177話 五十年の思い
「本当に・・・舞なんだね。
もう、二度と舞には会えないんじゃないかと思っていたんです。
それに、今私の目の前にいる舞は昔と同じ姿・・・舞のオーラは同じでも違う人物ではないかって、不安だったんだ。
人間にとっての五十年は長すぎるから。
だから、私は怖くてね・・・
私の知っている舞では無いんじゃないかとね。」
ブラックはそう言うと私の手を握りしめて、涙を浮かべていたのだ。
私だけじゃなかった。
ブラックも怖かったんだ・・・
「ごめんなさいね。
こっちの時間がこんなに過ぎていたなんて。」
私は止まらない涙を拭いながら話すと、ブラックは一瞬で私を別の場所に連れて行ってくれたのだ。
それは人間の世界に繋がるトンネルの入り口だった。
ブラックは私の手を握りしめたまま、歩き出したのだ。
「この壁画・・・
あの者に描いてもらったんですよ。
翼国人として生きていた魔人の彼に。
絵が上手かったのを覚えてますか?」
「もちろん覚えているわ。
彼は今は自由なのね?
素敵な絵を描く人だったわ。」
「ええ、そうでしたね。
私はここに、長い黒髪で黒い瞳の少女を描いてもらったんです。
人間にも魔人にも、舞の事を覚えていて欲しいと思ってね。
私は舞に会いたいと思うと、ここに来てたんですよ。
それに、よく見てください。
この絵の中に出てくる人間、魔人、翼国人はみんな助け合っているのですよ。
私達がそうだったように。
誰もがそうあって欲しいと願いを込めて。」
「私はブラックに会うのが正直怖かったの。
後で説明するけど、私が自分の生まれた世界に戻って闇の創造者が消えてから、私の中の時間はまだ1日も経っていないの。
でもここに来たら、五十年もの時間が経過していたの。
だから、いなくなった私の事なんて、もう過去の人間としか思っていないかなって・・・
それで、さっきの場所で悩んでいたのよ。
城に行くべきかどうか・・・」
「舞・・・私は舞に会えなくなってどうしたら良いか分からなかった。
でも、森の精霊が言ってくれたんです。
自分達が舞から託された事をしながら、舞を待とうって・・・
その為の長い時間はあるはずだって。
だから私が舞から言われたように、魔人の王としてしっかりとこの国を治めることにしたんです。
そうしながら、舞を待とうって。
もしかしたら、舞本人にはもう会えないかもしれないとも思いました。
でも、舞に繋がる誰かにはきっと会える気がしてね。
その時に舞の話が出来るように、私は全てを忘れない事にしたんです。
だから五十年たった今、以前と同じ姿の舞を見た時、正直怖かった。
舞では無いかもしれないって。
でも、私が知ってる舞のオーラなのは確かだった。
だから、恐る恐る声をかけたんですよ。」
「どうして、私があそこにいるとわかったの?
もう、ブラックのペンダントも、指輪も無くなってしまったのに。」
「どうしてだろう・・・
舞がいなくなってから、定期的に洞窟を訪れてはいました。
でも、何故か今日はとてもこの洞窟の絵が見たくなったんですよ。
それでここを訪れたら、舞の気配を感じたんです。
本当に驚きました。」
ブラックは少し考えた後、顔を緩めたのだ。
「あの時もそうでした。
初めて舞と話した時。
あの時・・・舞と話してみたいと思って洞窟に行ったんですよ。
そして、思いがけず舞に会えた。
・・・不思議ですね。」
「あの時は、私が何日か洞窟の近くをウロウロしていたわ。
考える事が同じだったのね。」
「舞・・・時間の流れとともに変わってしまった事も沢山あるかもしれない。
でも、変わらないこともあるって今はしっかりと思える。
私は舞に久しぶりに会って思ったんだ。
もう、私の前からいなくならないでほしい。
ずっと私の側にいてほしい。
以前は、やりたい事をやったらと言ったけど、もう我慢はしたくないのです。」
ブラックはそう言うと、真面目な顔で私を見て、強く手を握りしめたのだ。
「私は、魔人の王に見合う女性になったらブラックの所に行こうと思っていたの。
だって、こんなただの人間が王様の側にいるなんて、きっと納得しない人達も出てくるわ。
だから、今までみたいにたまに会えるだけで十分なのよ。
それに、ケイシ家の人達や森の精霊も私の居場所を作ってくれていたのよ。」
・・・私は嘘をついたのだ。
本当は、今すぐにでもブラックの側に行きたかった。
でも、私はその気持ちを飲み込んだのだ。
ブラックは魔人の王で、私はただの人間・・・
「ああ、森の精霊の薬屋については知っていますよ。
舞がいつ戻っても良いように、以前から準備をしていたからね。
でも・・・舞は勘違いしているよ。
もう、この国の人達は舞をただの人間だなんて思っていない。
あの時、舞が闇の創造者を連れて行ってくれなかったら、この国も人間の国もこんな風に安心して暮らせる国にはならなかったはず。
みんなにとって、消えた舞は救世主の様な存在なんです。
その証拠にこの壁画・・・私の指示がなくても、とても大事にされているんです。
定期的に修繕されているし、大人達はこの壁画の話を子供達に伝えてくれているみたいで。
それは人間の世界でも同じ・・・
だから、安心してほしい。
私なんかより、舞はすごい存在になっているんです。
だから、何も考えず、私の所に来てほしい。
もちろん、森に仕事に行くのはいいですよ。
私の近くで、やりたい事をやって欲しいんです。」
ブラックはそう言うと、私の首に綺麗な青いペンダントをかけてくれたのだ。
そして、私の左手の薬指に約束の指輪をはめてくれたのだ。
「いつ舞に会っても良いように、持ち歩いてたんですよ。」
「五十年も・・・」
「ええ、たかが五十年です。」
「・・・本当にブラックの側に・・・いてもいいの?」
「もちろんです。」
私は嬉しくて涙が止まらなかった。
ブラックはそんな私の目元に優しくキスをして抱きしめてくれたのだ。
先の事はわからないけど、今はブラックを信じて、ブラックの近くにいられる事を幸せに思う事にしたのだった。