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旅路24「イワティス行き」



 結婚式の2週間前、そろそろイワティスに出立しなければならない頃になり、鍛冶屋からやっと連絡が来た。


 追加料金の高さにペインが文句を垂れる。金はあるが別に無駄に使いたい訳ではない。


「まあそう言うな、金と時間はかかったが、見てみいこの出来栄えを!、今まで仕上げた中でも会心の出来じゃぞ?」

「おいオヤジ・・・こりゃぁ・・・」

 鞘ごと渡された剣を抜いてみて、その刀身の輝きにペインは息を飲む。


(誰がここまでやれと言った・・・)

 恐らくこのドワーフ、補修している内に気分が乗って、あれもこれもと金と素材に糸目をつけずに最高の一振りを仕上げたようである。職人気質のドワーフにはたまにある事であった。

 

 確実に元の剣よりグレードが上がってる・・こんなヤバい物を結婚式の場に持ち込んで良いのか?

 だがなまくらよりは余程良い。ペインは仕方なく言い値を払ってその剣を受け取った。


 花嫁とその親族、護衛・・その他諸々を乗せた船がオスカの港を出る。

 対岸の町へ、すでに荷物等は積み込まれている、後は人を乗せて出発するだけだ。秋も深まるこの季節ではあるが、これより先になると更に寒さが酷くなる上に、雪も降るのでこの時期を逃したくない。


 イワティスまでの日程は約1週間弱、空は一行を祝福する様な秋晴れだった。



◇ ◇ ◇ ◇

_____________



 前にこの川を渡ったのは二十数年前になるだろうか。

 その時は、この川が人族と魔族の勢力圏を分ける国境の役割を果たしていた。


 この川を渡るのは命懸けだった。対岸は魔族の支配領域で、魔族と人間は戦争中だったのだから。


 その川を今ペインは、花嫁とその家族と共に、何の心配もなく渡っている。

 しかも嫁ぎ先はイワティス、そして花婿は魔族だ。


 一刻ほどで対岸に着く。

 出迎えたのは人族だ。ロイエスタールの手の者だろう。既にイワティス行きの馬車の列は待機済みである。


「ご苦労」


 ロイエスタール卿が待っていた者達に声をかけ、先頭の馬車に乗り込む。

 ここからイワティスまでは5日の距離、余裕をもって6日と言ったところか。

 フリージアとレインは4台目の馬車に乗り、ペインは一人馬上の人となる。この馬に荷物以外を乗せるのは久しぶりだが、まだ人の乗せ方は忘れていないようだ。


 これほどの規模の車列だと言うのに、徒歩の人間がいない。なんとも贅沢なことだ。


 そして花嫁一行を乗せた馬車は順調に予定通りの道を行き、初日の休憩地点に到着した。


 出来れば全て町を経由して行きたいところだが、これだけの大所帯ではスピードも出ず。何日かは夜営をすることになる。

 

 使用人は簡易な幕屋や馬車の中、或いは毛布に包まって横になる。しかしロイエスタールの家の人々が使う天幕は大きく豪華で、まるで将軍の本陣のようだった。


 夜中でも篝火が多く焚かれ、折り畳みのテーブルで食事をする。これが夜営と言えるのか。まるでお祭りのような雰囲気だ。


 ペインはそんな中、焚き火の側の地面に直に座り、炙り肉とパンを齧っていた。


「このような所に居たのですか、ペイン殿! ご一緒してよろしいですかな?」


 そう声を掛けてきたのはロバートと二人の若い騎士だった。名前は知らないがリスティールの警護をしていた4人の、ソフィア以外の3人である。


「ああ、別に構わねぇが、わざわざ男の居るところに男を増やしてもむさ苦しいだけだぜ?」

「これは失礼しましたな! わはははは!」


 彼らは手に手に料理の乗った皿や、エールのジョッキを持参している。


「ペイン殿の強さ、誠に感服いたしました、(それがし)どうやって意識を刈られたかも気付きませんでしたわい、まだまだ修行不足です」


 ロバートがそう言って頭を掻くと、連れの若い騎士たちも、是非その対戦を見たかったと口をそろえる。


「首の後ろ、いや横と言った方が良いか・・点穴って奴があってな。体におかしい所は無いか?」

「はは、町の薬師に貰った湿布で何とかですな、今は何ともありません」

「そうか、そいつぁ良かった」

 素人に使うにはちょっと危険な技だったが、流石はソフィアの師を務めるだけはある、大丈夫だったようだ。


 ペインは再び炙り肉を齧る。


(旨い・・・)

 口の中に鶏肉の油と塩気が溢れ、旨味が広がる、この後油だらけの口にパンを詰め込み、、酒で纏めて洗い流すのは快感に等しい。


「やっぱ良いもん食ってんなぁ・・・二十数年前じゃ考えられねぇ・・・」

 ぽつりと漏らしたその一言に、若い騎士が食いついた。


「二十数年前!? 人魔大戦ですな! もしかしてペイン殿は戦の時もこの道を通ったのでしょうか!?」

 その目はキラキラと輝いている。物語に登場した現場に、今、立っているのだという事に感動していると言った塩梅だ。

(こいつも絵本や読み聞かせ世代か・・・)


「まあな、イワティスの手前まではこの道を通った・・・そこからイワティスを迂回して北に向かった訳だがな」


 イワティスでは陽動の為、人族の軍が魔族の軍と正面から対峙し、時間を稼いでいた。その間に精鋭100人が裏道を迂回し、小さな村で現地調達をしながら魔王城へ潜入、急襲したのだ。


「是非!私達もそのお話を聞きたいです!!」

 恐らく彼等は英雄譚に出てくるような、強敵との遭遇、激しい戦い、そして勝利という物語を期待しているのだろう。


「そんなに面白い話じゃねぇぞ、特に飯を食ってる時にする話じゃねぇ・・・」

 それでも、どうしても聞きたいという若者に促される様にして、ペインは話し始める。


 イワティスを包囲する陣から選出された100名が、どんな風に戦ったのかを。


◇ ◇ ◇ ◇

___________



「最初は良かったんだ、道は細いが何とか連絡も出来ていたし、糧秣も確保できた、だがな、突然連絡が途絶えてその糧秣が届かなくなったんだ・・・」


 派手な魔法や剣技の応酬を期待していた若い騎士は、突然そんな話をされて面食らった。だが今が食事をしている最中だと言う事で食事の話なのかと納得した様で素直に聞いている。


「個人の持ってる食料なんてすぐに無くなっちまう、そういう時どうしたらいいと思う?」


 ペインに聞かれ、若い騎士が答える。

「狩りをしたり・・採取を行ったりでしょうか?」


「まあそうだな。ところが北方の魔獣はデカくて凶暴な奴が多くてなァ・・おまけに肉は不味い。魔王を倒しに行くはずが、その途中で()()()にやられた奴も居たなァ・・ははは」

 ペインは笑うが若者たちは笑えない。

 軍の中から選ばれた精鋭が、食べる為の動物との戦いの中で死んだ・・・? それは彼らが思い浮かべる「英雄」の死に方では無かった。


「豚とか牛に似てるからって、二足歩行の奴は止めといたほうがいいぞ? あいつら肉は固ェし、焼くとくせぇんだよ、意外と食えるのはトカゲとか蛇に似た奴らな。香辛料をたっぷりつければ何とか食える。ただ骨が多くて食う所が少ないけどな」


 二足歩行の魔物の名を出され、何人かが食欲の失せたような顔をする。それもそのはずだ、ミノタウルスやオークなどは体の形はほぼ人である。それを食べたなどと・・・


 ペインの話は続く。

「腹が減るとな、人間は怒りっぽくなってすぐにイライラするようになる。娯楽もねえ、だからせめて女の子と話でもしようとすると、その娘の恋人や同じパーティーの男共が怒り始めるんだ、俺の女に手を出すなってな・・・空気は最悪だぜ?小競り合いも起こる、なかには剣を抜くヤツも出てくる」

 

 これも若者たちには信じられない話だった。英雄ともあろうものが、腹が減ってイライラして同士討ち・・その原因が他のパーティーの女性に話しかけただけ!?


「それでもまだ元気があるだけマシなんだぜ? 本当に腹が減るとな・・・何もやる気が起きなくなって集中力が無くなって、時々意識が飛ぶようになるんだ、そんな状態で戦えると思うか?」


 まだ魔族と戦う話を聞いていない・・なのに話を聞いていると、戦い以外の所で・・こんなに酷い・・・


 若い騎士二人が顔を蒼褪めさせ、なんと発言していいか分からなくなっていると、ペインはそこでニヤリと悪戯っぽく笑い、バクリと大きな口を開けて肉にかぶりつきこう言った。


「だから大事な事の前には飯はちゃんと食わなきゃいけねぇってこった!!、特にこんなに旨い飯や酒がある時はな!! 他の事に時間を割くのはバカのやる事だぜ!!」


 そう言って豪快に笑うペインの姿に、若者二人は自分達が揶揄(からか)われたのだと感じ取った。


「ペイン殿!冗談がきついですよ! 本当の事かと思ってしまいました!」

「全くペイン殿もお人が悪い、しかしその語り口の功名さ、吟遊新人も顔負けですな! 勇者殿の新たな才能(ジョブ)を知ってしまいましたよ!」


 若者たちのその言葉を耳にして、周りで何となく聞いていた者たちも「何だ冗談か」と、ホッとした表情を浮かべる。


 ペインも一緒になって笑った。

 しかしペインは今の話が冗談だなどとは一言も言っていない。むしろ、一番重要な食糧確保の方法は語っていないのだ。

 それは食事をしながら聞くにはあまりにもおぞましく、そしてこの魔族へと嫁ぐ婚礼の前祝とも言える宴では、決して語ってはいけない内容。


()()調()()・・・と言えば聞こえはいいがな)

 ペインは口の中の炙り肉を、強い酒で流し込む。


 非戦闘員の村々を襲い、殺し、奪う。

 場合によっては殺す前に・・・ペインは娯楽に飢えたそんな英雄達の行為を散々見ている。

 

 もし、イワティスに昔関わった魔族が居たら? 可能性が無い訳ではない。皆殺しにした? では兄弟は?、親族・・友人は?

 

 自分は確かに戦争を終わらせはした。だが俺は憎しみしか生み出していない。

 それに比べ戦後二十数年で、ここまで人族と魔族の間を修復し、婚姻でさらに強固にしようとしているロイエスタール卿・・・

 

 ペインは立派な天幕の中で家族と食事をしているであろう、花嫁の父を心底尊敬する。

 そしてこの目出度い婚礼の場に、本当に自分が出席していいのかと自問した。



 みんなが寝静まった頃、ペインは再び一人となり、強い酒を煽りながら魔王領産の煙草に火をつける。


 答えは出なかった。

 ただ今更帰るという訳にも行くまい、後は運を天に任せるだけ・・・


「どうかしたんですか?」

 俺の態度が普段と違う事に気付いたのだろう、フリージアが様子を見に来た。


 俺は「何でもねぇよ・・・」と答えようとしたが上手く頭が回らず、本能的にフリージアを引き寄せ、自分の天幕に引っ張り込む。フリージアは抵抗しなかった。


 

 結局、ペインは一人。


 それを慰めるのは酒と、煙草と、女だ。

 

 だが乱暴に天幕に引き込んだフリージアから向けられた「大丈夫ですか?」という問いと憐れむ様な視線に・・・ペインは何故か「自分はまだ人間でいていいんだ」と思う事が出来た。



_______________つづく




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