89話 舞の帰宅
舞は夜遅くに、カクとヨクのいるお屋敷に戻ったのだ。
私はお屋敷の扉を開けて入ると、すぐに自分の部屋に駆け上がってドアをバタンと閉めたのだ。
私はドアにもたれかかり座り込むと、ずっと堪えていた涙が溢れ出て来たのだ。
急に私が戻ってきた事に驚き、カクとヨクは私の部屋をノックしたのだ。
「舞、どうしたの?
今日は魔人の城に泊まる予定だったよね。
何かあったの?」
心配そうにカクがドア越しに声をかけてくれたのだ。
しかし、今は私は誰とも話したくなかったのだ。
「お願い・・・今は一人にして。
・・・明日話すから。
それと、もしもブラックが私に会いに来ても、帰ってもらって。
会いたくないの、お願い・・・」
「・・・うん、わかった。
じゃあ、明日は顔を見せてね。
待っているよ。」
カクはそう言うと、私の気持ちをわかってくれたようで、一階に降りて行ったのだ。
私はベッドに転がって天井を見ていると、最後に聞いたブラックの言葉と、ユークレイスに言われた言葉が頭の中でグルグルと繰り返していたのだ。
結局その夜はちゃんと眠ることが出来なかった。
気づくと外が明るくなっていたのだ。
私は一階に降りて行くと、すでにヨクとカクが起きていた。
ヨクは黙って温かいお茶を淹れて、テーブルに置いてくれたのだ。
私は椅子に腰掛けると、その温かいお茶を一口飲んでみた。
それは何だか身体だけでなく、心も包んでくれるような温かさがあったのだ。
「昨日はごめんなさい。
実は・・・」
私は昨日の事を話したのだ。
そして昨夜寝ずに考えた事を話したのだ。
「魔人と人間という事で、時間の流れが違う事はわかっていたの。
ブラックが言うように、後で辛いのは私なのかも。
でも、そんな風に考えていた事自体が、私はショックで・・・」
私がそう言うと、ヨクもカクも首を傾げたのだ。
「舞、魔人の王はそんな事を気にするとは思えないがのう。」
「舞の聞き違いじゃないのかな?」
二人はそう言ってくれたが、あのユークレイスの言葉を考えると聞き間違いでは無いのだ。
私がいなくなる事で、ブラックが王としての仕事がしっかりできるのであれば、それが一番だと思うのだ。
「・・・それで、しばらく自分の生まれた世界に戻って良く考えたいの。
学校は休学させてもらってもいいかな?」
「舞、それは問題ないが・・・
・・・少し、父上のところに戻って休むと良いかもしれないな。
時間が経てばわかる事もあるかもしれないしのう。」
ヨクはそう言って優しく微笑んでくれたのだ。
今のグチャグチャな気持ちのまま、ここにいても辛いのだ。
私はすぐに自分の生まれた世界に転移する準備をした。
荷物をスーツケースに詰め込んでいると、一階で話し声が聞こえたのだ。
ブラックとユークレイスが私に会いに来たようなのだ。
ヨクは私が言ったように、二人には帰ってもらうように話してくれていた。
私はブラックが来てくれた事で嬉しい反面、私の心はズキンと痛んだのだ。
その後ヨクが私の部屋に来るなり、ある物を渡してくれたのだ。
「魔人の王より渡してくれと頼まれたぞ。
会わなくて良かったのかい?」
そう言って、ヨクは私の手の中に青く綺麗なペンダントを置いたのだ。
今は会っても嫌な事を言ってしまうかもしれない。
それに、ブラックの本音を面と向かって聞く勇気が無かったのだ。
だから、私は黙って頷いたのだ。
私は準備をして、薬草庫に向かった。
前回と違い、重たい気持ちで転移の魔法陣の上に立ったのだ。
今回は薬草庫まで、ヨクとカクが一緒に来てくれたのだ。
「カク、落ち着いたら手紙を書くわ。
こっちに戻って来れる気分になったら光の鉱石を送って欲しいけど、私が連絡するまでは送らないで。
こっちに戻る時には中途半端な気持ちでは戻りたくないの。」
「わかったよ。
でも、手紙はちゃんと書いてね。
舞が元気でいるか、心配だから。
いつまでも待ってるよ。」
カクは泣きそうな顔で私を見て、抱きしめたのだ。
弟のようなカク、祖父のようなヨク、二人と離れる事は寂しかったが、気持ちの整理をするために戻るのだ。
「カク、もう会えないわけじゃないから。
カクもヨクも元気でね。
また連絡するわ。」
そう言うと、私は頭上に光の鉱石を振り撒いたのだ。
そしていつものように周りが光で見えなくなったかと思うと、次に目の前に現れた景色は生まれた世界の自分の部屋であった。
私はその場で座り込むと、大きくため息をついたのだ。
そして脱いだ靴を持って一階に降りると、父が居間でテレビを見ていたのだ。
私の姿を見て一瞬驚いたが、すぐにいつものように言ってくれたのだ。
「舞か、驚いたよ。
だが、嬉しい驚きだね。
おかえり。」
そう言って笑ってくれたのだ。
私も父の顔を見てホッとしたのだった。
その夜は久しぶりに父と二人で外食に出かけたのだ。
今まで戻ってきても、外に出かけることはあまり無かった。
久しぶりに賑やかな街並みを歩き、買い物をしたり美味しい食事をとる事で私は気分が少しだけ良くなったのだ。
しかし、自宅に帰ると父が心配そうに話し出したのだ。
「舞、どうした?
向こうの世界で何かあったのか?
無理に元気そうにしているように見えるが・・・
ああ、私の勘違いなら気にしないでくれ。」
父はお見通しだったのだ。
急に戻ってきた事自体、何かあったと思われても仕方が無いのだが。
「ううん、そうだね。
ちょっと、向こうで嫌なことがあってね。
色々考えたくて戻って来たの。
しばらくはこっちで過ごしてもいいかな?」
「当たり前だ。
ここはいつでもお前の家なんだから。
気晴らしに仕事がしたかったら、やってもいいぞ。」
父はそう言うと、それ以上深くは聞かなかったのだ。
私は以前のように調剤薬局の方で薬剤師として仕事に復帰する事にしたのだ。
久しぶりの仕事は大変ではあったが、仕事に集中する事で、その時だけはブラックの事を考えなくて良かったのだ。
そして数日後、私はカクとヨクに手紙を書く事にしたのだ。
秘密の扉を開けると、すでにカクからの手紙が入っていた。
そこには心配しているカクの言葉がたくさん並んでいたのだ。
私は返事を書いて入れると、扉を閉めたのだ。
その夜、自分の部屋のベッドに入って部屋の中を眺めると、とても殺風景な事に今更ながら思ったのだ。
お気に入りの物は、カクのお屋敷に全部持って行ってしまい、今回は最低限の衣服だけしか持って来なかったのだ。
私は今までの事を色々振り返っていた。
ここでの久しぶりの生活は楽しかったが、やっぱり異世界のみんなに会いたいと思う気持ちで溢れていたのだ。
それにちゃんとブラックと話をしていない事が一番心残りでもあるのだ。
今までは会って話すのが怖かった。
ブラックと離れる事が一番だと思っても、やはりブラックと話してから決断しよう・・・
異世界から離れて、やっとそう思えるようになったのだ。
私はベッドから起き上がると、机の引き出しを開けたのだ。
ブラックから貰ったペンダントや指輪、精霊からもらった弓矢や種をしまっておいたのだ。
向こうの世界から持って来てはいたのだが、今までは身につける気分になれなかったのだ。
それとユークレイスからもらった綺麗なビー玉のような石・・・
私はその石を取り出すと、部屋の照明の光にかざしたのだ。
とても綺麗に輝いた石。
これは使う事が無いわね・・・
そう思った瞬間である。
その石の輝きが増したかと思うと、強い光を放ったのだ。
私は眩しくて顏をしかめたのだ。
するとその石はパリンと割れて粉々になったのだ。
私はそれを見ていると急に眠くなり、すぐにベッドに倒れ込んだのだった。




