旅路19「オスカの街」
オスカの街は活気のある街だった。
旧魔王領に一番近いという事もあり、職にあぶれた若者たちが新天地に向かう時に必ず通る場所というところも有るだろうし、元々最前線だったここには、防衛線を維持するためにの土木や、鍛冶、食料、人手など様々な需要があったし、流通も確保されていた。
「何じゃこれは!! こんな良い剣をこんなにボロボロにしおって!!それでも貴様剣士か、この下手くそが! この剣はお前には勿体無いわい!!」
「うるせぇな! 俺は客だぞ!? それに俺がどんなヤベェ奴とやり合ったかも知らねぇくせに勝手な事言ってんじゃねぇ!!」
ドワーフという土属性に愛された種族の鍛冶屋とペインが喧々諤々とやり合っている。
確かにペインとしても愛剣をここまでボロボロにしてしまった事は、剣士として恥ずかしいという気持ちはある、だが今回だけはどう考えても相手が悪かったのだ。
「・・・ふんっ、ドラゴンとでもやり合ったとでも言うんか? まあええ、しかしこれはただ研ぎ直して終わりちゅう訳にはいかんわい。時間がかかるぞ」
よほど「ドラゴンじゃねぇ!上位悪魔種だよ!」とでも言ってやりたかったがペインはその言葉を飲み込む。この街でそんな事を言ったらまた魔族討伐だの何だのと言う話になりかねない。
「解ってるよ、金は前金で払うし全部任せるから完璧に仕上げてくれや、親方は口は悪いが腕はいいってのは解ってるからよ」
「ふんっ!世辞なぞいっても何も出んわい。前金で大金貨で5だ、足りん分はまた後で請求する」
「分かったよっ・・・クソッ」
剣を預け、補修が終わるまでの代替予備の小剣を受け取って鍛冶屋を後にする。
宿を探す為に路地を歩くペインが愚痴った。
「ったく・・本当に口の悪いオヤジだぜ! もうちょっと素直に成れねぇもんかねぇ?」
ペインのその言葉に、レインとフリージアは思わず顔を見合わせて笑った。
「あん?、何笑ってんだおめぇら」
「ううん、何でもないよ・・・くすくすくす」
「そうですね、何でも無いです・・・なんでも・・プッ」
「まあとにかく時間かかるって言うし、疲れたから久しぶりにベッドでゆっくりしようぜ、勿論アッチの方もたっぷりな、フヒヒ」
ペインがそう言いながらレインとフリージアの尻を撫でると、レインは「わぁっ もぅ、ペインってば気が早いよ~♪」と照れたような声を上げ、フリージアは「ちょ、ペインさん止めて下さいこんな所で!」と抗議の声を上げる。
ペインにとっては何でも無いスキンシップ。だがそれを咎める声がした。
「貴様!!お前今、そこの神官様に何をした!!」
張りのある女性の怒号に振り向くと、そこに居たのは白い軽鎧に細剣を吊った女騎士だった。
飾りを付けた馬からヒラリと降りるその女性の背後には、豪華な馬車が一両今まさに停止しようとしており、その周りには女性と同じ鎧を身に付けた3人の男の姿。
恐らくこの女も彼らと同じように、馬車の護衛をしていたのだろう。
「何をしたと聞いている!」
兜を取りながらそう叱責してくる女騎士の素顔にペインが口笛を吹く。
兜の下から現れたのは年の頃24~5、銀髪にグレイの瞳の美女だったからだ。
レインをかわいらしい花の蕾、フリージアを咲き始めたばかりの可憐な花だとすれば、彼女はまさしく今咲き誇る大輪の花と言えよう。
ペインの鼻の下が伸びるのも無理はない。
だがその女騎士は苛ついた様に柳眉をひそめながら、高圧的にペインに迫る。
「何って、ただのスキンシップじゃねぇか、お前さんにそれで何か迷惑をかけたかい?」
相手が女でしかも美人とあって、ペインの悪い癖が出た。
ペインは彼女を挑発するようにニタニタと笑いながらそう答える・・・いや元々こういう顔か。
「スキンシップだと!? よりによって女神シャーリアス様の神官殿に、あのような破廉恥な真似をしておいて!」
言われてみれば彼女の鎧の肩当てには、女神シャーリアスの紋章が刻まれている。
正規の聖騎士などと言う筈は無いから、恐らく熱心な信徒と言ったところか。
「あのっ!すいません、気分を害してしまったみたいで・・・私はフリージアと申します、こちらはペインさん。私達の護衛をしていただいていて・・・その、立ち居振る舞いについては日ごろから注意してはいるんですが・・・それでも間違いなく私達の連れです! ご心配をおかけしてすいませんでした!」
一触即発の雰囲気にフリージアが割込み、そうやって頭を下げると、怒れる美女は気まずそうに頭を掻いた。
「い、いや、神官殿にそうやって頭を下げて頂く程の事では無いんだ・・・すまない、つい老婆心と言うか、この男の行動があまりに破廉恥だったのでな・・・」
「姉ちゃん、謝る前にまず名乗ったらどうだい? フリージアに名乗らせておいて、名乗りも返さずに『勘違いでした』って、それこそ無礼だろうよ?」
言われた美女がペインを睨む。
「くっ、貴様があんな破廉恥な真似をしなければ良かっただけの話だろうが! 神官殿、私はソフィア・リンクスと言う、お見知りおき頂きたい」
一転してフリージアには礼儀正しく騎士の礼を取るソフィアだが、ペインに対して持った不信感は拭えないようだ。
「ペインとか言ったな、名乗ったぞ。それでお前は護衛だとの事だが、ロクな武器も持たずに何が護衛だ、そんな事で役目が務まるのか? 大方冒険者崩れが金銭目的で純真な神官殿を欺いているのであろう?」
「へっ、言うじゃねぇか、だが少なくともお前さんよりは強ぇぜ。大体あんた衛兵でも何でもない後ろの馬車の家の私兵だろ? だったら余計なおせっかいは止めろよ、聖騎士気取りはお家に帰ってからやんな」
「貴様・・・!!」
ソフィアの額に青筋が浮かぶ。
確かに今のペインの装備はピリオドとの戦闘でボロボロになった皮鎧、そして鍛冶屋から受け取った急場しのぎの為の短剣のみという装備である。
剣士どころか盗賊・・・いや、ならず者にしか見えない。
そんな相手から「少なくともお前よりは強い」と言われてはプライドが許さない。
「言ったな。女だからと舐めてかかっているようだが、私はきちんとした剣術を修めた師について、正当な剣術、体術を学んでいるのだ、お前のような無頼漢とは違うのだぞ?」
「舐める? ああ、是非とも舐めてみたいねぇ・・くく、あんた見た目はすげえ美人だからなァ」
ヒートアップするソフィアにつられる様に、ペインの挑発もエスカレートしていく。
「ソフィア、戻れ!」
後ろでソフィアの同僚・・・いや、剣の師であろうか、同じ鎧の男が彼女に馬車の近くに戻るよう声を掛けてくる。
しかし彼女もここまでコケにされて黙って戻る訳にもいかないようだ。
「ロバート様、しばしお待ちください、私はこのシャーリアス様に唾を吐くようなならず者に、少し灸をすえてやります故・・・」
ソフィアが腰に吊るした細剣を鞘ごと外し、構える。
細剣は刺突を主とした軽い剣では有るが、刀身はもちろん鋼だ。それなりの重さもあり鞘を佩いたままであっても当たれば十分に痛い。
ソフィアは目の前のこの無礼な男に分からせてやるため、太腿のあたりを狙って軽く剣を振った。
碌に足捌きも使えぬならず者風情では躱す事など出来まい、太腿を痛打され、這いつくばる男の姿をソフィアは想像していたが、そのひと振りはあっけなく空を切った。
そして次の瞬間ペインの皮手袋をした右手がソフィアの胸当てを撫でる。
「チッ、やっぱり胸当ての上から触っても面白くも何ともねぇな」
(躱した!? いや、偶然だろう・・・怪我をさせないよう手加減をしたからな)
しかし胸当てに触れられたと言う事は、攻撃を当てられたと言う事でもある。素手で触られたと言う事はどんな間合いが短い武器でも当たっていたと言う事だ。
「・・・多少身は軽いようだな」
だがこれが拳での攻撃なら良かった、素直に武人としての技量を認める事が出来る。だがこの男の今の触り方は、明らかに自分を女として見た性的な楽しみを主とした触り方であった。
それがまたソフィアの癇に障る。
「女だてらに」と言われないためにソフィアは激しい修行を積んできたのだ。その甲斐あって、今はこの街でソフィアに舐めた口を利く人間はいない。
この街以外の人間がその美しさに魅かれて粉をかけて来た時だって、速やかに分からせてやってきたのだ。
「ふっ!!」
ソフィアは今度は少しフェイントを入れてから、さっきより強めの袈裟懸けの斬撃を放つ!
しかしその斬撃も会えなく空を切り、ペインという無頼者はすれ違いにソフィアの尻を撫でて行った。
「はは、やっぱり胸当てを着こんでる女を触るなら、胸より尻だな。なかなかいいケツしてるじゃねぇか」
にやにやと笑う男の顔に羞恥と怒りが湧いてくる。街中の路地で決闘じみた事が始まり、野次馬も集まっている、このままでは自分だけでなく「ロイエスタール家の護衛は大したことが無い」という噂まで広がるかもしれない・・・
ソフィアの顔から怒りの感情が抜け、真顔になる。
ゆっくりと細剣を引き寄せ、構える。突きの姿勢だ。細剣本来の攻撃方法であり、本気で突くならば鞘があろうとも骨くらいは砕けるだろう。
当たり所が悪ければ大怪我・・いや、命の危険も。
だがペインはこの期に及んで腰の短剣を抜こうともしない。
フリージアはハラハラとした顔でその様子を伺い、レインはどちらかというと面白そうに見ている。ペインが負ける訳無いと思っているのかもしれない。
(悪いが骨の一本や二本は覚悟してもらうぞ・・・恨むならこの状況を招いた自分の態度の悪さを恨め・・・)
ソフィアは本気である、完全に油断を捨て去り、本気の刺突をペインに向けて放つ。
狙いは左肩、鎧の肩当てに穴の開いている場所だ。
利き腕でなければ日常生活にそれほど支障も出るまい、神官様が居るのだから多少怪我をさせても構わない!!
そう思って放ったソフィアの本気の突き。修行の成果を存分に纏った稲妻のような突きが、ペインにあっさり見切られる。そしてペインは伸びきったソフィアの右腕を抱え込むように左腕でロックすると、右手でソフィアの襟元を掴み、あろうことかそのままソフィアの唇を奪ったのだ!
「へへ、ごちそうさん♪」
ペインがそう言って唇をぺろりと舐めて見せる。
ソフィアはショックを受けていた。
ソフィアだって既に24だ、口付け程度で嫁に行けないのなんのと言うつもりはない。それよりも自分が本気で放った一撃があっさりと見切られ、動きを封じられ、このペインという男にここまでの接近と攻撃(口付け)を許してし会った事に対してだ。
野次馬から冷やかすような歓声と、口笛が聞こえる。このままではロイエスタール家の面目は丸つぶれだ。かくなる上は相手を殺してしまう事も覚悟で真剣での勝負をするしかない!
そう覚悟してソフィアは細剣の鞘を払い、真剣を抜いた。
だがペインという男は飄々とした態度を崩さないまま「おいおい物騒だな、ここは街中だぜ? ならず者はどっちだよ?」とヘラヘラと笑って見せる。
「っく・・・」
そしてまさに今ソフィアが真剣でペインに切りかかろうとした時だった。
「そこまでです、お止めなさい!」
そう凛とした声が響いた。それはまだ若い女性の声ではあったが不思議と良く響く。張りのある声だった。
ソフィアが抜身の剣を手に振り向き、慌てて膝をつく。
そこにはまだ若いが気品のある、いかにもお嬢様然とした女性の姿があった。
馬車から降りて来たその女性は護衛の3人の騎士風の男達に周りを警護されながらソフィアの傍まで来ると、ペイン達に向かって頭を下げた。
「この度は私の配下の者が迷惑をかけたようで、誠に申し訳ありません」と。
その態度は丁寧でありながら、完全に人の上に立つ人間であると言う器を示しているようだった。
「いや、別に構わねぇさ」
そう言ってペインは笑い、フリージアはそんなペインの態度のふてぶてしさを詫び、その新たに現れた身分の高そうな女性に何度も頭を下げた。
そしてソフィアはその間悔しそうに奥歯を噛みしめている。
「私はリスティール・ロイエスタール、この街を治めるロイエスタール家の娘ですわ」
リスティールはそう自らの身分と名前を名乗り、それからこう切り出した。
「そちらのお方、随分腕がお立ちになるようですわね。見た所旅の途中であるご様子。まだ宿を決めていないのであれば、よろしければお詫びを兼ねて我が屋敷に招待いたしたく思うのですがいかがでしょう? 晩餐なりをご馳走いたしたく思います」
レインがご馳走と聞いて目を輝かせ、ペインを見る。ペインとしては旅費が浮くとかそう言う事はどうでもいいし、リスティールという少女の政治家的なそつの無さに多少の面倒臭さを感じていたのだが、久しぶりに美味いものが食いたい気もする。
「ってぇ言ってるけど、どうするよフリージア?」
「えっ、私ですか!?」
「このパーティーのリーダーはお前だろ。何しろ『神官様とその護衛と侍女』の一行なんだからなぁ?」
お忘れかも知れないが、ペイン達は街では巡礼の神官+護衛+侍女という名目で過ごしているのである。
フリージアが恨めしそうな目でペインを見た。
この男は面倒事を起こすだけ起こしておいて、あとの始末を名目上のリーダー、フリージアに丸投げしたのである。
「どうでしょう神官様、我が家は一家で光の女神シャーリアスの信徒でございます、神官様の旅の間の話等、ぜひお聞きしたいですわ」
そう言われては神官としてフリージアも断れない。
「あ、はい、ではご迷惑でなければ・・・・」
そう答えるしか無かった。
その言葉にリスティールが上品な笑みを浮かべる、その微笑みは美しくあるのに有無を言わせない何かがあった。
こうしてきっかけは偶然ではあるが、ペインたち一行はオスカの街で、貴族の家に泊まらせてもらう事になったのである。
________________つづく
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