81話 舞の記憶
舞は何か物足りなさを感じていた。
それが何かわからなかったが、ずっと心のどこかに引っ掛かっていたのだ。
舞は実家の薬局で薬剤師としていつものように働いていた。
祖父が亡くなった事で実家の仕事を手伝う為、田舎に戻って来たのだ。
こちらの仕事もだいぶ慣れてきて、平凡な日常を過ごしていたのだ。
一階の本店に行くと、漢方薬の匂いで溢れていた。
私はその場所に行くのが好きだった。
昔から生薬の匂いを嗅ぐと、とても落ち着いた気分になるのだった。
そこには祖父が残していた古い書物がたくさん置かれていたのだ。
私はそれを何気なく見ていたら、一箇所だけ本の順番が逆に置かれているところがあったのだ。
私はそれを直そうと、本を手に取った時である。
ガサっと足元に小さな袋が落ちたのだ。
それを見て、私はとても胸騒ぎがしたのだ。
どこかで見たような・・・
私はその袋の中身を手のひらに出してみると、光り輝く物がいくつか入っていたのだ。
綺麗な石・・・ペンダントだ。
金色に輝いているこれは・・・キーホルダーかな?
そして、何だろう。
小さな種。
土に埋めたら芽が出るかしら?
そんな事を考えながらそれらをじっと見ていたら、何だか胸が苦しくなってきたのだ。
そして気付くと自然と涙が頬を伝っていたのだ。
何で私、泣いてるんだろう?
行かなくちゃ・・・でもどこへ?
待っている人がいる・・・でもそれは誰?
私・・・とても大事な事を忘れている。
そう思った時、小袋に入っていた種が優しく光りだしたのだ。
そしてその光は、あっという間に小さな人の形に変わっていったのだ。
それはとても美しく、見たこともない・・・いや以前も見た事があるような姿だったのだ。
「舞、いったいどこにいるのですか?
早くこちらに戻ってきてください。」
そう話すその美しい姿の小さな人を見て、私はとても驚いたのだ。
まるで映画の世界から抜け出して来たような・・・
「あなたは誰?
何で私を知っているの?」
その美しい姿を私は何度も見た事があるような気がするのだが、思い出す事は出来なかったのだ。
○
○
○
舞が自分の世界で小さな小袋を見つける少し前・・・いや、魔人の世界では数ヶ月前の事である。
黒い影の脅威も消えて、人間と魔人は転移の洞窟を介して交流が再開されていた。
舞はカクのお屋敷からいつものように、この世界を勉強する為に薬師大学校に通っていた。
魔人の王であるブラックも、ネフライトに言われるがまま執務をこなしていたのだ。
舞は学校が休みになると、魔人の国の森に遊びに行ったり城に顔を出して、精霊やブラック達と楽しく過ごしていたのだ。
そんなある日の事、不思議な物がブラックの前に持ち込まれたのだ。
ちょうど私は城に遊びに来ていて、執務室にはアクアとスピネルもいた時だった。
「ブラック様、森の近くでこんな物が落ちていたと報告がありました。
正直、これが何か全くわからないのですが。」
ユークレイスがいつもに増して冷淡な表情で話したのだ。
持ち込まれた物を囲んで、みんなで不思議な顔をしていたのだ。
そんな雰囲気が気になったので、私もそれを見せてもらったのだ。
するとそこには見慣れた物が置かれていたのだ。
私にとってはそうだが、この世界に住む人たちにとっては初めてみる物だろう。
「え?
何でこれがこの世界にあるの?」
私は驚いてそう言うと、みんなが私を見たのだ。
「舞、これが何だかわかるの?」
アクアが驚いて私を見たのだ。
私は黙って頷いてそれに目を落としたのだ。
そう、そこには明らかにこの世界には不似合いな物。
スマホがあったのだ。
私はそれを手に取って電源が入るかを試したのだが、そのスマホは起動することはなかった。
壊れているかもしれないが、機種を見るとそんなに古い物ではないのだ。
持ってきていたバッテリーで充電すれば、立ち上がるかもしれないと思ったのだ。
先日父の所に帰った時にバッテリーの充電をしてきたので、まだ使えるはずなのだ。
それにしても、一体誰の?
そして、何でこの世界にあるの?
・・・謎しか無かったのだ。
「ブラック、これを私が預かってもいい?
これを使えるようにすれば、何かわかるかも。」
私はそう言って、ブラック達にスマホについて説明したのだ。
みんなが理解してくれたのかはわからないが、私の世界に存在する物である事はわかってくれたはずなのだ。
「舞の生まれた世界の物を、誰かが持ち込んだのでしょうか?
そうであるのなら・・・」
ブラックが心配そうに言うのも、理解できるのだ。
「まだ何とも言えないけど・・・
でも、調べてみるわね。」
私はそう言ってブラックからスマホを受け取ると、カクのお屋敷に急いだのだ。




