旅路13「犬頭人《コボルト》と踊る男」
悶々として眠れぬ夜を過ごしたクレイ少年が限界を迎え、力尽きるように眠りに落ちたのは明け方過ぎだった。
昼を過ぎても起きてこないクレイを、彼の両親や祖母は「怪我の影響で血が足りていないのだろう、ゆっくり休めばいい」と、労るように放置した。
昼過ぎに目を覚ました少年の頭に、夕べの出来事が揺り戻しする。
昼は聖女、夜は娼婦のようだったフリージアさん・・その痴態を、許可も無く覗き見た自分を恥じる。
むろんペインというあの男への嫉妬心もあるし、フリージアさんには裏切られた様な気持ちもある。しかし、それ以上に他人の閨を覗いて勝手に腹を立て、逆恨みしている自分に対する自己嫌悪。
起床した時にはもう勃起していた。原因は明らかだった。
仕方なく、罪悪感を感じながらも昨日のフリージアさんの痴態を思い出し、自慰をして鎮めるが、まったく気分は晴れずモヤモヤしたままだった。
体は既に回復し、体力とそれ以上に性欲が有り余っている思春期の少年にとって、夕べの出来事は刺激が強すぎた。
体の中にやり場のない怒りに似た衝動が駆け回っていて、何かしないと気が狂いそうだったのだ。
____その日の午後、畑に出ていたクレイの両親が戻って来ると、クレイの姿が見当たらない。そして周りの人間に聞いて回った結果、クレイはどうやら青銅の剣を持ったまま独りで山に入ったらしいと言う結論になり、その対応で集落が騒然となるまでそれほど時間はかからなかった。
◇ ◇ ◇ ◇
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「とにかく、すぐにさ連れ戻さね゛ぇと!」
「ライル、ライルは居るかぁ!?、まんず男衆集めて、そんでも頼りになんのはおめぇだぁ、頼む!」
「解った!オヤジも長柄の武器をなんでも良いから用意してくれ!」
すぐにライルを中心にして捜索隊が組まれる、しかし大半は40過ぎの農夫や鉱夫で、まともに戦えそうなのはライルと、強いて言えば狩人の弓に期待するくらいしかない。
「ペインさん! 私達も!」
フリージアは当然の様に協力を申し出る。そんなフリージアに引っ張り出され、ペインも渋々と言った表情で同行を了承した。
「ったく、一昨日の今日だぜ、はぐれっつったってガキには荷が重いだろう、それが解んねぇのかねぇ?」
「すいません、クレイは昔から自己評価が高いもので、無茶をしたがる所がありまして・・・」
「そんな事より今は早く見つけてあげませんと!もうすぐ日が暮れます!」
フリージアの言葉に集落の皆がうなずく。
「オレは身が軽いし、目も良いから」と言ってレインは斥候を買って出た。
その後ろ姿を追いながら、6人の村人とペイン達が歩みを進める。
フリージアの言う通り、夜になれば人間は目が効かなくなるし、魔物は活発になる。
日暮れまではあと2時間ほどであろうか? それまでに見つからなければ、例えはぐれが相手でも自分達の身が危なくなる。
一昨日のクレイのように不意打ちされたら命を落とさないとも限らない。
クレイが居なくなってから約1時間。
村人達はクレイがまだそれほど遠くまで行っていないことを祈った。
◇ ◇ ◇ ◇
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「ハァ・・・ハァ」
自分の中の暴力的な衝動を発散したくて、剣を取って外に出た。
とにかく身体を動かせば多少は気が紛れると・・・最初は素振りでもしようと思ったのだ。
それがなぜだか今、自分は山の中に分け入っている。危険なのは判ってる、普段の自分なら絶対こんな事はしないと思う。
自分は強いと思っていた、なのにあのペインという男にまるで歯が立たなかったし、それを見たフリージアさんは困ったように笑っていた。
恥ずかしさがこみ上げてくる。
だから・・せめて犬頭人を一人で退治できたら、少しは見直して貰えるんじゃないかと・・・また自分に自信が持てるんじゃないかって思った。
そんなことをする必要もないし、そんなことをしても誰にも褒めてなんか貰えない、そんな事は判っているのに。もう頭に中がぐちゃぐちゃだった。
「ハァ、ハァ・・・居た・・・」
山を流れる小川のほとり、その清水に頭を突っ込んで水を飲んでいる、狼みたいな動物がいた。
今は水を飲むために四つん這いになているが、骨格が四足の獣のものとは明らかに異なっている。
・・・・犬頭人だ。
一昨日の記憶が蘇り、身体が震えてくる。
立ち上がったコボルトの背は自分より遥かに大きかったし、動きも早かった。
鉤爪で腹を裂かれ、頭を切られた。物凄く痛かったし怖かった。
だけど今日はまだ日が沈んでいないし、不意打ちでも無い、それに武器もある!
萎えそうになった勇気を奮い起こして、そっと近づくと、こちらに気付いたコボルトが、ワンワンと吠えて威嚇してくるが、余り怖くない。
きっと一昨日は茂みから急に襲われてパニックになっていただけだったんだ。これなら勝てる!
「う゛あ゛あ゛あ゛あ゛っっっ!!!」
クレイは叫び声を上げながらコボルトに切りかかる。最初の横薙ぎは避けられたけど、そこから踏み込んで撃ち込んだ一撃がコボルトの頭を捉えた!
「ギャン!」
と鳴いて、コボルトが弱り、ヨロヨロと倒れそうになる。
(勝てる!!)
クレイはそのままコボルトに駆け寄り、上段から剣を振り下ろす。
「キャイン!」
振り下ろす!、振り下ろす!振り下ろす!
最初の振り下ろしで既にコボルトは致命傷を負っている。
しかし、興奮状態のクレイは倒れて痙攣するコボルトに何度も何度も剣を降り下ろした。
「ハァ・ハァ・ハァ・・・」
そして何度も剣を振り下ろす内に、完全に動かなくなったコボルトを見て、それが死体になっていることにやっと気が付いた。
「・・・はは・・勝った、勝ったぞ?」
手が震える。
返り血で服が汚れている。
「何だ!やっぱり大したこと無いじゃないか!僕が本気を出せばコボルトなんてどうってこと・・・」
喜びを爆発させるクレイ、だがクレイは勝利の喜びと同時に違和感を感じていた。
小さい。
僕が殺されそうになった、一昨日の犬頭人は本当にこんなに小さかったか?
大人達は「はぐれ」っていうのは群れを追われた老犬のようなものだって言っていた、だけど目の前で死んでいるこのコボルトは、犬に例えるならまるで仔犬のようで・・・
何かがおかしい、何か僕は重大な勘違いをしているような気がする。
早く帰った方がいい。クレイがそう思ったのと、恐ろしい狼のような遠吠えが辺りに響いたのは殆ど同時だった。
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「WOooooooonn!!!!!!」
夕暮れの空に最初の遠吠えが響き渡ると、それに答えるように、返答のような小さな遠吠えが返り、空に消えて行く。
振り返ると山の斜面に突き出た岩の上で、たった今僕が倒した犬頭人の数倍はあろうかと言う巨大な個体が、怒りの籠った目で僕を見下ろしていた。
その犬頭人は巨大なだけでなく、粗末ながらも服のような物と、動物の骨と植物の蔓を組み合わせて造られた王冠の様なものまで身につけている。
夕陽に照らされたその風格はまさに王のそれであり、クレイは本能的に悟った。
(勝てない・・・・殺される・・)
今にも崩れ落ちそうになる膝に力を入れ、何とかその場にしゃがみ込んでしまいそうになるのを我慢する。
逃げよう、今なら未だ逃げられるかも知れない。
しかし、クレイがそう思って周りを見回したた時には既に遅く、四方をコボルトに囲まれていたのだ。
ヒタヒタと、ゆっくり包囲を縮めて来るそのコボルトの群れが何頭いるのか数える事も出来ない、ただ唯一分かるのは、そのコボルト達は皆一様に、群れの子供を殺めたクレイを憎んでいると言うことだけだった。
◇ ◇ ◇ ◇
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「あっち!!」
唐突に響き渡った狼のような遠吠えは、山のなかで乱反射し、どちらから聞こえてくるかも判らず村人を不安にさせる。
そんな中、斥候を買って出たレインだけが耳の後ろに掌を当てて、冷静に方角を判断する。
「野伏でもないのに大したもんだ」
肩を並べたペインがそうやって誉めると、レインは照れ臭そうに「耳は良いからね」とだけ答えた。
恐くない筈は無い。レインの持っている武器らしい武器は小振りのナイフ一本だけだ。
それでも目や耳が良い人間が一人でも多い方が見つけやすいと付いてきたのだ。
「あそこ!」
レインが指差す先に剣を滅茶苦茶に振り回し、周りのコボルトを威嚇するクレイの姿があった。
完全に囲まれている、だけどまだ生きていた!
「ライルの所に戻ってろ!」
それだけを言ってペインが走り出す。
レインは「気を付けて!」とだけ叫んで指示に従った。
◇◇◇◇
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「うわぁぁ!!!、来るなぁぁぁ!!」
大声をあげて威嚇し、剣を振り回す。
最初に剣先が一匹の鼻先を掠めてから、コボルト達はクレイを囲んで、遠巻きの包囲を敷いている。
手が出せないのではない、獲物が疲れるのを待っているのだ。
それはクレイにも判っている。剣が振れなくなった時が自分の死ぬ時なのだ。
日も傾き 西日が全てをオレンジ色に染め上げる。
もうじき夜が来る。腕がだんだん上がらなくなってきて、声も枯れそうだ・・・クレイの目が諦めに染まりそうになったその時だった。
「力よ!」
力強い言葉と共に、目の前のコボルトが一匹、見えない何かに殴り飛ばされるように吹っ飛んだのだ。
一瞬何が起きたのかが解らなかった。
しかし数秒後、背後にいたコボルト達を撫で切りにしながら、自分の前に進み出た男の後ろ姿を見て全てを察した。
「よぉ、クレイ、まだ生きてやがったか。意外としぶてぇじゃねぇか!?」
魔物に囲まれているにも関わらず、その男はまるで意に介さない様に飄々としていた。
どこか頭のネジが飛んでいるのかも知れないとさえ思えた。
ペインが血刀を下げたまま言う。
「お前はもう下がってろ。集落の皆が来てるぜ」
そう言われて振り返ると、集落の男達の姿が見える。手に手に棒や熊手、弓・・思い思いの武器を持ち、自分を助けに来てくれたのだ。その中にはフリージアの姿も見える。
申し訳なさと安心感で涙が出そうになる、だけどこれだけは伝えないといけない。
「こいつら『はぐれ』じゃない!群れだ!!!王が居る!!」
クレイは限界に達しそうな腕に力を入れ直し、声の限りにそう叫んだ。
自分も含め、集落の皆はコボルトが「はぐれ」だと信じて疑っていなかった。自分が襲われた時、相手が一頭しか居なかった為だ。
だけどそれがたまたま群れを離れた時に遭遇した群れの中の一頭だったとしたら?
自分が持ち込んだ情報が、集落の皆に無用な安心感を与えてしまった、コボルトは一頭だけだと。
今いるコボルトの数は30頭以上。これが王の命令下一斉に押し寄せてきたら集落の人間がいくら頑張っても全滅は免れない。
血の気が引いて行く。ここで相手が「群れ」だと気付けたのは良い事なのか悪い事なのか。
不意打ちでないとはいえ、現に今、僕を探しに来た集落の男達は30頭以上のコボルトに囲まれてしまっている、ここから生きて帰れるのか・・・ここで僕が死ぬのは自業自得だ、だが集落には母親や生まれたばかりの妹も居る!
自分達はここで死んでも仕方がない!誰かが麓のシルバー・ケイヴまで知らせなければ!
焦るクレイをあざ笑うかのように、ペインというフリージアさんの護衛の男が更に前に出る、そこはコボルトの包囲の中心地。周りを囲んだコボルト達が一斉に襲い掛かる!
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___ふわりと。
恐ろしい勢いで襲い掛かって来たコボルトの一頭を、ペインは体を入れ替えるように半身にズレて躱し、そしてクルリと振り返る様にして、腕を鞭のように振るう。
それはワルツを思い起こさせるような動きだった。
動き出しのスピードはゆっくりなのに、斬撃の瞬間だけがコマ落としのように早い。
まるで社交ダンスのように位置を入れ替えたコボルトが頭を割られて絶命する。
次のコボルトが間髪入れずに襲い掛かって来るが、これもペインはまるでそこに攻撃が来るのが分かっている様な動きで躱し、すれ違いざまに攻撃を入れ絶命させた。
山道で大きな石も多く傾斜もきつい。
そんな足場の悪い荒れ地を、ペインはまるで滑る様に動く。
オレンジ色の西日を浴びながら、剣を一閃させるたびにパートナーを変え、優雅に舞い、血の華を咲かせていくその姿はまるでコボルトを相手にダンスを踊っている様だった。
ペインの手の剣が閃く度にコボルトの命の火が消える。
クレイはその姿を呆然と眺めた。
自分達の集落が全滅するかしないかの危機・・・いや、放っておけば麓のシルバー・ケイヴにすら大きな被害が出るかもしれない大きな群れだ。
それが今、一頭一頭、瞬きをする間にその命を刈られていく。
それは頼もしいのと同時にひどく恐ろしい光景だった。
そしてその光景を作り出しているペインに、クレイは見惚れ、そして衝撃の余り動けなくなった。
・・・何だよ・・・それ・・・。
それはあまりにも常識外だった。
今も自分の周りでは大人たちが武器を振り回し、大声を出して、コボルトをレインやフリージアに近付けまいと頑張っている。
でも持っている武器は熊手や棒だ。
それではコボルトにとどめは刺せまい。唯一バトルアックスを持っているライルだけがまともに戦えていたが、他はけん制するだけでいっぱいいっぱいだという感じだ。
その間にペインが仕留めたコボルトの数は20を超える。
ふわり、ふわりと、まるで踊る様に。
「Ggryauuuuuuuu!!!」
突然すぐ近くで叫び声がした。
岩場の影からこちらに向かってくる大きな影・・あの時見た犬頭人王だ!
コボルトキングが視線の先に捕らえているのはフリージアとレイン。
それは本能的にメスを奪おうとする習性なのか、それとも進化の先に女を人質に取れば人間は攻撃を止めると学習したのか。
「・・・守らなきゃ」
その時、限界に達していたクレイの腕に、不思議な力が宿る気がした。
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「うをぉぉぉぉぉ!!」
力の限り叫び、クレイが犬頭人王の前に躍り出て、手に持った青銅の剣をその頭に叩きつけようとする。
コボルトの王はそれを左手で受けた。
青銅の剣ではコボルトの王の毛皮は切り裂けなかった。しかし全身全霊を持って振るわれたクレイの一太刀は、受けたコボルト王の左手を痺れさせ、骨にも痛痒を与えた。
それによってコボルト王はそれ以上フリージア達に近付くのを止め、クレイの方を見る。
「わぁぁぁぁ!!、あぁぁぁぁぁ!!」
クレイはコボルトの王に切りつけた事で曲がった剣を振り回しながら、コボルトの王をけん制する。
とにかくフリージアさんには近付けさせない!
クレイ少年の頭にあるのは今はその一点であった。
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「Ugwaaaaaa,kiasamaaaaa!!!」
コボルトの王の雄たけび、その効果によってクレイの身体は痺れた様に動かなくなってしまう。
だがその一瞬の時間稼ぎの間に完成した奇跡の名がその場に響いた!
「光よ!!」
それはフリージアが使えるたった3つの奇跡の内の一つ、「光」の誓願。
暗闇を照らす光の奇跡。
しかしまだ日は沈んではいない。一体なぜ?
本来ならその光源を杖の先などに願い、松明のように暗闇を照らす事が出来るその奇跡を、フリージアは犬頭人王の王冠に願ったのだ。
教会に知られれば目的外使用で反省室行きだ。恐らく誰かの悪影響だろう!
しかし効果はあった、突如目の前に現れた眩しい光にコボルトの王は目を押さえて蹲る。
「ぬぅぅぅぅん!!!」
そこに裂帛の気合の声とともに、元冒険者であるライルの、柄まで鉄で出来た超重量のバトルアックスが振り下ろされる。
それは数年間の間、毎日何十回、何百回と繰り返された洗練された動きであった。
硬く、目の詰まった広葉樹の薪ですら一撃で真っ二つにする薪割りの動き。
冒険者時代には出来なかった、斧の重量と遠心力を活かした超高速の振り下し!!
ドゴン!!と、恐ろしい重量物が落下したような音を響かせ、ライルの斧がコボルトの王の頭部を捉え、そのまま地面に縫い付ける。
それは「斧で切る」などという生易しいものでは無かった。言うならば「叩き割る」・・・いや、「叩き潰す」というのが妥当だ。
コボルトの王の頭部はその王冠ごと地面にめり込み、超重量の斧によって文字通り粉砕された・・・即死である。
それを機に、自分達の王が殺害されたのを理解したコボルト達が逃亡を始める、それはまさに負け犬と言った姿であった。
◇ ◇ ◇ ◇
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すべての犬頭人が逃げ去った後、村人達は歓声を上げた。
「はぐれ」だと思っていたのが王を頂く群れだったのだ、放っておけば集落の近くに縄張りを作られたかもしれない。そんな事になればどうなっていたか・・・・
国はゴブリンやコボルトなど、危険度の低い魔物相手には動いてくれない。しかしギルドに退治を依頼する金など無い。
それを今回、群れが定着する前にその頭を潰す事が出来たのだ。クレイの先走りは怪我の功名で村を救ったのである。
だがクレイ少年は喜び合う村人の輪に入ろうとは到底思えなかった。
集落に帰って来ると村の大人たちは早速母屋に集まり、今後の対策を始める。
犬頭人王を討伐したことを、麓の村のギルドに届けなくてはいけない。
群れの大部分は討伐したが、逃げた犬頭人もかなりいる。そいつらが今後は「はぐれ」になるのだ。
「今日の手柄はァ、まんずオメェたちだァ、ゆっくり休めヤァ」
そう言われ、クレイが温泉に浸かっていると、ライルが一緒に入って来た。
一度冒険者になったのに、逃げ帰って来た・・・自分はライルの事をそう思って軽く見ていた。だけどこうやって風呂で見ると体つきからして全く違う。今回コボルトの王にトドメを刺したのだってライルなのだ。
自分が仕留めたのは、最初のコボルトの子供一匹だけである。
自己嫌悪に陥る。
群れを早期発見できて退治できたから、結果的には良かったけど、親父たちにはこっぴどく叱られたし、それも当たり前だった。母と祖母は泣いていた。
限界以上に剣を振って、もう腕が上がらない・・・そんな体に温泉が染みていく。
「おう、今日はお疲れさんだったな・・・ライル、いい一撃だったぜ、会心の一撃って奴だなァ!」
そう言いながら入ってきたのはペインというあの男だ。
その背後に居るのは・・・フリージアさんとレインさん!?何で一緒に!?
クレイは恥ずかしさと後ろめたさから顔まで湯に漬かる。ライルもフリージアとレインが一緒に入って来たのに驚きを隠さなかったが、レインはそれほど気にしなかったし、フリージアは「え?そういうものでは無いんですか?」と、どうやらペインに担がれていたことに今気付いたらしい。
「いえ、ペインさんとフリージアさんのおかげですよ、自分には馬鹿力しかありませんから、動き回られたら当たらないし、囲まれたら終わってました」
僕の事をガキ扱いしてまともに褒めないその男も、ライルの一撃は褒めていた、その筈だろう、あの群れで一番強い王を倒したのだ。
それに引き換え自分は勝手な行動で集落の皆を危険に晒してしまった。
落ち込む僕にフリージアさんが言った。
「犬頭人王から庇ってくれてありがとうございます、助かりました」
そう言われ、一瞬頭を上げるが、タオルで隠しているとはいえ艶めかしいフリージアさんの姿に再び視線を落とす。こんな時なのに勃起してしまいそうだった。
「・・・・いえ、僕なんて別に・・・・」
お礼を言われるほど活躍なんてしていない、慰められるとかえって辛かった。
「そんな事ァねぇぞ? あの時は俺も敵のど真ん中に居たからなァ・・・余裕が無かった。あそこでフリージアがやられてたら総崩れもあり得た、お前はよくやったよ」
初めてペインというこの男に褒められた。
それは自分の技量を褒められた訳ではない。だけど結果的にフリージアさんを守れたのは良かった。それだけは今回誇れることでは無いだろうか。
そう思ってフリージアさんを見ると、彼女はペインの隣で優しい笑みを返してくれた。
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それから2週間ほど滞在して、ペイン達はこの温泉集落を離れる事にした。
旅立ちの時には村人が総出で見送ってくれる。
フリージアはあの時取り逃がした犬頭人の残党の事を心配していたが、はぐれの犬頭人など野獣と一緒だ。
「お前は熊に人が襲われたと聞いたら、山狩りをして全ての熊を殺すのか?」
そう言ったらそれで納得したようだった。
今回は成り行きで手を貸したが、本来山に出る獣の対策だって山に住む人間がやるのが当然・・・よそ者の手助けはここまでだ。
あれ以来クレイはすっかり大人しくなってライルの言う事も聞くようになったらしい。ライルは確かに一度冒険者になり、逃げ帰って来た。
本人は「仲間が死んで、次は自分の番かと思ったら怖くなった」と言っていたがそれが普通だ。その判断が出来ない人間から死んでいく。
仲間が死んで何とも思わない人間が居たらそいつはどこか壊れている。
それにこの集落で若者はライルとクレイの二人だけだ。自分が死んだらすべての負担がクレイにのしかかってしまう、そう思ったのかもしれない。優しい男だ。
クレイにもそれが理解できたのだろう、ライルは決して弱いから逃げたのでは無いと。
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クレイ少年はハッキリと「自分では冒険者にはなれない事が良く解った」と口にした。
剣も曲がってしまったし、これからはちゃんと村の仕事を憶えると、そう言って笑う少年の顔は少し大人びたように思える。
クレイが自分の考えを見直すきっかけをくれたのは、レインという少女だったと思う。
彼女はクレイに言ったのだ「こんなに心配してくれる大人がたくさんいてくれて羨ましい」と。
彼女がどんな風に育ったかは知らないが、たった二つ年上の少女からそう言われ、クレイは両親が居て、当たり前の暮らしができる今の暮らしは、人から見て羨ましがられる事もあるのだと再認識した。
付け加えるならば、フリージアさんが居るせいで目立たないが、彼女もとても可愛らしい女の子だったという事もあるかもしれない。彼女と話す時のクレイの顔は少し赤かった。
クレイは諦め気味に言った。
「夕日を浴びて犬頭人と踊るペインの姿が頭にこびりついている。自分はどんなに努力してもああは成れない」と。
それは比べる相手が悪い。ライルは余程そう言いたくなったが、余計な希望を与えるのも何なので黙っておく。
自分はギルドで多くの戦士を見て来たが、コボルトの大群の中に身一つで飛びこんで傷一つ負わない・・・そんな戦士を見たことは無い。あの人は異常だ。
そう言えばペインさんは、「発火」と唱えて煙草に火を付けたり、クレイを救う時にも何か魔法の様なものを使っていた気がする。
魔法も操れる凄腕の剣士・・・・そんな存在を表す言葉があった気がする。
それは良く教会の読み聞かせでも語られるような、おとぎ話のような存在なのだが・・・・
「まさかな・・・・」
ライルはそう呟いて、山を下りていくペイン達を見送った。
_______________つづく
「湯けむり編」終了と言った感じでしょうか、この話はどっちかと言うとクレイ少年の挫折と成長の物語って感じですね。ちょっと息抜き温泉回とは一体・・・
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