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【書籍化】精霊つきの宝石商  作者: 藤崎珠里
始まりのティンカーベル・クォーツ
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3

 眩しさに目をつぶる。

 少しすると光がおさまった気がして、おそるおそる目を開く。

 私の周りにいた精霊が、どこか嬉しそうに舞っていた。視界に入る変化といえばそれだけだったけれど、なんとなく体に違和感を覚えた。


「まあ可愛い!」


 クロエさんが頬を染めて、姿見まで案内してくれた。


 まず驚いたのは、怪我や汚れが一切なくなっていること。もともとクロエさんが綺麗にしてくれてはいたけど、ここまでじゃなかった。

 そして次に、髪型。いつのまにか複雑に結い上げられていて、可愛らしいひらひらとしたリボンでまとめられていた。

 ワンピースもところどころアレンジされていて、シンプルさを活かしつつもとても可愛いデザインになっていた。

 靴はぴかぴかに磨かれていて、私の顔が映ってしまいそう。

 手袋はいつのまにか外され、近くのテーブルに置かれていた。


 なんていうか……シンデレラの魔法をかけられたみたい、かも。


「魔力を流しただけでこれとは……」

「すごいわねぇ。力の増幅は申し分なしだわ。石の輝きの色も、こんなに鮮やかになるなんて!」

「とはいえ、こんなハイクオリティなものをおいそれと世に出すわけにはいかないな。引き出せる美しさがあるのにそのままにするなんて悔しいが、この子に関われない他の魔宝石の価値が落ちるのもかわいそうだ……いや、力の使い方は俺が決めることでもないが」


 ティンカーベル・クォーツの輝きが舞う範囲は、最初に見たときよりも大きくなっていた。

 きらきら、きらきら。

 いつまで見ても見飽きることはないであろう美しい魔法の粉は、時折遊ぶように散って、また集まって、巡り続けている。二人の会話が耳に入らないほど、私はその輝きに見惚れていた。


「エマ」


 ジャスパーさんに名前を呼ばれて、はっと我に返る。


「俺たちは、君にその力があるからこそ、君を養子に迎えたい。だが、君を利用する気はない。……精霊に愛された人間が魔力を流した魔宝石を見るのは、今日が初めてだ。この輝きを見られただけで、もう人生に悔いはないとさえ思える」


 眩しそうに、ジャスパーさんは目を細めた。クロエさんも同意するように、優しく微笑んでうなずいた。


「俺たちの娘になってくれたら、君の幸せのために力を尽くそう」

「ジャスパー、いくらエマが賢い子だからって、さっきから言い回しが難しすぎよ」


 おかしそうにクロエさんが突っ込む。


「エマのやりたいことはなんだって応援するわ! 幸せにしたいの。だから、ねえ、私たちの子になってくれるかしら?」


 ……異世界転移、をして。もう元の世界では死んでいるかもしれなくて。

 なぜか子どもの姿になっていて、何もわからず、不安と恐怖でいっぱいだった。

 だけど魔宝石に、この夫婦に出会って、私に魔力があり、しかも精霊に愛されている、なんて都合の良すぎる展開が続いて……極めつけに、こんな。


「……どうして、今日会ったばかりの怪しい子どもに、そんなことを言ってくれるんですか? どうしてそんなに優しいんですか……?」


 このところ、仕事仕事で人の優しさにふれる機会がとても少なかった。しかも婚約者には浮気をされたうえで、こっぴどくフラれるし……。

 つまるところ私は、この夫婦の優しさに号泣寸前だった。


 二人は顔を見合わせる。


「優しいっていうか……」

「ああ」

「私たちは宝石をものすご~く愛してるだけよね」

「こんないいものを見られたのは、エマのおかげだからな」

「一生かけても報いたいって思うじゃない?」


「じゃない? って……」


 そんな軽く同意を求められるような内容じゃなかった、絶対に。

 ……でも、納得はできてしまった。


 なぜなら私も、宝石を愛しているから。


 ティンカーベル・クォーツに改めて目を向ける。

 確かにこんなものを見てしまったら、それを見せてくれた人間を幸せにしたくもなる。わかる。


「……ふつつかもの、ですが。よろしくお願いします」


 深々と頭を下げる。

 クロエさんは「そんな難しい言葉どこで覚えたの?」ところころと笑いながら、「よろしくね」と心底嬉しそうに返してくれて、ジャスパーさんは不器用な手つきで頭をなでてくれた。



     * * *



 それからというものの、私は宝石の勉強に勤しんだ。

 この世界の人の話す言葉はわかっても文字は読めなかったから、文字の勉強もした。


 クロエさんとジャスパーさん――母さんと父さんに勉強しろと言われたわけじゃない。むしろ二人は、まだまだ遊ぶのが仕事だと言ってくれたくらいだ。

 だけど……好きなことのための勉強って、びっくりするほど楽しかった。会社のために取りたくもない資格の勉強してたときと全っ然違う。

 私が本当に楽しんでいるのがわかったのか、二人は微笑ましそうに見守ってくれた。


 宝石の名前、歴史、産地、鑑定・鑑別の方法(鑑定はダイヤモンドにのみ使う言葉で、他の宝石に対しては鑑別というらしい)……学ぶだけでもこんなに楽しいなら、あいつの言葉なんて聞かずに夢を叶えればよかった!


『ジュエリーショップの店員? そういうのってもっと美人がやることだろ、お前には似合わないって』


 大学生の頃から社会人数年目まで付き合った彼氏の言葉。

 仮にも恋人に向ける言葉ではないだろうと思いつつも、まあそうかもなぁと納得もした。自分が宝石やジュエリーを売っている想像ができなかったのだ。

 とはいえ、販売員以外にも宝石に関われる仕事はある。鑑定士とか、職人とか、ジュエリーデザイナーとか。

 それを言ってみたら、あいつは一笑に付した。そういうのはもっと才能がある奴とか、専門学校に行った奴がやる仕事だ、と。


 それもまあ……わかる……!


 言い方はともかくとしてごもっとも、と思った。

 当時はまだちゃんと好きだったこともあり、私は男に言われるがままにしがないOLの道に進んだ。

 言われるがまま、といっても、あいつに責任を押し付けたいわけじゃない。そもそも自分が選んだ道だ。

 本当に宝石に関わる仕事に就きたかったのなら、その意志を貫けばよかっただけ。今が楽しすぎるから、なおさらそう思う。

 そして、楽しすぎるからこそ……今世は宝石一筋で生きたいと思った。

 恋愛とかもうこりごり。母さんと父さんのもとでもっともっと勉強して、宝石の力でいろんな人を幸せにするんだ!



 ――トントン、と軽やかなノックの音が聞こえた。どうぞと促すと、トレーを持った母さんが入ってくる。


「エマ、お茶にしない?」


 運ばれてきたのはいい匂いのハーブティーと、見るからにおいしそうなクッキーだった。

 小さく歓声を上げて、いそいそと勉強道具を片づける。母さんと向かい合わせに座って、「召し上がれ」と言われるのを待つ。

 いただきますを言わない生活に、もうすっかり慣れてしまった。


「おいし~……! さすが母さんのクッキー!」


 母さんに敬語を使わないことにも慣れた。というより、敬語を使うたびにあからさまに寂しそうにされるから、他のどんなことよりも早く慣れられるように頑張った。

 母さんはにこにことお礼を言って、自身もクッキーを口にする。

 のんびりとしゃべりながらお茶をして、しばらくしたころだった。

 母さんの顔が、ふと真剣なものになった。


「エマ」


 自然と背筋が伸びる。カップを置いて、母さんの目を見つめ返す――あっ、待って、私口の端にクッキーの食べかすついてるかも!

 ほっぺたのちょっとした違和感に、そわそわしてしまう。い、今拭く雰囲気でもないし、ばれないことを願おう。


「実はね……」


 重々しい口調でもったいぶった母さんは、やがてぱっと花が咲くように笑った。


「子どもができたの!」

「……えっ!?」

「もう本当に諦めてたのに……ちょっと前からもしかしたらとは思ってたんだけど、さすがにそろそろ確定じゃないかしらってジャスパーとも話して! きっとね、エマのおかげよ! ありがとう、私たちの天使!」


 いつになくハイテンションで、母さんは立ち上がって私を抱きしめた。やわらかい体に包まれて、わ、わっ、と慌てたような声が漏れてしまう。

 ――この世界の出産事情はまだよく知らない。今の口ぶりからして妊娠の検査をするような方法は、少なくとも庶民にはないんだろう。

 現代日本よりも医学が進歩していないこの世界で、出産。それはどれだけ危険なことなのか……不安と心配で心がいっぱいになってしまったが、まずは何よりも、言わなくてはいけないことがある。


「お、おめでとう、母さん……!」

「ありがとう、エマ!」


 ぎゅうぎゅう痛いくらいに抱きしめてくる強さから、母さんがどれだけ喜んでいるのかわかって私も嬉しくなった。

 ……ただ、少し……なんというか。寂しい、かもしれない。

 母さんと父さんのことだから、実の子が生まれたからって私を冷遇する、なんてことは絶対にない。まだ数か月の付き合いだけど、それくらいはわかる。

 でも、それでも、私だけ血のつながりがないことは確かだ。

 こんな吉報を聞いて、純粋に喜べないなんて……一度は成人までした人間なのに!


 自分の情けなさに唇を噛みしめていると、母さんが私の体を解放した。慌てて笑顔を取り繕う。


「それでね、エマ。これは本当は、ちゃんと無事に生まれてからお願いしたほうがいいことだと思うんだけど……あなたに、この子の名前をつけてほしいの」


 優しい顔で、母さんはお腹にそっと手を当てた。


「……そんな大事なこと、私が決めていいの?」

「大事だからこそよ。私たちの大切な天使に、新しい天使の名前をつけてもらえるなんて、とっても素敵じゃない?」


 それはきっと、本心なのだろうけど。

 ……私のためなんだろうなぁ、と思って、泣きそうになった。私が疎外感を感じないように。私が、生まれてくる子を心から可愛がれるように。


「……ありがとう。とびっきり素敵な名前をつけるから!」

「ふふ、引き受けてくれるのね。こちらこそありがとう、エマ。楽しみにしてるわ。……でもその前に、ちゃんと説明しなくちゃいけないわね」


 母さんは真剣な顔になって、易しい言葉で出産について教えてくれた。必ず生まれてくるわけじゃないこと、危険なこと。もしものときのためにたくさん思い出を作ろうね、という話。

 五歳に見える子どもに話す内容ではなかったのだろうけど、それが母さんからもらった信頼のような気がして、少し不謹慎かもしれないけど……嬉しかった。




 そうして次の春、可愛い可愛い――本当に世界一可愛い、女の子が産まれた。

 一目見た瞬間愛しさで胸がいっぱいになった。

 名前はアナベル。

 愛すべき、私たちの可愛い子。私にとってやっぱりティンカーベル・クォーツは特別だから、ベル、という愛称で呼べる名前にしたかった。ティンカーベルの愛称ならティンクかもしれないけど、ベルのほうが個人的に好きな響きだから。

 母さんと父さんも、素敵な名前だねって言ってくれた。


「アナベル、ベル。元気に育ってね。大きくなってね」


 ふにゃふにゃの命に、そうっと声をかける。その様子を、母さんたちは優しい微笑みで見守ってくれていた。

 ……この人たちと家族になれてよかったなぁ。

 この世界に来てから何度目かになることを思って、私は目ににじんだ涙を拭った。




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