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旅路11「憧れ」




 クレイ少年の話を聞いて、大人達はクレイを襲ったのは犬頭人(コボルト)であろうと言う結論を出した。

 コボルトは犬の頭を持ち、二足歩行する魔獣で脅威度はそれほど高くないと位置付けられている。


 だがぞれは通称冒険者と呼ばれる各ギルド員など、戦う能力がある人間から見ての事だ。農民や商人など戦う手段を持たない人間というのは弱く、ゴブリンですら厄介なのだからコボルトと言われて畏れるのは仕方が無いだろう。

 それでも若者が武器を持てば何とか追い返せる程度の魔物ではあり、知能も高くないことから概ね認識としては野生動物と魔物の中間のような扱いである。


 通常コボルトというのは群れで行動する魔獣だ。今回クレイを襲ったコボルトは単独行動だった。群れで襲われていたらクレイは集落までたどり着く事すら出来なかっただろう。


 だから「はぐれ」だと判断できる。

 はぐれとは、集団行動するモンスターの中で何らかの理由で単独行動するものを指す。

 大抵は今まで群れのボスであった個体が新たなボスに取って代わられ、群れを追い出されたり、怪我や病気で群れから見捨てられたりだ。


 だから集落の大人たちは対策を練る。

 まずは柵を設置し簡単に集落に入ってこれないようにする。家畜は夜には家畜小屋に入れ、人間も夜には出歩かないようにする。後はしばらく山には入らないようにする。

 やむを得ず入る時は昼に、武器を持った男が数人付いて行く・・等、現実的な対策を練るのだ。


 はぐれであるなら縄張りを持って定住することは無い。ある程度の期間犠牲が出ないように気を付ければどこかに行ってしまうだろう。

 感覚としては一匹狼への対応と同じだ。

 別に討伐する必要はない。集落に被害が出なければそれでいいのだ。だがそれに納得できない者も居るようだ。



◇ ◇ ◇ ◇

________________



「この前は油断しましたけど、次、もしあの魔物が現れたら僕が倒して見せます! いいや、むしろ待っているだけではかえって危ないので、討伐に向かい、倒してしまった方がいいのではないでしょうか!? 見て下さい聖女様!この太刀筋を!!」


 クレイは自分がどんなに危ない状況だったかも忘れ、フリージアの前で剣を振り回し、コボルトを退治しようと息巻いている。

 いや、むしろ助かって全快してしまったからこそ「こっちにはどんな怪我でも治してくれる凄い聖女様が居るんだ」という結論になってしまったのかもしれない。


「いえ、ですから私は聖女などではなくて、ただの神官で・・・」

「そんなに謙遜されなくても・・・は!?そうか、身分を隠しているんですね?気付かないですいません、僕、絶対に秘密にしますから!」


「だから、そうではなくでですね?」

「ブブッ! クックックック・・・」

「ペインさんも笑ってないで何とか言って下さい!」


 クレイがフリージアに憧れているのは誰がどう見ても分かった。


「ずいぶん変なのに懐かれちまったなぁ!」


 クレイとフリージアのやり取りを見て、腹を抱えて笑う中年男がいる。ペインである。


「何笑ってんだよ!」

 ペインに笑われ、クレイが不機嫌そうに怒鳴った。


 ここは集落の家と、温泉近くにあるあばら家の中間位にある広場だ。

 広場の隅の方ではライルが薪割りに精を出している。一定の間隔で聞こえる「コーン!」という澄んだ音が小気味良かった。

 広場の隅の薪棚には大量の薪が積み上がっている。

 これから冬にかけて薪はいくらでも必要になる。その備えだろう。


「剣に振り回されてるじゃねぇか、もっと足を踏ん張れ、剣は下半身だぞ?」


 クレイはフリージアに良いところを見せようと、わざわざ広場までフリージアを呼び出してクレイ流の剣術を披露していたのだが、端から見るとどうにも危なっかしい。

 剣の材質は青銅だろうか? 14で金属製の剣を振れるだけ大したものだが、体格と剣の重さが釣り合っておらず、端から見るとなんとも不格好だった。


「うるさい!お前の言うことなんか聞くか! そんなに言うなら勝負しろよ!」


 若いなァ。

 ペインはそう思った。ペインだって男だ、少年の頃、少し年上の綺麗なお姉さんに憧れる気持ちはよく分かる。

 まあ、それでも今の状況は、自分の女に他の男が言い寄って来ている状況とも言える。手加減してやる理由もない。


 ペインは薪割りをしているライルのそばまで行くと「ちょっと借りるぞ」と言って、手頃な薪を一本拾い、それを持ってクレイに向かって構えた。


「ホレ、どっからでも打ち込んで来い」


 これにクレイは逆上した。

 自分が持っているのは青銅とはいえ真剣だ。それに対して薪一本!? しかも相手は剣を持っていないのではなく、ちゃんと腰に履いているのだ!


「くっそぉ!ナメやがってぇ!」

 上段から振り下ろされたクレイの剣をペインは身をひねって躱す。そして勢い余った剣先が地面に接した瞬間、ペインはその刀身を足で踏んで動きを封じると、クレイの頭を軽く薪で叩いた。


「オラ! これで一本だな」

「いってぇ・・くっそぉっ!おりゃァ!」


 今度は横凪の斬激を身体を引いて躱す。

 クレイは剣の重さに振り回され、ペインがクレイの体勢が崩れたのを見てその尻を蹴飛ばすと、クレイはつんのめり、無様に地面に倒れた。


「んもう、ペインさん!大人気ないですよ!?」


 フリージアがペインを嗜める声が聞こえる。

 ここでフリージアに庇って貰うのは、クレイにとって何よりも恥ずかしい事なのだが、フリージアはそれに気付いていない。


「ちっくしょう・・」

 クレイはその後もペインに挑みかかるが、軽くいなされ、まったく歯が立たない。


 そうこうしているうちに、薪割りを終えたライルがフリージアに話し掛けてきた。


「すいません、クレイの奴が」

「いいえ、元気になったのは良かったのですが、何か誤解を与えてしまったみたいで・・・」


 困った様に笑うフリージアの顔を見ていると、ライルもクレイの気持ちが分かってしまう。

 ライルはフリージアから目を逸らすように、ペインとクレイの打ち合いを見た。


「凄いですね、あのペインさんと言う人は・・・僕も昔、冒険者を目指してギルドに入った事もあるんですが、あんなに凄い人は見たことが無い。クレイも親父達も気付いてないみたいですが・・・」


 それに対しフリージアは「ええ、困った所もある人ですけど、頼りになる方です」と。

 ペインについて話すフリージアのその顔を見て、ライルは全てを悟ったようなため息をつき、そして未だペインに挑み続けるクレイに憐れみの視線を向けるのであった。


◇ ◇ ◇ ◇

___________



「ハァ・・ハァ・・ゼィ・・くそ・・・当たらねぇ!」


 ニヤニヤと笑いながら説教臭い事を言うペインとか言う中年。ソイツに参ったと言わせる為、全力で打ちかかっていると言うのに全く当たらない。


 むしろ当たってしまったら大怪我では済まないのだから当然なのだが、クレイは既に自分が振るっているのが当たれば死ぬかもしれない「真剣」だという事も忘れて全力でペインに打ち掛かっていた。


 しかしその全てを躱され、いなされ、その隙に薪での攻撃を入れられる。しかもその攻撃は明らかに手加減した当てるだけのものであり、それが更にクレイ少年のプライドを傷つける。


 腕が上がらない・・・筋肉が悲鳴を上げている。ペインとか言うフリージアさんの護衛のオッサンはまだ余裕綽々なのに・・・


 それもその筈だ。

 全力で金属の剣を振り回し続けているクレイと、木の薪一本で最小限の動きで対応しているペインでは、体力の消耗具合いが全く違う。

 そもそも体力からして違うのだ。クレイはまだ成長途中で体が出来ていない。


 結局体力が限界に達したクレイがギブアップし、その日の打ち合いは終了となった。


「くそ・・・明日は絶対当ててやるからな!!」

 捨て台詞を吐きながら座り込むクレイを生温かい目で見送るペイン。

 クレイとラウルは10歳ほど離れてはいるが、ほとんどが老齢に差し掛かっているこの集落では二人とも頼りにされる若者だ。

 それが自分の親よりも年上のようなオッサンに手も足も出なかった。悔しさでペインを睨み付けるクレイ。


 当のペインは汗一つかいていない様子でフリージアやライルと話し込んでいる。

 その話の途中、オッサンは「発火(ティンダー)」と唱えて指先に火を灯し、煙草を吸い始めた。なんて失礼な男だ、相手との話の途中で煙草を吸い始めるなんて・・・



 ライルはこの集落の中で一番身体能力が高く、力は三人力とも言われる自分の兄貴分だ・・それがあの中年の機嫌を取る様にお世辞を言っているのが情けなかった。


「もう帰ろうぜ! こっちはそんなオッサンと違って忙しいんだ!」


 ペインやフリージアと話し込んでいるライルを促し帰途に就く。悔しいけど今日は負けだ・・でも僕はまだ若いんだ・・あんなジジイなんてすぐ抜かせる!


 クレイは家に着いた途端疲れが溢れ出し、少し横になった途端夕飯も取らずに寝てしまう。

 だが変に早い時間に寝入ってしまったからか、まだ夜も早いうちに目を覚ましてしまった。


___________



「くっそぉ・・・腹減った・・・」


 時間は夜中の10時頃であろうか。当然家族は既に夕飯を食べ終えていて、すでに布団に入っている。


 真っ暗な中モゾモゾと起きだして、月明かりで台所を漁ると干し芋の切れ端が見つかった。

 それをしゃぶりながら、外に出る。


 便所で小用を済ませ、空を見ると今日は満月だった。

 二つの月が照らす集落の道。その剥き出しの土が月明かりに反射し、その先にオレンジ色の明かりが見えた。

 方角的に温泉近くのあばら家・・・フリージアさん達3人が泊まっている場所だ。

(まだ起きてるんだ・・・)


 クレイはまるで光に誘われる虫のように、なんとなくその光の方に歩き出した。


 こんな夜中に尋ねて行ってどうするんだろう?

 頭では分かっていた。昼間ペインとやり合った時の筋肉痛と、散々に打ち据えられ、転がされた擦過傷が痛んだ。

 それでも何となく足が止まらなかった。


 ボソボソと何か声が聞こえる・・・男と女の声だ、声は隙間だらけの建物、フリージアさん達の泊まるあばら家から聞こえた。



◇ ◇ ◇ ◇

__________



 クレイという少年に稽古をつけた後、ペインは温泉で汗を流す。


 やはり好きな時に温泉に入れるのは良い。

 適度に動いたため体の調子も良かった。そしてその夜、ペインはフリージアをベッドに招く。


 レインは二つ離れたベッドでぐっすりと寝ている。しばらくは起きないだろう。

 まあレインならば、例え起きていたとしても、邪魔をするような野暮はしないだろうが。


「約束だからな、分かってるだろうな?体で払うって言ったろ?」

「う・・・わ、わかっていますっ!」

「し~っ・・・デカい声を出したらレインが起きちまうぜ」


 昨日、私はクレイ君を助けるためにペインさんの丸薬をたくさん使わせてもらった。効果がそれほど高くない魔力回復薬ですら高価なのだ。ペインさんの血液からしか作れないあの丸薬を売りに出せばどれほどの値が付くか分からない。

 それを使わせてもらう為、私は対価は身体で払うと確かに約束してしまった。


「まあクスリの件はともかく今夜はお前を抱くぞ?フリージア。クレイとかってガキに惚れられてるみてェだが、お前は俺の女だ」

「ペインさん、あの子はまだ子供でっ!」

「子供だろうが大人だろうが関係ねぇよ、あいつだって俺だって同じ『男』だ。」


 私の目を見てそういうペインさんの目は真剣だった。

 これはペインさんの嫉妬なのだろうか、私とペインさんの関係は恋人でも夫婦でもない、しかしどちらにせよ自分から望んでペインさんの旅に同行させてもらっている身としては、これは受け入れなくてはならないものだと何となく分った。


「分かりました・・・」

 フリージアはランプのオレンジ色の明かりの下、服を脱ぎ、裸になってペインのベッドに上がる。


 ベッドではペインさんがいつものニヒルな笑みを浮かべ、両手を広げて待っていた。




_____________つづく





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