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2. 飢餓をゼロに

 わたしは物心ついたころから、この世界に違和感を覚えていた。

 貴族社会は男性中心で、女性は政略の道具として、あるいは子を産む機械としての役割しか期待されてない。

 そんな状況がたまらなく窮屈に感じるのだ。

 そもそも貴族が平民を支配するという社会構造からして気に食わない。

 何かもっといい制度があるはずだ、女性にも活躍の機会があるはずだ、という思いをずっと抱えて生きてきた。


 そんなある日、百年前にやってきた流されびとの話を聞いた。

 彼の名はアンブローズ・ビアス。

 偏屈で毒舌家の老人だったが、政治や経済に関する知識が豊富で、セシウム王国が現在のような繁栄を遂げたのは彼のおかげといっても過言ではない。


 たとえば自由主義経済というアイディアだ。

 ギルドによる寡占や関税などの規制を撤廃し、商人たちに自由競争をさせることによって経済を発展させる考え方だ。

 さらに平民にも門戸を開いた学校制度を提言した。

 つまり、わたしが通っている魔法学園が創設されたのも、彼のおかげなのだ。


 ただし採用されなかったアイディアもある。

 それが民主主義である。平民が自分たちの支配者を投票によって選ぶという制度だ。

 無理もない。貴族社会にどっぷり染まった王国が、こんな提言を採用するはずがないのだ。

 だがわたしは「これだ!」と思った。

 いつかこの国で民主主義を実現させるために人生をささげようと心に誓った。

 以上が流されびとに興味を持つに至ったきっかけである。


       〇


「金原まりえです。よろしくお願いします」

 深々と頭を下げた女性は、年のわりに幼く見えた。


 流されびと発見のニュースを聞いてから一か月後、わたしは婚約者のコバルト・ストロンテュームに呼び出されて生徒会室に来ていた。

 部屋にはコバルトともう一人、小柄な女性がわたしを待ち受けていた。


「マリエ嬢はこの世界に来たばかりで慣れないことが多いみたいだから、ぜひ助けてあげてほしいんですよ。たしかサスティナは流されびとに詳しかったよね……」

 コバルトが何か言ってるようだが、まったく耳に入らなかった。


 わたしの目はマリエの顔に釘付けとなっていた。

 初めて見るタイプの顔立ちだ。つるつるの卵のようになめらかで凹凸がない。

 これに比べると、我々の顔は切り出した岩石のように荒々しく不格好なものに思えてくる。

 まさに異人種である。にもかかわらず、わたしは幼馴染に再会したような懐かしさを覚えた。

 たっぷり十秒は無言で立ちつくしていたと思う。


「サスティナ! 聞いてるんですか?」

 コバルトの怒声でハッと我にかえった。


「ごめんなさい。マリエ嬢の美しさに見とれてしまって」

「ふむ、確かに彼女の美しさは認めますが、だからといって無視していい理由にはなりませんよ。どうもあなたは王位継承権のあるぼくの婚約者だという自覚が足りないみたいですね……」


 少しでも弱みを見せると、すかさずネチネチと嫌味を言ってくるのがコバルトという男である。

 彼はこの国の第三王子で、わたしと同じく魔法学園の生徒だ。現在は生徒会長をしている。

 つねに柔和な笑みを絶やさない美青年だが、事あるごとに腹黒さを露出してしまう。


 もちろん親同士で勝手に決めた婚約だ。お互いに愛情を持ってるわけではない。

 わたしとしては、この国に民主主義を導入するという野望のために我慢して付き合ってるにすぎない。

 欲しいのは第三王子夫人という立場が持つ権力と人脈。ただそれだけだ。


「……たしかにマリエ嬢の美しさは格別です。しかし仮にも王妃になりうる立場の淑女が、客人の前でそんな態度を見せるのは、ぼくだけでなく王室の顔まで潰すことになるのですよ。いくら彼女が天使と見紛うばかりの美女だとしても」


「も、もうそのへんで勘弁して下さい!」

 たまらずマリエが声を上げた。いつまでも続くコバルトの脱線に業を煮やしたようだ。


「わたしなんか、ちっとも美しくないです。日本にいたころは薄顔だの地味子だの言われて、どちらかというと馬鹿にされるタイプだったんです。だから美女なんて言われると困るんです」


 よく見ると顔を真っ赤にして心底困っている様子だ。

 意外な方向からの苦情である。このあたりの感覚はわたしには分からない。


「な、なるほど、どうやらマリエ嬢は疲れてるようだね。慣れない場所だから無理もない。すぐに宿舎まで送らせましょう。サスティナも今日はご苦労さま、もう退出して結構ですよ」


 コバルトも彼女の主張がよく分かってないようだ。

 ともあれ、念願の流されびととの対面は、こうして果たされたのだった。

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