174話 戻った世界
舞は自分の周りの白い光が消えると、さっきとは別の場所に移動している事がわかった。
横にいた、あのフードを被った者はいつの間にか消えていたのだった。
白い光が消える頃には、私は慣れ親しんだあの匂いを感じる事が出来たのだ。
それは薬華異堂薬局本店に漂う匂いと同じで、私を落ち着かせてくれる大好きな匂いなのだ。
だから、ここはケイシ家の薬草庫に他ならなかった。
以前と変わらないではないかと少しホッとしたのだが、辺りをよく見回すと、薬草庫の中は少し違っていたのだ。
以前は木造の建物であったが、壁が石やレンガの様な作りに変わっていたのだ。
薬草が保存されている瓶なども以前とは違い、気密性の高いものに変わっているようだった。
やはりあのフードを被った者が話した通り、私がいない間にこの世界の時間は、かなり進んでしまったらしい。
私がため息をついた時、突然薬草庫の扉がギーッ開いたのだ。
振り向くと、そこには一人の青年が立っていたのだ。
外が眩しかったので顔までは見えなかったが、その人物は私を見るなり叫んだのだ。
「おじいちゃん、大変だ!」
私が声をかける前に、外に駆け出して行ったのだ。
まずい・・・泥棒か何かと思われたかもしれない。
私は手の中の小石を見て、不安になったのだ。
結局私は、この小石を壊す事が出来なかったのだ。
だから、カクとヨクには私の記憶は無いのだ。
ましてや、時間がどのくらい経過しているかもわからない。
とりあえず、ここから離れなくちゃ・・・
そう思った時、先程駆け出して行った青年が戻ってきたのだ。
「あの・・・私は怪しい者ではないの。
ここには、カク・・・いえ、ケイシ家の人はいるかしら?」
どう話しても、怪しく思われてしまうだろう。
困ったと思いながらチラッと彼の顔を見ると、そこにはカクに瓜二つの顔があったのだ。
「え?・・・カクなの?」
私は混乱したのだ。
すると、横から高齢の男性が顔を出したのだ。
私はその男性の目を見た時、手が震えて持っていた小石を落としてしまうほどの驚きしかなかったのだ。
ああ・・・なんて事だろう。
ある程度は覚悟していた事なのに。
こんなにも時間が経ってしまっているなんて・・・
一瞬ヨクを思わせる風貌であったが、その優しい瞳を見た時に、すぐに分かったのだ。
私はこぼれ落ちる涙を堪える事が出来なかった。
ぐちゃぐちゃな顔で泣きじゃくる私と同じように、その優しい瞳の持ち主は、涙で顔を濡らしながら私に駆け寄り、抱きしめてくれたのだ。
「舞・・・お帰り。
ずっと待っていたよ。」
こんな風に躊躇なく私に抱きついてくる人なんて、どこの世界を見ても一人しかいないのだ。
「ただいま、カク。
ごめんね、遅くなっちゃったね。」
○
○
○
その後、私達はお屋敷に移りこれまでの話をしたのだ。
先ず、最初に会った青年はカクの孫のタクと言うらしい。
あの闇の創造者の一件から、五十年という月日が流れていたのだ。
そして、ユークレイスにより私の記憶を抜き取られていたが、数日後に記憶は戻ったらしい。
後日、ユークレイスが記憶の小石のコピーを持っていて、元に戻してくれたらしいのだ。
だから、私の持っている小石はなんの意味も無くなっていたのだ。
カクとヨクはいつか必ず私が帰ってくるはずと、信じてくれていたのだ。
だから、いつでも私がすぐに使っても良いように、以前の私の部屋を綺麗に保っていてくれたのだ。
そして人間にとっては長い年月の間に、ヨクはこの世を去り、カクも結婚して、孫まで授かる歳になっていたのだ。
その間にも、ケイシ家では私や薬の事を忘れないように、子供や孫達にまで言い伝えて来たらしいのだ。
だから、黒髪で黒い瞳の人間を見た時、躊躇なくカクを呼びに行ったのだった。
「ごめんね、私・・・あの時勝手に秘密の薬の書物を焼き払ってしまったわ。
闇の創造者にあなた達が利用されるのが嫌だったのよ。」
「わかっていたよ。
これを見て。」
そう言ってカクは少しくたびれた書物を出してきたのだ。
「あの後、記憶をたどって作ったんだよ。
舞と同じで、暗記できるくらいあの本は読んでいたからね。
それに、あれだけ一緒に薬を作ったじゃないか?
忘れるわけがないよ。」
その本を開くと、私が焼失させた古びた秘密の本に書かれていた内容と同じだったのだ。
「カク・・・すごいね。」
「今は王室の薬師の取りまとめをやっているんだよ。」
「立派になったね。
ヨクも喜ぶわ・・・
私は・・・自分の世界に転移してから、すぐにこっちに戻ってきたのよ。
だから、不思議に思うかもしれないけど、私にとってあの一件はついさっきのことなの。」
「・・・舞の姿を見ればわかるよ。
五十年前と変わらず、綺麗な黒髪で力強い黒い瞳の舞を見れて本当に嬉しかった。
舞に初めて会った時を思い出したんだよ。
本当にありがとう。」
「カク・・・ヨクに挨拶に行きたいな。」
「そうだね、案内するよ。
最後まで舞を心配していたからね。
帰ってきた事を報告しないと。
やっと安心して静かに眠れると思うよ。」
そんな風に話すカクを見てると、少しだけヨクと話しているような気持ちになったのだ。