声をかけられ、人気のない場所へ移動した。
そこで聞いた話は、
やはり俺とよく似た境遇だった。
ただ一つ、決定的に違うのは。
和樹は、やり返す人間だったということ。
「黙ってるから、調子に乗るんだぞ」
「やり返して、力でねじ伏せれば、
あいつらのほうから消えていく」
ひ弱な俺に、和樹は真剣な目で言い切った。
……幼稚園の頃の出来事が、ふと頭をよぎる。
小さな記憶と重なって、その言葉は、不思議と胸に落ちた。
──その日を境に。
俺たちは、
いつも二人でつるむようになった。




