旅路22「リスティール・ロイエスタール」
翌日、リスティールに「昼食をご一緒に」と言われ、フリージア、レインと共に昼食を共にした。
食べている間ロバートを含む護衛の3人が、食事もしないで控えているのは何となく気まずかったが、貴人の食事というものはこういうものなのだろう。
「昨日の試合、ペインさんの腕前は本当に素晴らしかったですわ」
リスティールの賛辞に、警護に当たっているロバートも同調する。
「誠に! ペイン殿に我らと共にリスティール様の警護の一翼を担って貰えれば、これほど力強い事も無いのですがな!」
ロバートとしては最大限の誉め言葉なのだろう、だが俺はあえて言う。
「・・・姫さんは何のためにイワティスに行くんだ?」
昨日「ある意味正解で、ある意味間違いだ」と言ったのもそこだ。確かにソフィアは純粋に武力でロバートに及ばないかもしれない、そしてロバートもソフィアも、高位魔族とやり合う事を想定するならどちらも力不足。
だが本質はそこじゃない。聡明なこのこの姫さんなら気付いているだろう、すでに両親に訴えているかもしれない、だが子を思う親故に見えない事もある。
「・・・・イワティスの統治者、イグナス・ポートマン様に嫁ぐ為ですわ」
リスティールはそう答えつつ、ペインが何を言いたいかを悟り、自嘲気味に笑った。
「だろう? だけどな、話を聞いてると『腕の立つものを集める』だの『戦闘力の低い者は連れていけない』だの、何だか殴り込みにでも行くみてぇだな」
「それは私も最初から申し上げているのですが、両親としてはやはり心配らしく、『ある程度武力でけん制しておけば抑止力になる』という事で話がまとまりまして・・・」
「そりゃ逆効果だろうな、嫁に来る女がゾロゾロ兵士を引き連れて来たら相手はどう思うよ? そして魔族ってのは武人気質が強いからな、最初はそんな気が無くても『そっちがその気なら・・・』って事になりかねんぞ? それに高位魔族相手では普通の人間の兵士レベルの手練れを何人か揃えた所で焼け石に水、意味ねぇよ」
「ペインさんに言われ、それは私も父に伝えてはみたのですが・・・」
そこで口ごもるリスティール。俺から見ると、このリスティールって姫さんは有能どころじゃない、ナレイアと同じ空気を感じる程の厄介極まりない女に見えるが、両親にとっては可愛い娘だ。
この姫さんが何か言っても「娘よ、わがままを言わないでおくれ?」みたいに取っちまってる訳か。
「なあ姫さん、そのロイエスタール卿に時間を取って貰うことは出来るか? 姫さんが言っても無駄なら俺が『手練れの護衛を揃えて圧力をかける』ってのがどんなに無駄な事か証明してやるからってな」
「分かりました、聞いてみます」
こうして本日の昼食は和やかとは言えない内容を話し合いながらのものになった。さながらそれはランチをしながらの会議のようだった。
◇ ◇ ◇ ◇
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「話は娘から聞いた。イワティスへ嫁ぐにあたって、こちら側の武威を示してけん制するのは逆効果だと申すそうだな、娘も以前、『私は嫁ぐのであって戦争を仕掛けに行くのではありません』などと申していたが、私はそうは思わん。嫁ぎ先は旧魔王領だ、どれほどの兵を付けても心配である事には変わりはない、この親心が分からぬか?」
たまたま時間があったロイエスタール卿に目通りが叶ったのは次の日だった。昼過ぎからリスティールの招いた客という名目で面談を許される。
「ええ、その心情は察するんですがね、逆に考えてみて下さいよ、人間領に嫁いで来る魔族の娘が軍団引き連れて来たら、嫁ぎ先やその周りの人間はどう思いますかねぇ・・・相手の気持ちを逆なでする様な事は止した方が良い、高位魔族を怒らせたら10人やそこらの護衛つけた所で無意味だぜ」
「高位魔族の脅威は解っているつもりだ、私の兵は皆手練れだぞ?」
「いや解ってねぇよ、あんた自分で魔王領奥地の高位魔族と対峙した事あるのかい?」
「・・・・・・」
黙り込み、不機嫌な様子のロイエスタール卿に、ペインは語り掛ける。
「ま、気持ちは解りますよ。俺みたいな胡散臭い奴からそんな事を偉そうに言われても信用出来ないでしょうな、ならば証明して見せましょう。オレを高位魔族だと思って取り押さえてみて下さいよ、何人でもいい。それこそロバートさんやら、今そこにいるロイエスタール卿の護衛の手練れの皆さんでも構わんからよ」
あの後リスティールと話し合ってみて判った事だが、やはりリスティール自体は多くの護衛を引き連れていくのに反対なのだそうだ。
相手のイグナス・ポートマンからは「花嫁に手出しなどさせぬから安心して嫁いでほしい、私が君を守る」などというイケメン発言な手紙を貰っており、リスティール自身もそれを信じられると感じていると。
「それくらい信じられる相手でなければ嫁ごうなどとは思いません」と、ハッキリと言い切るリスティールからは、新郎の魔族イグナスへの信頼が見て取れた。
・・・つまりこの状況は子離れできない親の、過保護と思い込みが原因って事かもしれない訳だ。(全く、シャーリアス信徒は頭が固くて思い込みが激しくなきゃいけないって決まりでもあんのか?)
「ほほう、申したな?・・・お主が高位魔族と互角だとでもいうのか?」
「少なくとも俺を取り押さえられないようじゃ、高位魔族の相手はムリだな」
この言葉にいきり立ったのはむしろロイエスタール卿ではなく、その周囲に控えていた護衛の騎士であった。
「ロイエスタール様、こうまで言われて、ここで相手をせねば臆病者のそしりを受けましょう。確かに相当の腕の持ち主だとはロバートより聞いております、だが何人でも良いとはあまりに大言壮語、ソフィアを下し、その上で名を売りたいが為の言葉やもしれませんが、それほど甘くは無いと分からせることも必要かと・・・」
「うむ・・・ペインと言ったな、そちの言う通り相手をさせてみよう、私も検分させてもらう、よいな!?」
「ああ、勿論ですよ」
___________
こうして場所は中庭に移される、昼間見ると、やはりかなり広い庭だった。
「何人でも良いと申されたが、軍勢を持って取り囲むような真似はせぬ、我ら3人でお相手するが宜しいか?」
中庭でペインと対峙したのは同じ白い鎧を身に着けたロイエスタール卿の護衛二人と、リスティール付きの護衛長ロバートの3人だ。
「ああ、良いぜ」
それに対してペインはボロボロの皮鎧、武器も短剣のままだった。
「武器はそのままで良いのか? 自分の剣は修理に出しているとの事だが、長剣を貸し出す事も出来るが・・・」
「構わねぇよ」
「そうか。それでは、いざ!!」
設定はオスカ側の非礼に激高したイワティスの魔族が暴れ出したという設定だ、それをオスカ側の兵が3人で抑え込めるかどうか。それが試される。
結婚式の護衛という事で盾などは持たない、それでも軽鎧と長剣で武装した3人である、ペインに勝ち目はあるのか?
3人は連携の取れた動きでペインへ攻撃しようとする、しかしその一角がいきなり崩れた。
「力よっ!」
不意打ち気味に、剣を持つ右手とは逆の手から放たれた魔法に、中央の護衛騎士が吹っ飛ぶ!
「なっ! 魔法だと!?」
「魔族が魔法を使うのは当たりめぇだろ? 何驚いてんだよッっと!」
ロバートは白い胸当てを派手に凹ませながら吹っ飛んだ仲間を振り返った・・だがそれがいけなかった。
「加速・・」
速度上昇の強化をかけたペインはそのままロバートの死角に入り、意識外からの攻撃で一瞬にしてロバートの意識を刈り取る。
そしてそのまま一気に加速すると護衛対象のリスティールに肉薄し、鞘に入ったままの短剣をその首に突きつけた。
「どうだいロイエスタール卿、これでも手練れを護衛に付けた方が安全だと思うかい?」
一瞬にして仲間二人を倒され、何も出来ないまま護衛対象に迫られたロイエスタール卿の近衛は愕然とし、ロイエスタール卿はその光景に目を見開き、その後ガックリと項垂れる。
「見事だ・・・魔族にはそなたでも敵わぬような者がまだ残っておると言うのか?」
「最低でも一体・・・向こうに行ってマクレーンって魔族に会ったら変に喧嘩を売らないこった。こっちから何もしなきゃ大丈夫だと思うがな・・・」
「・・・そうか、そうしよう・・ペインと申したか、そなたの・・・」
と言いかけてロイエスタール卿の目が見開かれる。
「・・・ペイン・・・だと!? もしやペイン・ブラッドか!?」
「おうよ、この街には補給で寄っただけだし、その時も目立たねぇように行動していたが、あんたくらいの歳なら名前くらい知っててもおかしくねぇか・・・」
「信じられん・・・」
多くの国でそうであるように、偉人の名を我が子に付ける親は多いものだ。かの大戦後、「ペイン」という名前はありふれたものになった。
かの大戦時はロイエスタール卿もまだ家督を継ぐ前の青年であり、勇者の姿は王都で兵士の士気を上げるための閲兵式で遠くから見ただけだった。
だがその時のペイン・ブラッドは白銀の豪奢な鎧を身に着け、赤いマントをたなびかせながら黄金の剣を掲げていた。そして若々しく爽やかで、溌剌としていた。
決してこんな目の下にクマを作り、淀んだ目をした、うらぶれた中年では無かったのである。
もちろん近衛や護衛の若い騎士などに至っては、ペインの事など教会の絵本の読み聞かせでしか知らない。
その物語の中の「放浪の勇者」は、若々しく爽やかで正義感が強く、無償で困った人々を助けながら旅を続ける善意の結晶のような人物として描かれているのだ。
レインあたりが読んだら「誰コレ?」と、真顔で首を捻りたくなる様な脚色が成されているのである、今のペインを見て一目で「勇者だ」と見抜ける者はおるまい。
「分かった・・・元勇者が言うならば間違いはあるまい、婚礼の警備体制については見直しとしよう、ペイン殿も知恵を貸してくれるか?」
「いやその必要は無いだろうよ、この姫さん、なかなかの切れもんだぜ、あんたがする事と言えば娘をもっと信用してやることじゃねえか?」
「リスティールが・・・か、なるほどな、ならば今一度話を聞かせてくれるか、リスティール・・」
「勿論ですわ、お父様!」
「あ、そうそう、兵を連れてくのは相手に対する威嚇行為に見えちまうって話だが、一人二人ならいいと思うぜ・・・例えば、見た目が良くて儀礼的な意味の付き添いに見える女騎士とかな」
「検討しよう」
「ああ、そうしてくれ、そうしてもらえると、こっちも色々と美味しいんだわ」
「美味しい?」
「いや、何でもねぇ・・・こっちの話だ」
◇ ◇ ◇ ◇
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それから数日、話し合いを重ねた結果、婚礼時の警備は最小限で「イワティス側の提供する警備体制を信用する」と言う事を前面に押し出し、アピールする方針に転換された。
ロイエスタール卿はそれでもまだ心配していたが、リスティールの「イグナス様は信頼できる方ですわ、でなければ嫁ごうなどとは致しません」という言葉を真摯に受け止めた。
「それにしても手紙のやり取りだけで、まだ会った事も無いんだろう?なぜそんなに信頼できると言い切れる?」
ペインは報告に来たリスティールにそう質問する。
「それはですね・・・」
リスティールはイグナスから婚姻の申し込みがあってから、手紙のやり取りで人柄や考え方を、そして密偵を放ってその事実確認や政策、噂などを調べ上げていたらしい。
その頃のリスティールはまだ20を過ぎたばかりだったらしいが「誕生日ごとに貰っていた宝石やアクセサリーが高く売れたおかげで助かりましたわ」と、おっとりと笑っていた。
年頃の女が宝石やアクセサリーを売っぱらって、その金で密偵雇うのかよ。その年で「アクセサリー<情報」か、本当に食えねえお姫さんだな。
というのはペインの感想である。
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「放浪の勇者だと!?」
「元な、あくまでも元だぞ?」
道理で勝てない筈だ・・・ソフィア・リンクスはそう思うと同時に、幼いころの憧れがガラガラと崩れ落ちていくのを感じていた。
『放浪の勇者』は子供たちの中でも英雄に憧れるような活発な子供や、お姫様願望のある女の子に人気の物語である。両方の要素を持つソフィアが好きにならない理由が無かった。
むしろソフィアが騎士になってリスティールの護衛になったのは、その物語の影響と言っても良いくらいである。
その憧れの英雄が今、ソフィアに対して「成功報酬はツケにしておいてやるから、次に来た時に俺達に便宜を図れ」と要求しているのである、一体次に会った時には何を要求されるか分からない。ソフィアはいろんな意味で泣きたかった・・・
ペインの正体を知ってショックを受けるソフィアをよそに、リスティールは続けた。
「しかし困った事に、護衛が少なくなって式の進行を頼むはずであった司祭様がイワティス行きを断ってきたのです。そこでフリージア様に代役をお願いしたいのですが」
魔族との婚礼は近年では前例がなく、魔族側の儀式と人族側の儀式を半々に取り入れた式になるらしい。それで、人間側の儀式として、二人の誓いを見届け、夫婦であると承認する神官が必要なのだが、もともと旧魔王領に行きたがる神官は少なく、押し付け合いになっていたと。
そこに今回の「ボディーガードは付きません」宣言である。
「これも何かの縁です、勇者様と旅を続けてこられたフリージア様ならば適任かと。わたくしも同じくらいの歳のフリージア様が引き受けてくれるなら心強いですわ、後はレイン様にもリングガールをお願いしたいんです」
「私がそんな大役を・・・」
「えッっ!?オレぇ??」
「はい、私がフリージア様にお願いしたいんです、レイン様もとても可愛らしいですから、式が華やかになりますわ」
「・・・・わかりました、そこまで仰られるなら私もシャーリアスの神官として、精いっぱい務めさせていただきます」
「え・・・え、可愛らしい?・・・オレが・・・えぇ?そ、そうかなぁ・・えへへ」
(おい・・・フリージア、お前勝手に引き受けてるけど、それってつまり・・・)
「お引き受け下さって嬉しいですわ。それではフリージア様の護衛の方も自動的にイワティスまで同道して頂きます事になりますわね、よろしく願いします」
リスティールが俺の方を見てにっこりと笑う。
(・・・くそっ、やられた!・・・・これだからこういうタイプの女は厄介なんだよ!!)
そしてリスティールは未だにショックから立ち直れないソフィアに向かってこう言ったのだ。
「ペイン様に来てもらえるとは言え、ペイン様はあくまでフリージア様の護衛。何かあった時に私の一番近くに居るのは貴女です。ソフィア・リンクス、私の命を貴女に預けます、頼みましたよ」と。
その言葉を聞いたソフィアがどれほど感動したかは想像して頂けるだろう。
ソフィアにとっては金より地位より何よりも嬉しい言葉だったに違いない。
(この年で人の動かし方を完全に分かっていやがる。イグナス・ポートマンという魔族の上位者がどれ程優れた為政者なのかは知らないが、リスティール・ロイエスタールは一筋縄じゃ行かないぜ・・・?)
ペインは一本取られた事に頭を掻きながら、この婚姻は何故かうまく行くと、そんな予感めいたものを感じるのであった。
________________つづく
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