旅路10「救急手段」
「クレイ! クレイ!! しっかりして! 大丈夫!?・・・ヒィッ!! 血がッ・・・ねぇっ! 誰かァァ!!」
夕暮れ時の空気を切り裂くような悲痛な叫び。
その声は先程あばら屋の掃除をしてくれた、この集落の女性のものであろうか?
ただ事ではない雰囲気に風呂上がりの湯衣のまま、ペインは剣を手に、フリージアは取る物も取り敢えず、集落の方に駆け出す。
「どうかしたんですか!?」
「何があった!?」
ほぼ同時に叫んだ俺とフリージアの声に、血まみれの少年を抱えた初老の女性が半狂乱で叫んだ。
「クレイが! クレイがぁぁ!!」
何が起こったのかは分からないが、ともかくひどい怪我を負った少年がいる!それだけは分かった。
「フリージア!!」
「はいっつ!!」
フリージアがクレイと呼ばれた少年を診て、腹部と頭の傷が酷い事を確認すると、すぐにその一番酷いと思われる腹部の傷に手を触れる。
「この者の傷を癒したまへ・・・小癒っ!!」
しかし思ったより傷が深い!
「小癒!・・・小癒!!」
フリージアは聖霊力の限り小癒の奇跡を重ねがけして腹部の傷を何とか塞ぐ事に成功する。
しかしそこでフリージアの聖霊力は限界に達した。
フリージアは奇跡で腹部の傷を塞いだことと、今の自分にはここまでしか出来ない事を説明し。綺麗な水で患部を洗い、清潔な布を当てて出血を防ぐように村人に指示をする。
目の前で傷が塞がる奇跡を目の当たりにした女性は希望を取り戻し、必死で村の人間に声を掛け、少年を家の中に運んで言われた通りの処置を施す為、男手を呼んで少年を運ばせ、女たちは水を汲み、布を用意した。
集落が騒然とする中、フリージアはペインの手を引いてあばら家に戻る。
「よくやったな。腹の傷・・・アレは放っておいたら致命傷だったぜ」
今まで致命傷を負って死んでいった人間を多く見て来たペインがそう言うのだ、先に腹の傷を塞いだフリージアの判断は間違っていなかったのだろう、しかし少年の頭の怪我も決して浅くは無かった。
頭の怪我は出血が多い、明日の朝まで聖霊力が回復するのを待っていたら、血が足りなくなるかもしれない。
フリージアはペインの手を握り、目を見ると言った。
「ペインさん、私にあの時の丸薬を使わせて下さい」と。
____________
「魔力回復の薬が高価なのは知っています、対価は身体で払いますから!」
「そう言うセリフはもっと色っぽい状況で聞きたかったぜ」
フリージアの言いたい事は分かる、聖霊力を回復させてあの少年を助けたいのだろう。
ペインはむしろ感心し、口角を上げる。こういう状況になった時に、揉めずに素直に飲んでもらう為に勇者の体質・・・血液に精神力回復の効果がある事を打ち明けたのだ。
だがそれにすぐ思い至り、そして躊躇い無く「体で払う」ことを約束して、しかも他人の為に使用すると言う事は中々出来るものではない。
「あのガキが助かった後で『やっぱり無しで』とか言うなよ?」
「・・・っ、分かりましたから早く!」
ペインがあばら家の中で荷物から丸薬を取り出すと、フリージアはテーブルの上の水差しと一緒にそれをひったくるようにするとケガ人の元に走る。
「フリージア!、あの子の容体は落ち着いたけど頭の傷からの血が・・・」
暴力沙汰が日常茶飯事の場所で生きてきたレインはこの程度で動揺したりせず、家畜ではない人間の血を見て動揺する集落の人を叱咤して少年の傷の手当てをさせていた。
そうしながらも神官としての力を使いすぎて消耗し、気分の悪くなったフリージアは最早頼れないと思っていたのだ、しかしフリージアは意外なほど早く現場に戻って来た。
手に持っているのは赤黒い丸薬の入った小瓶と水差し。
フリージアは丸薬を一粒口の中に放り込むと、人の目も気にせず水差しから直に水を飲み、それを飲み下す。
その瞬間フリージアの身体が薄青く光った気がした、聖霊力が回復したのだ。
「小癒・・・小癒・・・小癒」
少年の傷は深く、一度ではとても治らない為何度も小癒を重ね掛けする。そしてその度に未熟なフリージアにはすぐに限界が訪れ、その度に丸薬を飲んだ。
熟練の神官の聖霊力ですら全快させるほどの丸薬だ、非効率この上ない。しかしフリージアはお構いなしに少年の回復を優先させる。
だが何とかその甲斐あって少年の傷は塞がり、寝息が穏やかになり始めた。恐らく怪我で流れ出た血液の不足もあり、数日はふらつく事もあるかもしれないが、命を落とすことはもう無いだろう。峠は越えたのだ。
「ああっ!! 神官様・・・ありがとうございます、ありがとうございます!・・・クレイの命が助かったのは貴女様のおかげでございますっ!・・うう・・・あのままではクレイは死んでいました・・それが聖女様のおかげで・・・・・」
枕元で心配そうに少年を見つめていたのは、血だらけの少年を抱きしめていた少年の祖母であった。
目の前で、奇跡によって助かりそうもない孫の傷口が塞がっていくのを目の当たりにした彼女は、フリージアに対し信仰と言っていい程の感謝を抱いていた。
遠くに居て「尊い方だ」と噂だけを聞く司教や大司祭より、孫の命を救ってくれたフリージアは彼女にとってまさに聖女にも勝る存在になったのだ。
しかも一度は力を使い果たしたかに見えた彼女は再び孫の様子を心配し、再度様子を見に来てくれた・・・
彼女はその時、ふらつきながらも「もう少し私に出来る事があるかもしれません」と言って、再び孫の頭の傷に手を翳し、奇跡を願い始めたのである。
何か丸薬の様なものを飲み、その度に咽せ、せき込みながらも治療を続けてくれているのを老婆は見ている事しか出来なかった。
そしてやっと治療を終えた時、神官様は普通ではない程グッタリと消耗していた。孫を救う為に色々無理をしてくれたのではないか・・・もはやそれだけでも拝みたいような気分だった。
「・・・もう大丈夫ですよ」
そして疲れ果て、顔色を悪くした彼女からそう言われ、血だらけの包帯を恐る恐る解いてみると、そこに有った傷は多少の傷跡を残して完全に塞がっていたのである。
「・・・・・っ!!」
言葉にならないというのはこういう事なのでは無いのだろうか。老女は嗚咽を漏らす。
「ハァ・・・」
傷が塞がった事を確認し、心底安心したような息を漏らして疲れた笑顔を浮かべるフリージア。その姿を、布団の周りに集まり、クレイという少年の容体を心配そうに見守っていた集落の全員が見た。
その目は尊敬と感謝の色に染まっている。
ぞの場にいた全員がフリージアに感謝していた。
だがそんなホッとしたような空気も長くは続かない、件の少年が目を覚ましたのだ。
「う・・・ん・・・」
「クレイ!クレイ!私が分かるかい?お婆ちゃんだよ!!」
「うん、分かるよ・・・それより大変なんだ!」
目を覚ました少年は、自分の身を案じるよりまず集落の危機を口にする。それは辺境の村にはよくある事ではあるのだが、少年によってまるで魔王の進行のように村に伝えられた。
◇ ◇ ◇ ◇
_____________
クレイという少年は、山の中に獣獲りの罠を見に行くついでに山菜やキノコも採取し、村に帰る途中で犬のような頭を持つ魔獣に襲われ、必死に逃げようとしたが打ち倒されて、運んでいる途中だったウサギを奪われた。
「この辺りでは見たことのない魔獣だ!村の人に知らせなきゃ・・・」
そう思って力を振り絞って村までたどり着いたはいいが、お婆ちゃんの顔を見るなり安心して気が遠くなってしまった。
そして再び目を覚ました時、目の前に居たのはこの世のものとは思えないほど綺麗な女の人だった。
彼女は息を切らし、頬を染め、潤んだ瞳で僕を見つめながら「大丈夫ですか?」と、優しく言った。
僕はそれに夢見心地で頷いた。
起きられるようになって、彼女が旅の神官さんだという事を知った。
彼女が居なかったら自分は死んでいたと村人の誰もが言っていた。彼女の奇跡によって傷が塞がっていく瞬間を・・・奇跡が神に聞き届けられる瞬間をみんなが見ていたと。
クレイがもたらした情報によって集落の大人たちは騒然とする。恐らくそいつは「はぐれ」なのだと皆が結論付け、話し合いが行われた。
そんな大人たちの焦りを尻目に夢見がちな妄想を膨らませる者が居る。誰であろう命を救われたクレイ本人である。
きっと彼女は凄く尊くて神聖な聖女様に違いない!・・・これは運命だ!
クレイは幼い頃から麓のシルバー・ケイヴで教会の読み聞かせを聞くのが大好きだった。
だから小さな頃から自己流で剣の練習もしていたのだ。
そしてもうすぐ大人になるこのタイミングで聖女様がこの村に来るなんて、単なる偶然とは思えない!
クレイ少年はそう思い、麓の村で捨て値で売られていた時に買った中古の剣を引っ張り出す。
あの魔物に負けたのはこれを持っていなかったからだ、きっと僕は剣を振るって聖女様を守る運命なんだ、僕には人類の守護者となる運命が待っている・・・あの「放浪の勇者」みたいに! クレイはそう思った。
ちなみにクレイは14歳。
来年は成人して大人として認められる年である。
少年が目を覚ました時、フリージアの目が潤んでいたのも顔が赤かったのも強い効果のある薬を連続して服用した副作用だし、息が切れていたのは小屋まで走って来てそのまま治療に入ったからなのだがクレイ少年はそんな事は知らない。
そんな純粋な少年を無意識に誑かしたフリージアはそんな事など知らず、ひと騒動終わって安心し、再びゆっくりお湯に漬かっていた。
________________つづく
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