入学式
幼稚園は、車やバスで通う距離にあった。
だが小学校は徒歩二十分圏内。
それだけで、噂や根も葉もない話が広まる速さは、比べものにならなかった。
そんな地元の小学校に、私は入学した。
不倫による離婚から三年。
母の怪我も、見た目だけならほとんど分からないほど回復していた。
母は若く、そして綺麗な人だった。
小学三年と一年の子どもがいて、まだ二十三、四歳。
夜の街で働く母は、店のママから借りた着物を身にまとい、
私の入学式に来てくれた。
その姿に、同級生の親たちの視線が集まっていた。
嫉妬──そんな言葉が、幼い私にも分かるほどに。
母は学こそなかったが、
気合いと根性だけは、誰よりも強かったと思う。
人目を引きつけるほどの勢いで歩み寄り、
いつもの優しい手で私の頭を撫で、にっこりと笑って言った。
「小学校入学、おめでとう」
そして、その隣にはもう一人、男性が立っていた。
山下さん──
母と父の間を取り持ち、
父の会社で常務のような立場にいる人だった。
養育費が十八歳まで滞りなく支払われたのは、この人のおかげだと、後に知る。
片親の子どもが、どのように見られるのか。
それを案じた母は相談し、山下さんも入学式に同席する形になったのだろう。
─────。
式は滞りなく終わった。
三人で正門を出ようとした、そのとき。
聞き覚えのある女の声が、背後から飛んできた。
幼稚園が同じで、こちらの事情をよく知る人物だった。
「三浦さん? こちらの男性、旦那さんですかぁ〜」
顔つきのままの、嫌味な言い方。
周囲の視線が一斉にこちらへ向き、空気が重く沈んだのを覚えている。
母は何も言わず、その場を離れようとした。
だが女は、追い打ちのように言った。
「三浦さんって尻軽すぎて、本当に尊敬しますよ」
取り巻きと一緒に、含み笑いを浮かべながら。
母は一瞬だけ足を止めた。
──それでも振り返らず、静かに歩き去った。
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入学してから数か月、目立ったいじめはなかった。
それでも私は、どこか怯えていた。
気になっていたことが一つある。
左隣の席が、入学の日からずっと空いたままだったことだ。
そのことをぼんやり考えていた、ある昼休み。
掃除当番で渡り廊下を掃き、教室へ戻ったとき──
言い争う声が聞こえた。
「だめだよ! そんなことしちゃ!」
「先生に言うからね!」
「うるせーよ。汚ねえ奴の物、
ただ綺麗にしてやってるだけだよ」
「言ってみろよ。次はお前だからな」
関わらないようにしよう。
そう思った、その瞬間。
足元に、見覚えのあるものがあった。
私のランドセルだった。
何人もの足に踏みつけられ、母が作ってくれた体操着入れは、雑巾用のバケツの中に沈んでいた。
新品だったランドセルは、もう元には戻らないほど潰れていた。
──それでも当時の私は、
ただその場で泣き崩れることしかできなかった。
母にも、兄にも知られるのが怖くて、しばらくは自分で洗い、汚れの落ちない体操着と、潰れたランドセルのまま学校へ通った。
だが──
母より先に、兄に知られることになる。
それがきっかけで、私の歯車は、静かに、悪い方へ回り始めた。
その日を境に、クラスとの距離が生まれた。
昨日まで普通に遊んでいた子どもたちも、少しずつ離れていった。
そして私は、
いじめの「対象」になった。




