【閑話】ある日のかぁたま
私の名前は犀川聖子。
3■才。
ゲータ・ニィガ王国を追放され、しばらくが経ったある日のこと。
私がデスクワークを終えて、息子アンチのもとへ向かおうとしていた。
「ん? アンチ……?」
アンチとユーノが、廊下で話していた。
ユーノがしゃがみこみ、アンチは彼の耳元で何かをしゃべっている。
「……は、……ですね」
「そっかぁ……! じゃあ……とね!」
何の話をしてるんだろうか。
私は気になったので、息子たちの元へ向かう。
「アンチ」
「! か、かぁたまっ」
いつもなら、笑顔でこちらに駆け寄ってくる……はずだが。
アンチは、気まずそうに目をそらす。
「どうした? ほら、仕事終わったから。遊んでやるぞ」
「! ほんとぉですかぁっ!」
「ああ、おいで」
私がしゃがみこみ、かわいい息子を出迎えようと、両腕を開く。
たっ、とアンチが私の方へ、笑顔で駆け寄ろうとして……。
ききっ、と立ち止まる。
「?」
「い、今は……ちょっと!」
「え?」
「ちょっと……なのですっ!」
アンチはきびすを返して、立ち去っていった。
なん……だと……。
「いつもなら……私に甘えてくるのに……」
どれだけ疲れていても、息子をぎゅーっとするだけで、疲れが吹っ飛ぶ。
今日もアンチをいっぱいぎゅーってしてやろうと思ったら……。
「こ、拒まれた……だと……」
私の脳裏に、【反抗期】という言葉がよぎる。
まさか……いや、アンチはまだ思春期に入っていない……幼い子……たしか3才だったはず……。
「ま、まさか……いや……」
「聖母様。気を確かに……」
私はユーノの胸ぐらをつかんで尋ねる。
「アンチと何話してたんだよ? あ?」
ユーノと話してから、アンチの様子がちょっとおかしくなっていた。
こいつが私を裏切るようなまねはしないだろうが、でも、気になる。
「お答えしかねます」
「あ゛?」
「すごんでも、無駄です」
……意外だ。
こいついつだって、私の質問にはすべて答えるし、命令には絶対服従だったはず。
「何言ってたのか教えろ、って命令しても?」
「ご命令とあらば従いますが」
すると……。
「だめー!」
「あ、アンチ!?」
アンチが近づいてきて、私の足にコアラみたいにしがみつく。
「けんかは、だめですっ。ぼくのせいで、けんかしないでくださいっ」
うる……と目に涙をためるアンチ。
ああ、息子を不安にさせてしまった……!
「ご、ごめんよアンチ……母様は別にユーノとけんかしたわけじゃないんだ」
「そーなのですか?」
「そーなのですよ」
「そっかぁ……よかったです! ゆーのと、かぁたま、なかよし! ぼくもうれしいですっ!」
息子が今日もいい子でかわいい。
抱っこして、ぎゅーっとしてあげる。
「えへ~♡ かぁたま今日もいい匂い、あったかくて、柔らかくて、だいすき~♡」
「おうおう、そうかそうか! 私もおまえが大好きだぞ~」
「きゃー♡」
息子を抱っこしてると、心が安らぐ。
で、聞いてみる。
「アンチ。さっきは何を話してたんだい?」
「そ、それは……い、いえませんっ!」
………………。
「か、かぁたま……?」
「お、おう……そ、そうか……言えません……か」
「はいっ! しゃーせん!」
しゃーせん……?
ああ、すみませんって言う……ああ……。
「かぁたま……?」
「い、いや……なんでもないよ。そ、そうだよな……隠し事の一つくらい、あ、あるもんな……誰にでも……うん……」
「はいっ!」
★
庭で鍛錬してるアスベルのもとへ向かう。
「セイコ……! え? ちょっと!?」
私はアスベルを壁際まで追い込んで、壁にばんっ! と手をつく。
「こ、これは伝説の壁ドン……!」
「息子の様子がおかしい。何か知らないか?」
ぽー……と赤い顔をするアスベル。
「おい話聞いてるのか?」
「ん~……」
目を閉じて顔を近づけてきやがった。
色ぼけあほ皇帝の頭をチョップする。
「アンチの様子がおかしい。何か知ってるか?」
「おかしい……ですか? いつも通りかなと。ほら」
離れたところの庭で、メイドのメメとおしゃべりしてる。
「ねーえ、メメ……かぁたまの……ぼしょぼしょ」
「はひぃ~……それはちょっと知らないですし、聞きにくいですね~……」
「そっかぁ~……ありあとー!」
とととお、とアンチがこっちにやってくる。
「かぁたま、とぅたま、なにしてるんですかー?」
おまえの様子について聞いてるんだよ、とはちょっと言えないな……。
壁ドンをやめて、私はしゃがみ込み、アンチに尋ねる。
「さっきメメと、何をおしゃべりしてたんだい?」
早く教えてほしい。
さっきからずぅっと気になってるのだ。
「かぁたまのねー……」
「ね?」
「あわわっ、ひ、ひみつですー!」
たー! とアンチが去って行く。
その様子を、アスベルが見て目を丸くしていた。
「変ですね。アンチが隠し事なんて……」
「だろ!?」
「うぉ! び、びっくりしました……」
アンチは超が100個くらいつく、いい子だ。
そんないい子が、私に対して隠し事なんて……!
「ははっ」
アスベルが微笑ましいものを見る目で、私を見てきた。
「んだよ……馬鹿にしてるのか?」
「いえ……セイコ様は、アンチにメロメロなんだなぁって」
「メロメロって……まあ……否定はしないが……」
今では息子が居ないと、どうにも調子が出ない。
あの子をぎゅっとしないと、生きていけない体になってしまった……。
「わかりました。じゃあ、俺がそれとなく、アンチに聞いてみます」
「おお! マジかっ! 助かるよアスベル!」
アスベルが私を見て、頬を赤らめる。
「セイコ……今の笑顔、とっても素敵です……! 美しすぎます!」
「いいからさっさと聞いてこい! あほ!」
私は旦那の尻を蹴飛ばす。
アスベルは苦笑しながら、去って行った。ああ、気になる……アンチ……一体何を……。
★
そして、その日の夜。
私はアスベルの寝室へとやってきた。
ベッドに座っているアスベル。
彼は体をこわばらせていた。
「い、今からその……夜の営みを……あいたっ!」
「アンチはなんて?」
アスベルが、がっくりと肩を落とす。
「夜の営みじゃなかった……」
「当たり前だろうが。そっちは……まあ、当分先だな」
「そんな……!? どうしてっ!」
「まだ生活が安定してない。そんな中で妊娠できないよ」
「あう……そうですよね……まだ、この国は変革の最中ですしね……」
安定した日常を送れるようになるのは、まだ先だ。
「ま、いろいろ片がついて、安定したら……そんときは、な」
別に私はこいつが嫌いって訳じゃない。
アスベルとなら、この体を許してもいい。アンチに、弟か妹を作ってやりたい気持ちもある。
「セイコ! 避妊をするので今すぐにでも……あいたっ!」
「で? アンチは? なんて……?」
するとアスベルは、ちょっと苦笑したあと言う。
「それは本人から聞いてください。アンチ、出ておいで」
布団の中から、にゅっ、とアンチが顔を出す。
「かぁたま!」
「アンチ! おまえこんなとこいたのかっ!」
「はいっ! とぅたまが、ここに入ってなさいって!」
「おおアンチ……窒息したらどうするよ……」
私はアンチを抱きしめる。
呼吸に乱れもない。窒息することはなかったようだ。よ、よかったぁ~……。
「かぁたま……ごめんね。ぼく……ふあんにさせちゃった? とぅたま言ってた」
アンチ……。
「い、いや大丈夫だよ。それより……母様に教えておくれ。朝からユーノたちと、何の話をしてたんだい?」
するとアンチが言いよどんだ後……。
「かぁたま、おこらないで、きいてくれますか?」
「もちろん! 怒らないよ。いってごらん?」
するとアンチはきゅーっ、と目をつぶって言う。
「かぁたまの、年齢、おしぇーてくらさいっ!」
……。
…………。
……………………はい? 年齢……?
「どうしてだい?」
「かぁたま……そろそろ誕生日だって、聞きました。ゆーのから」
……そういや、確かにそろそろ誕生日だな。
「誕生日、お祝いしたいのです」
「アンチ……!」
ああ、息子が母のために、誕生日会を計画してくれてただなんてっ!
かわいい! なんていじらしいんだ!
さらに強く抱きしめる私。
「でもね、問題があるんです」
「問題?」
「うぃ。ろーそく。ケーキに、年齢の数だけささないと、です。でも……じょせーに、ねんれいをきくのは、しちゅれーかなって……だから……」
ああ、だから……ユーノやメメに、私の年齢を聞いていたのか……。
「ごめんなしゃい……母様。じょせーなのに……わぷっ」
私はアンチを抱きしめ、頬ずりする。
ああ、ほっとした……。
単にアンチが、可愛いだけだった。
「アンチよ。母様を女性扱いしてくれて、ありがとな」
元いた国ではばばあ扱いだし、こっちでは女帝とか皇后とか、そういう扱いだからな。
「せ、セイコ! 俺もセイコを女性扱いしております!」
「はいはい」
「雑! ですが……それがいい!」
まあ色ぼけは置いといて、だ。
「アンチ。別にいいよ、年齢くらい聞いてもさ」
「いいのぉ?」
「おうよ」
「でも、じょせーにねんれーきくのは、しちゅれーかなって……」
……母様は、心配だよ。
なんだい、アンチ。おまえちょっと、紳士すぎないかい?
まだたった3才で、これだぞ?
きっと将来は、多くの女を、その美貌と、優しさで落としてくだろう……。
そうしたら、アンチのファンが増えてしまう!
母様は……それが不安だ……。ちくしょう。アンチは私のだぞ!
「かぁたま?」
「ああ、ううん。気にすんな。で、年齢だったな。そうだな……耳を貸しな」
「うぃ!」
私は自分の年齢を言う。
アンチがふんふん、とうなずいていた。
「わかりましたっ。ろーそく、そのかずだけ、よーいしますっ」
「あ、あの……セイコ……俺も知りたいんですが……?」
私はアスベルの頭をなでる。
「誕生日会までの、お楽しみってことで」
「ええ! ひどい! アンチには教えて、俺には教えてくれないんですかぁ!?」
「ったりまえだろ、おまえ。女性に年齢を尋ねるなんて失礼だよ、なぁ、アンチ?」
アンチが「そーれす!」とうなずく。
「とぉたま、かぁたまはじょせーなんですよ? 女性に年齢きくのは、まなーいはんですっ」
「はいぃい……」
アンチが私を見て、笑顔になると、耳元に口を寄せる。
「だいじょーぶです、ぼく……ねんれい……はかばまでもっていきます! 誰にもいいませんっ。だから……あんしんしてくださいっ!」
おお……アンチ。
おまえはほんとうにかわいいやつだ……。
私はほっぺにチューしてやる。
アンチはくすぐったそうに、しかし……うれしそうに笑って……チューを返してくれた。
「あー! ずるい! アンチずるい! 俺もほっぺにちゅーをしたい!」
「だめに決まってんだろ。さ、アンチ。一緒に寝よっかっ」
「やったぁ! じゃあ、三人でねましょー!」
ま、しゃーない。アスベルも仲間に入れてやるか。
こうして家族三人で、川の字で寝ることにした。
「しかし、アンチよ」
「なぁに~?」
……女性にあんま優しくするなー、なんて言いたくないな。
この子の可能性を狭めることを、親がしたくないし……。
「いや、何でもない。おまえは、ほんとに優しい、紳士的なやつだな」
「うー?」
「何でもない。そのまま、のびのびと成長しな」
「うぃ!」
ああでもやっぱり、母様ちょっと心配……。きっとこのまま成長したら、もてまくるだろうし……ううううううううん。悩ましい……!
「セイコ。楽しそうでよかったです」
「楽しそうかい?」
「はいっ!」
アスベルが指摘してきたことを思い返す。
別に今日何か特別大きな、喜ばしい出来事があったわけじゃないのだが……。
ふむ、たしかに。
アンチとおしゃべりしたり、ふれあったり、アンチの将来を考えてることは……楽しかった。
「何気ない日常を、楽しんでいるのかな……私」
日常を楽しむなんて……今までの私にはなかった。
それを、与えてくれたのは……この銀髪の親子。
ああ……ほんと、こっちに嫁いできてよかった。
「アスベル、アンチ。いつも、ありがとな。私のそばにいてくれて」
二人は楽しそうに笑って、言う。
「「どういたしましてっ!」」




