旅路6「マッサージ」
レインはペインに跨ったまま、体重をかけて腰を揉む。
背骨に沿って親指を喰い込ませると、少女特有の細い指が的確にツボに食い込んで思わずペインは感嘆した。
「なかなか上手いな・・・」
ペインがそう言って褒めると、レインは年齢に見合うような得意げで無邪気な笑顔を見せた。
「へへん、だから言ったろ? オッサン、3万レイア、忘れんなよ?」
レインはそう言うと、上機嫌にマッサージを続けていく。
「オッサンじゃねぇ、ペインだ・・・誰に習った?」
その指使いは妙に慣れていて、普段から誰かにマッサージをしてやっているような感じだった。
「孤児院を逃げ出した後、匿ってくれたのがサラって言う娼婦の姉ちゃんだったんだよ。その姉ちゃんが疲れて帰って来るからさ、オレに出来る事なんてこれ位だし・・・でもサラだって喜んでくれたんだぜ?上手いだろ?オレ」
「ああ、上手い」
「へへっ♪」
こんな事を褒められたくらいで喜ぶとは、普段どれだけ褒められることの無い生活を送っているのだろう。
レインはそのまま肘に体重をかけるようにして、グリグリと肩を揉み始める、人によっては痛いくらいの刺激だが、ペインにとっては丁度良く、ラミアとの戦いで緊張して凝った筋肉が解れていくようだった。
「ペインだっけ、オッサン、凄い筋肉してんな、何?傭兵かなんか?」
「まあそんなもんだ・・・」
レインはマッサージをしながらペインの体に触れ、その引き締まった均整の取れた体に思わず驚いたというような言葉の数々を並べる。
「中年なのに全然たるんでない」とか「こんなスゲェ身体してる奴の連れを狙ったのは失敗だったなぁ」とかである。
「なかなか男心をくすぐる台詞を吐くじゃあねェか。それもサラって娼婦から教わったのか? 男は身体を褒めてやると喜ぶわよってか?」
「そうじゃねぇよ、オレを強姦した孤児院の変態ジジイとかクソみたいに弛んだ身体してたからさ、そういう奴らとは違うなって思ったんだよ」
どうやらレインは孤児院の院長か職員か、あるいはその両方か・・・本来守ってくれるべき大人に守られなかった経験があるようだ。
処女では無さそうな事や孤児院から逃げた原因もその辺りだろう。もしかして光の女神シャーリアスへの不信感や憎しみもその辺りが原因かも知れない。
・・・まあ俺には関係ないけどな。良くあることだ。
当のレインもそこまで引きずっている様子もない。無理をしているのかもしれないが。
「なぁペイン、さっき『俺は金持ちだ』って言ってただろ?何でそんな金持ってんだよ?見た感じそんなに金持ちそうじゃないのに」
「ノーコメントだ」
「何か金になるような事でもやったの?教えろよぉ・・・オレももっと金があればこの街から出れるんだ!」
背中に跨ったままペチペチと肩を叩き、そんな軽口を言うレインと、それを余裕で受け流すレインはまるで親子の様だった。
軽口のやり取りが楽しくなって来たペインは、レインに跨られたままゴロリと仰向けになる。
そしてレインの目を見た。
「な、なんだよ・・・」
急に視線を合わされたレインが慌てて視線を外し、赤くなる。その様子が面白かったペインは仰向けになったままレインの太腿を撫で回した。
「痩せちゃあいるが若いだけあって手触りはまぁまぁだな」
「ちょ・・・おい!!、そーゆう事はしないんじゃなかったのかよ!!」
太腿を撫で回されたレインが真っ赤になって抗議する、それを見たペインは思わず噴き出した。
「クックック、やらねぇよ!、だけどお前、ついさっきまでは金の為に身体を売る気でいたのに、随分かわいい反応をするじゃねぇか、もしかして慣れてるって訳でもねぇのか?」
「そりゃ、強姦されてからすぐ妹を連れて逃げたからな。オレの仕事は基本盗みで、客を取ってる訳じゃねぇし」
確かにレインの盗賊としての技量はなかなかだった。と、言うことは、犯され処女は失ったが売女と言う訳でも無いと言うことか。
言われてみれば顔を赤くしながらプリプリと怒っているレインからは、体を売る事に慣れた女特有の退廃的な雰囲気は感じない。
「それが原因で孤児院から逃げたのか」
「ああ、あいつら子供のオレを犯っただけじゃなく、本当に子供だった妹までおかしな目で見始めやがって・・・」
どうやらこの娘の言う「妹が居る」と言う話は本当だったらしい。
実際痩せているレインは小柄で軽く、上に乗られていてもそれほど重みを感じない程で、実年齢より若く見えるのだ、その妹にまでそんな目を向けるとは、その孤児院の男共は余程の変態だったのだろう。
「そうか、苦労してんだなぁ・・お前もよ」
ペインはそう言ってレインの黒髪を撫でてやる。
レインの髪はフリージアのそれと違い、黒く固いが、若さゆえか健康的でサラサラとした直毛だった。
「何すんだよ!、ッチ、調子狂うなぁ」
少し顔を赤らめ、撫でられることに照れたような反応をしたレイン。ただその反応はあまり嫌がっている様では無かった。
そして冗談めかしてペインが放った次の言葉で思わず噴き出す事になる。
「そんな下手くそな変態ジジイとしかした事が無ェんじゃぁ、本当の男の良さは分かんねぇだろう。もっと身近に俺みてぇないい男が居りゃあお前の男に対する認識も変わってただろうによ」
その言葉には幼くして大人に強姦されたレインへの気遣いも憐憫も無かった、しかしレインがそれを求めているとも思えない。むしろ憐れむ事で余計に相手を傷つける事もある。
それを知ってか知らずかペインはそれを笑い飛ばすように冗談にした。
そしてレインはその冗談に、細かく肩を震わせながら笑顔を作る。
「へへっ、そっか、クッ、あのジジイ・・・下手くそだったんだ・・・」
ペインが言ったのは下品で最低な冗談だし、その事でレインがまだ成人前に受けた性的暴行の傷が無くなるわけではない。
笑うレインの顔も心から楽しいという風ではなく、泣き笑いに近い、寂し気な笑いではあった。だけどなぜかレインはペインの言葉に、今まで感じたことの無い爽快感を感じていた。
「なあペインのオッサン」
「なんだ?」
「オッサンはさ・・・やっぱりスケベでどうしようもないけど・・・オレが今まで出会った男の中では確かに大分マシな男かも知れない」
「だろう?」
レインの軽口にペインがニヤリと笑う。
それからもレインはマッサージを続け、お互いに下品で口の悪い冗談を言い合った。
その間ペインは尻を撫でたりもしたが、レインもそれに文句は言うが本気で嫌がりもしない。
そんな時間を一時間ほど過ごす。
「フゥ・・・なぁ、まだやんなきゃダメ?、そろそろ腕がくたびれちゃったよ」
「おう、そうか、なかなか良かったぜ、だいぶ凝りも解れた」
これはペインの本気の感想だった、年のせいか最近はやけに疲れやすいのも本当だし、レインのマッサージが実に気持ちが良かったと言うのも本当だ。
娼婦の女に仕込まれたと言うのもあるのだろうが、盗賊としての技量を見るに、元々指先が器用なのだろう。
これはレインが盗みを働いた事に対する罰の様なものだったが、思わず本気で寛いでしまった。
「ホントに!?じゃあ金っ!3万レイアくれよ!」
「ん、どうするかなぁ?、これはお前が俺達の財布をスった事に対する罰だからなぁ?」
ペインがそう言って意地悪な笑い方をすると、レインはあからさまにガッカリした顔をする。
「ハァ・・・やっぱりかよ、どうせ嘘だと思ってたけどさ・・・どうせ金なんか持って無いんだろ、クソ」
「クククク、お前は本当にいい反応をするなぁ、見てて飽きねぇよ、安心しろ、金は払ってやるから」
「はぁ!?じゃあ最初からそう言えよ!!」
ニヤニヤと笑うペインにレインは顔を歪め「悪趣味・・・・優しくない・・・」と呟いたが、それに対してペインは「十分優しくしてやってるだろ? あと俺は最初に悪い大人だと言った筈だぞ? 優しく無いとか今更だなぁ」と言って笑った。
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マッサージを終え、レインが元通りぼろ布のような服を着ると、ペインは赤黒い丸薬の様なものを取り出して、レインに飲むように言った。
「なにコレ?」
「お前、もっと稼ぎたいって言ったろ?これを飲んで体に変化があったらもしかしてもっと稼げるようになるかもしれねぇ、変なもんじゃねぇよ、疑うなら俺がまず飲んでやる」
そう言ってペインは同じ瓶から出した丸薬を一粒飲んで見せる。これはペインの血液から精製した丸薬だ、もしレインに魔法の才能があるなら精神力の回復を実感できるだろう。
「稼げるように?ホントかよ?」
ペインが目の前で飲んで見せた事で、レインも真似するようにその丸薬を飲む。
「体に何か感じる事はあるか?」
「・・・不味いだけ」
「そうか・・・・」
ペインはその結果に何も言わず、黙ってレインの手に小金貨3枚を握らせる。
「!!・・3枚!? いいの!?」
握らされた小金貨を見て、レインはたった今飲んだものが何だったか聞くのも忘れ、手の平の金貨とペインの顔を交互に見ている。
ペインはいつものように口の端を引き攣らせるように笑いながら「おう、レイン、お前のマッサージ、なかなか良かったぜ。ただ一つ残念なのはお前もフリージアくらいいい身体をしていたらなぁ・・・そうしたらマッサージ以外も楽しめたのによ」と。
フリージアがここに居れば顔を真っ赤にして怒っただろう。
「私は娼婦じゃありません!!」
そう言って涙目になって抗議するのが目に見えるようだ。
しかし今の所フリージアが一番使用する頻度が高い奇跡は浄化であり、そして、その使用用途は9割がた入浴代わりと避妊である。
これではとても神官としてパーティーに参加しているとは言い難い。
「もう返さないからな!!?」
慌てて金貨をしまい込むレインに、ペインは「そんなケチ臭セェ事は言わねぇからゆっくり休んでけ! あと一週間くらいこの街に居るから、気が向いたらまた頼むわ」と笑いながら言い残し、宿代を払って連れ込み宿を出る。
背後では「これで久しぶりに肉が食える、きっとミースも喜ぶだろうなぁ!」というレインの明るい声が聞こえた。
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ペインの丸薬を飲んだにもかかわらず体に何も感じないという事は、レインには術使いの才が無いのだろう。
魔術師でも神官でも、精霊使いでも良い。魔術の才能が有れば貧しい生活から抜け出せるのだが、世の中はそうそう上手くはいかない。
生まれつきの祝福が無い者は、苦しくても足掻いて現実を受け止め、生きていくしか無いのだ。
あるいは「勇者」のように、ある日突然押し付けられる祝福もあるにはあるのだが。
ペインは凝りの解れた体と幾分軽くなった財布、そしていまいちスッキリし切れない思考を抱えたまま、きっと拗ねているであろうフリージアの待つ宿へ帰る為、深夜の裏道を歩き始めた。
____________つづく