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旅路20「真剣試合」



「おう、なかなか似合うじゃねえか、可愛いぜ。」

「えっ、そ、そうかなぁ。なんかスースーして落ち着かないや・・へへっ」


 ペインが誉めたのは、質の良い淡いピンクのワンピースを着たレインだ。


 仮にも御当主様の娘と食事をすると言うことで、ロイエスタール家のメイドが持ってきた、まあ貸衣装のようなものである。


「ペインも似合うよ、カッコイイ!」

「そうかぁ? 俺はこういう堅っ苦しい衣装は苦手なんだがなぁ?」


 ペインにしてもレインにしても、放浪の途中であり基本旅装だ。服は洗い替え2着で十分と言う考えであり、盛装など持ち合わせがない。

 当然フリージアもそうなのだが、フリージアの神官服は正装でもあるため、そのままで良いそうだ。


 最初はそれを狡いと言っていたレインだったが、普段着なれない女の子らしいスカートを着てみると、それはそれでまんざらでも無らしい。


 レインは普段はむしろ少年に見えるような服装をしている。それは、盗賊としての動き易さと言うのもあるが、一番は自分の身を守る為。女であることに気付かれ、強姦されない為にそうしていたのが、習慣になっているのだ。


 なのでレインにとって、そういう心配がない状況で、隠すどころかむしろ女として魅力的に見えるように装うというのは初めての体験だった。

「気に入ったなら2~3着買ってもいいぞ?」


 別に金がなくて買えないわけではない、ペインはそう提案するが、レインは少し迷った後「う~ン、いいや、旅の間は何時もの格好の方が気が楽だよ」と言って笑った。


 それでも俺はそうやって女の子らしい服を着たレインを可愛いと思ったし、繰り返し褒めてやったら「もういいよぉ・・」と言いながら真っ赤になって照れてやがる。可愛いヤツめ。

 フリージアも「本当によくお似合いですよ」と、言っていたんだが、そう言いながらオレの方に何か意味深な視線を送ってきやがった。


 何なんだ?お前はいつも通りの格好だろ?



◇ ◇ ◇ ◇

_________________



 食事自体は穏やかに始まった。

 席に着いたのはリスティエールとソフィア、そしてこちらの3人である。

 この屋敷の主であるロイエスタール卿は同席しなかった。リスティエール個人の招きという扱いなのだろう。

 一介の兵士でしかないであろうソフィアが、何故当主の娘であるリスティールとテーブルを共にしているかと言えば、ソフィアは幼いころからリスティールとは幼馴染の間柄であり、15で成人してからリスティール付きの専属の護衛として、ずっと傍に仕えてきているからだと言う事だった。

 もちろん今回の騒ぎの当事者であると言う事もある。食事前にソフィアからの謝罪があった・・・まあ凄く納得していない顔ではあったが。


 豪勢な食事を、レインは「美味しい!美味しい!」と言いながらガツガツ食べていたが、リスティールはマナーだ何だと言う事を五月蠅くは言わず、むしろ「気に入ってもらえて良かった」と微笑んでいた。


 そして、その後のお茶の時間の事である。


「ロバートから先程話がありました。やはり此度のイワティスへの輿入れ、ソフィアを連れて行くのは止めた方が良いだろうと」


 食事中にも話に出たが、このリスティール、来月吉日に旧魔王領イワティスを統治している魔族の上位者との婚姻が決まっているらしい。


 それに伴い輿入れ時にはソフィアをはじめとするリスティールの近衛に腕利きの兵を付けて送り出す手配になっていたのだが、今日の戦いを見てロバートという近衛の隊長から「ソフィアはイワティスに同道するにはまだ未熟」という判断が下されたようだ。


 平服に着替えたソフィアは美しく、女性らしくは有るがその鍛え抜かれた身体は一般の女性と違う均整の取れた戦士のそれである。


「そんな!!、私はどこまでもお供をするつもりでリスティール様に仕えてきました、ペイン殿に一度遅れを取ったのがダメだったと言うならば、今ここで証明してでも!・・・ペイン殿!私ともう一度、勝負を!!」

「お止めなさい! あなたの気持ちは分っています・・・ですがロバートの言う事も解るのです」


 目の前で話し合う主従の言いたい事を、ペインが面倒臭そうに総括した。


「つまりソフィアとか言ったな、あんたは姫さんについて行きたい、姫さんはソフィアを危険に晒したくない、だから実力が足りてねぇなら置いて行く・・・てな感じか? 美しい主従愛じゃねぇか、くっくっく」


「何がおかしい!!」

 ソフィアが激高するが・・そう言う所もダメなんじゃねえのか? 嫁入りする花嫁の護衛が短気で喧嘩っ早くてどうすんだよ?


「お前さん達は根本的に勘違いしてんだよ、確かにあんたん所の護衛は腕が立つんだろう。そりゃ、そこのソフィアを見れば解るぜ、女の身で良くそこまで鍛えたもんだよ、大したもんだ」


 それを受けて、いきなり評価されたソフィアは怪訝な顔をし、リスティールはすました顔のままペインに質問する。

「・・・ソフィアを評価して下さりありがとうございます、では勘違いとは? ソフィアの技量は足りていると? ロバートの言う事が間違いという事でしょうか?」


「ある意味正解である意味間違いだな。ソフィアの技量は人間の女の中では間違いなく高い。ロバートとか言うオッサンに技量不足とか言われる筋合いは無ェだろうさ。だが上位魔族相手だと話は別だ、実力が足りて無ぇどころじゃねぇ、だがそれを言うならそのロバートのオッサンとやらもクビにした方が良い、どっちにしろ意味無ェだろうからな」


 ペインの言い分はこうだ。「ロバートにしろソフィアにしろ、高位魔族の前では等しく無力だから団栗(どんぐり)の背比べは止めろ」と言う事である。


「たいそうな言い草だな・・・なら自分ならどうにかなるとでもいうのか?」

「ま、分かんねぇがお前らよりはマシだろうよ、俺は強いからな」


 魔族に対し、もしかして何か知っているのかと一応耳を傾けていたソフィアであるが、そこまで言われると椅子を蹴倒して立ち上がった。


「・・・っ!! 表に出ろ! 何を偉そうに言うかと思えば、化けの皮を剥いでやる。偶然一度私の剣を躱したからと言って調子に乗るな!!」


 ソフィアはペインに、真剣勝負の立ち合いを申し込む!しかし・・・


「あ゛ん? 何で俺がそんな事しなくちゃいけねぇんだよ、お前はもう一度俺とやり合って勝って『勝ちました、だから私も一緒に行きます!』って言いたいが為に俺とやり合いたいんだろうが、俺が勝っても何の得も無ぇじゃねえか」


 勢いよく立ち上がったものの、ペインは相変わらずダルそうに受け流すばかり。収まりがつかないソフィア。

 そこに追い打ちをかけるようにペインが煽る。


「まあそうだな、俺が勝ったらお前を一晩好きに出来るってェなら、相手になってやっても良いぜ?」そう言いながら、下品にも左手の親指と人差し指で丸を作り、その中に右手の人差し指を通してスコスコと前後させるという卑猥なジェスチャーを付けて挑発したのだ。


 そのハンドサインを見たソフィアの顔が恥辱と憤怒で真っ赤になる。そしてリスティールは意味が良く解らなかったのか、首を傾げながらペインのハンドサインを真似ようとして、慌てて傍に控えていたメイドに止められていた。


「・・・ぐっ・・くっ、この破廉恥男め!やはりお前が熟練の勇士などというのは間違いだ!! 良いだろう!その代わり真剣での立会だ!!腕の一本や二本切り落とされるのは覚悟しろ!!!」


「おう、やれるならな! お前も今の言葉、シャーリアスに誓って約束しろよ、負けたら・・・ってな」

「いいだろう・・・」


 真っ赤に興奮した顔で席を辞し、立ち合いの為の軽鎧に着替える為に部屋を出ていくソフィアの後ろ姿を見送りながら「あぁ、あぁ。あんなに挑発に乗り易いんじゃいくら腕が立っても警備や護衛には向かねぇぜ・・」と呆れた様に肩をすくめるペイン。


 それに対し「また始まったよ・・・」とばかりに顔を押さえるレインに、真っ赤になってリスティールに頭を下げるフリージア。まあいつもの光景である。


 リスティールはそんなペインに冷静な声で尋ねた。

「あの子が激高しやすいのは確かに問題かもしれませんが、どこまで本気なのです? それに高位魔族と立ち会った事のあるような言い様でしたが・・・」


 ペインは口ごもり・・そして誤魔化すように言った。

「まあな、オレもこの年だ、先の大戦だよ」

「先の大戦・・・・」


 そう聞いたリスティールはそこまでで一旦言葉を切り、一度目を瞑った後、再び目を開けて続ける。


「ここオスカは先の大戦でも大きな被害が出た街の一つ・・・私はその戦いが終結したのは、多くの犠牲を払って大戦を戦い抜いてくれた方々のおかげだと思っています。だから私はこの婚姻を受けたのです。相手の魔族の方はイワティスを纏める、聡明で統治の才能もある尊敬できるお方だと伺っていますから、この婚姻でイワティスとオスカのつながりが強固になれば、この辺りの治安も産業も安定化し、お互いへの理解も高まるでしょう。それが先の大戦で散っていった方への私なりの恩返しなのです」と。


 先程の食事の最中、リスティールは「この婚姻は親が決めたものではなく、自分で決めたのだ」と言っていた。

 その裏にこんな思いがあったとは。

 フリージアとそう年が変わらない・・恐らくまだ22~3であろう温室育ちの令嬢とは思えない覚悟であった。


「・・・アンタみたいな姫さんがいるなら、死んだ奴らも浮かばれるぜ」

「そうでしょうか・・・」

「ああ・・・ま、それとはそれとして、あの跳ねっ返りの女騎士には、ちょっとお灸が必要だとは思うがな」


 ペインのその言葉を聞いたリスティール・ロイエスタールは、ソフィアの去っていった方向を眺めながら困ったように笑っていた。



◇ ◇ ◇ ◇

________________



____ロイエスタール邸、中庭。



 かがり火が焚かれるその石畳と芝生の庭に、軽鎧に細剣で武装したソフィアと、先程の夕食の時の格好のまま短剣だけを身に着けたペインが立っている。

「いま一度だけチャンスを」と言って実現したソフィアとペインの真剣での試合だ。


「本当にそのままでいいのか? 真剣だぞ?」


 見届け役のリスティールと敗者の治療役であるフリージアの前で、審判役のロバートがそう尋ねる。


「ああ、ま、ソフィアも腕は立つには立つが、これくらいで勝たねぇと、あの思い込みの激しい女にゃ実力差は伝わんねぇだろ?」

「分かった、それならばもはや私からは何も言うことは無い、ただ怪我をしても後で文句は聞かぬ!」

「へいへい」


 腐った様な皮鎧であっても有るのと無いのでは大違いだろうに、自分相手では鎧すら必要では無いという侮辱の言葉、だが今のソフィアはそれで取り乱したりはしなかった。


 もう一度ロバート様の前でこの男に負ければもう言い訳はできない、後が無いのだ。


「始めっ!!」


 ロバートの声に細剣を構えるソフィアと、短剣を手に持ったままだらんと脱力しているペイン。

 

「フッ・・シッ!」


 ひゅんひゅんとけん制の攻撃を振るソフィア。本来ならば細剣は突きが一番威力が出るが、相手が鎧を着ず、真剣での試合ならば、切りや払いも十分に選択肢に入る。むしろ剣先が掠っただけでも流血の目にあうだろう。


 それを見越してのけん制であった。

「おっ・・・多少は考えられるようになったか?」

「ぬかせっ!」


 たまに混ぜる刺突も胴や太腿など避けにくい所を狙い、ダメージよりも引きの速さを意識する。

 ペインの得物は短剣だ。

 リーチではこちらが勝っている、このままの間合いなら相手の攻撃は通らない・・・


 そう思った瞬間だった。胴突きを短剣で逸らされた瞬間、攻撃の引きに合わせてペインが前に出る。いくら軽鎧とは言え普段着のペインよりは動きずらい。だが短剣での攻撃など金属部には通らない。

 ソフィアは短剣での攻撃を小手ではじきつつ、引いた細剣で最小の動きでの近距離突きを狙った、しかし弾こうとした小手に短剣の衝撃は来ない、むしろこちらの二度目の突きを短剣で再び逸らされ手首を掴まれる、そして・・・なぜかそこでペインは自分の短剣を捨てた!


「おらよっ!!」

 手首を捻る様にしながらペインが回転すると細剣が自分の手を離れる、それはいつの間にやらペインの手に移り、私は地面にうつ伏せに倒されていた。


 腕の関節を取られ、動けない。そこにペインから首元に剣先を突き付けられる。

 その剣は数瞬前まで自分が持っていた筈の、私の細剣だった。


 素手による武装解除(ディザーム)・・・明らかに実力差がある相手にしか出来ない事を、ペインという男は私に仕掛けたのだ。


 そうして私は手加減され、何の傷も与えず、負わされないままに制圧されたのだった・・・完敗だ。


「そ、そこまでっ!!」


 焦った様なロバートの声。

 主であるリスティールにはああ言いはしたが、ロバートだってソフィアの実力は理解している。昼間路地での立ち合いでは手加減もあったのだろうと考えていた。

 それがこんなにアッサリ取り押さえられるとは思っても見なかったのだ。

 ソフィアの性格からしてリスティールが見ているこの状況で手を抜くとは考えにくい。ならばこれは本当の実力差なのだ。


「お見事。あなたの様な手練れが同道してくれるならばイワティスでのリスティール様の身の安全も確かなものになるのですがな」

「悪いが俺は今、誰かに仕えるような気はねぇぜ・・・ともかく『それまで』って事は俺の勝ちでいいんだな?」

「勿論ですとも、見事な体術でありました!」


 感嘆したように言う師・ロバートの声に、ソフィアは自分の負けを実感する。

 武人の血が騒いだのか、ペインとフリージアの約束を知らないロバートの顔は興奮と笑顔に満ちている。だが、彼は知らなかった。

 自分の判定によって、愛弟子がこのならず者の男に抱かれなくてはならなくなったことを。


 そしてそれは誰の目にも明らかな決着であったが故に、覆る事も誤魔化す事も出来ない判定であった。


「じゃあソフィアさんよぉ・・お前さんもそう言う事でいいな?」

「・・・・わかった・・・・」


 ソフィアは自分の無力さに打ち震えながら、血が出る程に唇を噛みしめた。




_____________________つづく





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