63話 異様な森
主たる者に吸収された精霊は、気付くと何もない空間に倒れていたのだ。
そこで横になっていた精霊は今までの精霊とは違い、以前森が黒い影の集団に侵食された時の子供の姿よりも、もっと小さな幼児の様な姿となっていたのだ。
そして、その空間は深い暗闇で満たされており、精霊は小さくうずくまり震えていたのだ。
・・・ここはどこだろう。
暗く、怖い。
光がどこにも無い。
ここから出たいのに、出口がわからない。
どうしたらいいか何もわからない。
誰か・・・助けて・・・
そんな中、握りしめていた右手の中が優しく光っている事に気付いたのだ。
手の中には、とても小さな光る種。
でも、優しくて安心出来る光。
何だろう・・・
大事な事を忘れている気がする。
私はその小さな光る種を見て、思い出そうとしたのだ。
それを見ていると、恐怖や不安が少しずつ消えていく様な気がしたのだ。
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舞とブラック達は魔人の国がある世界に向かう為、洞窟を歩いていた。
私は急いで万全の準備をしたのだ。
私を誰よりも心配してくれているカクと、一番の理解者でもあるヨクの期待を裏切らない為にも、必ず精霊を助けて無事に戻る事を約束したのだ。
首元にはブラックが再度魔力を込めてくれたペンダントと、精霊からもらった小さな弓矢が優しく光っていたのだ。
そして肩に掛けていたカバンには必要になるかもしれない薬と、いくつかの鉱石の粉末を出来るだけ入れてきたのだ。
ブラックやジルコンはそんな私を見て心配そうな顔をしたが、私が待っていられる性分でない事を知ってか、一緒に行く事を駄目とは言わなかったのだ。
私は出来るだけみんなの迷惑にならないように、自分の身くらい自分で守れる様にしたかったのだ。
洞窟を抜けるといつもの優しい風が頬にあたり、とても心地よかった。
しかし、岩山や草原は変わらなかったのだが、明らかに精霊の住んでいた森は気配が変わっていたのだ。
森が消滅してしまった訳では無いのだが、人間の私が感じるくらいの恐ろしい場所に変わっている様な気がしたのだ。
それは以前森が侵食された時以上のとても不快な気配で、あの主たる者が関わっているとしか思えなかった。
そして魔人の街の方を見ると、そちらも以前とは違う雰囲気を感じたのだ。
何と言うか、ブラックの気配を強く感じたのだ。
「ねえ、ブラック・・・魔人の街だけど。
変な言い方だけど、向こうにもブラックを感じるわ。」
それを聞いてブラックは嬉しそうに答えたのだ。
「ああ、わかりますか?
実は街に結界を張っているのですよ。
私の力を込めた石を使ってね。
実は舞に渡しているペンダントから、ヒントを得て作ったんですよ。
入り口の制限があるのですが、私が一緒であればどこからでも街に入れますよ。
あ、舞やアクアは私がいなくても、その石があれば問題ないですがね。」
すでに黒い影達からの襲撃に備えていたとは、流石に魔人の王なのだ。
確かに弱い魔人では侵食される可能性があるのだ。
この国にいる人達を守る・・・大事な王の仕事。
それにしても、ブラックから貰った石を持っていれば出入り自由と言うことなら、アクアはかなり喜びそうな・・・
しかしブラックは付け加えたのだ。
「アクアに言うのを忘れてましたが、あえて言わなくて良いですからね。
少し、行動の制限があった方が良いと思いますしね。」
そう言って私の顔を覗き込んで笑ったのだ。
アクアがそれを知った時の様子を考えるだけでおかしかった。
何だか張り詰めた気持ちが、少しだけほぐれた気がしたのだ。
そしてブラックは、ジルコンに城に戻り街の防衛の要となる様に指示をしたのだ。
黒い影達の襲撃に備える様にと。
今までの黒い影達であれば、ブラックの結界で問題ないはずなのだ。
しかし、主たる者が街に現れた場合はどうなのだろう。
それも精霊の力を取り込んだ主たる者を考えると、ゾッとしたのだ。
「わかったわ、ブラック。
他の幹部にも連絡しておくわね。」
ジルコンはブラックにそう言って頷くと、私を見たのだ。
「舞、しっかりするのよ。
私ね、精霊を救えるのは舞だけな気がするの。
何の根拠もないけどね。」
そう言ってジルコンは私を抱きしめると、一瞬で消えたのだ。
ジルコンに言われたからではないが、私にもきっと出来る事があると強く思ったのだ。
そして私はブラックに掴まり、ユークレイスと共に森の入り口に瞬時に移動したのだ。
入り口から中を伺うと、そこは私が良く知っている森では無かった。
精霊の本体である大木までの一本道はあるにはあるのだが、その周りの植物達は以前の様な侵食された状態というより、植物自体が怪しく変化をしていたのだ。
それはまるで黒翼国にある光の届かない地下の森を、私に思い出させたのだ。




