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旅路18「人族と魔族」



「ペイン!!」

「お父さん!!」


 ペインの身体に縋りつき、まるで盾になる様にピリオドを睨むレインと、父親の身体に抱き付き泣きじゃくるピリオドの娘。


「レイン・・・」

「エリス・・・」


 とても戦闘中とは思えない静かな声が二人にかけられる、お互いの身体にしがみつく、戦闘力のほとんど無い、か弱い存在。そのまま戦闘を再開すれば二人はあっという間に死んでしまうだろう。


 ペインとピリオドの視線が交錯する。


「なあピリオドさんよ、今回はこの辺で痛み分けって事には出来ねぇか?・・・その娘はこれから魔王領深部まで帰らなきゃいけねぇんだろ? お前さんは片腕だろうがその辺の人間なんか相手じゃねぇかも知れねぇが、その娘はそうじゃねぇ・・・お前が死んだらさっきのバカみたいな奴らに、また絡まれるかも知れねぇぜ・・・」


 カナロア達のように魔族に特別な感情を持っていなかったとしても、単純にエリスのような若い女の一人旅なんて自殺行為だ。しかも戦闘能力も無く、世間慣れもしていないとなれば尚更だった。


「俺も一人なら良いんだが、あいにくこっちにもツレが居てな」


 ペインがそう言ってフッと笑い、未だに泣きながらピリオドを睨みつけているレインの方をチラリと見る。

 ペインとピリオドはそのまま暫く睨み合い、そしてどちらからともなく戦闘態勢を解いた。


 ピリオドの爪が元に戻ると、皮鎧に開いた穴から血が噴き出す。


「ぐぅっ!!!!」

「ペインさん!!」


 フリージアが慌てて駆け寄り「小癒(ヒール)」の奇跡を願う。

 しかしその傷は深く、フリージアは聖霊力の続く限り小癒を重ねがけし、やっと血が止まったのを見て安堵のため息を漏らした。

 ではピリオドの方はどうか?

 ピリオドの千切れかけた腕は血が止まっており、ジワジワと再生が始まっている。だがやはりその傷は深く、完治するまでは数日・・・いや、一週間以上はかかるように思われた。


再生能力(リジェネレート)かよ・・・便利なもんだ、やっぱり反則(チート)じゃねぇか・・・」


 そんなペインの呟きに、ピリオドは真面目に「奇跡とやらで一瞬で傷を治す人族の方が余程反則(チート)であろうよ」と。


 なるほど、確かに再生能力はどんな生き物でも持っている「自然治癒」の一環と言えるかもしれない。そういう意味では魔族から見ると、祈ったくらいで簡単に奇跡を起こす人間の方が余程「反則(チート)」に見えると言うことだ、立場が変わればそう言う見方もあるのだ。



◇ ◇ ◇ ◇

____________



 血生臭い惨劇の跡から場所を移し、ペイン達と魔族の親子は再び夜営を囲んだ。

 フリージアからすると、さっきまで殺しあっていた相手と焚き火を囲むのは妙な気分だった。だけどペインさんもピリオドさんも、既にさっきの事など忘れたかのように振る舞っていた。


 レインさんも頬に涙の跡をつけたまま、今は干し肉を齧っている。


「ま、傭兵だって、昨日の戦場で殺しあった相手と、次の戦場では味方だったりするし・・・」


 レインさんはペインさん達ほど達観している訳ではないが、それでも納得出来ているらしい。私は未だに血の気が戻らないと言うのに。

 ・・・みんなタフだった。


 

 ペインさんが焚き火の火で煙草に火をつけ、吸い始める。その紫煙の匂いを嗅いだピリオドさんがポツリと言った。


「魔王領の煙草か。人間には強すぎるのではないか?」

「例の戦争の時に魔王領で手に入れてな、確かに身体には毒かも知れねぇが、もうこいつじゃねぇと物足りなくなっちまったのさ」

「そうか・・・魔軍にもそいつを愛飲しているヤツは多かった・・・」

「1本()るかい・・・」

「・・・貰おう。」


 同じ煙草を吸いながら、焚き火を囲む二人は何故だか戦友のように見える。


 レインさんと、エリスさんと言う魔族の娘さんは、疲れたのか既に寝息を立て始めている。

 私も聖霊力を使い果たしたせいか、猛烈な眠気が襲ってきた。


「フリージア、レインを連れて天幕に入れ。お前にはこれからこの傷が治るまで、治療を続けて貰わないといけないからな、しっかり寝ろよ?」

「ペインさんは・・・」

「俺は起きてる」


 確かに停戦したとはいえ、自分達の事を一瞬で殺してしまえるような魔族がすぐ側に居るのだ。呑気に寝てはいられないと言うことだろう。

 寝込みに魔法で天幕ごと焼き払われたりしたら、抵抗のしようもない。

 それはピリオドさんも同じのようで、二人は眠らずに夜を明かすつもりのようだった。


 フリージアは自分が起きていても出来ることが無いことを理解した。

 そして自分の役目はペインさんの治療なのだと。その為には眠らなければならない・・そう考え天幕に入る。

 ペインさんといると最近は自分が神官なのか娼婦なのか解らなくなってきていたが、今回はちゃんと神官として必要とされている。

 そしてフリージアは眠りに就こうとするが、いつ殺されるか解らない状況で眠る事が、どれ程難しい事なのか思い知ることになるのだった。



◇ ◇ ◇ ◇

_____________



 翌朝、ペインとピリオドの二人の足元には煙草の吸い殻がたくさん落ちていた。

 一体私達が寝ている間にどの様な話をしたのだろう。あるいは何も話さなかったのかもしれない。


 エリスと言う娘さんの歩く早さを考えてだろう。ピリオドさん達は私達よりも早めに出発する様だった。


 その別れ際である。


「ペイン・ブラッド。もしこの娘が私の手を離れたら、もう一度戦ってくれるか?」

ピリオドさんがペインさんにそう聞くのが聞こえた。


 ペインさんはそれに「もう二度と御免だ!」と答えた。

 理由としてペインさんはあと10年レインと契約が残っているし、それが終わればもうペインは戦えるような年では無いと言った。


 そして、続けてペインさんは「だがもし、あんたが魔王の後を継いで人族の支配を企んだりするなら駆り出されるかも知れねぇな。あの大聖堂のジジイ共のこった、人の迷惑なんか考えないだろうしよ。・・・ピリオド・マクレーン、あんたにその気はあるのか?」とピリオドに尋ねる。


 ピリオドさんはその問いに「フム・・・」と、しばらく顎に手を当てて考えた後・・・

「人族がこんなに愚かで自分勝手な者ばかりだとは思わなかった。人族を支配などすれば、支配者の方が疲れ切ってしまうのではないか?」と言って、呆れたように肩を竦めたのだ。


 それは、魔族流のジョークだったのかもしれない。だが魔族から「こんなキチ○イ共など要らぬ」と言われてしまうとは、なんと言う皮肉か。


 その「人族」の意味する所は、今ペインさんが言った大聖堂の人族の代表者の事であるかも知れないし、昨日の君主カナロア一味の事かも知れない。或いはペイン・ブラッドの事なのか。


 その言葉を聞いたペインさんも「違げぇねぇ!」と言って肩を竦め、その後大声で笑った。

 レインさんも「愚かで自分勝手な人族」に心当たりがあり過ぎるのだろう、つられて笑っている。


 強いな、と思った。

 自分の苦しい記憶を思い出しながら、それでも笑えるのだ。


どちらにせよ、ピリオド・マクレーンは魔王になるつもりは無いらしい。

 

「では、去らばだ」

 そう言って離れていくピリオドさんの背が小さくなっていく。

 その後ろに付いていくエリスが振り返り、レインに小さく手を振って、レインがそれに手を振り返した。魔族と人族に必要なのは、こういう事の積み重ねなのかも知れない。

 

 ペインさん達は実際に大戦を戦った世代だ。

 その記憶はまだ色濃く、忘れられない事も多いだろう。でも私達にとっては生まれる前の出来事なのだ。だからと言って簡単に無かった事に出来るものでも無い。


「復讐は何も生まない」


 その聖句の一節は、遥か未来、恐らくお互いの被害や加害が遥か昔のことになって、許容できるようになった時、初めて意味を成す言葉なのではないか。

 その為に積み重ねなけらばならない事がどれ程多いのか分かりはしない。だか希望はある。

 

 綺麗事かもしれないが、人族と魔族でありながら何の先入観も無いレインと、ピリオドさんの娘、エリスを見て、フリージアはそう思えたのである。



◇ ◇ ◇ ◇

_________________



 それから二日後、ペイン達は後一日で旧国境最前線の街、オスカに入る所まで来ていた。



 オスカは元々魔王軍との戦闘の最前線だった都市だ。当然腕のいい鍛冶屋も相当数いる。ペインは先日のピリオドとの戦いで傷ついた剣を、この際完璧に修繕しようと思っていた。


「ふぅ・・・やっと塞がったか。何がまた戦いたいだよ、冗談じゃねぇぜ全く!」


 傷ついたのは剣ばかりでは無い。ペインさんは小癒(ヒール)をかけ終えた左肩を、そう言ってグルグルと回して見せる。


 本当に良かった・・・場合によっては傷は塞がっても、まともに動かなくなる可能性もあったのだ、見た感じ日常生活に支障は無いだろう。


 夜、左肩の治療が終わった後、ペインさんは私を抱き寄せ「これでやっとお前を抱けるぜ」と、何でも無いように笑って見せる。

 数日前にあんな怪我を負ったばかりだというのにだ。


「体に障りますよ、まだ傷が塞がったばかりなんですから」


 私がそう言って注意しても聞きもしない。


「人間ってのはなぁ・・命の危険に晒されるような状況に置かれると性欲が増すんだ。子孫を残さないとヤバいって本能らしいぜ・・・だから、な?」


 そう言って服を脱ぎ始めるペインさんと「どうする、オレ?」と聞いてくるレインさん。

 私が目で合図をすると、レインさんは「分かった、出てるね」と、天幕を出ていく。秋も後半に差し掛かり、外は冷える。私は何だか申し訳ない気になるが、同時に少し安心もした。


 私はペインさんの左肩の新しい傷跡に「早く良くなりますように」という想いを込めて触れる。ペインさんが「前にも傷跡に触れてたな、気になるのか?」と言って笑った。


 私の唇をペインさんの唇が塞ぐと、いつもの煙草臭い臭いと味が口の中に広がる。あの煙草が魔王領の物だとは知らなかった。

 ピリオドさんの言葉が耳に蘇った「人間には強すぎる」と。


「ペインさん、あの煙草・・・もう止めた方がいいのではありませんか?」

「ん、ああ、確かにな。でもあれを吸うか、女でも抱くかしないと気分が落ち着かない時があってな・・・」

 言い訳するペインさんに私は言う。


「ではその時は私かレインさんを抱けば良いのでは?」

 少なくともあの煙草を吸うよりは体には悪くない筈だ。


 ペインさんは私のその言葉に驚いたような顔をし、それから「考えとくわ」と言って少し笑った。


◇ ◇ ◇ ◇

__________



「おわったぁ?」

 ややあってレインさんが天幕の中に入って来た。その顔は無邪気で溌剌としている。その明るさはペインさんを何度も救っているのではないだろうか?


 私はペインさんがロザリアさんという女性について行った時のことを思い出し、レインさんに「レインさんは私がペインさんとこういう事をするのが嫌では無いのですか」と、思わず聞いてしまった。


 それに対するレインさんの答えは「ん~、まあフリージアならいいかなぁ?他の女は嫌だけど」と。

 確かに思ってみれば私もレインさんなら気にならない。本来こんな事は思ってはいけない筈なのにだ。

「う~外は寒かったよぅ・・ねえフリージア、今日はくっついて寝ていい?」

「ええ、いいですよ」


 浄化の奇跡での清拭で清められた体からは既に性行為の痕跡は消えている。

 その夜私達は、3人で身を寄せ合って眠った。




______________つづく




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