旅路26「結婚式・その後」
結婚式当日。
どこかの教会ででもやるのかと思ったら、場所はポートマン家の屋敷だった。
でかい屋敷に相応しく、広いパーティホール・・・普段は大食堂かなにかだろうか・・・に、両家会わせて200人近い人数が集まっている。
これでも人数を絞った方だ。二人の経歴から見て街をあげてのお祭り騒ぎになってもおかしくない。
多分そう言うのは、この式が終わってからになるのだろう。
そんな時、突然室内が暗闇に閉ざされ、人族側から悲鳴が上がるが、これは魔法による演出だった。
スポットライトが当たると、そこに礼服とウエディングドレスに身をつつんだイグナスとリスティールが浮かび上がる。
イグナスによる挨拶と、感謝の言葉。
魔族側の聖職者による説法の様なもの、そしてリングガール二人から指輪を受け取り、お互いの指にはめる。
そして誓いのキスとなる訳だが、ここが普通とちょっと違う。
イグナスは真っ白なヴェールを捲ると、リスティールの唇にではなく首筋にキスをするのだ。そしてそのまま白いヴェールを頭から外す。
控えていた魔族がその白いヴェールを受け取り、黒いヴェールをイグナスに・・・イグナスがその新たな黒いヴェールをリスティールに被せて誓いのキスが終わる・・と言うものだ。
「何だか意味深だな・・・」
そう呟いたペインに、役目を終えて戻って来たレインが答える。
「あれってさ、今回は人族のお嫁さんが魔族の所にお嫁に行くからああだけど、魔族のお嫁さんが人族に嫁ぐ時は逆になるんだってさ。黒いヴェールを被って登場して、唇にキスした後白いヴェールを被り直すんだって」
「ほぉ~、やっぱり私は今から魔族(人族)の一員になります・・・みたいな意味合いがあるのかねぇ?、何にしろ珍しいものが見れたな」
その後人族の儀式の代表者としてフリージアが登場し、ガチガチに緊張しながら光の神シャーリアスの聖句なんぞを朗読したりしたのだが、これって魔族的にはどうなんだ?
それでも何のトラブルも無く、二人の誓いを聞いてそれを承認し、フリージアの出番は終わった。
奥に引っ込んでから胸を撫で下ろしてるのがここから丸見えだぞ・・ったく。
「それでは皆様、これより会食に移らせていただきます、場所は本家中庭にて立食形式のガーデンパーティーとなっております。時間の許される限り、ゆっくりとお楽しみください」
執事のガイウスさん達に促され、中庭に出てみると、そこには既にパーティーの準備が整えられている。
食べ物も飲み物も贅を尽くしたものであり、これだけでも一見の価値ありだった。
「こりゃぁ、うんめぇぇな! コッチ方面の土地には食い物関係のいい思い出なんか無かったけど、そうだよな、旨いもんだってそりゃあ、あるよな」
ペインは護衛だと言う事も忘れガツガツと料理を食べる。
そうしている内に会場が「ワッ!!」と湧いた。
お色直しを終えたリスティールが登場したのである。
漆黒の上品なドレスを着たリスティールに、魔族側から歓声とため息が漏れる。
どちらかと言えば明るく、清楚なイメージが先行していたリスティールだが、やはり女性は服によってイメージがまるで変わる。
黒いドレスのリスティールはどちらかと言えばミステリアスで、色気のある感じに見えた。
「だた今より、イグナス様による「刃返しの儀」を行います」
これも魔族の慣習だろうか。
ペインの所から見えるのは、地面に刺さった杭に固定され、目線の高さに調整された一本の剣である、そこに腰に剣を下げたイグナスが近づく。
「ご覧ください、これから新婦に如何様な危機が迫ろうとも、新郎は勇を振るい新婦を守っていきます。ではイグナス様・・・」
「うむ」
ガイウスのアナウンスに促され、イグナスはその固定された剣に近付くと、自らが持った剣を抜く。そして振り下ろし、的となる固定された剣を打った!
「ガギンッ!」と鈍い金属音がする。
「この通り、たとえ余人に刃を向けられたとしても、これからは私がリスティールを守る事、それをここに誓う!」
観衆から拍手が上がる。
つまりこれはそう言う儀式という事か。妻に向けられた攻撃(刃)は自分が跳ね返すと。
正直ペインは打ち合わせの最中も半分寝ていた為、行事などは特に頭に入っていなかった。だがこれはこれで面白い見せものである。
観衆の拍手にイグナスが答える。
「ははは、ありがとう、ここでこの剣を破壊出来たりでもすればもっと格好がついたのだろうけど、私は武より政治力を主とするものだ、御勘弁いただきたい」
刃返しとは言っても儀式的なものだ、とにかく的に剣が当たれば良い。
なのでイグナスの剣の威力がどうの等という人間はここにはいない、しかしリスティールの余分な一言で、会場は変な盛り上がりを見せる事になる。
「いいえ、素敵でしたわ。凛々しくてあらせられました。それにイグナス様の配下の魔族の方の中には、武に優れた方もたくさんいらっしゃるのでしょう?そう言った方たちを纏めるのがイグナス様のお仕事なのですね」と。
花嫁からそんな期待をされては、ポートマン家配下で戦いに自信のある者たちは黙ってはいられない。
酒に酔って勢いがついていた事もあり、今宵めでたく主君の花嫁になられた方に一目良い印象を残したいという、血気盛んな者たちが、刃返しの的の前に集まりだしたのだ。
「我はポートマン家の家臣ルレイエと申す。イグナス様のご指示有れば命懸けで奥様をお守りしますぞ、ご覧あれ!!はぁぁぁぁぁ!!(ゴギィイン!!)」
「いえ奥様、私こそはヒルメイア、この私の武をご覧あれ!!・・・いや俺が、いや私が!」と、まるで余興の的当てゲームにでも参加するように刃返しに興じ始めたのだ。
それほど厳粛な儀式では無いのか、周りの観衆も騒ぎ立てるだけで注意したり止めたりする者はいない。イグナスもやれやれと肩をすくめながら「リスティール殿、気を悪くしないでいただきたい、この者たちも一目良いところを見せたいと必死なのでしょう」と。
いつの間にやらその中にロバートやソフィアまでが混ざっている。
(何やってんだアイツら・・・)
そしてその中の一人が酔った勢いでとんでもない奴にも参加するように持ちかけたのである。
「さあマクレーン殿も一撃! かの武名高きピリオド・マクレーン殿の武技、是非拝見させていただきたい」
(ゲ・・・本気か? あいつが本気とか見せたら新婦側の親族とか真っ青だぞ・・・)
さすがにそれくらいは解るのか、ピリオドも手加減したようだ。
「ふむ、それでは」と、人差し指の爪を短剣サイズに伸ばしただけで、無造作に軽く的の剣を叩く。
「ベキィッ!!」
ただそれだけで・・たったそれだけの事で的の剣は砕け、刀身が真っ二つに折れた。
シン・・・・
砕けた剣に視線が集まり、誰かが生唾を飲み込む音までもが聞こえそうだった。
明らかに結婚式の余興という雰囲気ではない。
「・・・さすがはマクレーン様、恐るべき武勇ですねぇ、私、感服いたしましたわ」
リスティールのその小さな一言で、止まった時間が動き出す。
「確かに! さすがはマクレーン殿です、一瞬言葉を失ってしまいました」
次に立ち直ったイグナスが慌ててフォローし、場は元の穏やかな雰囲気を取り戻し始める。
青くなっていた人族たちも気付いたのだ、むしろこの婚姻によって、この化け物と戦う必要はなくなったのだと。
恐らくオスカの街の治安を守り、いざという時は真っ先に戦わなくてはならないロイエスタール家の兵や、ロバートなどは本気で感謝しているに違いない。
だがそこで素直に終わりはしなかった。
「何、大したことは無い。この程度ならペイン・ブラッドにも出来るだろう」
(おい、ピリオド・マクレーン!なに勝手にこっちに振ってんだよ・・・余計な事をするんじゃねぇ! そんなサプライズはいらねぇんだ!!)
だがそう言われると見てみたくなるのは人族も魔族も同じらしい、すぐに新しい的の剣が運ばれてくる。
(準備のいい事だなオイ、まあ何か不都合があった時の為に予備くらいは用意してあるか・・・)
人族は期待の目で、魔族は挑戦的な目で俺を見ている。「本当にお前にも出来るのか?」と。
「ハァ・・・・」
ペインは一つ溜息をついて前に進み出る。
(最悪失敗してもたかが結婚式の余興だ、笑いものになる位で済むだろう)
「そんじゃ・・・やってみますかねぇ・・・っと!」
ペインは剣を引き抜くと、そのままの流れを利用し、剣の重さだけで、袈裟懸けの一撃を的の剣に見舞う。
「キンッ」
という小さな音が聞こえた。
その音は余りにも小さく、自分は武人では無いからと言って笑ったイグナスの一撃よりも小さな音だった。
そして次の瞬間、ストンと。的の剣が半ばから断ち切れて真下に落下し、その断面が地面に突き刺さったのである。
振り切ったペインの剣は何もしていないのに水に濡れている様な美しい輝きを放ち、刃こぼれ一つしていない。ペインの剣技と、ドワーフの親方が職人気質の暴走によって作り上げたロングソード+4の合わせ技であった。
「剣を・・・剣で・・・」
「切った・・・!?」
爪の一撃で鋼の剣を砕くピリオドの一撃はすさまじかった、だが剣で剣を切るなど。
誰も言葉が出なかった。その中でピリオドだけがただ一言、「見事だ・・」と笑う。
そしてしばらくの後ざわめきが大きくなっていく。
その中でイグナス・ポートマンが感動したように叫んだ。
「ピリオド殿もペイン殿も素晴らしい!! このような奇跡をこの目で見られるとは!! そして見せて頂きました、信じて努力すればこのような奇跡のような御業も可能なのだと。確かに人族と魔族の共栄は難しいかも知れません、ですが信じて努力すれば・・・と、そう思わせていただきました、皆さん、そうではありませんか!!」
イグナスがそう式の参加者たちに呼びかけると、あちこちから「素晴らしい!」「その通りだ!!」という返事が聞こえ、場が大きく盛り上がる。
そしてその興奮が頂点に達した所でイグナスは杯を掴み、高く捧げて叫んだ!
「人族と魔族にっ!!」
「「「人族と魔族に!!」」」
乾杯の唱和は何回も繰り返され、人々の顔に希望が浮かぶ。
(結局俺は一回剣を振るっただけ・・・しかもトラブルまがいのアドリブでだ。それをここまで咄嗟に上手く使って人心掌握に利用するたぁ・・この若様も抜け目ねぇなァ。意外と姫さんとお似合いかもしれねぇぜ・・・)
そんな事を考えながらペインの見つめる先で、多くの人から祝福の言葉を浴びるイグナスの隣。漆黒のウエディングドレス姿の花嫁リスティールは、静かに微笑んでいた。
◇ ◇ ◇ ◇
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結婚式の余波は数週間にわたり、多くの店が安売りや特別料理を出すなど街は祝賀ムードにあふれた。
ペイン達もオスカに帰るのを遅らせ、その街の浮かれた気分の中で、散々旨いものを喰い、ここぞとばかりに腕を競い合う芸人の芸を楽しんで「そろそろ戻ろうか、さて次はどこへ・・・」と思い始めた頃だった。
突然フリージアの元に、迎えの人間が現れる。
それはもう忘れかけていた光の神、シャーリアスの大聖堂の司教からの使いであり、フリージアを迎えに来たと。
シャーリアスの紋の入った馬車でフリージアを連れ去ろうとするまだ若い司祭たちをペインが止める。
フリージアは最初戸惑った。だが一人の神官として大聖堂の指示には従わなくてはならない。
「とにかく話を聞かせて下さい!!」
何も解らぬまま連れ去られるような事が許されて良い筈が無い。フリージアは説明を求めた。
それに対して若い司祭はいかにも面倒くさそうに、慇懃無礼にこう答えたのだ「承知しました聖女様、ご説明いたします」と。
____________つづく
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