70話 岩山の精霊
舞は人間の住む世界に繋がる洞窟を抜けると、眩しさで目を細めたのだ。
そこには光の鉱石で明るさが保たれており、黒い影の集団がこの世界に入って来れない様に対策がなされていた。
私はどうやって岩山まで行こうかと考えていた時、知っている顔を見つけたのだ。
「シウン大将!」
私はここでシウン大将に会えた事が、何と幸運なのかと思ったのだ。
「ああ、舞殿ではないですか?
何か急いでおられらるのかな?」
シウン大将は、ちょうど洞窟の状況を確認しに来ていたらしい。
「お願いがあります。
岩山のところに行きたいのです。
馬車などを借りる事は出来ますか?」
「いったい・・・」
私は言葉で説明するより封印の石を見せる事にしたのだ。
肩からかけている膨らんだ鞄の中身を、シウン大将にそっと見せたのだ。
するとシウン大将は只事でない事を理解し、馬車を手配すると一緒に乗り込んだのだ。
シウン大将は、以前岩山でドラゴンの復活の時に私と一緒にいた、唯一の人間なのだ。
「舞殿、これはあのドラゴンではないですか?
王から話は聞いておりました。
魔人の王よりドラゴンは眠りについたと聞いていたのですが。」
シウン大将は興味深そうに封印の石を覗き込んだのだ。
すると、石の中のドラゴンは突然鋭い目を開いたのだ。
『我は起きているぞ。
お前はあの時の人間ではないか?』
急に思念を伝えてきたので、流石のシウン大将もかなり驚いた様子だった。
「目覚めたのですね。
では、また封印の為に向かうのですか?」
「いいえ。
ドラゴンを復活させる為に向かうの。」
私はそう言うと、驚きを隠せないシウン大将を見てつい笑ってしまったのだ。
私はこれまでの事をシウン大将に話したのだ。
そしてドラゴンが森の精霊の助けになると思い、岩山の精霊に封印から出してもらおうと考えている事を話した。
しかし、一つ気がかりがあった。
今向かってある岩山の周りは強い風が年中吹いていて、人間ではなかなか近寄る事が出来なかったはずなのだ。
前回訪れた時は、魔人の力でドラゴンの里まで行ったのだ。
それを告げるとシウン大将は鋭い目を少しだけ下げて話したのだ。
「舞殿、安心してください。
実はドラゴンがあの岩山からいなくなってからというもの、風がパタリと消えたのですよ。
もちろん険しい岩肌がそびえているので、簡単には攻略できない場所ではあるのですが。
今は軍の方で管理をしておりますので、私がいれば問題ないです。
・・・私も一緒に行きますよ。」
シウン大将がそう言ってくれた事で、私はとても心強かったのだ。
岩山の麓に着くと、確かに強い風は全く吹いていなかったのだ。
しかし、以前と同じ様に険しい岩山である事は変わらなかった。
シウン大将は馬車から降りると、岩山を警備している兵士達に声をかけたのだ。
そして私達は案内された場所まで行くと、長いハシゴの様な物が上までかけられているのを見る事ができたのだ。
「強風が無ければ、問題なくこれで上がれますよ。」
シウン大将はそう言うが、私がこれを自力で上がって行けるとはとても思えなかった。
「ああ、これは風の鉱石からなる物で、難しい物ではないですよ。」
そう言って、何やらベルトの様な物で身体を固定すると、まるでエスカレーターの様にシウン大将の足元がゆっくりと上がり始めたのだ。
なるほど、ただのハシゴでは無かったのだ。
私もシウン大将に続き上がると、そこから見える景色の素晴らしさに目を奪われたのだ。
どの世界もとても素敵な場所だと言っていた、ジルコンの言葉を思い出したのだ。
だが、今はここでのんびりしているわけにはいかないのだ。
岩山の中腹まで上がると、以前と同じ小さな洞窟が見えたのだ。
私達はそこを通り抜けると、アクアの故郷である草原が目の前に広がっていたのだ。
ドラゴンにより焼かれてしまった場所があったはずだが、その場所はすでに生き生きとした草木で溢れていたのだ。
そして私達はまっすぐに岩山の精霊がいる洞窟に向かったのだ。
精霊のいる洞窟の前まで行くと、私は慎重に一歩を踏み出したのだ。
その中に入ると言う事は、岩山の精霊の作る空間に入る事になるのだ。
つまりその空間は作った者の支配する場所であり、何者も逆らう事など出来ない所なのだ。
岩山の精霊に会わなければいけないのだが、少し不安な部分もあったのだ。
もしかしたから、ドラゴンを封印の石から出してくれないかも知れない。
しかし、私は諦めるわけにはいかないのだ。
その洞窟に一歩足を踏み入れると、やはり外とは何か違う空間に感じたのだ。
以前と同じでそれは冷たく暖かみの無い空間であった。
その洞窟の奥へと進むと、怪しく光る水晶の様な石がいくつも置かれていたのだ。
そして急に白い霧状のものが現れたかと思うと、以前見た事がある岩山の精霊の姿に変わったのだ。
色白で小柄な女性を思わせる姿であったが、その表情はとても冷たいものであった。
その精霊は私達がなぜここに来たのかを、すでにわかっている様だった。
私は鞄からドラゴンの封印の石を取り出して、じっと岩山の精霊を見たのだ。
すると、思念が伝わって来たのだ。
『その者は封印すべき存在なのだ・・・』




