7. エネルギーをみんなに、そしてクリーンに
「……保健室の前ではシイが通せんぼしてたけど、むりやり入らせてもらったよ」
洗いざらい白状したことで、リーダは落ち着きを取り戻したようだ。
入ってきた時のカッカした様子は鳴りをひそめた。
「大声を出しながら乱暴に入って来るんだもの。びっくりしたわ」
「疑って悪かったよ。よく考えたら姉さんがイジメなんかするはずないんだ。きっと何かの間違いだろう」
「いえ、イジメは確かにやってたわ」
「えっ、ちょっと、どういうことだよ!」
ふたたびリーダは動揺し始めた。
イジメの有無にかんしては隠し通すことは出来ない。すでに二人が白状してるし、これからも証言が出てくるだろう。
問題はその動機だ。
産業革命を妨害するためだと知られたら、ただでは済まない。なにしろ国王が認可した事業なのだ。
マリエと女子生徒がかたくなに「分からない」と言い張ったのは、問題が大きくなりすぎるからだろう。
「いったいどうしてそんな事したんだい」
「そうね……たぶん嫉妬だと思うわ」
「嫉妬?」
「あなたも分かってるはずよ。王子がマリエに、女性として惹かれていることを」
これは本当のことだ。初めてマリエと会ったときの、デレデレした顔が忘れられない。
「意外だな、姉さんはさほど王子を好きじゃないと思ってたよ」
「もちろんそうなんだけど、これはプライドの問題よ」
「へえ……まあ王子の気持ちはぼくも気が付いてたけど」
リーダの目に暗い影がやどった。ひょっとしたら弟も彼女に惹かれているのかもしれない。
「邪魔したね。また明日、あらためて見舞いに来るよ」
リーダは手をふって保健室を出た。
ドアが閉まる直前、ヒョイと顔を出して、
「マリエ嬢は男嫌いだよ。王子には見向きもしないんだ。もちろんほかの男たちにもね」
そう言って去っていった。
わたしはシイを呼び出し、派閥メンバーへの伝令をたのんだ。イジメの動機に対する箝口令を敷くためだ。
当面は“嫉妬”で乗り切るしかない。もちろんいずれ分かる事ではあるが、少しでも時間を稼いでおきたいのだ。
そして翌朝、わたしは保健医の診察を受けていた。
この保健医は下級貴族出身の中年女性だが、王族の子弟を診察する立場だけあって、一流の腕前を持っている。
「手足のしびれはありませんか?」
「ないわ」
「杖をついていいですから、歩いてみてください」
わたしは手渡された杖を使って保健室をぐるぐる歩き回った。だんだん調子が出てきたので、手ぶらで歩いてみる。
「大丈夫ですか?」
「少しふらつくけど、問題なく歩けるようね」
「では午後から自室での療養に切り替えましょう。放課後になったら往診に行きますから、それまで安静にしてください」
これで終わりである。あまりにも簡単な診察に心細くなった。
CTスキャンを始め、あらゆる検査方法が発達していた前世の病院がなつかしい。
それからしばらく保健医と雑談していると、
「ちょっとよろしいかしら」
保健室のドアが開いて涼やかな声が響いた。
「あらメチル、ごきげんよう」
ふり返ったわたしは警戒心をもって訪問者を見つめた。
入ってきたのは侯爵令嬢のメチル・マンガンである。魔法学園の同級生であり、わたしのライバルといえる間柄だ。
「ごきげんよう、サスティナ。もう起き上がって大丈夫なの?」
「思ったより調子がいいみたい」
「安心したわ。ところでマリエ嬢のことなんだけど、うちの派閥が引き取ることになったから」
挨拶もそこそこに、メチルはいきなり本題に入った。
「まあそうなるでしょうね。あなたなら安心して任せられるわ」
「あら、文句をいわないのね」
「昨日までのわたしなら一言いってたかもしれないわね。でも頭を打って性格が変わったみたい。じっさいメチルに預けるのは順当な処置だと思うの。どうせコバルトの差し金だろうけど」
「ふふふ、正解よ。昨日の夜にコバルトさまから伝令がきてね。あの方から言われたら断れないわ。でもあなた、面白くなさそうな顔をしてるわよ」
「それはコバルトに対してよ。だって、やること為すこと的確でそつがない婚約者なんて、つまらないじゃない。欠点の一つもあれば可愛げがあるのに」
「うすうす感じてたけど、はっきり言葉に出したのはこれが初めてね。でもいいの? わたしは生徒会役員だから、いつでもコバルトさまにご注進できるのよ」
「告げ口したければ、べつに止めないわ。言ったでしょ? 頭を打って性格が変わったって」
「本当に性格が変わったのね」
メチルはあっけにとられた表情でこちらを見た。文字通り目を丸くしている。