一話~12月3日~
12月3日
「寒い……。」
まだ日も高い冬の休日。
俺は神社の隅で一人、その雪一面の白い世界を
左手に持つスケッチブックに、描き写していた。
…のだが、
いつもは何ともない北風が、妙に肌寒い。
描き終えた右の指が、ひどく震えていた。
「あぁ…、冬に写生なんてするんじゃなかった」
役割をこなした文房具をバックに仕舞い、完成した絵とその風景を見比べる。
「うん。流石俺」
――絵を描くのは、好きだった。
俺の生きた世界をそのまま紙に描き写すことができる。
写真とは違い、自身の感じる世界だけが、そこにあった。
完成したソレは、確かに俺のいた世界を感じさせることができた。
…だから
「――アレ?あんなのあったか?」
記憶にない物体に少しの違和感。
しかし俺以外の足跡もないから、誰かが落としていった訳でも無さそうだ。
というか、こんなガランとした場所、まず人など来やしない。
見逃した?…いや、そんなはずはない。確かに何も無かったはず。
……風で飛んで来たのか?
少し、近づいて見てみる。
――その違和感に思わず目が据わった。
「……女の子?」
同い年ぐらいだろうか、女の子が一人、雪の中で倒れていた。
…雪の中で、まるで動かない少女。
そんな状況に、思わず俺は駆け寄る。
色白で綺麗な顔立ち。
ほんのり小さく綺麗な鼻立ちに、薄く主張の少ない唇、大きく美しい瞳の少女。
じっと見つめていたら吸い込まれてしまいそうになる少女。
だけれど、ひどく痛んだぼさぼさとした髪に、
いつの時代の流行か判らないような、綺麗とは言い難い服装。
なんともアンバランスな少女だった。
けれども紛れもない美少女。
――整い過ぎている顔が、逆に不気味なほど、
確かに美しい少女だった。
「おい……大丈夫か?」
俺は仰向けに倒れている少女を軽く揺さぶり、声を掛ける。
――でも、まるで返事はない。
――でも、呼吸は正常だった。
「………寝てるだけか?」
はぁ、びっくりした。
「おい、こんな所で寝るんじゃない。凍死したのかと思ったぞ…。ったく」
俺はそう吐き捨てて少女から手を離す。
「……誰?」
「うおっ!?」
「…ふみぃ!?」
…なんだ、起きたのか。
急に話し掛けてくるもんだから少し取り乱してしまった。
「通り掛かりのものだよ。それよりお前、こんな所で寝てたら風邪ひくぞ?」
そう注意して俺は立ち上がる。
「……動けないの」
「…へ?」
ぐぅぅぅぅ~と彼女の中の虫が鳴る。
「…………ふみぃ」
困ったように、じっと自分のお腹を見つめて、少しこちらを見つめる少女。
………どうやら腹が減って動けないらしい。
「…ったく、しょうがねぇなぁ、」
俺はバックから自分の昼食に、作っておいたサンドイッチを取り出し、
包みを開き、彼女に手渡す。
「……ありがと」
そして、手に持つサンドイッチをじっと、見つめて――
「…どうやって食べるの、コレ」
「…は?」
…おかしいんじゃないか、この子。
…いや、もしかしたら生まれてこのかた、まだサンドイッチを食べた事がないのかもしれん。
…いるのか、そんなやつ?
とにかく俺は少女に、自分の持っているサンドイッチを手本を示すように食べてみせる。
うん、うまい。流石俺。
…それを真似してサンドイッチを食べる少女。
「うん。おいしい……」
本当に美味しそうに食べる少女。
「…ったく、それ食ったら帰れよ?」
「……無理」
「どうして」
「何処に行けばいいのか、わかんない…」
…道にでも迷ったのか?
「…取り敢えず警察でも行くか?」
「………嫌」
顔をしかめる少女。
(警察が嫌いなのか…?)
…訳アリ?か
「…警察なんて行ったら人体実験されちゃう…」
…何言ってんだこの子
…そんな怯えた少女の首筋を見て、ふと気付いた。
ひび。
そしてその裂けた首筋からは、僅かに小さな装置が見える。
…何なんだ一体。
そんな俺の表情を読み取ったのか
少女が自身の首元を指し、
「…これは、途中で壊れたの。怪我しちゃった。」
…なんて事無い用に言う少女
「壊れたってお前…」
寂しく微笑む少女。
『わたし……未来からきたの』
行くあても無い様だし、外も冷えこむ、あのまま放置しておいても
なんなので取り敢えず、家まで連れてきた。
…我ながらアホなのか、御節介なのか…
――でも、強い好奇心は確かにあった。
(…未来からきたロボットね、)
疑いはしなかった
『証拠ならあるわ…』
そう言って、ロケットパンチを放つ姿は確かに人の者では無かった。
――でも、
静かに靴を脱ぐその姿は、人間そのものだった。
…とりあえず、何時の時代でも靴を脱いで家に上がる習慣が日本にあるのは、少し安心した。
俺達は扉を開け、リビングに入る。
俺の身体と心を優しく空気が包む。
住みなれた家の、穏やかな匂いが、どこか懐かしかった。
「…お邪魔します」
コソ泥にでも入るみたいに、きょときょとと、リビングに入る少女。
その可愛らしい仕草に、少し頬が緩む。
「…休日なのに、ホントに誰もいないのね」
「…あぁ」
不思議そうに家の中を眺める少女に茶を差し出す。
「一応、伯母さんと二人で暮らしてはいるけど、伯母さん出張でほとんどいないしな」
…まぁ、ほとんど俺一人みたいなもんだ
「……寂しいの?」
――少女の無垢な瞳が俺を捉える。
――少女の言葉が俺の心を捕らえる。
…寂しい?
…寂しい。
…誰が?
…俺が?
「……目を見たら判るよ」
湯吞みを口から放し、どことなく口を開く少女。
「あなたね…今、とっても哀しい目をしてた…」
強い彼女の言葉。
でも、俺にはよくわからなかった。
…まぁ、取り敢えず確信をついたような、不思議な表情をした少女を立てておくことにした。
「…そうかい。それは、あんた名探偵になれるね」
「…目は嘘をつかないもの」
そう言って、にっこりと笑う少女の微笑みは、ひどく優しかった。
「…不思議よね」
そう言って少女はまた、微笑んだ。
――それから、少女と話をした。
記憶が無い事。
少し壊れてる事。
何も持って無い事。
未来には帰れない事。
――俺達は不思議と気が合い、ずっとそんな場にいられる気がした。
そして……
「……何かを探しに来たんだと思う」
「何かって?
「…わかんない、けど大事なもの」
「…大事なものねぇ」
…過去に行ってまで、欲しかった物。
記憶や自身の身体を失ってまで欲しかった物。
――こん少女にも……。
そこまでして欲しい物が、か……。
「――ねぇ」
「私ここに止めてくれない?」
「へ…?」
「私、住む場所無いから…」
確かにこの真冬に毎日野宿…というのは可哀想な気がしないでもない。
…ロボットが寒さを感じるかはともかく。
身寄りも戸籍も存在しない少女ね…
「っていってもなぁ…」
突拍子も無い話が次から次へと出て来るなこの子は…
「…………ふみぃ」
――彼女の、訴えるような視線が辛い。
…俺も居候させてもらってる身なんだけどなぁ…
ただ、それでも
…好奇心が疼く
…それに、
…ここまで、来たら引きかえしたくなかった。
(はぁ…)
………伯母さんが帰って来た時、どう説明したもんか…。
「あのさ、」
――そういえば一つ、大事な事を忘れていた。
「……ふみぃ?」
「お前、名前は何て言うんだ?」
「…名前?」
――俺は少女の名前すら知らなかった。
「一つ屋根の下で暮らすんだ。名前くらい知っておかなきゃ不便だろ」
「……いいの?」
「…何だよ、取り消すったってもう遅いぞ」
「…ううん」
少女は首を振った。
そこには、先程までの不安げな表情は無く、
ひとまず安心したのか、その長い髪の内側からはすっきりとした表情を覗かせていた。
「…すみれ」
「…そうか言い名だな」
あなたは?という様に目配せをするすみれ。
…どうやら俺の番みたいだ
「小春
…斎藤小春だ」
…こうして俺とすみれの
奇妙な同棲生活が始まったのだ。