32話 侵入
魔人の国では結界の準備が整っていた。
幹部達をはじめ、国のほとんどの者がブラックの行動に注視していた。
五百年前この世界に移り住んでからはもちろん、以前の世界においても、今までこんな大それた魔法を使う事は無かったのだ。
魔人の世界は、魔人の強さが物を言う世界でもあるが、見ただけでその人物が自分よりも格上か格下であるかはわかるようなのだ。
その為、明らかにブラックが強い魔人ではある事はみんな知っていたが、ブラックの力を目の前で見た事がある者は少なかったのだ。
その為、今回魔人の国全体に張られる結界を作る魔法を、みんな一目見たかったのだ。
魔人の城を中心とし国を囲むように、五方向にブラックの魔力を込めた石を設置したのだ。
そして城の一番上にはアクアがドラゴンの姿で待機しており、ブラックはその背中に乗り立ち上がったのだ。
左手を天に向けると、ブラックは目を閉じたのだ。
すると、青白い光が手のひらから溢れ出し、五方向に放射状に線を描き飛び散ったのだ。
すると各石の場所で待機していた幹部達が、問題なく設置されている石に魔力が到達したかを確認していたのだ。
その五つの石に青白い光が到達すると、薄水色の半円の大きなドーム状の結界が魔人の国を包んだのだ。
それを見た他の魔人達はオーっという歓声を上げ、拍手が鳴り響いたのだ。
そしてその結界は、はじめは薄水色をしていたが少し時間が経つと透明となり、見た目では結界が張られてあることはわからなくなったのだ。
この結界から出る為には、五箇所のブラックが魔力を込めた石のある場所のみとし、そこでは検問を厳しく行う事となったのだ。
ブラックが城の執務室に戻ると、幹部達も次々に入ってきた。
「ブラック様、流石です。
なんて素晴らしい結界でしょう。」
ユークレイスが目を輝かせてブラックを褒め称えたのだ。
「そうね、すごい素敵な魔法だったわ。
あの石を使うのはいい案だわ。
だけど、あの五つの石に魔力を込めた事でだいぶ力が弱ったのじゃないの?」
ジルコンはソファーに座って、笑いながら話したのだ。
「ああ、大丈夫。
もう復活してるから心配ないですよ。
石を使う事で、一時的な魔力の消耗で済んだのでね。」
「舞に渡しているペンダントから考えついたとはすごいな。」
アクアはそう言いながら、執務室に置いてあったお菓子を頬張ったのだ。
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魔人の国で結界が作られた頃、『大地と闇から生まれし者』の興味は人間の国へと向かっていたのだ。
主たる者は、同胞よりもたらされた情報から、転移の洞窟の話を聞いていた。
闇に紛れて何百年ぶりに自分の作った空間から出てみたのだ。
久しぶりに感じる外の世界は、自分の刺激となるものばかりであった。
星明かりの下、心地よい風が吹くこの世界を情報としてではなく、自身で感じる事が出来たのだ。
主たる者は同胞と共に洞窟へと向かったのだ。
警備の者はいたが、闇に紛れて洞窟の中に入る事は難しくなかったのだ。
魔人には簡単に侵食出来ない事はわかっていたので、静かに闇に染まりながら黒い影の集団として洞窟に入ったのだ。
だが、先に進むに連れて出口から明るい光が差し込んでいるのが見えたのだ。
先程の世界と同じで、昼と夜を繰り返す事は知っていたので、こちらの世界が夜になるのを待つことにしたのだ。
今や洞窟を行き来する者がほとんどいなかった為、静かに闇に溶け込んでいた集団を見つける者は無かったのだ。
しかし、しばらく待っていても洞窟の出口からは明るい光が消える事が無かったのだ。
「どういう事だ・・・」
主たる者は苛立ちを募らせたのだ。
同胞が先に出口に向かうと、後から向かった同胞達は戻ってきたのであるが、先に行った者は洞窟の出口の強い光で消滅したと、伝えてきたのだ。
ただ、その光の先には暗闇が広がっている事が確認できたようで、これから向かう世界が夜である事はわかったのだ。
人間が強い光をもたらす何かを置いたのだと、主たる者は考えたのだ。
そして簡単に人間の国に行けない事に、より腹立たしさを増したのであった。
「全く、人間という種族は大きな力が無い為か、知恵を働かせる事には長けているのだな・・・
まあ、こちらにも考えはある。」
そう呟いて、主たる者は躊躇せず周りの同胞を自分に吸収しはじめたのだ。
そして主たる者の周りを大きな渦のように同胞で固めると、回転しながら洞窟の出口に勢いよく進んだのだ。
出口は日中を思わせる光で満ち溢れていた為、向かって行った黒い影の集団は外側から消滅しはじめたのだ。
そして何とか出口を通過出来たのだが、その時には黒い影の集団の大きさは半分以下となっていたのだ。
それに強い光による、エネルギーの消耗も非常に大きかったのだ。
せっかく人間の世界に入り込む事が出来たのだが、『大地と闇から生まれし者』達は闇に溶け込み復活の機会を伺うしかないほど、弱ってしまったのだ。
かなりの同胞を消滅する事となり、自身もエネルギーを減らした事で、主たる者は人間への興味から憎悪へと変わっていったのであった。




