旅路27「召喚の理由」
「聖女・・・わ、私がですか!?」
「そうです、この度シャーリアス大聖堂の司教様の発案の元、フリージア様、貴女が聖女に推され、無事に認定されました、これからは大聖堂に戻り、人々の為に尊い役目を果たしてください」
迎えに来た司祭と聖堂騎士の話は実に一方的なものだった。
「急に言われても困ります、ここを発つにしてもお世話になった方々に、一言挨拶をしなければなりません」
「でしたら今日中に済ませて下さい、出発は明日です。これは大聖堂からの指示ですので・・・失礼」
フリージアの事を聖女と呼びながら、その態度には敬意の欠片も無い。
だが彼らの持っていた手紙は間違いなく大聖堂からの物で、下級神官に対する強制力のあるものだった。
「ちょ・・待ってください、ペインさん、私、リスティール様やお世話になった方に暇乞いに行ってきます」
フリージアはそう言うと、急いでここ最近お世話になった方々への挨拶に出かける。残されたのはペインとレインであった。
「ジジイ共の使いっパシリかよ、今度は一体何を企んでいやがる」
「これはこれは、堕落した勇者様でしたか、気付きませんでした、失礼。しかしこれは大聖堂内の決定で、貴方には関係の無い事です」
「チッ!」
(このタイミングでいきなり聖女だ何だって話が出たって事は、今回のポートマン家とロイエスタール家の婚姻絡みでなんかあったのか?)
ペインの予想は当たっていた。
今回のポートマン家とロイエスタール家の婚姻は、魔族と人間の結婚という事で広く噂になった。
噂をこれほど速く広めたのは主に商人と吟遊詩人である。
結婚式後のお祭りムードの時にちょうどイワティスを訪れた商人、またそのお祭り騒ぎに呼ばれた芸人や吟遊詩人、そう言った者たちが、イワティスを後にして他の都市や町を訪れる度に、今回の事を噂や歌にして披露する。そしてそれは人から人へと凄まじい速さで広まった。
そして噂には尾ひれがつくのが常であった。
しかも今回の結婚式であった事は色々人々の興味を引くのに十分な事が満載である。魔族と人族の結婚式とはどのようなものなのか、そして魔族の花婿と美しき人族の花嫁、その結婚を承認する女神のような美しさの女神官。
刃返しの儀に勇者が挑戦し、奇跡のような技を見せた事、そこで叫ばれた「人族と魔族に!」の叫びと、会場の熱気・・・等々。
これらの内容に吟遊詩人たちは聞く者の興味を引き付けるような脚色を施し、客に受けるようにオーバーに歌う。
嘘を上手くつくコツは、嘘の中に真実を少し混ぜる事だという。
だが今回不味かったのは、そう言った噂の中で特に眉唾である、勇者による「剣で剣を切る」という奇跡の技など、普通は脚色されているであろう部分にまで真実が混ざっていた事であった。
これによって噂は真実味を帯び、聞いたものは何が噂で何が真実なのか分からなくなる。
特に題材が「勇者」「聖女」「奇跡」である、人々の空想を膨らませるのには十分すぎる素材だ。
これによってフリージアがただの見習い神官である事実は、「ただの女神官に勇者が護衛に着くわけがない」という憶測の元、逆に真実味を失う。
そしてその憶測は更に希望となって、「もしかして・・・聖女様?」と。
その噂は大聖堂までも伝わった。
決定的に分裂した魔族と人族の結婚を取り持ったシャーリアスの聖女、その護衛に勇者がついていた・・・伝わって来る背格好、外見の情報からも、大聖堂の司教達にはそれがフリージアとペインの事であるという事が解った。
「司教様、これはチャンスなのでは!?」
「うむ、ワシもそう思っておった」
光の女神シャーリアスの大聖堂が、地母神ニースの神殿に及ばない所が一つだけある。
聖女の存在だ。
聖女の位階は大聖堂司教より上で、認められるには唯人ではない人類への貢献や、奇跡などが求められる。
地母神ニースの聖女、ナレイアは先の人魔大戦での功績が認められ聖女となった。
宗派の規模や信徒の多さでは女神シャーリアスに分があるが、聖女が存在しているという一点だけで、地母神ニースの聖堂に強く出にくい。今まで大聖堂側はそんなジレンマを抱えていた。
だが今回、フリージアは一旦亀裂の入った人族と魔族が手を取り合い、結婚を寿ぐというその場で重要な役割を果たした・・・そしてその場では奇跡と呼ぶべきことも起こっている、となれば・・・
「フリージアのあの容姿だ。この方が聖女様でございと民衆を煽れば、すぐに民衆は新たな聖女の誕生を望むだろう」
「うむ、あのペインと一緒なのだ、すでに純潔は失われているかもしれんが、民衆には確かめようも無かろう、同じくフリージアの神官としての技量もな。要はバルコニーから手を振る事が出来て、我らの用意する書類に署名と聖女印を押す事が出来ればよいのだ」
「よし、早速聖堂騎士を迎えにやらせよ!!」
こうして大聖堂から迎えの馬車が出る。目的地はイワティス。この時ペイン達は未だ婚礼ムードに湧くイワティスの街を楽しんでいた。
◇ ◇ ◇ ◇
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「急な出立でございますわね、フリージアさんとは年も近く話しやすかったですし、私達の結婚を認め頂いた恩もあります、もっとゆっくりして頂いても良かったのに・・・」
フリージアが最初に面接を求めたのはリスティールである。ここ数か月、本当のお世話になり、感心させられた才媛である。
「いえ、オスカの街からイワティスまで、本当にお世話になりました。実はここだけの話なのですが、大聖堂から呼び出されまして・・・・」
フリージアは一旦言葉を切り、リスティールを見つめる。自分と大して年も違わないのに、才能あふれ、堂々としているこの女性を。
「何でございましょう?」
「いえ、その・・・」
羨ましいのだと・・フリージアは弱音を吐いてしまった。自分にはリスティールのような実力も決断力も知性も無い・・・だからペインさんにも毎回迷惑をかけるし、流される様にしか生きられないのだろうかと。
それを聞いてリスティールは笑った。
「私だって実力なんて無いですよ」と。
「私はただ、私に出来ない事を出来る人に頼んでやって貰っているだけなのです。旦那様やお父様はもちろん、戦う事は護衛に、料理は料理人に、それこそ結婚の承認はフリージアさんにお願いしましたよね? それだけです。自分に出来ないと思ったら、出来る人を頼ればいいんです。その代わりその方に出来なくて自分に出来る事をして差し上げればいいのですわ、要は適材適所ですわね」
「適材適所・・・」
ならば自分に出来る事とは。
ペインさんと一緒に居て、私が出来る事で一番喜ばれる事は、身体を差し出す事と「浄化」の奇跡である・・・それで良いのだろうか?
前にレインから冗談めかして言われた事がある。
「フリージアは神官を辞めても、連れ込み宿の清掃係とかの仕事なら引っ張りだこだろうから、職には困らないね♪」と。
「聖女」という役割に私が「適材」なのかは分からない、だけどそう望まれていると言う事は、それは「私にしか出来ない事」なのかもしれない。
「ありがとうございます、リスティール様、私はまだ他にも挨拶をしなくてはならない人がいますので・・・」
「そうですか、それではフリージアさんもお元気で」
フリージアはその日、今までお世話になった人達に挨拶回りをする。ロイエスタール卿はオスカに帰ってしまったが、リスティール付きになったソフィアにも会った。その誰もがフリージアとの別れを惜しんでくれた。
そしてその夜、フリージアはペインの部屋を訪れた。
◇ ◇ ◇ ◇
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「よぉ、フリージア、お前の方から夜這いに来るたぁ珍しいいじゃねぇか」
部屋で一人晩酌をしていたペインにフリージアは告げる。
「大聖堂に行きます。ペインさんが大聖堂を嫌っていて近付きたくないと思っているのは知っています、それでも一緒に来ていただけないでしょうか? 厚かましいお願いだとは解っています・・・でも一人だと不安なんです・・どうか・・・」
ペインは少し考えるようなそぶりをしてから、ニヤリと笑って言った。
「聖女様か・・・そんな女にじっくりたっぷりエロいご奉仕でもして貰ったらその気になるかもしれねぇぜ?」と。
フリージアはその言葉に何故かホッとしている自分に気が付いて、思わず笑いそうになってなってしまう。
その言葉を聞いてフリージアが最初に思った事は「あれ?それっていつもと変わらない・・」だとか「そんな事でいいのですか?」というものだった。
だが考えてみれば、神官服の聖女候補に対して「たっぷりとエロいご奉仕」を要求する事は、とんでもなく罰当たりな事である。それを「そんな事」と思ってしまう自分も、大概この男に毒されてきているのだと。
◇ ◇ ◇ ◇
フリージアはペインに王都カナンまでの同道を頼み、ペインはその見返りとしてフリージアに今宵の相手を求めた。
フリージアがその条件を飲み、イワティスでの最後の夜、二人が同衾しようとしていた時のことである。
「コンコン!!」というノックの音が響く。
「ねぇペイン~!!、フリージアが居ないんだけど、こっちに来てない!?」
「どうした、フリージアに何か用か?」
「あ~!、やっぱりこっちにいるんだ、ズルい、見てろよ~」
扉の向こうからそんなレインの声が聞こえたかと思ったら、何やらドアのあたりでカチャカチャという音がする、そして・・・・
「ガチャ」と、内側から鍵を掛けてあったはずの扉が普通に開いたのだ。レインの手には細い針金のような「盗賊用ツール」が握られている。
「レイン・・・お前鍵開けも出来たのか!?」
「へへん、罠のかかった宝箱とかは不安だけど、宿屋のドアくらいなら余裕だよ余裕!・・・って言うかやっぱりしてるんじゃん!」
部屋の中のフリージアの格好はいつも通りの神官服だが、その服装は乱れており、何より同じベッドに入ろうとしている。二人がいかがわしい事に雪崩れ込もうとしていたのは明白だった。
「オレだって今日はフリージアと一緒に居たかったのに・・・なんだよあの大聖堂からの使いって奴ら、なんかオレが最初に居た孤児院の奴らと同じような雰囲気なんだけど」
「ま、大した違いはねぇだろうよ、いやある意味もっと質が悪いかも知れねぇな」
「ごめんなさいレインさん、私もレインさんともっと話をしたいです」
「・・・じゃあオレも混ぜてよ」
「あ?」
「え・・・」
そう言うが早いか、レインは二人が今まさに入ろうとしていたベッドにスルスルと上がって、フリージアを後ろから抱きしめた。
「おー、凄い、柔らかくていい匂い・・・おんなじ女なのに何でこんなに違うんだろ?」
「ちょっと、レ、レインさん!?」
「うん、オレもさぁ、正直こっちのケは無いと思ってたんだけど、フリージアくらい美人ならイケる気がする・・・」
レインの表情は揶揄い半分と言った所だろうか?悪戯っぽく笑っている。それに対して戸惑うフリージアと喜色満面のペイン。
「おう、そうだな。そう言う事なら俺は問題ないぜ」
「私が問題あります!」
「諦めろ」
「そうそう、もう諦めよう♪」
ペイン一人でも厄介なのに二人がかりではもうお手上げだ、レインに後ろから抱き付かれ、服を脱がされそうになりフリージアが悲鳴を上げる。
「そんな・・女同士でなんて、やめて下さい!レインさん!!」
「えへへへ~~」
レインは明らかにふざけているだけなのだが、真面目なフリージアは本気で焦っていた。
「うわ、・・・すっげぇ・・・」
何が?とは言わないが、レインがフリージアの身体の一部の大きさに感嘆の声を上げる。
「おいレイン、お前らだけで楽しむなよ?」
「ごめんペイン、ペインの事だってもちろん大好きだよ」
「なら良いんだ」
ベッドの上でじゃれ合う二人を見てペインが揶揄うように言い、レインもそれに答える。
「ちょっと!本気なんですか!ペインさん!レインさん!」
フリージアの悲痛な叫びにペインとレインは、ニヤ~っとした笑いを浮かべる。
さっきまでの緊迫した雰囲気が嘘のようであった。
それはもしかしてこの暗い雰囲気を吹き飛ばそうという、レインなりの気遣いだったかもしれない。
しかし真面目過ぎるフリージアには、いささか刺激が強すぎる冗談だった。
イワティス最後の夜、いつまでもベッドの上でじゃれ合っている姉妹の様な二人を、ペインは笑いながら見守っていた。
____________つづく
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