旅路25「結婚前夜」
イワティスの街。
その街の規模はおよそオスカの街と同程度で文化レベルもほぼ同じ。しかし唯一にして最大の違いはその人口構成にある。
イワティスの街の人口比率は魔族7割に対して人族がおよそ3割、それは街に入っただけでこの街がいまだに「魔族の街」である事を強く印象付けた。
最前線であることから街を囲む城壁の高さも同じくらいで、その城壁の切れ目である入り口では、執事服姿の魔族の老紳士がロイエスタール一行を出迎えた。
「ようこそイワティスへ、私はポートマン家の執事、ガイウスと申します。皆様お疲れでございましょう、式の間滞在して頂きます屋敷へご案内いたします。」
「出迎え恐れ入る、それではガイウス、よしなに」
そんなやり取りの後、案内されたのは立派な一軒家であった。ここが花嫁一族の宿泊施設、関係者はその近くの一つグレートを落とした宿となるようだ。
使用人に用意された宿も立派なものだ。ポートマン家がこの結婚を重要だと考えているのが良く解った。
「両家の顔合わせと、式の最終的な打ち合わせは、明日の昼前からになります、今宵はゆっくりと旅の疲れをお癒し下さいませ。なにか不明な点が御座いましたら、メイドを通じてお知らせいただければ対応致します」
「うむ、ご苦労」
文句の無い対応だった。
着いた当日に盛大にもてなされては疲れが取れない。そのあたりにも配慮しているのだろう。
ペインとレイン、フリージアにも小さめの一軒家があてがわれた。
「しっかし似合わないなぁ・・・」
レインが言ったのは、ペインの格好である。
今のペインの格好は、イワティスの街に入る前に着替えた、ロイエスタール家の護衛の正装、つまり、ロバートやソフィアと同じあの白い軽鎧である。
いずれもシャーリアス信徒であり、礼節を弁えるソフィアやロバートには似合っているその格好は、ゴロツキのような雰囲気のあるペインには、悲しいほど似合っていなかった。
「解ってるんだよそんなことは!」
ペインは宿に入るなり拗ねたようにそう言うと、白い鎧を脱いで普段の格好に戻る。
目立ちたくないからこそロイエスタールの護衛に混ざろうとしたのだが、完全に裏目であった。
誰に会うか分からないので外に飲みに行くわけにもいかず、ペインは用意された食事を平らげると、メイドに酒を頼み、飲んでふて寝をするしかなかった。
◇ ◇ ◇ ◇
____________
____翌日。
両家の顔合わせと最終打ち合わせにはフリージアとレインも参加する為、仕方なくペインもついて行く。
最初に集まった皆の前でロイエスタール卿に、新郎に当たるイグナス・ポートマンが挨拶した。
「此度はこの婚姻を許可いただき誠にありがとうございます、ロイエスタール卿、これでイワティスとオスカの交流もより深まりましょう」
「なに、私は娘の意志を尊重したまでだ、娘が良いと言うのだからそれでよい」
「リスティール殿が!?」
求婚をしたのはイグナスからである、そして貴族の結婚というのは家同士の結婚であり、本人の意思、中でも妻の側の意志とは無関係である事も多い。だが今のロイエスタール卿の話から推察すると、妻にと望んだリスティール自身がこの縁談に乗り気だったと言う事になる。
「誠ですか?リスティール殿」
そう問われリスティールが父の後ろから進み出る。
そして魔族の参加者が見守る中、しずしずと一人、護衛も付けずにイグニスの前まで行くと
「お初にお目に掛かります、この度は私を妻にと望んで頂き嬉しく思います。私の方でも風の噂で、イグニス様の人柄、統治能力、人望、決断力をお聞きし、お慕いしていた所です」
控え目なドレスに身を包み、背筋を伸ばしてそう発言するリスティールは凛とした雰囲気を纏っている。
「ほう・・噂で・・ですか。オスカの街までその様な私の噂が伝わるとは、非常に喜ばしいですね・・・」
その瞬間であった。イグニスの顔が、瞬時にして上位魔族の・・・悪魔のそれに変わったのだ。
これには居並ぶ人族の来賓の中から短い悲鳴が上がり、ソフィアも驚いて半歩退いている。
しかしリスティールは間近でそれを見たにもかかわらず、眉一つ動かさないで「旦那様? 急にお顔を変えられては驚いてしまいますわ。旦那様がお楽なのでしたらずっとそのままでも私は構いませんが・・・」と、おっとりと微笑んで見せた。
(ククク・・・姫さんが一番度胸が据わってるじゃねぇか)
ペインは思わず笑いそうになるのを堪えた。
イグニスの顔が元に戻る、そして破顔一笑した。
「あっっはっはっはっは!! 試すような真似をして悪かった! 魔族特有の姿はいわば戦闘用の姿だ。普段生活する分にはこの方が楽だから安心してくれ。だが、そなたを妻にと望んだ私の判断は間違っていなかったと確信した、これからどうか末永くよろしく頼む!」
「あら? 嬉しゅうございますわ」
最初はリスティールの儚げな雰囲気に、不満げな顔をしていた魔族側の来賓の見る目が変わる。そして一連のやり取りに場の雰囲気は和らいだものになったのであった。
__________
「ではその時誓いの承認をするのがこちらの神官の少女になるのか」
今回の結婚式は、人族と魔族の婚姻であるため、人間、魔族双方の式の特性を合せた式になる。
昔執り行われた式を参考にしながら、今まで何度も打ち合わせをしてきた。
今の話題は急遽変更になった人族の神官についてである。
「フリージアと申します、未熟ではありますが精いっぱい務めさせていただきます!」
「うむ、よろしく頼む」
「次に結婚指輪を運ぶリングガールであるが、これは人族、魔族双方から一名づつという事であるな。そちらが人族のリングガールであるか」
「は、はい、オレ・・じゃない、私!レインです!」
緊張するレイン。そして紹介された魔族側のリングガールというのが・・・・
「エリス・マクレーンと申します、よろしくお願いいたします・・・」
(あの娘は確か・・・ピリオドの・・)
いやな予感は必ず当たるもので、エリスの後ろから保護者が顔を出し、フリージアとレインの護衛に付いていたペインに話しかけてくる。
「久しいな・・・と言う程時は立っておらぬか。ペイン・ブラッドよ」
「・・・・・・ピリオド・マクレーンか」
ペインの呟きに、傍にいたロイエスタール卿が反応する。
「マクレーン・・・この方がペイン殿が言っていた、絶対に喧嘩を売ってはいけない魔族と言う?」
そしてマクレーンの出した名前に魔族側でも動揺が広がっていた。
「ペイン・ブラッドと言えば『勇者』の名前では無いか!?」
「いや、しかしそれならば何故あんな護衛のような格好を?」
「我らを欺く為か!?」
ざわざわと騒めく来賓をイグナスが鎮める。
「静かに! マクレーン殿、一体これはどういうことなのですか、まるでペイン・ブラッドと知り合いのような様子、彼はあの『勇者』で間違いないのでしょうか、ご説明頂きたい!」
「うむイグナス殿、誤解を与えたなら謝ろう。そうだな・・まずどこから話そうか・・・」
ピリオドはペインとの出会いが偶然だった事、巻きこまれた事件とその顛末。そして一騎打ちが引き分けに終わった事などを自らの口で語る。
魔族も人族も、全ての者がその間一言も漏らさず、かたずをのんでその話を聞いていた。
___________
「と、まあそんな所だ」
ピリオドがぶっきらぼうに話を打ち切った途端辺りは騒然となった。
「まさか!あのペイン・ブラッドとマクレーン殿が一騎打ちを!」「しかも肩の肉を抉り骨を砕いたと・・さすがはマクレーン殿!」「だがしかし、年老いたとはいえ勇者もまだ健在という事か、マクレーン殿ほどの剛の者の腕を抉るとは」
「まさかペイン殿が『本物の高位魔族』と剣を交えていたとは!」「ではあの時の方針変更は間違っていなかったと言う事では」「まさに!危ない所であった」
そして話を聞いたイグナスが、レインとエリスに話しかける。
「あの二人の一騎打ちに割り込むとは・・・。レインという娘はロイエスタール家の親族ではないようだったが、それほどの勇気の持ち主ならばリングガールにふさわしかろう、そなたらが居なければペイン殿とピリオド殿、いずれかがこの世に居ない可能性もあったのだからな・・・二人ともよろしく頼む」
そのイグナスの言葉に続いてリスティールも二人に声を掛けた。
「あの二人の一騎打ちに割り込んで止めるなど、中々できる事ではないですわ! もしそこで止まっていなければ、どちらかが亡くなっていたかもしれないのですもの、お二人は私達の婚姻の危機を救って下さった恩人ですわ、よろしくお願いいたしますわね」
「は、はいッっ!」
「承知しました」
リスティールの言葉に全員がハッとする。
ペインは人族にとって英雄たる、『勇者』であり、ピリオドも魔族側の英雄と言っていい高位存在である。
もしその二人がこの婚姻直前に戦い、どちらかが敗れて死んでいたらどうなっていただろうか?
どうなったにせよかなりの遺恨を残すことになったに違いない。それはともすればまた再び争いに発展するほどの・・・そうなっていれば結婚どころの話ではない。
あの時の一騎打ちが『引き分け』という一番都合のいい結果に終わったのは、この二人の少女の行動の結果という所が大きかったのである。
婚姻の危機を救ったと言うのはあながち大げさな表現でも無いのだ。
こうしてレインについても最初は「なぜこんな娘がここに居る?」と見ていた魔族側からの見る目が変わった。
注目され、いつの間にやら見直されたレインは「え? えっ?」と戸惑っていたが。
「それではペイン殿も、もはや我々と戦う意思は無いと考えてよろしいか」
イグナスに問われたペインは肩をすくめる。
「冗談じゃねぇぜ、ピリオドにはもう言ったけどもう一回言わせて貰わァ。『決闘も戦争も二度と御免だ!』これでいいかい?」
この勇者の返答は、魔族側にとって大いに胸のすく回答であった。
魔族の若者たちにとっては勇者と引き分けたというピリオドを誇りに思ったし、もっと言えばペインがピリオドを恐れているようにも映ったからだ。
だが歳経た年配の魔族からはペインに同調したような声が漏れる。
「ワシ達だってあんな戦は二度と御免だ・・・」そんな声がポツリポツリと漏れ、場が静かになってゆく。
そんな中、あえて空気を読まないような無邪気で明るい声が響いた。
「お互いに戦いたくないって思ってるのであれば、仲良くすればいいだけの話ではないですか。 皆さま安心してください! 私の旦那様とお父様でしたらそれが実現できます、私達の、この婚姻がその先駆けになりますわ!!」と。
声の主はリスティールである。
「何も知らない小娘が!」と、本来ならそう言われても仕方のないような、今までの人族と魔族の歴史を無視した夢見がちで軽いセリフである。
だがこの場にその言葉に反対できる者はおらず「その通りだ」「確かに」などという呟きさえ聞こえる。
何故か。
リスティールが自分の意見として今の言葉を言ったならば、一笑に付されて終わりである。
だがリスティールは「自分の旦那様 (イグナス)と、お父様(ロイエスタール卿)なら出来る」と言ったのだ。
この場に居る二人の配下がこれを否定すると言う事は、言うならば自分の主人であるイグナス(ロイエスタール卿)の能力を疑っている事になる。ありていに言えば主人を無能呼ばわりする事になってしまうのである。
なので複雑な気持ちを抱えながらも表面上は頷くしかない。
高位魔族も、老練な文官も、騎士も、並み居る人生経験に優れた大人たちが、まだ若いリスティールの無謀で軽薄な主張に、ただ「はい」というしかな状況に追い込まれている。
その状況にペインは無性に笑いが込み上げてきた。
『女は笑顔が一番魅力的ではあるが、同時に笑顔の女が一番怖い』か。昔の人間はよく言ったものだ。
「争いたく無ければ仲良くすれば良い。物事は単純が一番ってか? ククク、フフフフ、あっはっはっはっはっはっは!!!!!」
リスティールが敢えて空気を読めない、子供っぽい言い方をしたのも皮肉が効いていた。大人というのは様々なしがらみに雁字搦めになり、考えて、考えて、考えすぎた挙句、子供でも分かるような事が解らなくなってしまう事がある・・と、暗にそう言われているような気がした。
「フフフフ、クックック」
ピリオドも笑い、そしてその笑いは伝播するように会場中に広がる。
何故か分らないがみんな笑っていた。自嘲気味に笑うものあり、「そんな馬鹿な」と言うように笑うもの、人魔大戦を生き抜き、悲壮な体験をしたであろう老人達の中には泣きながら笑っている者も居た。
その笑いの中、リスティールの良く通る声が再び響く。
「ですからよろしくお願いしますわね、旦那様・・・それからお父様も」
「ああ、約束しよう。くっくっく・・・貴女を妻に選んだ私の目に狂いは無かった!!」
「う、うむ!」
イグナスは満足そうに、笑顔で妻になる女性に答え、愛娘の堂々たる姿に父であるロイエスタール卿も驚いたように返事をする。
笑いというのは精神にプラスの作用があるという。
一通り大声で笑い終えた後の結婚式の打ち合わせは、人族魔族共に胸襟を開き、和やかなものになった。
(・・・ったく、大した姫さんだぜ。小娘一人にいい年こいた大人共が良い様に踊らされてるじゃねぇか)
そしてペインは思った。
(争いたく無ければ仲良くすれば良い、そんな事も分かんねぇバカだったんだな、あの時の俺は・・・)
もちろんそんな単純な問題ではない。立場もあるし状況も時代も違う、自分以外の思惑もある、そして理屈と感情は別だ。
仲良くしたいと言えば全ての争いが収まって平和になる訳でもない。
だけど当時コイツがいれば、もしかしてあの戦争は無かったのではないかと。そう思えてしまう自分が居る。
恐らくこの婚姻はロイエスタール・ポートマン両家だけではなく、イワティスとオスカにとって、とても良いものになるに違いない。
再び笑いが込み上げてきて、ペインは一人で笑う。
ただ一つ言えることは、少なくとも魔族側に当初あったリスティールに対する「この女性はイグナス様に本当にふさわしいのか?」という疑念は完全に払拭されたようである。
____________つづく
リスティール様無双。
ヒロインA・・空気
ヒロインB・・空気
ソフィア・・空気
主人公・・ナレーション
・・・リスティール様、つよい。
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