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人間になるのは難しい

 サンタも自粛するクリスマスイヴの夜、時計は9時を回った。

 何時もなら、社員全員で残業してる時間だが、家族持ちは後ろめたそうに定時で帰り、そうでない者も何となく消え、社内には俺一人だ。

 俺にしても、終わらせるメンテ作業はとっくに終わっており、今やってる作業は糞コードのリファクタリング、つまりは趣味に近い作業だ。

 上司から渡されたメンテ対象のソースコードはメガバイト単位であり、俺は上司の冗談だと思った。

 ソースコードを開くと、俺は理解した、それが忌まわしい糞コードであると・・・

 関数一つが数千ステップ、同じようなステートメント群が延々と続く・・・

 構造化や抽象化なんて毛ほども無い、コピペで作ったのが丸わかりのソース。

 適度に抽象化されたソースコードは美しく、それを書いた者の思考を紐解くのも楽しい。

 しかし目の前にある糞コードは読む者に苦痛しか与えない。

 仕様変更に関わる作業は半日で終えたが、俺はこの糞コードを放置できなかった。

 コピペ部分を抽象化するだけで、ソースコードサイズは半分になったが、それでも満足はできない。

 構造の無駄を排除する事で、もっと小さくできるし可読性も上がるだろう。

 そして夜の9時になったが、あと一息で終わるだろう。

 俺は大きく伸びをしたが、その時電話が鳴った。

 深夜の作業は苦にならないが、困るのがクレーム対応だ。

 電話の主が名乗る社名は記憶に有る。1年後輩が担当した案件だ。プロジェクト名も知ってる、つまり対応も可能と言う事だ・・・

 電話の主は帳票の出力がおかしいと言い、変な帳票をFAXすると言った。同時にFAXが動き始める。

 俺は入力データを添付したメイルを送るように指示したが、電話の主は既に送ったと言う。

 担当者が不在なので、俺宛に送って欲しいと伝え、口頭で自分のアドレスを伝えると電話は切れた。

 俺は自分のホーム・ディレクトリに作業用ディレクトリを切り、サーバーのファイル管理システムへとリンクを張る。

 幸いにも小規模システムだったので、チェックアウトされたソースは数本だけだった。 FAXの帳票から特徴的な文言を選び、グレップで該当ソースを探す。

 さすがにさっきまで見てた糞ソースとは違い可読性は高い。

 とは言え机上で問題点を見出すのは不可能なので、デバッグ・オプション付きでビルドする。

 メイルをチェックすると、件のデータ付きメイルが入っていた。

 本文には朝までには何とかしてくれ、と書かれていたので、今夜中に対応しますと返信する。

 デバッガを起動しブレークポイントを帳票印字の直前に設ける。

 ソースを眺めると、少し嫌な予感がする。

 簡単な週計処理なので、印字と平行して計算してると思ってたが、計算は別のソースで行っている様だ。

 印字は謎の配列の数値を印字してる。必然的に外部変数だろう、しかもプレフィックスも付いてない。

 俺は少し怒りを覚えた。外部変数の使用は控える様に、使う時は検索しやすい様にプレフィックスを付ける様にと教えたはずなのだが・・・

 大汗かいて簡単な計算ミスを発見し、修正・リビルドし、客先へ修正プログラムをメイルし、修正コードをチェックインして、バグ票を書き終えると時計の針は11時を回っていた。

 後はプリントアウトしたソースに赤ペンを入れ後輩の机の上に置けば終わりだな、と考えながら、心には躊躇が湧いた。

 お節介かな?バグ票を見れば後輩は気が付くんじゃないのか?お前は何様だ?

 結局プリントアウトはゴミ箱に入れた。

 再び糞コードのリファクタ作業に戻り、作業を終えるとイブは終わっていた。

 「後輩の尻拭いで電車が無くなりました、タクシー代出ますか?」とメモ書きを上司の机に置き、事務所を後にした。

 部屋に着いたら深夜の1時、近所の飲み屋も閉まってる・・・待てよ自粛で早じまいなのかな?などと考えながらコンビニへと向かう・・・

 ポテチやチーズをつまみながら缶チューハイを飲むが、不思議と侘しさは感じない。

 もう孤独に慣れ切ってしまったのかな?

 3缶目を空にすると睡魔が襲ってきたのでスェットのままベッドに潜り込んだ。




 目が覚めると固く冷たかった。

 理由は判らないが、固く冷たい床の上で目覚めた。

 床は自然石みたいなので、ここは洞窟か何かか?

 しかし目の前には木製の椅子と机が有るし、何やらドアらしきモノも有る。

 とりあえずは椅子に座り、裸足の足が冷たいので机に足を載せた。

 しかし、寒い、なんせ下着とスェットだけだ。

 縮こまって震えていると、ドアが開き陰気臭い爺さんが入ってきた。

 爺さんは聞いた事のない言葉を話しながら、抱えていた荷物を机の上に置くと、俺に近づき、俺の頭に手を置いた。

 近くで見る爺さんはハゲで手塚マンガに出て来る悪魔みたいな風貌だった。

 「急に呼び出してスマンね、しかし、ちと歳を食い過ぎてるな」爺さんは失礼な事を言う。

 「俺はまだ40歳だよ」何となく2歳サバを読む

 「まぁ寒かろう、ブーツとジャケットを着るが良い、ついでに帽子も」

 机の上には皮のブーツとジャケットと帽子が置かれていた。

 ブーツとジャケットは内ボアで暖かそうだ。

 俺はブーツを履き紐を締める。履き心地も悪くない、これで机から足を降ろせる。

 ジャケットのサイズも丁度良く暖かだった。

 しかしジッパーは無く、ボタンダウンだ、骨とう品の革ジャンか?

 ついでに帽子も被ってみよう。

 見た目は普通だが、バイザーの左半分が前に倒れる構造になってるので、前に倒して被る、バイザーは透明だったが、そこに Ready と文字が浮かび上がった。

 スカウターかよ、などと子供じみた事を考える。

 目には居るのは自分の足だ。

 数秒見ているとバイザーに俺に関する情報が浮かび上がってきた。

 HPだのMPだの、コレじゃゲームだ。HPは200程度、MPは100程度とゲームならレベル10~20くらいか? その下のSapはゲームでは馴染みが無い。

 その次の行には、名前;コウ 種族;召喚されし者、とあり、レベル:15とも有った。 その後には各種ステータスが並ぶ訳だが、その大部分が悲しいほど低かった、唯一高いのが知性だけで100、その他は軒並み一桁だった。

 こりゃ、異世界転生か?アニメやラノベの知識を総動員する。

 寝てる間に俺は死んだのか?にしては女神様や神様の記憶は無い。そう言えば爺さんは急に呼び出してとか言ってたな・・・

 「ここは何処だ?爺さん、あんたは何者だ?俺を呼び出したってのは何の話だ?俺は死んだのか?」

 「そう一度に聞かれても答えられん、順に説明するから落ち着け」

 俺は爺さんを見つめていたので、バイザーの情報が爺さん関連に書き換わった。

 しかし、そのほぼ全てが?に埋め尽くされており有用な情報は何も無かった。


 「先ず、ココが何処かじゃが、お前さんの世界で言うパラレルワールドじゃよ。

異なる進化を遂げた地球であり、地形も大陸レベルで違う。

 文明レベルはお前さんの世界より400~500年遅れとる。

 今いるココが何処かと言えば、この世界の生物の創造主の居城へと繋がる通路の地下13階じゃ」

 次に儂じゃが、この通路の管理人をしてるヨセフというもんじゃ。勿論、創造主様の下僕じゃな」

 最後にお前さんを呼び出した話じゃが・・・

 お前さんに頼みが有って次元転送魔法で儂が呼び出したんじゃ。

 よってココに居るお前さんはお前さんの世界のお前さんじゃ、死んだ訳ではないぞ」

 「魔法って何だよ?」

 「この世界はお前さんの世界のゲームに近い世界でのぉ、魔法も有れば魔物もおるぞ」 爺さんはそう言うと鼻眼鏡をかけ俺をじっと見つめた。

 「やはりランダム転送は駄目じゃな、もっと生きの良いのを望んでたんだが、こんな老いぼれとは・・・」

 「爺さんに言われる筋合いは無いぜ」

 「まぁ歳はおいといても、肉体的ステータスが酷すぎる」

 「肉体労働はした事がないからなぁ・・・爺さんの頼みが肉体労働なら、確かに俺じゃ駄目だろう」

 「それは違うんじゃが・・・まぁ頼みの話をしようかのぉ・・・」

 「机の上の平たい物を見てくれ」

 机の上にはノートパソコンらしい物が置いてある。

 それを凝視しているとバイザーに情報が出てきた。

 MP;300 名前;なし 種族;スキル・ビルダー(魔法生物)

 出てきた情報はそれだけだった。

 「まぁ、元の世界でも似たようなモノを使ってるじゃろ、遠慮なく触ってくれ」

 俺はノートの蓋を開いた。それはノートパソコンとは似て非なるモノで、筐体の質感、モニターの表面、キートップこそ木製だが、その基部までもが有機的で気持ち悪かった。 さらにパームレストに手を置くと頭の中で声が聞こえた。

 「よう、新人さん、よろしく頼むよ」

 虚を突かれて戸惑う俺に声は続けた。

 「俺はお前が触ってるスキル・ビルダーだ。相互理解の為に頭の中を覗かせて貰うぜ。」

 若干の違和感は感じるが頭痛等は感じない

 「やぁ、コウさんか、初めまして、名乗る名前は持ってないんだけどな」

 「俺の役割はコウが書いたプログラムをビルドする事だ、あんた達の言葉だとコンパイル・リンクになるのかな?」

 「俺の世界でもビルドで通用するぜ」

 「そんな事より、俺が成すべき仕事について知りたいんだけど」

 「それについては私が説明します」

 頭の中で考えただけなのに、爺さんが割って入ってくる。

 スキル・ビルダーに頭を覗かれているのは納得できても、それが爺さんに伝わるのは気分が悪い。

 「この世界には人類の他にも多くの種族が存在します。貴方の世界ではモンスターとか魔物と呼ばれる存在ですが・・・貴方の世界で野生動物が迫害されていたのと同様に、この世界では人類が迫害され絶滅に瀕しています。我らの創造主様は人類に魔法を与えたのですが、人類はそれを上手に活用できていません。創造主様も人類の滅亡を望んでいませんので、貴方に魔法スキルを作って、この世界の人類を救って欲しいのです」

 「そんなモン、この世界の人にプログラマ教育をすれば済む話じゃないのか?」

 「そうは言われましても、この世界は貴方の世界の中世です。人材が居ません」

 「要するに俺は魔法スキルのプログラム要員として、異世界に召喚されたのか?」

 少し高圧的に話したので爺さんは恐縮しながら答える。

 「実はですな・・・魔法スキル・システムを構築したのも異世界人ですのじゃ。

 かの者は優秀なプログラマだったので、この世界の人類を魔物から守り繁栄させたのじゃ。

 しかし、彼も短命な人類の1人として、50年ほど前に亡くなりましての、人類は再び存亡の危機を迎えてましたのじゃ。」

 「オーケーおおよその話は分かったけど、少し質問しても良いかな?」

 爺さんの答えを待たずに俺は続ける。

 「管理者の下僕たる爺さんなら、プログラミングも容易にこなすんじゃないのか?」

 「何故に俺なんだ?俺の世界には星の数ほどプログラマが存在するし、俺はそれほど優秀でもないぜ」

 「最初の問いの答えは簡単だ。

  システムを構築したのはお前と同じ異世界人なので、その仕組みを儂が理解するのも困難だ、ちなみにお前さんが触ってたスキル・ビルダーも奴の願いで創造主様が作ったモノなので、儂には扱えん」

 そこまで言うと、爺さんはモジモジし始めた

 「二つ目の問いには答えにくいのう・・・

 なんせ儂が選んだ訳ではないからのう・・・

 求めたのはプログラミング能力だけだ、それでランダム召喚を行った。

 ランダム召喚を行うと、お前さんの世界から条件を満たす者の中から消えても問題が小さい者が選択される。つまり、職場であまり重要でもなく、家族は無く、親兄弟とも疎遠で、親しい友人も少ない者って事になるなぁ・・・」

 そこまで言うと爺さんは目を伏せたし、俺は死にたくなった。

 気まずい空気の中で爺さんは一振りの剣を俺に差し出しかけたが、それを引っ込め言った。

 「スマン、君にこの剣は無理だ、君が扱える剣を探してくる」

 そう言い残すと、爺さんは部屋を出た。

 一人残された俺はノートパソコンの様なモノを触る、他にする事もないから。

 「さぁ、スキルプログラミングの勉強を始めようか」

 頭の中に声が響く。

 「とりあえずサンプル・ソースが見たいな」

 俺が言うと、

 「ならアンタが知ってる AUTO ANALIZE はどうだ?」

 「ハァ?何の話だぁ?」

 「アンタが被ってる帽子に付与されてるスキルの話さ」

 そう言うと、ビルダーはディスプレイにソースコードを開いた。

 「何の冗談だ?」俺にはそれしか言えなかった。

#include <stdio.h>

#include <stdlib.h>

#include <stdmagic.h>

#include <S1/toolkit.h>


 普通のC言語じゃねぇか・・・変なヘッダーが混じっているが・・・

 続きを見ても新種のGUIコードにしか見えない


append-main() {

setStdout( getVisor( Left ) );

AddCallback( this, LookAt5Sec, AnalizeCB, &look );

}

 コレを見る限りではイベント駆動型の典型パターンだ

 1990年代のXウィンドウシステムを思い出す・・・

 setStdout() は標準出力の出力先設定だろう

 this は意味不明だが、C++とも思えない


voidAnalizeCB(THIS*t.

OBJECT*look )

{

MAGICm;


bezero( (void*)&m, sizeof( MAGIC ) );

m.type = MT_ANLIZE;

m.level = 1;

m.target = look;

createMagic( &m )l

execMagic( &m, m.mp );


printStatus( &m.target.detailes);

}


 そして実体はこれだけだ。リファレンスを見なくとも何をしてるのかは理解できる

 t が何を意味するのかは判らんけど・・・

 しかし雑なコードだ、システムコールと思われる、createMagic(), execMagic() の戻り値をチェックしないなんてあり得ない

そして、使用者の mp が足りてるかはチェックしないのだろうか?

 そんな事を考えてたら、俺の病気が黙ってない、そもそも爺さんのステータスが読めないのが腹立たしい・・

 先ずは createMagic() について調べなければ・・・




 幸いな事に man コマンドは機能したので、魔法について調べる事ができた。

 MT_Analize系列に関しては、高レベルの対象を調べるには魔法レベルを上げる事が必要だと判った、爺さんは高レベルなので、レベル1のアナライズが効かなかったのだろう

 つまり爺さんのステータスが読めるまでアナライズのレベルを上げれば良いんじゃん。

 解法が判るとウキウキするのは、まだまだ俺が二流だからだろうな。

 一流のプログラマなら。どうして良いのか判らない時ほどウキウキするもんだ・・・

 まぁ何流でもプログラマは精神に問題を抱えてる人種なんだけどさ


 先ずはトップダウンでプログラムを書いてみる、下位関数の詳細に関しては後で考えれば良い。


voidAnalizeCB(THIS*t.

OBJECT*look )

{

int level = 1;


while( !Analoze( level, look ) && level < 8 )level++;

}

 トップレベルはこんなモノだろう。

 アナライズが成功するまでレベルを上げ再試行するだけだ。

 レベル上限が8なのはリファレンスで確認している。

 消費MPは1から始まりレベルが上がる毎に倍になっていくので、最大レベルまで試行が必要な場合、127も必要となる、少し気になるな・・・俺の思考はこの異世界においても、平時に戻っているみたいだ・・・


 次はAnalize() を考える訳だが、createMagic() execMagic() は多用されるシステムコールだろうから、皮を被せて使いやすくするべきだろう。

 考える事なく手が動く。


MAGIC*CreateMagic(MAGIC_TYPEeType,

intiLev,

OBJECT*pObj )

{

MAGIC*pMagic;


pMagic = (MAGIC*)malloc( sizeof( MAGIC ) );

if( !pMagic )return( NULL );

memset( (void*)pMagic, sizeof( MAGIC ), 0 );

pMagic->type = eType;

pMagic->level = iLev;

pMagic->target = pObJ;

if( createMagic( pMagic ) )// 失敗する場合について

return pMagic;// ERR_NO 等を確認する必要は有るのか?

else

return NULL;

}

 コメントに記したのは自分への宿題だ。

static BOOLIsAttackMagic(Magic*pM )

{

switch( pM->eType )

{

case MT_ANALIZE;

return false;

// 他の属性に関してはレベルによる場合分けが必要(要調査)

default;

return true;

}

}

BOOLExecMagic(MAGIC*pM )

{

int iRet;


if( pM->mp > currentMP ) {// currentMP の取得方法が不明

printf( "MP残量が不足しているので発動に失敗した¥n" );

return( false );

}

if( IsAttackMagic( pM ) && pM->target.Type == KT_HUMAN ) {

printf( "人間相手に攻撃魔法は使えない\n" );

return( false );

}

iRet = execMagic( pM, pM->mp );

switch( iRet ) {

case ERR_NONE://正常終了

return true;

case ERR_BAD_ARG://不正な魔法

printf( "魔法の定義に問題が有ります\n" );

return false;

case ERR_IMCOMPLETE:

printf( "魔法は発動したが効果が無かった\n" );

return false;

default;

return false;// どんなケースが有るんだ?

}

}

 これらを使って書いたのが次の関数だ


BOOLAnalize(int iLev,

OBJECT*pTarget )

{

MAGIC*pM;


pM = CreateMagic( MT_ANALIZE, iLev, pTsrget );

assert( pM );

if( ExecMagic( pM ) ) {

printStatus( &m.target.detailes);

return true;

}

else {

printf( "レベル%dのアナライズに失敗した\n", iLev );

return false;

}

}

printStatus() は元ソースのモノをそのまま流用した


 これらを整理し、スキル・ビルダーにビルドさせる。

 少し warning が出たが、プロトタイプ宣言の不備によるモノだったので、

 適当なヘッダーをでっち上げて解決した。何から何までC言語と同じだ。

 スキル・ビルダーがビルドしたスキルに名前を付けろと言うので、オートアナライズ改と安直に名付けた。

 スキル・ビルダーが言うには、俺の頭にはオートアナライズ改が入っているので、帽子のスキル・スロットに上書きできるとの事だ。

 俺は言われるままにイメージし、スキルを上書きした。

 そうこうしていると、爺さんが戻ってきた。

 「この短剣なら、お前さんにも扱えるじゃろ」

 爺さんが差し出したサバイバル・ナイフを受け取りながら、爺さんを注視すると、バイザーにはいくつかの失敗メッセージが出た、レベル3の失敗メッセージの後に爺さんのステータスが読めたので、レベル4でやっと成功したって事だ

 目の前に広がるステータスを見て俺は恐怖を感じた。

 名前はイゴール、レベル60を超えるアークデーモンと出てる。

 それでも俺は小便を漏らさず、こう言えた。

 「さっきはヨセフと名乗ってたが、名前を偽る必用は無かったんじゃないのか?イゴールさんよぉ、でも正体を現すのは勘弁してくれ、確実に俺は小便を漏らすから・・・」

 その時の爺さんの表情は微妙だった。

 気分を害した様な、小心者の俺を見下す様な、しかし最後に見えたのは安堵だった。

 「この短時間でプログラムを書き替えたのか?お前さんなら試練を乗り越えられるかもな」

 「試練って何だよ?」俺は思わず絶叫したが、イゴール爺さんは穏やかに返す。

 「ここは大迷宮とこの世界の者が呼ぶ場所の13階だ。無事に地上まで上がるのも大変じゃろうて、そこから人が住む町まで、お前さんの距離で数キロは有るしのう」

 「詳しくはビルダーに聞くと良いが、危険な魔物もこの階以外には存在しておる」

 「階段を12階分、魔物に追われながら登るのか?確実に死ねるな」

 「各階の魔物に関してはビルダーに聞け、それに対抗できるスキルを編み出して生き延びるのが、お前の試練だ。地表に出ても魔物は出る。まぁ、ここから地表に出られたのなら、恐れる魔物ではないがのぉ」

 「まぁ頑張って生き延びてくれ、お前が死んだら、次を召喚しなければならん。異世界からの償還魔法は儂にとっても大変なんじゃから・・・」

 それだけ言うとイゴールは部屋を出て行った。

 イゴールと交代する様にスキル・ビルダーが語り掛けて来る。

 「先ず、絶対に必要なのがHP自動回復と状態異常の自動回復だな。あと防御力強化も無ければ、お前さんは一撃死するだろう、攻撃魔法もいくつか覚えなければならないし、しばらくはこの部屋から出られないだろうなぁ・・・」

 「このフロアは安全なんだろ、ずっとこの部屋に居るという選択肢は?」

 「餓死がお望みなら、それも良いだろうな、水すら偶数階にしか無いし・・・」

 机の上に有るのは、サバイバルナイフと空の水筒とスキル・ビルダーのみ

 頼りになるのは気味の悪いノートパソコンもどきだけ・・・

 ジャケットを見るに空きスロットが4つ有るので、自動回復系を付与する事は可能だろう。

 しかし攻撃魔法はどうするんだ、振ると火の玉が出るサバイバル・ナイフを作るのか? 「攻撃魔法は習得して念じる事で発動すべきだろうな。

 スキルポイントが20くらい有るので、付与に数ポイント使うとしても数種類の魔法を習得できるぜ。」

 俺の考えを読んだビルダーが答える。

 「それと道中のMP回復を考えたら魔物が落とす魔石を運ぶ必要が有るので、空間系魔法のアイテム・ボックスを覚えた方が良いだろう。水筒だって手荷物のは邪魔になるだろ。地上に出たらショートジャンプも必要になるだろうしな。お前さんの体力では数キロは遠い。」

 俺は椅子に座り、ビルダーに向き合う。

 「それで爺さんはお前に聞けと言ってたけど、お前は魔物について知ってるのか?

 モニターにモンスター図鑑らしきものが開かれ、勝手にページがめくられる。

 「先ずは12階だ、このフロアにはオーガの群れしか居ない。オーガはお前の世界だと鬼に該当するな。身長3メートル、体重200キロくらいの強い魔物だ。但し、連中には致命的な弱点が有る。氷結魔法に極端に弱いので、先手で範囲攻撃を仕掛ければ、恐れるに足らん魔物だ」

 「最も危険なのは5の倍数階に巣くうエレメントだな、その全てが魔法を使い数も多い。魔法を防ぐスキルが無ければ、確実に死ぬだろうな」

 「魔法を防ぐってどうすんだ?障壁でも作るんか?」

 「そんなモンで追いつくかよ、障壁で防げるのはせいぜい9割のダメージだぜ。連中は100匹くらい居るからなぁ・・・」

 「ここでお前さんにヒントをやろう、即発魔法と遅発魔法、それについて調べれば、魔法を防ぐ方法の足掛かりになるぜ」

 「なるほどな、魔法についての知識が無ければ、今日が俺の命日になりそうだ。魔法一覧みたいなテキストは無いのか。」

 そう考える前にモニターが切り替わっていた。

 「気が利くねぇ。相棒、お前の名前を教えてくれ。」

 「そんなモノは無い。お前の先代が付けてくれた名前は有るが、お前さんには関係無いしな」

 「大切な思い出は他人に教えたくないって事か。なら俺も付けてやろう。ビルダーのビルでは安直なのでウィリアムを経由してウィルでどうだ?」

 これに対してビルダーが何故か怒る。

 「糞野郎が、俺の記憶を読みやがったな。先代の時と同じじゃねぇか」

 俺の先代も大した事は無かったんだな、と俺は思った。

 その考えを読んだビルダーいやウィルは語気を強める。

 「フィリップを馬鹿にするんじゃねぇ、糞野郎が」

 先代はフィリップというのか、ウィルとは良い関係だったんだろうな。

 ページを読み進めると敵の魔法発動を阻止する方法が見えてきた。

 システムコール createMagic は魔法陣を生成するが、ターゲットにはそれが通知されるらしい。OnMagicTarget と呼ばれるイベントだが、魔法の発動までにはタイムラグが有るようで、execMagic() で発動する場合のタイムラグは短いが、通常の魔法発動は、フィールドにMPを捧げ、システムからの発動許可を待ってからの発動となるらしい。

 よってプログラムによる魔法の発動阻止は不可能だが、通常の魔法は発動前にフィールドに捧げられたMPを吸収する事で発動を阻止できるみたいだ。

 フィールドのMPを吸収する魔法も存在しているので、OnMagicTarget を起点としたタイマーでフィールドのMPを吸収できるなら、魔法の発動を阻止した上にMPを回復できる。タイマーの調整に実験が必要だが、実験台になりそうな魔法を使う雑魚敵も居るらしいので、試行錯誤のチャンスも有るだろう。

 ついでに判った事だが、タイマーイベントはSAPの消費も無いみたいなので、HP自動回復や状態異常の自動回復は回復魔法の消費MP以外のペナルティ無しで実現できそうだ。

 俺が尊敬する先輩の口癖は『知は力なり』だったが、その言葉が身に染みる思いだ。

 ついでに判った事だが、魔法の威力は魔力だけではなく知力も関与しているらしい。

 俺の魔力は一桁だが、知力は文明差のおかげで100を超える。これが関与するなら、魔物にも対抗できそうだ。正に知は力なりか・・・

 状態異常回復は暫定的に1分に1度のチェックとしたが、HP自動回復のインターバルは、30秒に一度が妥当だろう。何せ最大HPが100程度しかないのだ、レベルが上がればインターバルも長くできるだろう。

 魔法吸収のインターバルは10秒にしておく。これは雑魚相手に検証が必要だろう。

 タイマーインターバルは全て文字定数定義してあるので変更は容易だ。

 ジャケットのスロットが一つ空いてるので、物理攻撃に対する自動反撃プログラムを付与した。受けたダメージを二倍して無属性魔法で反撃する。スキル名は倍返しだ。

 10倍返しとか100倍返しも考えたがMP消費が洒落にならんので断念した。

 サバイバルナイフには OnGetReady イベントに対応して防御力強化魔法を発動するスキルを付けた。つまりさやから抜くと発動する、コレに関しては宿題が有る。

防御力強化が切れるタイミングが判らないのだ。

 装備付与スキルの構築が終わり、次は習得スキルの構築だ。

 こっちは簡単で、各属性のレベル2を実行するだけだ。

 ちょっと気になったのが魔法強化魔法だった。

 MP消費は4で次に発動する魔法の消費MPを倍にして威力を3倍にするらしい。

 レベル2魔法は、MP消費が10なので、セットにして損は無さそうだ。

 かくして、俺のスキルリストにはブーストファイヤストームだのブーストダイアモンドダストだのと中二病全開のスキルが並ぶ事となった。

 「準備はそんなもんか、糞野郎」俺の名前は糞野郎になったみたいだ。

 「そろそろ行こうか、喉も乾いてきた。」

 かくして、小脇にノートを抱えた不審者が地上を目指して歩き始めた。


 12階にはオーガが群れていた。

 「行け糞野郎、ブースト・ダイヤモンドダスト(笑い)をお見舞いしてやれ」

 本格的に嫌われてるんかなぁ・・・と考えながら、中二病魔法を発動する。

 あまりの威力に俺自身がドン引きする。オーガの群れは氷付き、数秒後に砕け散った。 幸いな事に部屋の隅に有る泉は凍っておらず、俺は水筒を持って駆け寄った。

 泉の水は冷たく美味かった。なんせ、ココに来てから1滴の水も口にしてなかったから。

 「糞野郎、お宝は放置するのか?」ウィルはもう糞野郎以外で呼ぶ気が無いみたいだ。 オーガの武器らしいこん棒、(これって金棒と呼ばれる武器なのか?)をアイテムボックスに吸い込ませる。

 「それじゃねぇよ、魔石だよ」

 あたりを見回すと子供の胴体くらいの半透明な何かが落ちてた。

 「これが魔石か?」尋ねるとウィルはそうだと言う。

 「これでMPやSAPを回復できるのか?」にもそうだと言う。

 「これを食うのか?得体の知れんモンを食うのはなぁ・・・」

 「違うよ、糞野郎、それを握りつぶすんだ」

 「こんな大きいもんをどうやって握りつぶすんだ」

 「ナイフを持ってるだろ、潰せるサイズに切れよ」

 ピンポン玉サイズに切り取って、握りつぶすとMPが20程度回復した。

 二つ潰して全回復したら、残りはアイテムボックスに吸い込ませる。

 あたりに落ちてる魔石も全て吸い込ませると、もうMP不足の心配は無いなと安心した。

 「さぁ、次だ、11階には雑魚しか居ないけど、魔法を使うのも居るから実験ができるだろ。」

 気楽に言うけど、1階登るのはオフィスビルの4階分くらいの段数が有る。

 俺の足は地上まで持つのだろうか?

 「ちょっと待て、ここで光魔法のレベル1を習得しろ、ブーストは要らんぜ」

 珍しく、ウィルは糞野郎呼ばわりしなかった。

 「11階に居るのはスケルトン御一行様だ、レベル2を使ったら全滅させてしまう。

 前衛は全滅させないと危険だが、後衛まで全滅させたら実験ができなくなる。光のレベル1は腕から伸びる光の剣だ、一なぎすれば前衛は全滅だぜ」

 「俺は力が無いんだけど・・・」

 「糞野郎の頭には糞しか詰まってないのかよ?光の剣に重さなんて無いぜ」

 言われるままにライトセーバーを習得した。


 11階に上がる直前にライトセーバーを発動し、腕から光を出しながら、11階に入る。

 前列に並んでいたスケルトン御一行様は明らかに狼狽して、後ろに下がろうと転倒している。

 俺が手を前に出すと光が転倒しているスケルトンに当たり、スケルトンは崩れ落ちて

骨の塊に変わった。

 フロアの俺の対角線の隅に固まった一団が俺に向けて魔法陣を作っている。

 アレが魔法を使う連中か、ならば、それ以外は骨に戻しても良いな。

 そう考え、本格的に腕を振る。

 奥の一団以外は片付いたので、俺は自分のMPが増えるのを待つ。

 俺のMPが回復し(さほど減ってもいなかったが)奥の一団が狼狽してるのを確認した後、レベル2を発動させる。天井から光の矢が降り注ぎ、奥の一団も崩れ去った。

 「ウィル、実験は成功だ。インターバルは10秒で良かったみたいだぜ」

 「甘いぜ糞野郎、スケルトンメイジは魔法が下手な雑魚だ。エレメンタルはもっと発動が速いので、5秒に修正しないと食らって死ぬぜ」

 俺は床に座り、定数を修正した。ウィルはそれをリビルドし、俺の頭に上書きする。

 俺はそれをジャケットに上書きしたが、その時にスキルポイントが尽きた。

 「いけね、ショートジャンプを習得できなくなった」

 ショートジャンプは目視可能な場所へ転移する魔法だ、地上へ出てから町までの数キロをあるかなければならなくなった。

 「心配するな糞野郎、次のフロアでエレメンタルを全滅させればレベルが上がってスキルポイントも得られるよ」

 「全滅って簡単なのか?」

 「簡単だよ、ブースト・ファイアストームとブースト・ダイアモンドダストの連打で全滅できる。そうしてくれないと、俺様もヤバい」

 「ウィルがヤバいってのは何の話なんだ?

 「俺様のエネルギーが切れそうなのさ、エレメンタルが死ぬと、大迷宮は連中を分解してくれる。俺様はその分解された魔素を吸収してエネルギーを得られるって寸法さ。覚えておいて欲しいな、俺のエネルギー補給は他に手段が無い、つまり定期的にココでエレメンタルを狩って貰わないと、俺は活動できなくなるのさ、頼むぜ相棒」

 糞野郎から相棒に昇格して、俺は少し嬉しかった。

 「それにお前にもメリットが有る話なんだぜ、エレメンタルが落とす魔石は綺麗な宝石でな、高値で売買されている希少品だ。100個も持ってたら一財産だぜ。」

 「でも、ウィル、そんなに金になるモンスターなら、冒険者に狩られて絶滅してるんじゃないのか?」

 「やっぱ糞野郎の頭の中は糞だけか。魔法吸収スキルみたいな反則が使えない連中に狩れる相手じゃないんだよ」相棒からもう降格か・・・俺は少し悲しかった。



 例によって青息吐息で10階直前まで登り、俺は身構える。

 敵の魔法を阻止できる保証は無いのだから、速攻で中二病魔法を二連発させるのが安全だろう。スキル・ポイントが余ってるなら、二連発のスキルを作るんだが・・・

 部屋に入るなり、俺は炎の中二病魔法を発動させる。

 部屋を眺めると数えきれない魔法陣が俺に向けられている。

 俺の魔法が発動しフロアが炎に包まれる、俺のMPが減ったのは一瞬だけで、直ぐに全回復した。つまり敵の魔法を阻止できたって事だ。

 俺は続けて氷の中二病魔法を発動させる。フロアを眺めてみるとキョドってるエレメンタルが可愛く見える。俺の氷結魔法が発動すると、フロアに動くエレメンタルは見当たらなかった。そして、床には色とりどりの宝石が散乱している。アレを全部拾うんか?

俺は少し憂鬱になった。

 ウィルをフロアの中央に置き、俺は宝石拾いを始める。

 ウィルを見ると、黒い塵の様なモノを吸い込んでる様に見えた。アレが魔素なんだろ。 おおよそ100個くらいの宝石拾いが終わり、アイテムボックスの中を見てみると、オーガやスケルトンの武器や、彼らの魔石、そこに散らばる色とりどりな宝石でカオスな状況になっている。これをどこかで出して、分類して売るのか?整理が苦手な俺は考えるだけで吐きそうになる。そしてまだ10階だ。先はまだ長い。アイテムボックスのカオスはその度合いを高めて行くのだろう。

 ふと自分のステータスを見るとレベルが3程上がっており、スキル・ポイントが30になっている。1レベルで10得られるらしい。しかし、悲しくなるほどステータスに変化は無かった。

 9階から6階には特筆すべき敵は居なかったが、状態異常に陥る事が多かった。

 状態異常のインターバルが1分というのは明らかに長く、途中で30秒に書き替えた。

 しかし、マヒしてタコ殴りされるのは30秒でも長すぎる、倍返しで敵の数を減らしてくれなかったら、雑魚相手に死んでたかも知れん。

 この辺も検証を重ねなくては・・・

 5階もエレメンタルなので、入る前に中二病魔法二連発のスキルを習得した。

 5階に入って驚いたのが、魔法陣を向けて来るエレメンタルが居なかった事だ。

 つまり、俺をガン無視しているのだ。

 「これは何だ?教えてくれウィル」

 「エレメンタルは集団的生命体なので、他の個体の経験を共有しているのさ。

  お前さんに魔法をブロックされた経験を共有してるので、お前さんに魔法を向けても無意味だと学習したのさ、彼らには魔法以外の攻撃方法が無いので、無抵抗で見逃して貰おうと考えてるんだろうな。自分が極悪非道な糞野郎だと自覚したいなら全滅させるが良いだろう。俺は満腹なので望まないけどな」

 楽しそうにワチャワチャしてるだけの彼らを横目に俺は4階への階段へ向かう。

 遠からずウィルに求められ、彼らを狩りに来なければならないのだろうが、俺は彼らを殺せるのだろうか・・・少し気が重くなる。

 4階から上には狼等の普通の野生動物しか居なかった。

 野生動物は見慣れない不審者を襲わない。なので4階から上は只々階段との戦いだった。

 地上に出ると、ショートジャンプのスキルを構築した。

 コーディング中に、イゴールからメイルが入る。

 『そろそろ地上に出た頃かな、生きて入ればの話だけど。

  町に入るには門番に金を渡す必要が有るが、お前さんは無一文だろ。

  門の右側に居る露天商は魔物のドロップ品を買い取ってくれる。

  そんじゃ頑張れや。』

 「ウィル、謝意を返信しといてくれ」

 「糞野郎はメイルの返信も人任せなのか?」

 「使い方が判らんし、今は忙しい。それとコレをビルドしてくれ」

 俺はビルドされたショートジャンプを習得した。

 ブツクサ言いながらウィルはメイルの返信も行ってくれたようだ。

 「そんじゃ行くぜ、町まで10ジャンプくらいかな?」

 俺はウィルを小脇に抱えると、500m程先を注視しショートジャンプを発動した。

 周囲の景色が一瞬ぼやけ、元に戻った時には注視してた場所に俺は居た。

 12ジャンプで町の南門前に着いた。歩いて辿り着くのは絶対に無理だっただろう。

 イゴールの言葉通り門の右側に露天商が居たので、アイテム・ボックスから宝石を一つ取り出し、話しかける。

 「これなんだが、緑色で綺麗だろ、買って貰えないかな?」

 露天商は目を丸くして答える。

 「風のエレメント・ストーンじゃないか、何処で盗んで来たんだ?

  まぁ、儂は盗品でも気にはしないがな、金貨1枚で引き取ろう」

 金貨1枚の貨幣価値は知らんけど、問題は門番だ。

 「ありがとう、ところで町へ入りたいんだが門番には金貨1枚を渡せば十分なのか?」 「馬鹿を言うなよ、銀貨1枚で十分だ。」

 「俺は文無しなので、コレを売った金貨1枚が全財産なんだがなぁ」

 「なら銀貨で買い取るよ。銀貨100枚は嵩張るので、この袋もオマケに付けてやる」

 商談が成立し、俺は宝石を渡し、銀貨の入ったずっしりと重い布袋を受け取った。

 門番の前に立ち、銀貨を1枚見せると、門番は頷いて小さな木戸へと俺を導く。

 俺は銀貨を門番に渡し、木戸をくぐった、双方が法に背いている事を自覚しているのだから、そこに会話は必要ない。

 門から続くメインストリートの左側に有るのは酒場だろう。

 酔客の大声が響き、肉の焼ける臭いがする。

 反対側に有る大きな建物は役所の類だろう。

 俺が今、求めているのは食事とベッドなので、役所へと向かう。

 良い宿を紹介して貰いたい。

 役所はゲームでお馴染みのギルドだった。

 壁には所狭しと依頼票が張られている。

 その一つを見てやられた、と思った。

 『エレメントストーン各種買い取り、一つ金貨10枚から』

 あの露天商は買い叩き過ぎだろ。イゴールも酷いのを教えやがって・・・

 とは言え、町の外で商売するのも大変だろうしな

 どうでも良いや、沢山持ってるから。

 そして俺はカウンターへと向かう。

 「どの仕事を受けたいんだ?バッジを見せてみな」

 「仕事じゃなく宿を紹介して欲しいんだがな。この町は初めてなんだよ」

 「オッサン、金は有るのか?」

 「銀貨なら、この程度は・・・」俺は袋を振ってみせた。

 「止めときな、金をジャラジャラさせると変なのが寄って来るぜ」

 「おいジョン」カウンターの職員は指を鳴らした。

 頭の悪そうなティーンエイジャーが寄ってきた。

 「このオッサンを宿に案内してくれ、ちゃんとした宿だぜ」

 「アイよ、オッサン付いてきな」そう言うとガキは外に出た。

 「お駄賃は銀貨1枚で良いか?」俺が尋ねるとガキの態度が一変した。

 「この町最高のホテルへ案内します」

 「腹も減ってるので美味しい店も頼めるかな?」

 「ホテルのレストランがこの町一番です」

 「それは楽しみだな」

 何者か尋ねられたので、どうでも良い作り話をしているとホテルへ着いた。

 宿帳を出鱈目で埋めたら、先ずは食事だ。

 猪肉のトマト煮込みは、俺の世界でも通用する味だったし、見慣れない野菜のサラダも美味かった。ワインもそれなりの出来だったが、食後にコーヒーが出てこないのは残念だ。この世界にはコーヒーが無いのかも知れん。



 部屋の調度品から、良いホテルなのは確かだが、予想通りお湯は出ない。

 水こそはバスルームにタンクが有り、蛇口をひねれば綺麗な水が出るが、シャワーも無ければ、バスタブへ湯を注ぐ蛇口は無い。この世界では水浴が基本なのだろうか?

 約50階分の階段を上り、俺の足はパンパンだ。

 湯でほぐさねば、明日は歩けないだろう。

 フロントへ行き、湯に関して尋ねると、専用の係員が給湯室で沸かした湯を台車で部屋まで運ぶと言う。湯が溜まるまでどれだけ待たされる事やら・・・

 中世は大変だったんだな、ボイラーと火炎魔法で一財産作れるんじゃねぇの、などと漠然と考えていると、強めの酒が飲みたくなる。しかし、どうせ氷も無いんだろうな・・・ バー・カウンターはフロントのはす向かいにあったので、スツールに腰を下ろす。

 「この店のお薦めを頼む、強いのが良いな」

 バーテンダーが自信たっぷりにショットグラスへと注いだ酒は透明だった。

 その味を端的に表現するなら、甘いテキーラだ。どんな酒なのか尋ねると、製法もテキーラと同様に大きな花の花弁から絞った蜜液を発酵させ蒸留したものらしい。

 部屋で飲みたいので、後ほど運んでくれと伝え、バーを後にする、酔い潰れたら入浴は危険だ。


 部屋へ戻ると、フロントから連絡が入ってたらしく、部屋の前には台車に大きな釜を載せた大男が待っていた。

 大男は手際よく、バスタブに湯を半分程度注ぐと、

 「後は水で埋めてくれ、それと次からは給湯室に直接注文してくれ。」

 と言い、部屋を出ようとしたので、俺は男に銀貨を放った。チップにしては高額かも知れんが、他に通貨を持っていない。

 人の良さそうな大男は銀貨をキャッチするや、俺に寄ってきて

 「旦那、これは銀貨ですぜ、酔って間違っちゃ駄目ですぜ。大きい銅貨が妥当です。」 「いや、間違うも何も、それしか持ってないんだ。多いと思うなら、少し話を聞かせてくれ。先ずは、ここの払いなんだけど、その銀貨が何枚くらいで足りるんだ?それと、この国の貨幣についても詳しく知りたいな。」

 俺の全財産は金貨1枚分くらいだ、この部屋も食事もかなり良いモノだったので、足りるかどうかが不安だったのだ。まぁ金貨10枚で売れる宝石なら100個くらい持ってるんだけどな。金が無いので宝石で・・・というのもカッコ悪い。

 「宿代に関してですが、まぁ、銀貨20枚くらいで収まるんじゃないですか。

  それと通貨に関してですが、下から順に小銅貨、その10倍の価値の大銅貨、その10倍の価値の銀貨、その100倍の価値の金貨って感じですか。大銀貨は有りません。

 そして、アッシの日当は銀貨二枚です。」

 「もう一点、洗濯のサービスは無いかな?」

 「有りますぜ、後で袋を持ってきますんで、その中に洗濯物を入れてドアノブに賭けておいて下さい」

 とは言ったものの、部屋の中ではバスローブで良いが外出時に下半身丸出しは不味いだろう。衣類を調達しないと、汗で汚れたスェットを洗う事もできない。

 湯に浸かって眠る前にもう一仕事が必要みたいだ。

 バスルームへと向かう足に抗い、俺はジャンパーを羽織った。

 資金も調達したいので、ギルドで宝石を何個か売りたいな・・・



 洋品店はホテルの隣に有った。

 下着・コットンのシャツ・丈夫で楽そうなパンツとベルトを買ったが銀貨1枚を出すと釣り銭まで貰えた。思ったよりも物価は安そうなので資金調達は明日にしよう。

 部屋に戻り、湯を浴び足を揉み、汚れた服を選択袋に入れながら、俺はアイテム・ボックスについて思い出してしまった。中はカオスだ。財産とも言えるエレメントスト―ン、生命線となったオーガの魔石は腐ってるんじゃねぇのか?それと魔物の武器が混然一体となってる。

 とりあえず、全てを床にぶちまけてみる。

 洗濯物袋が余計に有ったので、その一つにエレメント・ストーンを入れる。

 オーガの魔石の腐敗液で汚れているのはタオルで拭きながらだ。

 石の中で多いのは赤・青・緑・黄色で、それぞれが20個以上有った。

 少ないのは紫が5個と金・黒がそれぞれ1個。

 ウィルに聞いてみると

 「多いのは火・氷・風・土のエレメントだわな。紫は雷だ。金・黒はレアだぜ。

光と闇だ、ツイてたな、糞野郎」との事だった。

 別の洗濯物袋には細かく切ったオーガの魔石を入れる。

 とは言えピンポン玉が100個できたあたりで洗濯物袋はパンパンになる。

 残りは何処に捨てに行けば良いんだ?答えは簡単で大迷宮しか無いだろう。

 とにかく、武器類をアイテムボックスにもどし、オーガの残骸を戻し、ピンポン玉袋と宝石袋は部屋に残す事でカオスは解消された。

 一仕事を終え、ベッドの隅に腰掛け呆然としていると、ドアがノックされた。

 バーテンダーが銀盆にボトルとショットグラスを載せ微笑んでる。

 俺は洋品店で入手した大銅貨二枚をバーテンダーに渡し、盆を受け取る。

 後はこのボトルを空け眠るだけだ。



 目が覚めると体中が痛い、なんて事も無く痛いのは胃袋だけだった。

 先ずはトイレで吐くところから始まるのか・・・これって数年前に勤めてた最悪ブラックでの日々と同じじゃねぇか・・・嫌な記憶のフラッシュバックで吐しゃ物の量が5割増しになる。

 にしても、目覚めてしまった以上は、予定はこなさなきゃな。

 そして枕もとを見ると、死にたくなるようなメモが有った。

 酒に酔って書いた、今日の予定表だ。

・武器屋へ行き、魔物武器を処分し、自分用の武器を調達する。

・ギルド登録し、宝石を売却する。

・適当な事務所を借り、防具販売を始める。

 俺は再び意識を失った。



 現実逃避してても虚しいので、先ずは武器屋へと向かう。

 昨晩、整理したので、武器屋の店先に魔物武器だけを出すのは容易だった。

 やはり、面倒な事こそ、せっせと行うべきなんだろう。

 武器屋は目を丸くし、全て買わせろと言う。

 こんなモンを誰が買うんだ?オーガのこん棒なんて重くて常人には扱えない。

 スケルトンの剣なんて普通の武器が呪われてるだけだ。

 特に交渉するでもなく金貨20枚で話が纏まったが、予定では俺の武器が必用だ。

 「俺用の軽い剣を見繕ってくれ」と頼んだが、店主が差し出す剣はどれもが重くて

俺には使えない。

 店主も半ギレ状態となり、

 「お前が使えそうなのはこれくらいだ」

 と俺の足元に投げつけた剣は長さこそ60cmくらいだが、剣幅が3cm程度の玩具だった。

 しかし、その剣を手に取った時、俺はこの剣を求めていたと知った。

 「これこそが俺の剣だ」と俺は感動に浸ったが、店主は無情だった。

 「それは俺のガキの為に作ったが、要らんと言った剣だ、つまりはガキの玩具だぜ」

 俺も負けない。

 「スキルも無い剣はゴミだぜ、このガキの玩具にも2~3個のスキルスロットが付くなら、俺が神器に変えてやるぜ」

 店主はしばし沈黙の後、「1週間後に来い」と言った。



 次はギルドだな。

 ギルドには昨日行ったので、特に問題はないだろう。

 しかし、ギルド職員は、地方公務員よろしく、氏名・生年月日・住所を聞きやがる。

 生年月日を聞かれても、今が何年なのかも判らない。

 住所を得る為にギルド登録するんだしな。

 押し問答の挙句、職員のネェチャンが言ったのはコレだ。

 「とにかく、コウ様の実力が判らないのでは、バッジを出せませんので、明日のカエル猟に参加して頂いて、判断と言う事でよろしいですか?」

 「非常によろしくない、先ずバッジを出せない理由が解らんし、カエル猟も意味不明だ・私は最低の鉛ランクでかまわないんだが・・・」

 「先ず、カエル猟では死者も出ます、死者にバッジは出せませんので、最低ランクも容易ではないとご理解願いたいですね。」

 「なるほど、話は理解致しました。しかし、蛙というのは雷弱点のカエルでしょ。私ならば一瞬で全滅できるのですが・・・」

 「本当ですか?」

 「勿論、条件は付きますけど・・・他の冒険者が居ては無理です。

 「ですので、少し早い時間に案内頂けるのであれば・・・」

 職員の眼が怪しく光った


 今の俺には何もすべき事が無いので、暮れれば飲むだけさ。

 そんな俺の前に先のギルド職員が現れた。

 「明日のカエル猟について説明したいのですが。」

 「そうだったな、一杯飲みながら話を聞かせて貰おう」

 ワインと猪肉を注文する。

 職員はテーブルに地図を広げた。

 地図には建物も書き込まれているので、おおよその位置関係も把握できる。

 ワインが出てきたので、何の意味か不明な乾杯をし口を付けた。

 「町の東を流れる川のこの辺りに大カエルが大量発生してまして、国から駆除依頼が出ています。」

 「駆除?カエル猟と聞いたが?」

 「仕事としては駆除ですが、カエルは良い食材ですので飲食店が高く買ってくれます。国からの依頼料だけでは十分な対価を冒険者に払えませんので、食材調達を兼ねる訳ですな。」

 この世界も緊縮なのか・・・少しうんざりする。

 職員が指さした場所は町の西門から2㎞くらいの場所だ、歩いて行くには骨が折れるな。又、ショートジャンプのお世話になるのか・・・

 「私は馬車に冒険者を乗せ、朝8時に着く予定ですので、コウさんはその前に行って雷魔法を放ってください、カエル発生は周知してますので町民が川に近づく事もありません。

 「なるほど、なら俺は朝の6時に行く事にするか。簡単な話だな。」

 「ただし、一点だけ注意が有ります。先に話した通り食材調達ですので黒焦げにされては困ります。感電させて動けなくなる程度に抑えて頂きたいのですが・・・」

 職員は言いにくそうに注意した。

 まぁ、ブースト無しの範囲攻撃で十分だろう。問題が有るとするなら・・・俺は早起きが苦手だ。6時に着くとしたら5時には起きなければならないだろう。ワインはあと一杯で終わりだな。俺はグラスをワインで満たすと、ボトルを職員の前に置き、

 「今晩は、この一杯で終わるので、残りは君が責任をもって飲みなさいよ」

 その後に出てきた猪料理は良い塩加減で、ワインの当てには丁度いい。

 味わって食ってると、飲みたくなるのが見えてるので、そそくさと胃に押し込むと、貴重なワインを飲み干した。

 「さて、明日は早いので今晩はもうホテルへ戻って寝るよ。」

 俺は銀貨を1枚テーブルに置くと席を立った。

 「明日の働きに期待致します。本来ならホテルまでお送りしたいところですが・・・」 言いながら職員はボトルに視線を送る、ボトルにはまだワインが残ってる。

 「まぁ、ゆっくりと飲んでくれ、では明日の8時に」

 そう言って、俺は店を出る。ホテルまで500m程度か、少し酒を入れて歩くのは楽しい

 少し歩くと東西へ伸びる太い通りが有る、明日はこれを東へ進めば良いんだな。

 その通りと南北に伸びるメインストリートの交差点に奇妙な銅像が有った。

 兜というよりヘルメットを被った像でゴーグル型の眼鏡らしきものを着けている。

 どう見ても、この世界の装備ではない。

 像には『英雄フィリップ』と書かれてる。

 フィリップ?何処かで聞いた名だ。ウィルが言ってた俺の先代か?

 その顔はマンガみたいな髭を生やしてて、誰かに似てると思ったら赤塚マンガのイヤミだ。多分、正確は良くないんだろう。そもそもプログラマーにマトモな奴なんて居ないんだ。それは異世界でも同じだろう。像の碑には生年が無く没年だけが記されている。

 まぁ、フィリップ先輩も異世界から召喚されたのだから、生年は不明なんだろう。

 彼はこの世界で死んだのか・・・つまり帰る方法は無いって事か?

 考えるまい、考えても無駄だ、未来は常に不確定なんだから・・・神の存在に関わらずだ。

 ホテルに戻り濡れタオルで体を拭い、窓を開ける。涼しい風を期待していたわけではないが、やはり暑い。明日は5時起きなのだから早く寝なければ・・・などと考えていると、ドアが叩かれた。

 ドアを開くと昨日の大男だ。

 「旦那、今夜は湯は要らないんですか?」

 「あぁ、糞暑いので湯は要らないよ。今、水で体を拭いた。」

 「申し訳ないです。冷房が使えないので寝苦しいと思いますが堪えて下さい。」

 冷房?俺は耳を疑った、電気も無いこの世界に冷房とはなんの冗談だ?

 「冷房というのは何の冗談だ?」

 「嫌味は勘弁して下さいな。ここも一応は名の通ったホテルなんですぜ。冷房くらい有ります。でも魔法石が市場から消えてるので、冷房を動かせないんです。」

 「魔法石とは何の事だ?」

 大男は田舎者を蔑む目つきになり、

 「魔法を封じ込めた宝玉ですが、軍が買い占めてて市場から消えてるんです。非常に高価な宝玉でして絶対量も少ないんですけど・・・冷房には青と緑のが必要なんです。」

 俺は部屋の奥へ行き、エレメントストーンの洗濯物袋から青と緑の石を一つづつ取り出した。

 「その魔法石とはコレの事かな?」

 大男は見るなり慌てて走り出した。数分後、支配人を連れて戻ってくる。

 「お客様、それを何処で・・・」

 「大迷宮で判るのかなぁ、あそこにはコレを落とす魔物の集団が居るんだよ。」

 「その伝説は存じ上げていますが、まさか本当に取ってくる方が存在すると・・・多くの冒険者が命を落としている話は聞いているのですが」

 「ところで、その魔法石なんですが25枚でどうでしょう?炎の、赤いのも有あるなら、3つで40枚でお願いしたいのですけど・・・」

 「40枚とは何の話だ?」

 「勿論、金貨です」

 ギルドでは1個が金貨10枚程度だったので、ココで売るのも悪くないかな?

 「それで何セットくらい買えるんだ?」

 支配人は絶句した。

 「ホテルにとって三種の魔法石は必需品ですので、お持ちの分全てを買いたいところですが、現金でお支払いできるのは5セット分というところですか・・・」

 「なら借用書を書きな、20セット分くらいは有るので金貨800枚分の借用書だな。このホテルは信用が有ると思われるので金貨10枚分の借用書を80枚用意して貰えるなら、俺はその借用書を金貨代わりに使うよ」

 俺は部屋の奥へ行きエレメントストーンの洗濯物袋を取ってくる。

 廊下にしゃがみ、床にエレメントストーンを並べ始める。

 「ところで、この茶色のは使い道が無いのかなぁ・・・」

 「地の魔法石は農家が欲しがります。土壌を活性化させたり害虫を駆除したりと効果絶大ですので」

 「でも農村で、こんな高価なモノが売れるのか?」

 「それ一つで高品質な農作物の豊作が保証されるのですから、元は取れるでしょうなぁ。」

 「なるほど、参考になった、ところで20個づつ並べたので確認してくれ。」

 支配人はルーペを取り出し魔法石の確認を始めた。

 俺は大男に言う。

 「できれば今夜から冷房を入れて欲しいんだけど・・・それと目覚まし時計を貸して貰えないか?」

 支配人は大男に何かの指示を伝えると、大男は階下へと向かった。

 数分後、大男は幾つかの箱を抱え戻ってきたが、その後ろには身なりの良い男が続く。 多分、オーナーなのだろう。支配人が事の経緯をオーナーに伝えると、オーナーは俺に頭を下げたまま、

 「お客様から魔法石を譲って頂けるとは何たる僥倖でしょう。販売価格等も支配人に聞きましたので、明朝までに借用書を書きあげて、朝9時までには持参致します。まことに有難うございました。」

 「明朝は仕事で朝5時にはここを出るので、借用書は夜に受け取るよ。明日はカエル猟だ。」

 「お客様は冒険者なのですか?しかし、こんなに裕福な方がカエル猟ですか・・・」

 「いや、まだバッチを貰ってないので、その審査を受けるのが目的なのさ」

 「しかし、冒険者の対価は安いですぞ、何故バッチが必要なんです?」

 「信用が欲しいのさ、俺はこの国に来たばかりで住所不定無職の身の上だ。これでは家も借りられないよ」

 大男と支配人は箱の中に魔法石を並べている。

 箱にはビロードが敷き詰められており、まるで宝石の陳列ケースだ。

 アイテムボックス内でオーガの武器やら肉片とごっちゃにされてたのが、洗濯物袋に移され、そして宝石箱だ。エレメントストーン達も待遇の変化に戸惑っているんだろう、少し煌めいて見える。

 俺は一団と共にフロントへと向かう。目覚まし時計を借りなくてはならない。

 目覚まし時計を片手に部屋へ戻ると、涼しい風が吹いていた。本当に冷房が効いている。それもクーラーの風とは異なり揺らぎを持った優しい風だ。

 ドアの傍には大男がドヤ顔で立っていた。

 「窓は閉めておきましたぜ。旦那、それとバーには氷が出来てる頃です。ナイトキャップは如何ですか?」

 俺は大男に礼を言い、やるべき事を片付け始める。目覚まし時計の動作を確認し、朝の4時にセットし枕元に置く。次にウィルを起こして、非ブーストの雷魔法を書き、ビルドして習得した。ついでに雷属性付与魔法も習得した。これで他の冒険者の助けになるかも知れない。

 そのままベッドに入れるなら、俺ももっと真っ当な人生を送れているはずなんだが、甘いテキーラのロック、その誘惑には抗いがたく、足は階下のカウンターバーへと向かってしまう。2杯まで、と心に決めてスツールに腰を置いたが、それを守れない事は俺が誰より良く知っている、伊達に40年以上付き合ってないんだ・・・

 結局、泥酔してベッドに入った時、目覚まし時計は1時を回っていた・・・



 無慈悲な目覚まし時計は4時きっかりに鳴り、外はまだ薄暗い。

 泥酔して眠り、3時間睡眠で出社、数年前の日常がフラッシュバックする。

 顔を洗い服を着て部屋を出る。

 夜勤のフロントマンに鍵を投げ、手を振りながらホテルを出た。

 町はまだ眠っているので、ショートジャンプを使える。

 二歩のジャンプで西門までたどり着き、門番を起こさない様に気を使いながら木戸を開け町の外へ出る。

 川までは2㎞くらいだっけ?

 明るくなっているとは言え、チャンと目視できる距離じゃないと危険だ。

 ジャンプするのは200mくらいにしよう、転んで足でも挫いたら大事だ。

 5発目のジャンプから川が見えるようになった。川にはカエルの大群が居る。

 まだ幼体らしく、体長は2~3mというところだろうか。川魚を食べているみたいだ。 用心の為に川から100mくらいの場所で魔法を放つ。

 カエルたちは動かなくなった。岸辺に危険な魔物が居たとしても、カエルと一緒に感電してるだろうから、俺は安心して岸辺に寝転んだ。

 川からは涼しい風が吹いて来るし、枕にした大木の根も手ごろだった、この大木は日が高くなった時に日陰で俺を包んでくれるだろう。などと考えながら、俺は眠りに落ちた。


 「おはようございます」叫びながら誰かが俺の肩を揺さぶっている。

 昨日のギルド職員だった。

 「これは貴方がやったのですか?」

 「言ったろ、雷魔法で一発だと。弱い魔法なので食材を痛めてないと思うんだが」

 「食材どころかまだ生きてますよ。麻痺して動けないみたいですけど。」

 「それは良かった、ならさっさと生き締めにでもして運べば良い」

 「良いんですか?食材の売値から対価が払われるんですが、対価は止めを刺した者に払われます。他の冒険者に任せてたらコウさんの取り分は無くなりますよ」

 「構わんよ。金が欲しい訳じゃないから、そんじゃ帰りの馬車が出る時に起こして・・」

 俺にはそこまで話すのが限界だった、そして引きずり込まれる様に再び眠りに落ちた。 わちゃわちゃした冒険者たちの声は良い子守歌になる。


 心地よい眠りは長く続かず、又も肩を揺さぶられる。

 「起きて下さい、コウさん」心なしかギルド職員の声が緊張している。

 「もう終わったのかぁ、早いなぁ」

 「違います、川向うを見て下さい。別の群れが近づいています。」

 職員が指さす方を見ると対岸の200m程先に土煙が見える。

 「森で野生動物を捕食してた群れですね。朝の群れより一回り大きいと思います。」

 「朝倒したのは幼体で、今度のが成体って事か、違うなカエルの幼体はオタマジャクシだ。幼体ではなく未成熟な成体か・・・」

 遠くに見える個体は体調が5mくらい有りそうだ。

 「あんなに成長した個体は肉も固くて大味だろ、食材にはならないんじゃないのか?」 「よくご存じですね。黒焦げにしても構いません。」

 「そんじゃ川から遠いうちに」

 言いながら、俺はブースト付きの雷を放つ。断末魔を放ちながら土煙は消えた。

 「それじゃ、お休み」俺は再び横になり目を閉じた。

 「もう寝ないで下さいよ。貴方を起こすのは大変なんですから。」

 叫ぶ職員の顔には青あざが有った。多分、俺が殴ったのだろう。自慢じゃないが寝起きは悪い。しかし睡魔も狂暴で俺は二度目の眠りに落ちた。



 「オッサン、起きろよ」三度目の目覚めはガラの悪い若者にケツを蹴られながら迎える事になった。

 「何だ、お前は、俺のケツを蹴ると高くつくぜ」

 「ギルド職員の女に頼まれたんだよ、言うほど暴れないじゃないか。もっと優しく起こしてやれば良かったかな?まぁ怒らないでくれ。」

 「食材の積み込みは終わったのかな?」川を眺めるとまだ冒険者がワチャワチャやっている。

 「まだだよ。それより、ちょっとヤバい事になっててな。川向うを見てくれ。オッサンが仕留めたカエルにカラスが集ってるだろ。そのカラスを見てヤバいのが集まってるんだ」

 「ヤバいのって?」

 「オークだよ。まだ遠いし、カエルの死骸が残ってる間はそれを食ってるだろうけど」 「食べ終わったら、襲って来るだろうなぁ」

 川向うに目を向けると、カエルの死骸から、さらに数百m程度の場所に幾つか土煙が見える。オークは見た事が無いし、予備知識も仕入れてない。でもどうせ豚の魔物だろう。 「カエルを食ってるところをまとめて駆除するから心配すんな」

 若者の後ろで不安そうに見ているギルド職員に伝える。

 カラスの鳴き声が大きくなったので、川向うを見ると数頭のオークがカラスと争っている。

 オークの大きさはオーガをひと回り小さくした感じで角は無い。

 俺は左のバイザーを降ろしてオークの情報を見る。

 弱点はオーガと同じで氷なので、鬼殺しで一撃だろう。

 鬼殺しと名付けたスキルは、魔法ブーストの後で氷結と地属性の範囲魔法を連続して発動させる。地属性が発動する直前で良い音で指を鳴らすのが難しい。

 指を鳴らす事に意味は無いのだが、やってる感は出るだろう。魔法には演出も重要なのだ。凍った魔物に衝撃を与えて粉砕するだけなのだが、指を鳴らした事で粉砕した様に見せたいのだ。

 俺はスキルを発動した。オークが凍り付くのがココからでも確認できた。少しすると、地属性魔法の魔法陣が光るのが見えたので、ここぞと思い切り指を鳴らす。

 今日のタイミングは完璧だ。

 冒険者が静まり返って注目する中で、オークどもは凍り付き、静寂の中で俺の指パッチンが響くと同時にオークどもが砕け散る。何となく壮快だし、冒険者からは感嘆の声も上がってる。代償として中指が非常に痛い。

 ギルドの職員が駆け寄ってくる。

 「お疲れ様です。ところで今のは何ですか?」

 「アイス・クラッシュという複合魔法だ。」鬼殺しではカッコが悪いので、とっさに技名をでっち上げた。

 「食材も馬車に積み込み終わりましたので、本日の作業は終りです。よろしければ、馬車にお乗りください。」

 「それではお言葉に甘えて」

 馬車に揺られていると又も睡魔が襲って来る。

 我ながらよくぞこんなに眠れるモノだと思いながらウトウトしていると職員が話しかけて来る。

 「よくそんなに眠れるモノですね」

 「まぁ、昨晩は3時間しか眠ってないのでな」

 「まさか緊張して眠れなかった、などとは言わないですよね。ところで、バッチの件ですが、直ぐに出せるのは銀までです。本日のお働きからすれば、金やプラチナを出すべきなんですが、それらを出すにはギルド長の承認が必要で、そのギルド長は地方都市へ出張中なんです。」

 「銀でかまわんよ。それなりの信用が得られれば良いんだから。」

 「その代わりにと言うのも何なんですけど、私にお手伝いできる事が有るなら、何なりと」

 「一つ有るんだがな。町の中央のフィリップ像の傍に黄色い空き店舗が有ったんだが、その所有者と顔を繋いで貰いたい。」

 「何か商売でもなさるんですか?」

 「住居兼人助けの場だな。」

 「人助け・・・ですか?」

 「詳しくは後程説明するし、それに関する周知もお願いしたい。助ける相手は冒険者なんだよ。」

 「はぁ・・・」職員の顔には疑問符が何個か見える。

 

 馬車に揺られ再びウトウトしていたがほどなく馬車は街の中央にさしかかり目が覚めた。

 周囲を見渡すと、そこはパブのバックヤードで冒険者達が食材をパブへと運び入れていた。職員は店に運び入れる食材とそれを運ぶ冒険者をチェックしてノートに何かを書き込んでいる。冒険者への報酬に関するメモを書いてるのだろう。

 俺は馬車を降り、職員の方へ歩いていく。

 「俺はここでカエル料理を食うので、バッジを持って来てくれると嬉しいな」

 職員が頷くのを見て、俺は右手を振りながら店へと向かう。

 店の裏口から店内へと入り、カウンター席を目指す。ほぼほぼ草むらで寝てただけなので、服は汚れていない。

 カウンター席に座ると、「ワインのハーフボトルをくれ、料理は今搬入中のカエルが食べたいな。調理法は任せる。」

 数分も待たないうちに、ワインとから揚げが出てきた。見た目は鳥のから揚げだが、中身はカエルだ。

 考えたら早起きして、水を飲んだだけで何も食べてない。時間は午前11時だが、腹が減ってるのは当然だろう。

 唐揚げは美味かった。鶏もも肉の唐揚げと言われても疑問には思わない、もっともこの世界に鶏料理は無いが・・・鶏が居ないのかも知れない。

 店員に聞くとカエルの前足らしい、後ろ足はもっと大味で煮込むと美味いシチューになるとの事だが、仕込みに時間がかかるので今日は無理らしい。などと話していると職員が入って来た。

 「バッジはギルドでお渡しします。コウさんを冒険者の皆様に紹介する必要もありますので、銀バッジは少ないので皆さんに顔を覚えて貰った方が良いでしょう。」

 「ちょっと待てよ、俺は食事中だぜ。」

 職員はテーブルの空になったハーフボトルを見つめ、呆れたように言う。

 「早起きしたので、もう晩酌ですか?にしてもまだ午後2時ですよ。それに散々寝てたと思うので、もう少し夜更かししても大丈夫ですよね。とにかく一度ギルドの方へ」

 そう言うと職員は、渋る俺の耳を掴み店を出る様に促す。

 勘定を済ませた俺は耳を掴まれたまま、パブの向かいにあるギルドへと歩いた。

 「ドナ、ドナ、ドナ、ド~ナ」何となく口ずさんでしまった。


 ギルドの窓口まで引きずられた俺を待っていたのは年嵩の男性職員だ。

 「コウさんですね。申請書に不備が有りますので、書き直してください」

 言われてみれば、名前はコウだけだし、住所は未定だ。しかし問題はそこではなかった。

 「職種が無いのは困ります。」

 男が問題視してるのはそこか・・・しかし現状は無職なので冒険者になるんだが・・・ しかし、話を聞くに職種とは何が得意かという意味でゲームの役割みたいなモノらしい。

 剣士、魔法使い・・・等々想像は付くが、俺は何なのかな?

 スキル・プログラマなんてのが通用するはずもないし、魔法使いというのも違うだろう。

 救世主が一番近い気もするが、それだと正気を疑われかねないだろう。

 困っていると職員の男は眼鏡を取り出した。俺も左バイザーを下ろして、その眼鏡を注視する。

 予想通り、アナライズ・スキルの付いた眼鏡だった。

 「コウさん、ステータスは酷いですね。知力が異常に高いのを除けば、新人冒険者としても底辺だ。満足に使える武器も無いし。魔法でモンスターを一掃したとの事ですが、魔力も低い。しかし習得スキルは多いですね。魔法は全属性を使えるみたいですけど、一体、どんな経歴を積むと貴方みたいな謎の存在になるんです?」

 問われても困る。異世界に迷い込んだ自分が異質なのは自覚してるが、それを説明するのも骨が折れる。

 「ところで、何故に職種が重要なんだ?」

 「貴方は銀バッチです。冒険者に紹介する必要が有ります。職種不明だと紹介が困難です。」

 「それなら魔法使いで良いよ。実力に関しては朝のカエル猟で示したので、冒険者は知っているだろうしな。」

 「ではフル・ネームを」

 「コウ・ウラキだ。」誰だそれ、聞き覚えのある名を無意識に言ってしまったが、誰の名前なのかは思い出せない。

 「コウ・ウラキ様、職業は魔法使い、住まいは現在お探し中、という事でよろしいですね。では、コレがバッジとなります。」

 そう言うと男は俺の前に箱を差し出し、襟元に着ける様に促す。

 俺がバッジを着けるやいなや、職員は立ち上がり、俺にも立つように促した。

 「本日、新たな仲間が生まれました。名はコウ・ウラキ、職種は魔法使い、グレードは銀でございます。皆さま、お見知りおきを」

 男職員は勝手に俺を紹介すると、署員ブースへと消えた。

 入れ替わる様に馴染みの女職員がテーブルの向かいに付く。

 「有難うございます。このヤドバウズ王国はギルド・チームが建国した国でして、国民の安全や治安をギルドの冒険者が担っております。コウ様の様な有能な冒険者のお力添えを頂けて幸いです。早速ですがギルドからの依頼を受けて欲しいのですが、話を聞く時間はございますか?」

 「依頼は冒険者が決めるんじゃないのか?」

 「本来はそうなのですが・・・しかも、依頼内容は新人のお守です」

 「俺も新人なんだがね」

 「銀バッジの新人でしょ、依頼は簡単で森の害獣駆除です。森の恵みを求めて街の住民が出かけるのですが、厄介な魔物が出るので駆除しないと被害が出ます。魔物のレベルは低いのですが毒や麻痺などの状態異常を起こす種が多いのです。そこでお守として高位の冒険者にお願いできないかなと・・・」

 これこそ俺の仕事だ、防御三点セットを新人の装備に付与すれば、お守なんて要らない。

 問題はスキル・スロット付きの装備を貧乏な新人が持っているのか、という点だけだ。 腕輪等のアクセサリに付与して、新人に貸与する方向で考えるべきだろう。

 何にしても、準備期間は必要だろう。

 「その駆除は何時なんだ?」

 「三日後です。」

 「了解した。明後日の午後、参加する新人を集めて欲しい。」

 「それと頼んでおいた家の件はどうなってる?」

 「話は通しておきましたので明日にでも」

 俺は女職員と握手を交わし席を立った。

 壁にはメンバー募集の張り紙が張ってある。

 何気なく眺めていると、赤い飛行船というパーティの張り紙が目についた。

 「ロバート・ボンゾ・ジョンの三人組、剣士求む」

 ヤドバウズから少し違和感を感じていた理由が氷解した。

 鉛が赤になってるのはご愛敬だろう。

 この世界の冒険者は俺の世界のロックバンドと変なリンクを持ってるんじゃないのか? パラレル・ワールドってそういう風にできてるんかなぁ・・・と感銘に浸っていると肩を叩かれた。

 振り返るとそこには憧れのザ・ボイスが立っていた。

 「コウさんだね、俺は悪党団のポールだよ、サイモンとボズの三人組なんだが、手が足りないので、パーティに入りたいなら俺のところに来ないか?」

 俺は衝撃でへたり込んだ、勿論、このポールは俺が憧れてたポールではないし、歌が上手いかどうかも判らん。しかし衝撃は衝撃だ。

 へたり込んだ俺を気遣い、ポールは肩を貸してくれテーブル席に座らせてくれた。

 「ヤドバウズについて知ってる事を教えてくれ。」俺が言えたのはそれだけだった。

 「ヤドバウズは個性的な三人の剣士で有名なパーティだ。」

 ポールがそこまで言うと俺は口を挟まずにいられなかった。

 「エリック・ジェフ・ジミーの三剣士だな。」

 「知ってるなら聞くなよ。」

 速すぎる剣さばきで動きが遅く見えるスローアームのエリックと、トリッキーな剣で敵を翻弄するジェフと・・・ジミーはまぁいいか・・・などと考えながら、

 「ポール、前のパーティ自由人は剣士ポールが残念だったな。」

 と確認を入れる。

 「俺達の事を知ってるのか?アイツは薬でいかれちまってたからなぁ。裏通りを這う者なんてパーティを組んでるけど、パッとしないみたいだな」

 俺は確信し、こう言った。

 「ポール、悪党団に必要なのは俺なんかじゃない。ミックという名の剣士に知り合いは居ないか?そいつこそが、君のパーティに必要な者だ。」

 それだけ言うと、俺はフラつきながら立ち上がりギルドを後にした。

 平行世界に共通点が有っても不思議は無いだろう。

 それが偶然でも不思議は無いが、共通点が多すぎる。

 冒険者チームとロックバンドか一致しててるのだろうか?

 深い紫団とか女王団とかも居るんだろう・・・

 時代的には70年代だろうか?

 そう言えばホテルオーナーから借用書を受け取りに行かなければならない

 思えば、あのオーナーはジミーに似ている


 ジミー


 ギルドを出た俺は、街の南‐宿へと向かう。

 オーナーが金貨800枚分の借用書を用意している頃だろう。

 街の中ほどにはアクセサリ屋が有ったので、必要になるアクセサリを調達すべく、店を覗く事にする。

 「親父さん、誰でも装備できるアクセサリは有るかな?」

 「おや、コウさんじゃないのか?」声の主は武器屋の親父だった。

 「変な場所で会うなぁ・・・親父さんは何用で?」

 「あんたに頼まれたスキル・スロットの用意でなぁ・・・」

 「親父さんが自分で追設するんじゃないのか?」

 「そうなんだけど、必要なモノが手に入らんものでなぁ・・・」

 「地の魔法石の欠片が無いとスキル・スロットは作れないのさ、その欠片を探しになぁ、アクセサリ屋なら、何処ぞから調達してるんじゃないかなとさ」

 「地の魔法石・・・これかな?欠片じゃないけど」

 俺はアイテム・ボックスの魔法石袋から売れ残りの茶色を一つ取り出した。

 「お前さん、それを何処で?」親父は目を丸くした。

 「何処で、と聞かれてもな、ちょっと答えにくいけど。」

 「細かい事はどうでも良い、お前さん、それをこの店に売れ。それをこの店が欠片に加工して、儂らはそれを買う。」

 「これを買ってくれるんか?」俺の問いに答えるでもなく、親父は俺から魔法石を奪うと店主と交渉を始めた。

 俺はと言えば、アクセサリを物色する。手頃な腕輪が見つかった。

 大きめのプレートを皮ベルトで固定するタイプで腕輪というよりガントレットに近い。 何にせよ、必要なのはスキル・スロットを付けるスペースだが、二つ付ける余裕は十分に有るし、男女兼用の装備となるだろう。

 親父たちの交渉も終わったらしい。

「金貨10枚でどうだ?」「まぁ、相場だな。それで良いぜ。」

 「お前の魔法石は1000枚の欠片に切り分けられる。それぞれは銀貨1枚で売られるんだが、それが売れるまでこの店には金が入らない。俺は手数料として10枚ほどの欠片を頂く事にする。」

 「つまり・・・店に金が入るまで俺にも金は入らないって事かな?」

 「すまんな、そういう事だ」

 又、手形かよ・・・俺は溜息をついた。

 「まぁ良いよ、俺もこの店に発注する必要が有るからな。」

 俺は件の腕輪を持ち、アクセサリ屋の店主との交渉を始める。

 「親父さん、この腕輪はおいくらだ?」

 「金なんか要らないよ、欲しいなら持って行って下さい。」

 「そうはいかないし、スキル・スロットが付いてないアクセサリでは使い物にならない。それに同じ物を30個ほど欲しいんだ。」

 「まぁ、あんたのお陰でスキル・スロットを付けるのも簡単だ。スロット2つ付けて1個が銀貨5枚というところか・・・」

 「妥当な線かな?それで頼むわ、明日までに30個用意できるかな?」

 「鬼かよ。まぁ、手伝いも居る事だしな・・・」

 そう言うとアクセサリ屋は武器屋に目を向ける。武器屋はと言えば、きょろきょろと周囲を見回すフリをしている。」

 「では、コイツの代金を差し引いて金貨8枚分の手形を書いて貰おう。支払い期日は年末で大丈夫かな?」

 「期日は問題無いけど、金額が足りないのでは?」

 「特急料金を上乗せしたのさ。嫌とは言わないだろ。」

 俺は約束手形を受け取り、アクセサリ屋と握手し店を後にした。

 武器屋の親父はアクセサリ屋に捕まっている。

 アクセサリ屋が書いた約束手形は、良く書かれていたので、ジミーに書かせる時の参考に使えるだろう・・・



 メイン・ストリートを宿へと南に進む。

 フィリップ先輩の銅像と傍に有る黄色い空き店舗を過ぎると、1ブロック先に宿が見えた。

 『お帰りなさいませ』宿に入りカウンターへ向かうと支配人がいつもと同じ挨拶をする。

 そして奥からオーナーが顔を見せた。

 『借用書というのは約束手形で良いのか?』

 やっぱ、あのジミーだ。

 『あぁ、こんな感じで頼むわ』

 俺は懐から、アクセサリ屋が書いた約束手形を取り出す。

 『重要なのは額面と決済期日だけだ、それが明確なら問題は無い。』

 ジミーは俺が手渡した約束手形に目を通しながら、

 『また魔法石を売ったのか?しかし、アンタも変わってるなぁ・・・

  ギルドに売れば金貨になるだろうに、約束手形を集める趣味でも有るのか?』

 『言ってる意味が判らんのだけど、約束手形も金貨も同じ通貨じゃん。』

 『約束手形じゃ支払いには使えないだろ。』

 『まぁな、だからアンタが書く約束手形の何枚かは売りに出す。』

 『誰が買うんだ?決済期日までは紙切れだぞ』

 『勿論、その分割り引くのさ。もし売れないなら、アンタの信用が足りないって事になるだろうなぁ。建国の三剣士の1人の信用が低いってのは問題だろうさ。』

 俺がジミーに視線を向けると、ジミーは恥ずかしそうに顔を背けた。

 『そういう脅しで、買いそうな金満家を俺に紹介させる狙いかよ・・・

 銀バッジのくせにセコイなぁ・・・』

 『銀バッジの新人なもんで・・・』

 俺の声に肩を震わせながら、ジミーはカウンターの奥へと向かい、支配人に何かを指示すると、奥の机に向かい約束手形を書き始める。

 支配人は身支度を整え夜の街へと飛び出した。

 俺はと言えば、やる事も無いし、支配人は鍵をくれなかったので、必然的にカウンターバーへと向かい、何時もの甘いテキーラのオンザロックを注文する。

 今夜は何時に腰を上げられるのだろう?


 時計が1時を回ったあたりで、ジミーの約束手形が書きあがった。

 俺の出来上がり具合も限界に近い・・・

 ジミーの字は丁寧で読みやすかった。

 売る時には俺が裏書する事になるのだが、字の落差は酷い事になるんだろうな。

 決済日は二年後なので金貨8枚くらいが妥当な線だろうか?

 約束手形は80枚有り、俺は一番上と一番下の二枚だけを確認し、ジミーへOKサインを送った。

 ジミーは俺の隣に座ると、『もう腕が動かんぞ、ペンは当分見たくもない。1杯奢ってくれよ、旦那』と言う。

 『俺と同じので良いのか?』ジミーが頷いたので、『マスター同じものを二杯だ。ロックで頼む』と言って、目の前の薄くなった水みたいなロックを干した。

 俺達の前にグラスが並ぶと同時にドアが開き、支配人を先頭とした一団が入ってくる。 『アンタの采配か?』ジミーに問うと、『安売りされると俺の名誉に関わるからな』

 ジミーは予想通りに答えた。『3~4枚売るとして、8枚からのセリで良いかな?決済が二年後なので妥当な線だと思う。』と返すと、ジミーは不満そうに頷いた。

 『では、4枚売るとして金貨8枚からのセリとします』何時の間にか傍に居た支配人が復唱の様な確認をした。『但し、裏書は明日にしてくれよ。今夜はもう出来上がってる』

 支配人は頷くと人込みへと戻り、オークションの真似事を始めた。

 オークションの喧騒をBGMにジミーとの馬鹿話が続いた。

 『アンタは楽しそうだな。俺も今はこんなだけど金バッチ持ちなんだぜ。俺も気ままに冒険の旅に出たいよ。』ジミーがぼやく。

 『だったら、赤い飛行船とかいうパーティが剣士を探してるぜ。アンタなら大歓迎じゃないのか?』

 『なるほどな、ギルドには新しい出会いが有りそうだな。ところで、アンタの次の仕事は?』

 『南の森で害獣駆除さ。』

 『それは随分としみったれた仕事だな。鼻たれの新人向けの仕事だろ。金にもならないし。』

 『金には困ってないからな。それに鼻たれの新人を守ってやりたいのさ。』

 『アンタは変わってるなァ』

 『うん、良く言われる。でも鼻たれどもは満足な装備も無く日々の糧を求めて危険な害獣と戦うんだぜ。出来る事が有るなら、何とかしてやりたいじゃないか。』

 『その変な自己顕示欲が鼻たれのプライドを傷つけなきゃ良いんだけどね。鼻たれの達成感を奪っては伸びる者も伸びなくなる・・・』

 『まぁ、森では派手な魔法も使えないので、鼻たれが害獣を倒さなきゃならないよ。俺に出来る事なんて知れてるのさ。』

 そう言うと俺は照れ隠しにグラスを干した。マスターが氷と酒を満たす。

 そんな事を続けている内に俺は船を漕ぎ始めていたらしい。

 『旦那、風邪を引きますぜ。起きて部屋で寝て下さい。』

 支配人に肩を揺すられ目覚めた。時計を見ると三時を回っている。

 ジミーも消えているし、マスターは後かたずけを始めている。バーも閉店らしい。

 『オークションも終わりました。金貨9枚半で4枚とも売れましたよ。都合38枚ですね。買い手はモータウン商会のホプキンスさんで不動産もお持ちの有力者です。二・三日中に手形と代金の交換に行って下さい』そう言うと俺に名刺を差し出した。名刺の裏には地図も有る。俺は部屋の鍵と名刺を受け取るとフラフラの足で部屋を目指した。

 寝る前に明日の予定をメモしようと考えたが、起きた時に死にたくなるので断念して、ベッドに倒れ込んで死んだ。

 陽光が差し込む部屋でゾンビは蘇生した。目ヤニで固まった目を無理に開いて時計を見ると10時を回っている。ゾンビはベッドから出るとトイレへと向かう。そのゾンビには満足な歩行能力が無いので、何度も転びながら便器に辿り着き、大量に放尿する。次にゾンビは洗面台にしがみつき、目ヤニを落とすべく格闘を始めた。


ホプキンス


 

 ギルドに顔を出し、件の女職員に例の店舗について話を聞く。

 「オーナーがお待ちです。」

 奥の応接室には。ギルドには不似合いな身なりの良い男が茶を啜っている。

 「こちらがオーナーのホプキンス氏です。」

 ホプキンスと名乗る男は典型的な商人だった。

 「あの物件を何にお使いの予定ですか?当社はレストランとして営業していたのですが、客の入りが悪かったのですよね。」

 「二階を住居に、一階を新人冒険者のたまり場・・・つまりはパブみたいなものとして」

 「しかし。貧乏な冒険者相手では商売にならんと思うんですが・・・」

 「あまり商売っ気は無いのですよ。まぁ住居がメインでパブは趣味みたいなもんですから・・・」

 「では賃貸をご要望ですか?

 「まぁ。好き勝手に改築等も行いたいので、できれば売って欲しいのですが・・・」

 「販売といことであれば金貨40枚ほどが妥当かと・・・」

 そう言いながら渡された名刺には既視感が有る。

 「貴方がジミーの手形を買ってくれる方ですか?」

 邦貨2000万に該当する額だが、ジミーの手形で支払えるのなら大歓迎だ。

 俺は空間収納から手形の束を取り出し、5枚をっホプキンスに示した。

 「当座の金も必要なのでこれで良いですか?」

 ホプキンスが快諾したので、俺は裏書を始めた。

 「差し引き金貨7枚と銀貨50枚ですね。持ち合わせが無いので事務所まで同行願いますか?」

 「私もついでが有りますので、お気遣い無く。」

 話は気持ち悪くらいとんとん拍子に進み。俺はホプキンスと連れ立ってギルドを出た。

 アクセサリ屋へと向かう道すがら、ホプキンスが問いただすに任せて俺は事の経緯を話した。

 軍が買い漁った事で魔法石が市場から消えていた事。ジミーのホテルがそれを必要としていた事、たまたま俺がまとまった数を保有していたので売却した事、そしてその入手法。

 「それは私にも採取可能なのですか?」ホプキンスは目を輝かせる、さすがは商人だ。

 「アンタが魔法を食らっても死なないならな」これは嘘だ。あんな数の魔法を食らえば俺だって死ぬ。

 敵の魔法発動を阻止するインチキ臭いスキルがあってこそだ。その辺は内緒だ。

 待てよ。drainFieldMP を無限ループで回すアクティブ・スキルなら、同行者も守れるんじゃないか?

 敵の魔法攻撃を全て吸収して自分のMPに変換する。セリスの魔封剣だ。もうインチキを通り越してチートだな。まぁ意味は同じなんだけど。

 アクセサリ屋の店先には誰も居ないが奥を覗くと死体が二つ並んで鼾を響かせている。

 死体B(武器屋のオヤジ)を優しく起こし話を聞く。

 「徹夜でアクセサリ作りか精が出るなぁ」

 「旦那かぁ・・・諸悪の根源が何を・・・」

 「それに起こすなら、俺じゃなくそっちの馬鹿だろ。」死体Bの顔色は青白い。

 「アンタには別件が有るからなぁ。俺の剣はどうなった。」オヤジの顔が紅潮し始める。何か怒ってるみたいだ。

 「アレはガキの為に作った玩具だと言ったろ。剣扱いされると俺の腕を侮辱されてる気がするわ。」

 職人気質なんだろうな・・・「失礼、不注意な発言だった。」

 「フン、気にすんな。」そう言うとオヤジは俺に件の剣・じゃなくて玩具を投げつけた。








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