素直な自分
私に覆いかぶさった母は、そのまま痛みに耐えながら、
涙をこぼし続けていた。
「ごめんね……ごめんね……ごめんね……」
何度も繰り返しながら、
私を強く抱きしめてくれた。
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どれほどの時間が過ぎただろう。
やがて母は静かに立ち上がり、涙を拭ってから、私に声をかけた。
「直樹、大丈夫?」
「うん……ありがとう……」
母は小さく息をつき、低い声で言った。
「直樹に手を出したこと、
反省させないと気が済まないわね」
そう言って、どこかへ電話をかけ、誰かと短く言葉を交わしていた。
それから数日後の夕方。
本来なら仕事でいないはずの時間に、母は家にいた。
そして警察と、何かを話している姿が見えた。
兄の怪我の状態から、暴行罪が認定されたらしい。
あの男は警察の世話になり、さらに接近禁止も出され、三浦家と関わることは一切なくなった。
母はその後も昼の仕事を続け、暮らしは少しずつ、
何事もなかったかのような日常へ戻っていった。
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それから数か月。
穏やかな時間が続いていた、ある日曜日のことだった。
自転車で家の近くを走っていると、
向かいから来た年上の子どもたちに呼び止められた。
「おい、お前。三浦の弟だろ」
「え……うん、そうだけど……」
そう答えた瞬間、
彼らは理由も分からない言葉を並べ立て、手にしていた細い枝で、私を叩き始めた。
抵抗することもできず、私はその場に座り込み、
ただ身を縮めて耐えるしかなかった。
──その時だった。
「おい! お前ら、何してんだよ!!」
聞き覚えのある声が響いた。
叩いていた子どもたちは、その声の主に気づくと、
逃げるように去っていった。
涙を流し、うずくまる私に、兄が怒った声で言った。
「おい、直樹! なんで抵抗しないんだよ!」
私は下を向いたまま、何も言えなかった。
──こんな自分を、
兄は友達に知られるのが恥ずかしいのだろうか。
その冷たい視線が、胸に刺さった。
兄は舌打ちをし、友達とともに去っていった。
気づけば兄は、この辺りでは名の知れた存在になっていた。
そして来年、その兄が通う小学校へ、私も入学することになる。
──春。
まだ五歳の頃の記憶である。




