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【書籍化】精霊つきの宝石商  作者: 藤崎珠里
幕間

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38/38

フェリシアンのカフスボタン

「お兄様とエマさんが友人になられたこと、本当に嬉しいですわ」


 紅茶を飲みながら、セレスティーヌがしみじみとした口調で言う。もう何度目かになる言葉に、フェリシアンは「ありがとう」とくすりと笑った。

 誰かと友人になったなどということは、いちいち人に話すようなことでもない。けれどセレスティーヌからは、エマと自他共に認める友人になれたときにはぜひ教えてほしい、とお願いされていた。

 エマに友人として認められてから数日、セレスティーヌはことあるごとに嬉しがってくれる。


「お茶会にお誘いしたら来てくださるかしら……」

「今であれば断られることはない、と思うが……セリィと二人きりでは、彼女も緊張してしまうかもしれない」

「あら、もちろんお兄様も一緒に、です」


 当然のように言ってから、彼女は思案するように小さく首を傾げた。


「ですが、そうですね。妹様がいらっしゃるのですよね? その方もご一緒にお招きするのはいかがでしょう」

「ああ、それなら私もぜひ参加したいな。妹君も今後店で働くようだから接する機会はあるだろうが、もう少しゆっくり話してみたい」

「ふふっ、楽しみですわ」


 常になくはしゃいでいる様子の妹に、目を細める。

 きっとエマも、このセレスティーヌを見れば『可愛らしいですね……!』と無言で同意を求めるような顔で見てくるに違いない。

 ただ正直なところ、エマを茶会に誘うにはまだ時期尚早であるように感じた。断られはせずとも、居心地の悪い思いをさせてしまうかもしれない。


 セレスティーヌには悪いが、こちらで頃合いを見計らうことにしよう。そう決めて、フェリシアンも紅茶のカップを傾ける。

 その袖口を、セレスティーヌがじっと見つめてきた。


「今日もそのカフスを使われているんですね」


 セレスティーヌが見ているのは、アクアマリンのカフスボタンだ。

 エマに勧められたアクアマリンを――彼女は隠したかったようだが、フェリシアンの瞳の色に似ているから、という理由は透けて見えた――せっかくだからとボタンとして注文したもの。

 ちなみにもう一つのカフスボタンには、セレスティーヌの瞳の色に似ているアクアマリンを使ってもらっている。兄妹で瞳の色は似ているが、セレスティーヌのほうが少し淡く透明感がある。


「良いものは使わなければもったいないだろう」

「……それはそうですが。少々、気恥ずかしい気持ちになります」

「きみが嫌だと言うのなら、観賞用にしよう」

「嫌ではありません。とても綺麗ですもの」


 そう言いつつも、声音はほんの少し拗ねている。

 つい笑みをこぼすと、セレスティーヌは「わたくしもいずれ、そういうジュエリーを作らせていただきます」と唇を尖らせた。そういう、というのは、お互いの瞳の色の宝石を使ったジュエリー、ということだろう。


「作られたところで、私は気恥ずかしさを感じないが……」

「わかっています。ただの対抗心ですわ。どうせお兄様以外の方に気づかれることはないでしょうし」

「そうだな。私も今まで指摘を受けたことはない」

「……見ただけで思い当たってしまった自分が恥ずかしいです」


 わざとらしくため息をつかれる。


「よくお似合いですわ、お兄様」

「ありがとう。自分でもそう思うよ」


 遠慮なくうなずくと、小さく笑われた。


 ――宝石のように美しい方、などと言われても、瞳の色そっくりの宝石を見せられても、エマから他意はいっさい感じない。そういうところも、彼女と過ごす時間が心地よい理由のひとつなのだろう。

 エマは仕事に対して、そして宝石に対して、非常にまっすぐな人間だ。

 ただ話しているだけで、真摯に向き合ってくれていることも、宝石を心から愛していることも伝わってくる。尊敬できる、得難い友人だと思う。


 フェリシアンはカフスボタンにちらりと目を向けた。

 シンプルなデザインだが、見ていてまったく飽きが来ない。アクアマリンの魔力の輝きも、静かに揺蕩う水面のようでどこか心が和む。


(購入して正解だった)


 ふっと微笑みが漏れる。

 実のところ、以前まで宝飾品に興味はなかった。セレスティーヌが身につけるものであれば話は別だが、自分のものとなるとまったくこだわりもない。

 けれどエマと関わるうちに――楽しそうに語られる宝石の話を聞くうちに、次第に宝石が好きになった。こうして、見るだけで明るい気持ちになれることを知った。

 セレスティーヌも宝石好きではあるが、彼女は一人で見て楽しむ人間だ。フェリシアンに対して何かを語ってくることなどなく、もちろん様々な宝石を見せてくることもなかった。


 興味のなかったものを好きになる。それはフェリシアンにとって初めての経験だった。

 経験も、信頼も、エマからは多くのものをもらっている。できることなら同等か、それ以上のものを返していきたい。


 ――とはいえ、焦る必要もないだろう。

 きっと長い付き合いになるだろうから。


「そうだわ、お兄様。エマさんがお好きそうなお茶やお菓子のリサーチ、お願いしてもよろしいでしょうか?」


 気の早いお願いをしてくる妹に、フェリシアンは「ああ」と微笑んだ。





本日書籍1巻が発売となりました。

繰り返しになってしまいますが、これも皆様の応援のおかげです。

ありがとうございます!


幕間はこの辺りでいったん区切りとして、

第二章もゆっくりと書いていけたらいいなと思っております。

よろしくお願いいたします。

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