169話 欲張りな決意
ブラックは闇の創造者との融合を約束通り受け入れようとしていた。
勿論、自分の身体の自由があるうちに自身を消滅させる事で、闇の創造者を道連れにするつもりだった。
ただ、その前に舞に危険が及ばないようにしなくてはと考えていた。
ブラックは、舞が素直に言う事を聞かない事をわかっていた。
ブラックは舞を向くと、黙って左手を上に向けたのだ。
そして、ブラックは自分自身と目の前の闇の創造者のみを囲む結界を作ったのだ。
誰にも邪魔される事もなく、誰にも危険が及ばないようにだ。
舞とブラックの間には見えない壁が作られたのだった。
目の前のブラックに触れる事が出来ないとわかった舞は、少しだけ驚いたような顔をしたが、取り乱す事はなかった。
実は、舞はブラックの行動を予想していたのだ。
だから今の状況は、それほど驚くことではなかった。
舞がこの場所に来る前に、ある者にお願いしておいた事があったのだ。
もしも、ブラックが結界を作るような事があったら、自分だけはその中に入れるようにして欲しいと言う事、そして創造者達の消滅の時間が近づいたら知らせて欲しいと言う事を・・・
そう、それが出来るのは、この世界の創造者だけなのだ。
そして、光と大地の創造者から、消滅まであと数時間と知った舞は、闇の創造者の前に向かう事を決めたのだった。
舞は、結界の中のブラックを見てため息をついたのだ。
私は欲張りだ・・・
結界の中のブラックを見たら、このまま会えなくなるのだけは絶対に嫌だと思ってしまったのだ。
最悪、私がブラックと一緒に消える事でこの世界が今まで通りであるならばと思っていた。
けれど、やっぱりそんな結末は嫌なのだ。
私の短い人生を、このまま終わらせたくないのだ。
最後まで、自分の出来ることであがいてみたい。
私は諦めが悪いのだ。
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ブラックは結界を作ると、目の前にいる黒い煙の塊に向き直った。
闇の創造者は満足気な様子で、ブラックに声をかけたのだ。
「・・・なるほど、他の者に邪魔されたくないと言うわけか。」
「舞を傷つけたく無いですからね。
これは私とあなたの問題ですから。
そして、私の大事な者達に手を出さない約束ですよ。」
私は冷静にそう答えると、目の前の黒い塊の動きに、全神経を集中したのだ。
闇の創造者が私の身体に入ってくるほんの一瞬を逃してはいけないのだ。
自我が失われる前に、必ずやらなくてはいけないのだ。
「ああ、わかっている。
魔人達は大事な私の仲間となるのだからな。
あの娘も私がブラックと融合すれば、気持ちが変わる事だろう。」
私は最後に舞の姿を目に焼き付けようと、舞を見たのだ。
すると、舞の黒い瞳は力強く、そして美しく輝いていたのだ。
よく見ると、精霊から貰った優しい輝きを放つ弓矢を手に持っていたのだ。
まさか・・・
「舞、この結界の中にはもう入れない。
無理だ、止まるんだ!」
舞は私を見て少しだけ顔を緩めると、歩きながら弓を構えはじめたのだ。
「ねえ、ブラック。
あなたは、きっと闇の創造者には逆らえないわ。
この世界に生きる者は例外なく無理なのよ。
でも、私は違うわ。」
舞はそう言うと、さっきは見えない壁で入れなかった結界の中に問題なく進む事が出来たのだ。
横にいた闇の創造者は、全てを理解したようだった。
「光と大地か・・・
いつからこの娘の味方になったんだ。
我らはお互いを干渉しないはずだろう。」
そう言って天を仰いだのだ。
すると、この結界の中に声が響いてきたのだ。
「闇の邪魔をしたわけではない。
我らはその娘の希望を叶えただけに過ぎない。
その中に入りたいという希望をだ。」
「まさか・・・どこまでこの娘は知っているのだ?」
「我らは娘の知りたい事を教えただけだ。
我らの消滅の時間。
生けるものは、いずれは消滅する事がこの世界でも例外ではないはず。
我らとて、何者かに作り出された存在に過ぎないのだろう。
抗うのは勝手だが、我らが闇の為に隠すことなどではないはず。」
「・・・知ったところで、この娘には何も出来ないだろうがな。」
そう言いながら、黒い煙の姿の闇の創造者が笑っているように見えたのだ。
しかし、舞は動じることなく、力強い瞳で睨んだのだ。
「そうかしら?
少なくとも、あなたの計画を潰す事は出来ると思うわ。
ブラックとの融合なんてさせないわ。」
舞はそう言うと、私の首に手を回し頬にキスしたのだ。
そして私に小さな声で『おやすみなさい』と言って、すぐに離れたのだ。
気付くと、私はいつの間にか金色の優しい光に包まれていたのだ。
舞が何かの薬を使った事はあきらかだった。
「舞、何をしたんだ・・・」
私はすぐに意識が遠くなり、立っていられなくなった。
そして、徐々に瞼が重くなり、舞を見続ける事が出来なくなったのだ。
薄れゆく意識の中で、私の心はとても痛かったのだ。
ああ、また舞に大変な思いをさせてしまうのか・・・
守られていたのは、いつも私の方ではないか。
私はなんて無力なのだ・・・
そして、どのくらい時間がたったのだろうか。
私が目を覚ました時には、全てが終わっていたのだった。