65話 主たる者の力
主たる者は苛立ちを抑える事が出来なかった。
一体、あの娘は何をしたのだ・・・
あの人間の娘が放った矢のせいで、吸収した者の力が使えなくなってしまったのだ。
さっきまで盾となっていた植物達も、操る事が出来なくなったのだ。
以前、あの娘は侵食した人間達から、同胞達を追い出した事もあった。
あの時・・・始末しておけば良かったのだ。
『娘・・・一体何をした!』
私は我が同胞より作った何本もの黒い剣を、人間の娘に向けて真っ直ぐに投げたのだ。
しかし、魔人の結界により弾かれ、そればかりか魔人の力によりその同胞達は黒い灰と化したのだ。
私は近くにいる全ての同胞達を呼び寄せたのだ。
そして私の身体に取り込む事で、多くのエネルギーを同胞から吸収したのだ。
自然から生まれし者の力が使えない今、同胞達の合流ではなく吸収する事で私自身のエネルギーを増やすことにしたのだ。
自我のある同胞達も、私の力になるのならと喜んで吸収された事だろう。
そして私は今まで以上の力を得たはずなのだ。
私は人間の実体から黒い影だけの存在に変わり、結界の中にいる三人を包み込んだのだ。
そして、奴らのエネルギーを全て吸い尽くそうと思ったのだ。
だが・・・悔しい事に簡単では無かったのだ。
あの魔人、特に黒髪の魔人の結界は中々破る事が出来なかったのだ。
今まで以上の力を得たはずなのに、何と言う事なのか。
おかしい・・・それにあの娘。
人間なら恐怖を抱いて良い状況に、あの娘の瞳は黒く強く輝いているのだ。
またあの娘が何かしたのでは・・・
・・・そうであるなら、やり方を変えるしかない。
私の中に残っている合流した同胞に、魔人の街に向かう様に指示をしたのだ。
街の者達から、出来るだけのエネルギーを吸い取るのだと。
魔人である為結界を個々に作れる事はわかっていたが、全てがここにいる魔人の様に強いわけでは無い事を私は知っていたのだ。
そして私自身は、この森のエネルギーを吸い尽くそうと思ったのだ。
今は私の中にいる自然から生まれし者を通し、森に影響を及ぼしていただけだったが、もはや森の中心である大木のみ残せば良いのだ。
あの者さえ存在すれば、私は光の下でも存在できる。
そうであるなら、森の生命は私の力の糧となってもらえばよいのだ。
そして私はまた人と同じ実体にもどって、奴らの前に降り立ったのだ。
『なるほど、強い魔人なのはわかった。
それなら仕方ない。
・・・他の者からエネルギーを頂くことにしよう。
一足先に街には同胞を向かわせたぞ。
そして、この森も私のエネルギーとなることだろう。』
私は黒い影の存在に戻り、この森全体を囲みエネルギーを吸収し始めたのだ。
さあ、奴らはどう出るか・・・
○
○
○
舞は少し前に精霊の本体である大木に、ある薬を矢で放ったのだ。
それは、以前精霊が暴走した時に使った薬であったのだ。
確かあの時、三十分くらいは精霊を眠らせる事が出来たはず。
私は今回も薬が効くのであれば、今操られている植物達を鎮める事ができると思ったのだ。
つまり精霊が眠る事で、その能力を主たる者から封じる事ができると考えたのだ。
思った通り、主たる者は精霊の力を使う事が出来なくなったのだ。
主たる者は怒りに任せて私を攻撃しようとしたのだが、ブラックの力が私を守ってくれたのだ。
しかし、主たる者は仲間を呼び寄せ大きなエネルギーを得る事となった。
そしてブラックの結界を囲み、私達のエネルギーを吸い取ろうとしたのだった。
それはカクの家で私が体験した力に他ならなかった。
引きつけられるような力・・・
あの時のように、主たる者の力にブラックの結界が破壊されるのではと心配になったのだ。
私は鞄からある薬を取り出した。
そして、この結界内で躊躇せずそれを破裂させたのだ。
すると綺麗な光の粉末が舞い散り、結界内の三人の身体に吸収されたのだ。
それは完全回復の薬であり、一時的だが体力や魔力の低下を抑えられるはず。
そして私の予想通り、ブラック達の魔力は低下する事なく、結界は維持されたのだった。
しかし・・・私は頭上を見上げて考えていた。
私は主たる者である黒い影がこの森を覆うのを見て、精霊の命とも言うべきこの森を消滅させる事は絶対にできないと思った。
主たる者は、標的を私達から魔人の街やこの森に変えたのだ。
ブラックは王として、すぐにでも街に戻りたいはず。
早くどうにかしないと・・・
その時である。
何処からか私に呼びかけている声が聞こえたのだ。
・・・まさか。
私は意外な人からの思念を受け取ったのだ。




