旅路15「トロットの町」
王都やクイーザから北に向かい。海辺の山岳地帯の温泉まで来たペイン達は、そこから西に旅を続けていく。
このまま西に向かい、川を渡って海沿いをさらに北上すれば旧魔王領。川を渡らず川沿いを下れば旧魔王領との最前線だったオスカの街に着く。
ペインたちは旧魔王領との境の街、オスカを目指す。
そこからは大陸中央のカムヤマ連峰から流れ出す大河を渡れば旧魔王領で一番人間の領域に近い街、イワティスだが、旧魔王領は北方に位置し、冬は雪に閉ざされる。
ペインたちはオスカまで行ったら船で川を遡り、カムヤマ連峰をぐるりと回る様に南に向かうのもいいかなと話し合っていた。
オスカに向かう途中の小さな町、トロット。ここは昔最前線のオスカに物資を運ぶための中継地点として栄えた町である。
「ふぅ、ま、天幕も気ままで悪かぁねぇが、久しぶりにベッドで眠れるぜ」
町に入るなりペインがそう漏らす。
フリージアやレインと同衾すれば、天幕だって一級品の寝床ではある。しかし底冷えする今の季節はペインには辛い。
「ったく・・・歳は取りたくねぇな・・・」
ぼやくペインの背中を、まだ若いレインが優しく叩く。
さて、今日の宿はどこにしようかと、町のメインストリートを歩いている時だった。
「返してください!!」
「五月蠅い! 汚らわしい魔族の娘が! どうせこれも人に害をなして手に入れたものだろう、そもそもなぜ人の町に魔族が居るのだ!!」
青く着色した鎧に赤いマントという、実用性の無さそうな成金装備に身を固めた騎士風の男が、魔族の少女を罵倒している場面に出くわした。
なぜ少女が魔族だと分かるのか? それは騎士風の男のセリフもそうだが、少女の頭から生えた羊に似た角を見れば解る。
その騎士風の男の傍らには戦士風の男がおり、少女の財布を取り上げて懐にしまっている。その後ろでは僧侶風の禿頭の男と、魔法使いの様な衣装を着た色気のある女がそれを笑いながら見ていた。
まるで二十数年前の汎用型パーティーの様な編成の男達は、まるで正義の行いをしているとでも言うように、当然のように魔族を迫害している。
だがこれは辺境にあってはたまに見る光景だった。
魔族との戦争は二十数年前、勇者が魔王を討ち取った事で終息した。
魔王の恐ろしい所はその強さもそうではあるが、魔族全体に常時発動の強化を与えられるところにあった。
神の奇跡にも「聖戦」というものがあるが、それを種族限定で常時発動させるようなものだと思えばいいか。
なので本来同じ程度の実力であっても、魔王に率いられた魔族は人間を圧倒する事が出来た。
魔王が討ち取られ、その効果が切れると魔族は弱体化する。
終戦直後は今までの鬱憤を晴らすように人間による魔族狩りが横行した。すでに終戦から時が経ち、終戦協定も結ばれて魔族は犯罪者でも何でもない、当然そのような行為は人間に対する追いはぎと同じで禁止されている。
しかし田舎に来るとまだ魔族に対する風当たりは強く、人間に対して行われる恐喝や暴力では衛兵が動いても、魔族に対するそれは見逃される事も多い。
そして周りで見ている人間達も、厄介ごとに首を突っ込むのを恐れて何も言わないという空気が出来上がっていたりするのだ。
早い話がゴロツキが似非勇者を気取り、罪の無い魔族から堂々と金を巻き上げているだけの話である。
「酷い・・・」
口元を押さえて絶句しているフリージアに対し、ペインとレインは冷静だった。
よくあることだ。
例え割って入ったところで「元々この魔族が自分の知り合いから奪ったものを取り返しただけだ」と開き直られる場合すらある。
そして面倒を嫌う田舎の衛兵は、魔族絡みの事件をまともに取り合おうとしないのだ。
相手の年恰好から大したものは持っていないと判断したのか、4人組が魔族の少女を開放してこちらに歩いて来る。その先頭を行く戦士の歩き姿は肩で風を切るようなチンピラの歩き方そのものだった。
レインにぶつかったゴロツキ風の戦士らしき男が声を荒げる。
「前を見て歩け、ガキが!!」
「ご、ごめんなさい」
後ろにペインが居たからか、レインはそれ以上絡まれることは無かったが、フリージアは怒りの籠った目で立ち去る男達を見ている。
そんなフリージアにペインは「ほっとけ」と声を掛け、そしてレインに「お前今、やったろ?」と囁く。
顔を上げてペロリと舌を出すレインの手には、男からスリ取ったらしい少女の財布が握られていた。
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「気を付けて下さいね、貴女の旅が平穏なものでありますように・・・」
レインがスリを働いた事は褒められた事ではないが、この財布は元々少女から不当な手段で取り上げられたものである。
レインは少女にその財布を返し、フリージアはそう言って旅の安全を祈る。
光の女神の神官が、魔族の為に祈るというのも奇妙なものだが。
どうやらレインはあの男達のふるまいと搾取される少女を見て、昔の自分を思い出してムカついたらしい。
レインは得意そうな顔をしながら「ざまぁみろってんだよ♪」と、上機嫌で笑った。
◇ ◇ ◇ ◇
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宿を取り、夕食を食べる為に酒場へ出かける。
フリージアは町に教会があるのを見る度「教会に泊めて貰えば・・・」と提案するが、ペインは堅苦しい教会に泊まり、食前のお祈りする様な夕食を取るのはゴメンだった。
多少ガラが悪い店でも好きに食って飲める方がいい。レインもその方が慣れている。
ちょうど夕飯時でにぎわっている安酒場に入り、空いているテーブルを探すが狭い店はほぼ満員だ。そして偶然だがその一つの席に、昼間の魔族の少女が年かさの男と座っているのが見えた。
少女はペイン達に気付くと、対面に座る男に何か囁く。
その男はペイン達を振り返ると、立ち上がって話しかけて来た。
「昼間は娘が世話になったようで感謝する」
ありていに言えばそんな話だ。
その魔族の少女と父親は6人掛けのテーブルを二人で使っている。他に空きも無い事からペイン達はその魔族の親子と相席する流れになった。
魔族の少女と親子という事は、この父親も魔族であるはずだが、全くただの人間にしか見えない。
彼らはカムヤマ連峰の山奥で世捨て人のように暮らしていた叔父が余命僅かと聞き、娘と見舞いに行った帰りだという。
人間の領域を旅するには人族の金が要る。
昼間の事件は、金を手に入れる為の取引に明らかに魔族と解る娘が居ると具合が悪いため、娘を待たせている間に起きた出来事だった様だ。
フリージアを奥に座らせ、真ん中にレイン、一番手前の入り口に近い方にペインが座り、その対面に親子が座って共に食事をする。
いつも五月蠅いペインが今日はやけに静かだった。
魔族の父親も口では礼を言っているが慇懃無礼と言った感じでペインを見ている。フリージアやレイン、そして魔族の娘もそのピリピリした空気を感じて静かに食事を続けた。
やかましい安酒場のその一角だけが通夜のようだった、そこに割り込んでくるバカが居る。
「見つけたぜ、ガキが! 昼間はよくも恥をかかせてくれやがったな!?」
昼間の4人組である。
ごろつき風の戦士を先頭に、豪華な鎧を着た男が座っているペイン達を見下ろしてくる。
「おやおや、魔族と共に食事を取っているとはお前達もどうせロクでもない人間なのだろう? 魔族は人類の敵だ、それが分からんらしいな」
「そっちのガキも手癖が悪いしなァ、クックック、そっちの女も神官のようだが本物なのかどうか・・・」
挑発的に笑う4人に、ペインがテーブルから立ち上がる。
「おめぇら何か勘違いしてねぇか? ウチの連れが何かしたって証拠でもあんのかよ、あ゛?」
どっちがチンピラか分からないペインの態度。明らかに機嫌が悪そうだ。
「証拠? ガキにぶつかった後気付いたら俺の財布がなくなってたんだよ、そいつが取ったとしか考えられねぇだろ」
お前の財布じゃねぇだろ・・・
ペインはそう思いながら戦士を見下したように嗤う。
「どっかに落としたんじゃねぇのか?」
「テメェ・・・」
怒りを露にする戦士を下がらせ、鎧の男が前に出て来た。
「ゴロツキ風情がイキがるな。私は神から『君主』のクラスを授かっているのだぞ? 貴様ごときが敵う相手ではない」
君主とは主に守備的なスキルを多数憶える、冒険者パーティーに一人いると戦いが非常に安定する事で知られる戦闘職である。もしそれが本当であればチンピラゴロツキが敵う相手で無い事は確かだった。そしてなぜこんな男が選ばれたのかは知らないが、この男が君主職である事は確かなようだった。
「私の名はカナロア。この辺りでは知られた冒険者だ、憶えておきたまえ。そして素直にそっちの手癖の悪いガキと、魔族を引き渡すのだ。今なら半殺し程度で許してやる、逆らうならば私のこの勇者の剣の錆になる事になるぞ?」
カナロアはそう言ってゴテゴテと飾りのついた剣の鞘を見せつける。
尊大な物言いをするカナロアに、ペインは「勇者の剣ねぇ・・・」と馬鹿にしたような笑いを浮かべた。
そしてその次の瞬間・・・・
「ゴスッ!!」
っという音がして、ペインのブーツを履いた足がカナロアの股間にめり込んでいた。
「・・・・っ!!!」
声にならない悲鳴を上げ、股間を押さえてうずくまる君主。どのような防御スキルを持っているのかは知らないが、そこへの攻撃は全ての男性に共通する防御貫通攻撃だ。
「ガッ・・カハァ!・・」
そのままカナロアは泡を吹いて気絶する、それを慌てて禿げ頭の僧侶が支えた。
「・・・なんと酷い」
何が始まるのかと様子を伺っていた野次馬の酔客から笑い声と歓声と拍手が上がった。どうやらこいつらは確かに「この辺りで名を知られた冒険者」ではあるらしい。ただその名前の知られ方が良い噂とは限らないという訳だ。
確かにいくら強かろうとこんな高慢ちきな態度では嫌われるのも無理はない、そして股間を押さえてうずくまり、泡を吹くカナロアの姿は、着ている鎧が立派なだけにかえって滑稽だった。
「おいハゲ! お前が本物の聖職者なら奇跡で癒してやれよ、あと勇者の剣の本物は俺が持ってる、嘘も大概にするんだな」
そもそも勇者の剣なんてものは存在しない。ペインが振るっている剣だって元をただせばロングソード+3である、勇者が使っていたからそう呼ばれていただけだ。
「な・・・クソ、憶えてやがれ」
「誰が汚ねェ男のツラなんて覚えるかよ、もう忘れたぜ」
ひねりの無いセリフを残し、戦士と僧服の男が君主を運んでいく。その場で奇跡を願わない所を見ると、似非僧侶なのはあっちのようだ。
少なくともフリージアは技量は低いが3つ奇跡を授かっている。
ほうほうの体で運び出されていくカナロアを見た酔客から、再びどっと笑い声が起きる。ペインはその歓声に片手を上げて答えてのんびりと食事を再開した。
少し暴れてスッキリしたのか、その顔にはいつものニヤニヤとした笑顔が戻り、対面に座る魔族の男も、一連の騒ぎに片方の口角だけを上げる皮肉っぽい笑みを浮かべていた。
◇ ◇ ◇ ◇
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暫くしてようやく目を覚ましたカナロアは歯噛みしていた。
衆人の面前であれほどの恥をかかされるとは・・・
股間の鈍痛は癒えず、立ち上がるのもおっくうだった。戦士と神官は私に金的を食らわせたあの男にビビって敵を討とうともしない。
このパーティーで魔族狩りが出来るのは、私の君主としての能力のおかげなのだから仕方が無いと言えば仕方がないが・・・
だが3人から有力な情報を得た。
あの中年男は「勇者の剣なら俺が持っている」と言ったらしい。カナロアの武器は鞘だけは立派に拵えてあるが、中身は何の変哲もないロングソードだ。
まさか本物の勇者の剣などということは無かろうが、それでも質の良い剣を持っているに違いない。
カナロアがニヤリとした笑いを浮かべる。
2~3日すれば私も動けるようになるだろうし、それから力ずくで巻き上げてもいいのだが、女を二人連れたスケベそうな男だった、ああいう手合いにはもっと有効な手段がある。
カナロアはパーティーの紅一点、魔術師の変装をした妖艶な女に声を掛ける。
「ロザリア・・・お前の出番だ、あの男を誑かしてその勇者の剣ってのを巻き上げて来い」
ロザリアと呼ばれたその女は、やっと出番が来たとばかりに好色そうに笑った。
_______________つづく
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