表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
生きるとは何か  作者: ルーツ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

11/161

入学式

幼稚園は、車やバスで通う距離にあった。

だが小学校は徒歩二十分圏内。

 それだけで、噂や根も葉もない話が広まる速さは、比べものにならなかった。


そんな地元の小学校に、私は入学した。


不倫による離婚から三年。

 母の怪我も、見た目だけならほとんど分からないほど回復していた。


母は若く、そして綺麗な人だった。

 小学三年と一年の子どもがいて、まだ二十三、四歳。

 夜の街で働く母は、店のママから借りた着物を身にまとい、

私の入学式に来てくれた。


その姿に、同級生の親たちの視線が集まっていた。

嫉妬──そんな言葉が、幼い私にも分かるほどに。


母は学こそなかったが、

気合いと根性だけは、誰よりも強かったと思う。


人目を引きつけるほどの勢いで歩み寄り、

 いつもの優しい手で私の頭を撫で、にっこりと笑って言った。


「小学校入学、おめでとう」


そして、その隣にはもう一人、男性が立っていた。

山下さん──

母と父の間を取り持ち、

父の会社で常務のような立場にいる人だった。


 養育費が十八歳まで滞りなく支払われたのは、この人のおかげだと、後に知る。


片親の子どもが、どのように見られるのか。

 それを案じた母は相談し、山下さんも入学式に同席する形になったのだろう。


─────。


式は滞りなく終わった。

三人で正門を出ようとした、そのとき。


聞き覚えのある女の声が、背後から飛んできた。

 幼稚園が同じで、こちらの事情をよく知る人物だった。


「三浦さん? こちらの男性、旦那さんですかぁ〜」


顔つきのままの、嫌味な言い方。

 周囲の視線が一斉にこちらへ向き、空気が重く沈んだのを覚えている。


母は何も言わず、その場を離れようとした。


だが女は、追い打ちのように言った。


「三浦さんって尻軽すぎて、本当に尊敬しますよ」


取り巻きと一緒に、含み笑いを浮かべながら。


母は一瞬だけ足を止めた。

──それでも振り返らず、静かに歩き去った。


───────────────────────


入学してから数か月、目立ったいじめはなかった。

それでも私は、どこか怯えていた。


気になっていたことが一つある。

 左隣の席が、入学の日からずっと空いたままだったことだ。


そのことをぼんやり考えていた、ある昼休み。

掃除当番で渡り廊下を掃き、教室へ戻ったとき──

言い争う声が聞こえた。


「だめだよ! そんなことしちゃ!」

「先生に言うからね!」


「うるせーよ。汚ねえ奴の物、

 ただ綺麗にしてやってるだけだよ」

「言ってみろよ。次はお前だからな」


関わらないようにしよう。

そう思った、その瞬間。


足元に、見覚えのあるものがあった。


私のランドセルだった。

 何人もの足に踏みつけられ、母が作ってくれた体操着入れは、雑巾用のバケツの中に沈んでいた。


 新品だったランドセルは、もう元には戻らないほど潰れていた。


──それでも当時の私は、

ただその場で泣き崩れることしかできなかった。


 母にも、兄にも知られるのが怖くて、しばらくは自分で洗い、汚れの落ちない体操着と、潰れたランドセルのまま学校へ通った。


だが──

母より先に、兄に知られることになる。


 それがきっかけで、私の歯車は、静かに、悪い方へ回り始めた。


その日を境に、クラスとの距離が生まれた。

 昨日まで普通に遊んでいた子どもたちも、少しずつ離れていった。


そして私は、

 いじめの「対象」になった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ