171話 新たな疑問
舞の目の前の黒い塊はだんだんと形が崩れ、風に吹かれるように跡形もなく消え去ったのだ。
闇の創造者は、この場所がどこか理解する事なく、あっという間に消滅したのだった。
私はすっかり忘れていたのだ。
向こうの世界に存在した転移の魔法陣は、全てアクアに燃やしてもらった。
だから、ここに戻る事はもう出来ない、父と二度と会う事は出来ない・・・そう言う覚悟でいたのだ。
しかし実際は違っていたのだ。
森の精霊には、以前転移の魔法陣を森に作ってもらった事があったのだ。
そして、この世界に来ても、彼とは種を通じて問題なく連絡がとれたのだった。
こんな大事な事を何で忘れていたんだろう・・・
私はホッとしてペタリと床に座り込んだのだ。
そして仰向けに転がり天井を見ながら、大きく深呼吸したのだ。
もう、これで終わったんだ・・・
闇の薬を使う事がなくて良かった・・・
何だか、疲れたな・・・
私はいつの間にか眠りに落ちたのだった。
どのくらい経ったのだろう・・・
目を覚ますと、窓から夕焼けを見る事が出来た。
私は急いで精霊に連絡を取るために、いつも胸元にある小袋に手をかけようとしたのだ。
確か、種がまだ三粒あったはず・・・
そう思っていたのだが、胸元に置いた手には小さくなった弓矢も小袋も触る事が出来なかったのだ。
すぐに周りに落ちているのではと見回したのだが、私が探しているものを見つける事は出来なかった。
転移の前に落としてしまったのだろうか・・・
まずい・・・
ホッとしたのは束の間で、私はポケットやカバンに入ってないかと色々探したのだ。
しかし、見つけることが出来たのは、いくつかの小さな光る石だけだった。
そうだ!
これはカクやヨク、オウギ王の中の私の記憶・・・
これを破壊すれば、みんなの記憶が戻るはず・・・
そうすれば、向こうの世界からきっと連絡が来るはずだわ。
・・・いや・・・本当にそうだろうか・・・
別の世界でこの小石を破壊してしまったら、もう記憶は戻らないのでは・・・
私は手のひらに置いた小石をじっと見て考えていたのだ。
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ブラックは自分の城の執務室で目覚めた。
私は、気付くと見慣れた部屋のソファで横になっていたのだ。
幹部達がここまで連れてきてくれたのだろう。
ジルコンやユークレイス達が、心配そうな顔で私を見ていたのだ。
私は飛び起きて周りを見回したが、舞の姿を見つける事は出来なかった。
「舞は?
ジルコン、あの後舞はどうしたのですか?」
ジルコンはユークレイスの顔を見た後、少し困ったような表情をしたのだ。
「舞はきっと大丈夫よ。
すぐに戻ってくると思うわ。」
ジルコンの言葉は、まるで自分自身に言い聞かせるようだった。
私が寝ている間に、舞は闇の創造者を連れて自分の世界に転移したらしい。
それから数時間たった今も舞が戻ってくる気配はなかったのだ。
闇の創造者を失ったマキョウ国の王は、意識を取り戻したザイルの助言もあり、軍を撤退させたらしい。
そして、サイレイ国のシウン大将達も国境にある防御壁の修復や街の沈静化への指示など、忙しく動いていたようだ。
そんな中、寝ていただけの私はなんて情けないのだ・・・
私はジルコンから、舞の転移には森の精霊が関わっているのではないかと言われたのだ。
あの場所に、いきなり青く光る魔法陣が出現したと言う。
以前、森の精霊が魔法陣を出現させた所を、私も見た事があるのだ。
きっとそれに違いないのだろう。
そうなると、舞と最後に話をしたのは精霊か・・・
彼なら、何か舞の事で知っている事があるかもしれない。
私はすぐに彼の住んでいる森に向かったのだ。
森の入り口から中心まで続く一本道を歩くと、森の大きなエネルギーを感じる事が出来たのだ。
相変わらず、この森は生命力溢れる素晴らしい森なのだ。
それも、精霊のお陰なのだろう。
森の中心の広場に出ると、私が何も言わなくても葉や枝がガサガサと動き出し、人一人が通れるトンネルが作られたのだ。
私はその中を進むと、青年の姿の精霊が待っていたのだ。
相変わらずため息が出るほど美しく、今でも舞が彼を選ばなかった事が不思議でならなかった。
「ブラック、舞の事だね・・・
私も会いに行こうと思っていたのですよ。」
森の精霊はそう言うと、真面目な顔で私を見たのだ。
「何から話そうか・・・
舞は闇の創造者の所に行く前に、私に会いに来てくれたんです。
そして、舞の生まれた世界にある多くの植物を、受け取って欲しいと言ってきたのです。
薬の原料となる植物をここの空間で育てる事が出来れば、自分がいなくなった後も、色々な薬を作る事が出来るだろうって。
だから、今後自分に何があっても、助けに来る事はしないでくれと言われたんですよ。
自分の願いは、この世界の人達の助けになる薬を、ここで代わりに作って欲しいと。
それが出来るのは、あなたしかいないのだからと。
そう・・・言われたんですよ。
それでも、舞の動向はずっと気になっていました。
だからあの時も、舞の希望を叶えながら、舞を助ける方法は無いかと考えていたのですよ。
舞はあの時、闇の薬での消滅の道しか無いかもしれないと、思っていたのですよ。
元々その可能性があったから、私に植物を託したのでしょう。
だから、魔法陣を出したんです。
そうすれば、きっと舞ならどうすればいいかわかるだろうって。
そして計画通り、闇の創造者は舞の生まれた世界に行く事で、きっと消滅させる事が出来たんだと思うのです。」
「・・・思うと言う事は、あれから舞とは連絡が取れていないのですか?
あなたなら、舞の様子がわかると思っていました。」
「・・・以前は、舞が向こうの世界に戻っても、種さえあれば私は意識を飛ばす事が出来たのですよ。
しかし・・・今回はおかしいのです。」
そう言うと、手のひらに、小さな小袋と、優しく光る小さな弓矢を見せてくれたのだ。
「これは、私が舞に渡したものなのですよ。
それが、いつの間にか、私の本体とも言えるこの森の大木の所に落ちていたのです。
どう言う事なのか・・・」
その時、ブラックのはめている指輪が光ったのだ。
すると、優しい光と共に、ブラックの指輪に宿りし者が現れたのだ。
「やあ、二人とも。
ちょうどその事で話があったんだ。
舞と一緒に僕の片割れも向こうの世界に行ってしまったから、前回みたいに鉱石の光が失われるのかと心配していたんだよ。
でもね、あの後少ししたら、僕の片割れは魔人の城に指輪と共に戻っていたんだよ。
確かに、舞の生まれた世界に行き、闇の創造者の消滅は見届けたらしいんだよ。
だけど、その後気付くと魔人の世界に戻っていたんだって。
あいつも理由がさっぱりわからないって。」
「それって、何か別の力が働いたと言う事でしょうか?」
ブラックはそう詰め寄ると、指輪に宿りし者は困った顔で後退りしたのだ。
「だから、僕もわからないんだって!」
三人はそれぞれため息をつくと、黙って顔を見合わせたのだった。