94話 許し
ユークレイスは一人考えていた。
ラピスは何故、舞殿からこの世界の記憶を奪ったのだろうか?
人間が単純に嫌いなのか?
ブラック様に近付く女性が許せなかったのか?
そんな簡単な理由でこんな事を・・・
ラピスは、私にその理由は教えてくれなかったのだ。
どうであれ、ラピスの行動をどうにか抑えなければ。
この事を・・・ブラック様に報告しなければ。
出来るのだろうか・・・
私はとても気が重かったのだ。
別人格ではあっても、舞殿にあんな魔法をかけたのは、私自身なのだ。
謝って許される事なのだろうか?
許されるはずが無い・・・
ユークレイスは身の周りの物をまとめると、そっと城を出たのだった。
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ブラックは執務室で仕事に向かっていたが、ジルコンと話した事が頭から離れなかった。
もしユークレイスの中のラピスが全て行った事だとしたら、どう対応すれば良いのか・・・
そう考えていた時、執務室の扉がバタンと開いたのだ。
「ブラック様、大変です!」
ネフライトが勢いよく入って来たのだ。
「何ですか?
ネフライトもアクアのように入ってくるようになったのですか?」
「あ、失礼しました。
急ぎお伝えしたい事が。
ユークレイスが幹部の地位を返上するとの事で、ブラック様への手紙を置いて行ったのです。
あっという間に城を出て行ってしまいまして・・・」
私はネフライトからユークレイスの手紙を受け取ると、その中身に目を通したのだ。
その中に書いてあった事は予想通りの事であった。
詳しくは書かれていなかったが、やはりラピスが舞の一件に何らかの関与をしていたのだ。
その事での謝罪と、これ以上迷惑をかけたくないとの事で城を離れたいとの申し出であった。
しかし、ユークレイスがこの城を去ったとしても、彼女の考えが同じである限り、何の解決にもならないのでは・・・
私はユークレイスの元に行く事にしたのだ。
「ネフライト、ちょっと行って来ますね。」
私はユークレイスの手紙を机に置くとネフライトにそう告げ、魔力探知を働かせたのだ。
そして一瞬でその場を後にし、ユークレイスの気配がある場所に移動したのだ。
私はユークレイスのすぐ近くに移動すると、私が来るのがわかっていたようで、驚く事なく私を見るなり会釈したのだ。
ユークレイスは、街外れの自分の管轄する領地の辺りを歩いていた。
最近はこちらの家にはあまり住んでおらず、仕事はほとんど城で行っていたのだ。
そして、必要な時のみこちらに出向いていたのだった。
「ユークレイス、私に挨拶もなしに城を出るとはどうした事ですか?
きっちりしているあなたらしく無いですね。」
私がそう言うと、居心地悪そうな表情で私を見たのだ。
普段の冷淡で自信のある態度とは全く違っていたのだ。
「そうですね・・・
申し訳ありません。
手紙の通りです。
今の状況では幹部の仕事をこなす事は出来ません。
舞殿の件は、時間がかかってもどうにか記憶を戻すように、働きかけていきます。
今回は申し訳ありませんでした。」
「ああ、そうですね。
舞は二度と元の記憶を戻す事が無いかもしれない。
そればかりか、もう会う事も出来ないかもしれない。
・・・だからこそ、ユークレイスの力が必要なんだよ。
ラピスを一番よく知っている者がいないとね。
今まで通り城に居てくれないと、困るんだよ。」
「ブラック様、もったいないお言葉です。
ここまで来てくれた上に・・・
しかし、私では・・・」
ユークレイスは何か続けて話そうとしたのだが、急にうずくまったのだ。
するとすぐに立ち上がり、私を見たのだ。
先ほどとは違い、自信に溢れ真っ直ぐに私を見るその表情は、明らかにさっきのユークレイスでは無かったのだ。
「・・・ラピスか?
ちょうど話がしたかった。
舞に何をしたのですか?
ユークレイスを苦しめているようですが、何のために・・・
彼はあなたの兄弟と言うべき者ではないですか?」
ラピスは表情を崩さず、語りかけて来たのだ。
「これはこれはブラック様。
ユークレイスのために、ここまで来ていただき申し訳ありません。
確かにユークレイスは弟のような存在ですよ・・・
それより、これを見てください。」
そう言って手のひらを見せると、あっという間に手の中に小さな石が現れたのだ。
「綺麗な石でしょう?
何だと思います?
これは舞殿のこの世界の記憶ですよ。
今の彼女はこの世界の記憶が全くない状態なのです。
だから、これを彼女の身体に戻さない限り、この世界に彼女が戻る事もないと思いますよ。
ブラック様やユークレイスにとっては、これで良かったのです。」
そう言って満足気な表情で笑い出したのだ。
「舞の記憶・・・あなたにそれを奪う権利はないはずです。
何のために・・・早く元に戻してください。」
「それは無理な申し出ですね。
私がこの石を砕けばどうなると思います?」
そう言うと、手の中の石がゆっくりと吸収されるように消えたのだ。
「さあ、ブラック様、取引をしようではないですか?」




