64話 主たる者の目的
舞達は暗い一本道を、森の広場に向かって歩いていた。
この森自体が、あの主たる者の一部となっているのなら、すでに私達が来ている事はわかっているはずなのだ。
しかし、暗く怪しい雰囲気に姿を変えた森は、ずっと沈黙したままであった。
私はブラックの腕に掴まりながら歩いていた。
小道を抜けて広場に出ると、中央には精霊の本体である大木を見る事ができたのだ。
しかし、その大木は枯れている訳では無いのだが、以前と全く違う雰囲気に変わっていたのだ。
私達が広場に着くと、すぐに以前の様にザワザワと枝や蔓が動きだし、トンネルが作られたのだ。
だが、そこからつながる空間が主たる者が作り上げた場所であることは明らかなのだ。
そんな中に入れば、その空間を作った者に全てを支配されてしまうのだ。
そう思っていた時、私達は一斉にトンネルを見たのだ。
奥からより不快な気配が、こちらに近付いてくる事を感じたのだ。
そしてトンネルの奥から、一人の人間と同じ姿の者が歩いて来るのが見えたのだ。
ニヤリと笑ったその表情は、明らかにあの主たる者で間違いなかった。
『せっかく私の空間に招待したのに、誰も来てくれないとは残念であるな。』
そう言うとその場の木々を操り椅子を作りだし、ゆったりと腰掛け足を組んだのだ。
私はその態度に、余計に不快感が増したのだ。
そして私達を見て、主たる者は笑いながら話したのだ。
『で、何しに来たのかな?』
「・・・精霊を返して。
この森はあなたの森じゃ無いわ。
以前の森に戻してよ!」
私は主たる者の態度が我慢できなかった。
そして主たる者に向かおうとする私を、ブラックが止めたのだ。
『ああ、さっきの人間の娘では無いか。
なるほど、その魔人の加護がある訳だな。
安心しろ、お前の友人は私の中で生きておるぞ。
その証拠にその大木は死んではいないであろう?
我らは分離したり合流したりする事が出来るのだよ。
そして一番強い者の意志で全てが動くのだよ。』
「我ら?
精霊はあなたと同じ存在では無いわ。
それに無理やり吸収しただけじゃ無い?」
私はそう言って、精霊から貰った小さな弓矢を大きくした。
それは変わらず、優しい光を放っていたのだ。
『弱い人間が何を言っても無駄だ。』
主たる者は少し眩しそうな顔をした後、そう言って左手を私に向けたのだ。
すると、よく精霊が使っていた大小入り混じった蔓が、うねりながら私達に向かって勢いよく飛び出してきたのだ。
だがその伸びてきた蔓達は私達に到達する前に、あっという間に黒い灰と化したのだ。
いち早くブラックが消滅させたのだった。
「あなたは何がしたいのですか?
私達やこの世界を脅やかす事は、許すわけにはいかないのですよ。
それに、舞は弱い人間などではありませんよ。」
ブラックはそう丁寧に話したが、いつもの表情とは違ったのだ。
ブラックは怒っていたのだ。
多分私を馬鹿にした言い方が、許せなかったのだろう。
『何がしたいって?
私は遥か昔から、光の下に存在する事を求めてきたのだよ。
そして、そこでの我らの繁栄こそが全て。
それには我らの同胞には人間が、私には今ここに存在する自然から生まれし者が必要なのだよ。
それを邪魔する者は消えてもらうだけだ。
・・・なあ、魔人達。
お前達には関係ないでは無いか?
まあこの森は頂くが、他の街には手を出さないと約束しよう。
だから我らが行動に口を挟まないで欲しいのだよ。』
そう言って立ち上がり、ブラックを見たのだ。
「お断りですね。」
ブラックは表情を変えずに即答したのだ。
それを聞いた主たる者は不快な顔をしたのだ。
『残念だな・・・
では、お前達には消えてもらおうでは無いか。』
そう言うと、周りの木々がザワザワし始めたのだ。
主たる者は何かを仕掛けてくるのがわかったが、それに精霊の森の植物達を使われるのが、我慢できなかった。
私はある薬を取り出し、弓矢にセットしたのだ。
この薬が精霊に効く事はわかっていたが、主たる者に効果があるかはわからなかった。
しかし、精霊に効くのであれば、その能力は一時的に使えなくなるのではと思ったのだ。
そして、ザワザワしながら広場の周りの木々の枝や蔓が動き出したのだ。
私達を広場の中心に追いやる様に、周りを囲みだしたのだ。
ブラックが主たる者に左手を向けて、黒い衝撃波を放ったのだが、周りの木々がそれを守るように壁を作ったのだ。
そしてパラパラと黒い灰となり下に落ちていったのだ。
操られた植物が主たる者を守る為に消滅する事が、私は許せなかった。
ブラックは主たる者のエネルギーを削ろうと、攻撃を仕掛けるのだが、その度に植物が盾となり中々手を出す事が出来なかった。
ユークレイスは青い目を光らせ、主たるの者の精神に働きかけを行っていたが、やはり遥か昔から存在する者の意識の中には、入り込む事が出来ない様だった。
私は主たる者に標準を合わせ矢を放とうとしたが、それでは植物達に邪魔されるはず。
そうであるなら・・・
私はすぐに目標を変えて、精霊の本体である大木に矢を放ったのだ。
私の意外な行動に、主たる者はその矢を遮る事は出来なかった。
矢が目標である大木に当たるとパーンと割れて、薬が飛び散り優しい光が現れたのだ。
そしてあっという間にその木を包み込み、その光は吸収されたのだ。
すると、今まで私達を囲んでいた枝や蔓が元に戻り始め、主たる者の盾となっていた植物達も消え去ったのだ。
『人間の娘・・・何をしたのだ!』
主たる者は自分の中で何が起こっているかわからない様だった。
だが私を見る表情は、怒りで溢れていたのだ。




