旅路17「ピリオド・マクレーン」
野営に備えて食料品などを買い足し、馬に積み込む。
そうしてペイン達はトロットの町を後にして更に西へと歩き出した。
空は秋晴れで旅は順調そのもの。それから休みながら一日歩き続け、そろそろ日が暮れるという頃、前に二人連れの後ろ姿が見えてきた。
歩く速度を合せているのか比較的ゆっくり、しかししっかりとした足取りで歩く魔族の父親と、その後ろをトコトコとついて行く娘。
昨日一緒に夕食を共にした魔族の親子だ。
娘の足に合わせる為早目に街を出たのだろう、そこにペイン達が追いついた形だ。
あの親子は旧魔王領イワティスに向かい、そこからさらに北上して魔王領の深部に帰ると言っていた。
であるならばこの先にある二股路であの親子は西に、自分達は南西に向かう事になる。
太陽が沈みかける時間になると魔族の父親はバックパックを下ろし、野営の準備を始めるようだ。
これも何かの縁とペイン達も同じ空き地で野営をする事にする。人数が多い方が獣除けにもなる。
軽く頭を下げ挨拶をすると、父親も頭を下げた。
相変わらず慇懃無礼、口数も少ないが娘に対する気遣いを見る限り親子仲はいいのだろう。
そこにけたたましい蹄の音が遠くから近づいてくる。その数は4つ。
振り返ると例の君主、カナロアを先頭に4頭の馬が砂ぼこりを上げながら走って来るのが見えた。
魔族の親子も振り返りそちらを見ている。
「チッ、面倒くせぇな、男はタマを蹴られ、女は犯られてまだ凝りねぇのか」
ペインは本当に面倒臭そうにつぶやいた。
◇ ◇ ◇ ◇
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「やっと追いついたか! 貴様ら私にあれだけ恥をかかせておいて、落とし前もつけずに逃げられると思ったか!?」
「知らねぇよ、てめぇらが勝手に絡んで勝手に恥かいただけだろうが。それにそっちの女に関しちゃぁ、誘ってきたのはそっちだぜ?」
魔族の父親がすっくと立ちあがり、4人組に向き直る。
「私も娘も何もしておらんが、なぜそれほど絡んでくる?」
その言葉は冷静そのもので、4人組から追われているというのに全く怯えたような様子が無い。それが頭に来たのだろう、カナロアは忌々しげに吐き捨てる。
「五月蠅い、魔族など人族の敵でしか無いし、殺し合う運命なのだよ。そして魔族は負けたのだ! だからお前達に人間に逆らう権利など無い!!」
滅茶苦茶な理論にフリージアが反論する。
「そんな事はありません!もう戦争は終わって戦後賠償も済んでいるのですから、個人の魔族に対して人間が私刑を行うなど・・・!」
「やかましいぞ女神官、教会と揉めるのは面倒だからお前達は生かしておいてやろうというのだ、黙ってみておれ!」
フリージアを一喝したカナロアは、そう言った後スキルを展開する。
「聖なる力」
カナロアが発動させたスキルにより、4人の身体が淡く青色に発光する。
ホーリー・ストレングス・・・聖属性の力で味方の能力を底上げし、防御力を高めるスキルである。闇属性が多い魔族相手には特に有効で、このスキルを持っていることが、この4人が魔族を標的にする理由なのだろう。
「もはや日も沈む、通りかかる者もおるまい、貴様ら魔族を始末した所で誰からも気付かれんし文句も出ないぞ? 娘の方は好事家の変態貴族にでも売っぱらってやる」
戦士風の男が剣を、禿頭の僧侶が棍棒を手に、馬を降りて魔族の父親ににじり寄る。
その顔には残忍な笑顔が浮かんでおり、今まで何回も同じような事を繰り返しているのは明白だった。
「魔王が死んで弱体化した魔族に、この神から授かった聖なる力・・・ははははは!!そこのペインとか言う男、その魔族に手を貸したいなら貸してもいいぞ、纏めて始末してやる」
カナロアの目は血走っており、魔族の父親を先に始末し、数を減らしてからペインを袋叩きにしてレインやフリージアにも何かしようと考えているのは明白だった。カナロアの視線は狂ったような欲情の色を含み、女性陣に注がれている。
戦えるのはペインと・・・魔族の父親は武器らしい武器を持っていない、戦えるのだろうか?
それに対して相手は強化のかかった武器持ちの4人組である、圧倒的不利であるように見えた。
「貸さねぇよ、その必要もねぇだろ・・・」
その言葉を発したのはペインである、その言葉にカナロアが馬上であっけにとられた様な顔をし、魔族の父親は口の端だけを上げてニヤリと笑う。
「気付いていたか・・・」
「まあな・・・」
ペインと魔族の意味不明な遣り取りに、カナロアは激高する。
「ええい、何を言っておる!!」
「冥途の土産に教えてやる、、、私の名は、ピリオド。ピリオド・マクレーンだ。その名を聞いた事を地獄で後悔するがいい」
魔族の父親がそう名乗った。
名前に名字があるという事は貴族位、または騎士位なのだろう。そのピリオドのセリフを聞いた時、ペインはカナロアの死を確信してぼそりと呟いた。
「本物の高位魔族は強ぇぞ?そして容赦がねぇ。 ま、頑張れや」
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カナロアとピリオドのやり取りに、意味も解らず怪訝な顔をしていた戦士風の男の顔面を、突然黒い影の様なものが貫いた。
それはピリオドの指から伸びた黒い爪の一本。それが急に1mほど伸びて戦士の顔に突き刺さったのだ。
「・・・ぇ」
そんな呟きだけを残し、戦士の目がぐるんと回転するように白目を剥いて、ビクンビクンとまるで絶頂したかのように痙攣する。
戦士はすでに死んでいるのだろう、だが突然首を切断された鶏の身体がしばらく動き続けるように、神経から出る電気信号によって戦士の身体はしばらく痙攣を続け、やがて動かなくなる。
隣にいる僧侶風の男も、馬上のカナロアやロザリアも、一体何が起こったのか最初は気付かなかった。
しかしピリオドの爪がするすると元の長さに戻り、青白いオーラの消えた戦士の身体がその場にドサリと崩れ落ちた時、やっと脳がその事を理解した。
「誰からも気付かれんし文句も出ないと言ったな。確かにここは街道沿いとは言え荒野の真ん中で、もう日も沈むから誰も通るまい、だがそれはお前達にも当てはまると分かっているか?」
ピリオドがつまらないものを見るような視線をカナロアに送る。
その目は既に人間のそれではなくなっており、顔つきは人間のモノではあるのに蛇の鱗のような質感に変わっている、そして何よりも目を引くのはヤギのような頭の大きな角。
体は2倍ほどに膨れ上がり、肌の色は青白く変わっている。
(上位悪魔種か・・・終わったな)
ペインがそう冷静に観察する裏で、フリージアとレインはお互いに抱き合って涙を浮かべて座り込み、カナロアはパニックになって口から泡を飛ばして何事かを叫んだ、そしてロザリアは馬上で失禁し、目を見開いて馬の首にしがみついている。
馬は目の前の生物から発せられる雰囲気にのまれ、その場に立ち尽くし、鞭を入れようが手綱を引こうが動かない。
禿頭の僧侶は隣で倒れて動かなくなった同僚を呆然と見て、魂が抜けたような顔をしている。
その戦士の死体からはじわじわと血が染み出て、死体の下に赤い水溜まりを作った。
鉄さびのような生臭い臭いが周囲に広がる。
「何故だぁぁ! 私の聖なる力がぁぁ!」
何故も糞もない。例えるならば、確かに石綿は火に強い布だが、それだけで溶岩の熱を防げる訳もない。
魔王の強化など無くても元々強い魔族は強いのだ。単純に強いものは強い、それだけである。
「私を止めるか? ペイン・ブラッド」
ピリオドはペインを『ペイン・ブラッド』と呼んだ。昨日の酒場でペインは、魔族の親子に自分の姓を伝えてはいない。
(ああ、やっぱり気付いていたのは向こうも同じだったって事かい・・・)
「いや、止めねぇよ。止める理由がねぇ」
「・・・そうか」
その処刑は速やかに行われた。
それはもう戦いなどではなかった。「君主」のクラス?防御スキル?それが一体何だったと言うのか。数分とかからず4人の死体が地面に転がる。
乗っていた馬を殺さなかったのは後で自分達が乗るためか、それとも魔族流の慈悲なのか。
「それでどうする、ペイン・ブラッド。」
それで・・・とは。
つまり人間を殺した「悪い魔族」である自分を、勇者として始末するかどうか・・という事か。
正直カナロア達4人には全く同情出来なかったし、自業自得としか思えない。
「ピリオドさんだっけか、俺ァあんたとは直接面識は無かったと思うがな?」
「ああ、私はお前が魔王様を討った時、遊撃任務として貴様らの兵糧を焼いておったのでな」
「あれはお前の仕業かよ、お陰でこっちはよく解らねぇ魔獣の肉まで喰うことになって大変だったんだぜ?」
大変だったどころではない。実際に女性冒険者を中心に食べても吐いてしまい、空腹でいつもの実力を出せないまま死んでいった仲間が何人もいる。餓死した仲間もいた。
「だがお前は魔王様を討った」
「こっちも精鋭部隊100人のうち、生き残ったのは2人だけだけどな」
「・・・そうか」
ピリオドが目を閉じる。勇者が魔王を討つのを止めることは出来なかったが、自分の任務は無駄ではなかった。そう理解したのかも知れない。
「もう20年以上前の話だ。時効にはなんねぇか?」
「正直私にも解らないのだ。あれは戦争だったし弱いから破れただけのこと・・貴様に対する恨みももう無い。ただ魔王様は全ての魔族にとって父の様な存在だった。そして、『どうしてあの時自分は生き残ってしまったのだろう』と、そう思いながら生きてきたのだよ、私は。」
淡々と語るピリオドの表情には怒りも興奮も無い。
「その気持ちなら良く解るぜ」
「解ってくれるか」
「ああ・・・」
無言でピリオドが右手の爪を伸ばす。
それは恐ろしくも美しい漆黒の剣の様だった。
「もう一度名乗ろう・・・私の名は元魔王軍遊撃副隊長、『影槍』ピリオド・マクレーン!」
ピリオドがそう名乗りを上げ、ペインがそれに答える。
「・・・『元勇者』ペイン・ブラッドだ」
何故今更二人が戦わなければいけないのか。その理由すら解らないまま 二人の戦いが始まる!
◇ ◇ ◇ ◇
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「完全強化!」
ピリオドが襲いかかってくる直前、ペインの呪文が完成し、ペインの肉体が若々しさを取り戻したように強靭になる。
自らの肉体の限界値を引き出す自己強化呪文。元勇者とは言え人間が高位魔族とやりあうためには強化が必要不可欠だ!
伸縮自在の黒い爪、それは恐ろしい硬度を持ち、受けた剣の刃がこぼれる程だった。
「くそぉ、硬ってぇ! いったい何で出来てやがる!!」
伸びる爪は間合いが伸縮自在であり、距離を取っても不利。だがペインはその爪が長くなればなるほど細く薄くなるのを剣戟の間に見極める。
「オラぁァ!!」
バックステップで距離を取ると、それを追いかけて来るようにピリオドの爪が長く伸びてくる。
ペインはその槍のように長く伸びた爪を側面から思いっ切り剣で薙ぎ払った!
「バキンッ!」
鈍い音がしてピリオドの爪の内、左手の中指と薬指の爪が砕ける。
長さを長くするほど強度は落ちる・・・ペインの見立ては外れていなかった様だ、しかし・・・
「火球」
「ッツ!!・・・くそ!魔壁っ!!」
元々魔族は魔法に長けた者が多いのだ、ピリオドはすぐに遠距離戦を魔術に切り替える。
「反則だろうが・・・それは!」
近距離戦のエキスパートなだけでなく、熟練の魔術師でもあるピリオドに、ペインはぼやき、再び距離を詰める。魔術戦の不利を悟った為だ。
再び近距離での戦闘に入る二人を、フリージア、レイン、そしてピリオドの娘は見ていることしか出来なかった。
(何故・・・!)
フリージアはどうすればこの二人を止められるか考えていた、しかし考えが纏まらない。
ペインさんが討ち取った魔王というのは全ての魔族の父のような存在だとピリオドは言った、ならばペインさんは全ての魔族から「親の仇」と見られなければならないのか?そしてペインさんの方だって、共に戦線に出た98人の戦友を魔族によって殺されている。
人族と魔族の歴史はお互いの家族を、恋人を、友人を殺された人を多く生んだ。
そう言った恨みの感情をきっかけに小競り合いは続き、やがてそれは実行した者だけでなく、種族そのものへの不信感や怒りに変わる。
人と魔族が今お互いに持っている感情は、そういう事の積み重ねなのだ。
だがピリオドさんもペインさんも、戦いながらその表情に怒りは無く、むしろ悲しげな眼をしていた。
何だか相手を殺したいというよりも、正当な相手と戦い、楽になる事を望んでいる様な・・・。
光の女神シャーリアスの教義には、暴力を否定し、復讐の連鎖の無意味さを説く一説がある。フリージアはその一節をここで諳んじる事も出来る。
だが、今それをして一体何の意味が有るのだろう。
魔族との戦い、魔王の討伐は、人間側からは光の神々の名のもとに行われたのだ。魔族側からすればそんな人間が・・・光の女神の神官が「暴力は良くない、復讐は何も生まない」などと言ってどんな説得力があると言うのか!
激しい剣戟の一瞬、ペインの右肩をピリオドの爪が、ペインの剣がピリオドの腕を貫く。
ピリオドの爪はペインの皮鎧の肩当を貫通して背中側に突き抜け、ペインの突きは刺した瞬間ひねりを入れた事で肉が抉れ、ピリオドの左腕は半ば千切れたようになった。
「お父さん!!」
「ペイン!!」
その瞬間、今まで剣戟の暴風に何も出来ないでいたピリオドの娘とレインが、我が身の危険を無視して最愛の家族の元に駆け寄り二人の間に割って入った!!
________________つづく
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