167話 ブラックの解放と闇の薬
舞は目の前の状況に驚きと怒りに似た物を感じたが、大きく深呼吸をすると、すぐに気持ちを落ち着かせたのだ。
舞はジルコンにすぐにお願いしたのだ。
ジルコンは大地のエネルギーを少しずつもらう事で、大きな力を発揮するのだ。
そしてジルコンが、崩落した地面を元の状況に回復する力を持っている事を、舞は知っていたのだ。
私は目の前の闇の創造者に対して、少しだけ哀れみを感じていた。
人間のように短い人生が当たり前の者でも、生に執着する事はある。
だが、多くの人は、徐々に衰える自分と向き合いながら、死を受け入れる準備をしているのだろう。
しかし、闇の創造者は自分の終わりが来るとわかっていても、ギリギリまで以前と同じ力を持っている事で、消滅を受け入れる事が出来なかったのかもしれない。
だから、どんな形でも存在する事に執着する・・・可哀想な存在なのかもしれない。
だとしても、ブラックの拘束や、いま目の前にある状況を許す事は出来ないのだ。
私は、真っ直ぐに闇の創造者を見て話したのだ。
「ブラックを解放して。」
「そちらから来てくれるとは、探す手間が省けた。
ああ、いいとも。
さっき、ブラックから私と融合する事の約束を交わしたばかりだ。
お前や、魔人達の国を助けるためにも、自分が犠牲になるとな。
しかし、ブラックは勘違いしている。
私と融合は犠牲でも何でもない。
ブラックをより高みへと導く事であるのにな。
そして、私との融合のお陰でこの世界全てを手に入れる事が出来るのだよ。
お前は私の手助けをすればいいのだ。
ブラックの望み通り、お前を近くに置いてやるから安心しろ。
異世界から来た娘にしか、お前が作る薬の材料を揃える事は出来ないだろう。」
「融合?
単に、あなたがブラックの身体を永遠に乗っ取るだけじゃない?
ブラックはこの世界の支配など望んでいない。
すぐにでも、魔人の王を辞めてもいいと言う人なのよ。
そこに、ブラックの意思は存在しない。
そして、私もあなたに協力する事は無いわ。」
「なるほど・・・
まあいい。
お前が協力出来ないと言うなら、他の者でも良いのだよ。
他にも異世界に行く方法を知る者がいたはずだったな。
そうだな、その者にやらせればいいだろう。
そうなれば、ブラックには悪いがお前に用はないわけだ。」
「・・・いいえ。
今はもう、それを知る者はいないわ。
薬や転移に関わる書物、魔法陣などは全て焼き尽くし、消滅させたのよ。
そして、私や薬に関わった人間の記憶を、魔人の力で無くしてもらったの。
あなたなら、私が言っている事が嘘でない事がわかるんじゃない?
そして、その記憶は全て、この石に入っているのよ。」
そう言って、私はユークレイスにお願いして、抜き取った記憶の小石を指でつまみ見せたのだ。
ザイルの姿の闇の創造者は、少しだけ考えたように見えたがすぐに笑い出したのだ。
「はははは、その石を破壊すれば記憶が戻る事は知っているぞ。
お前から奪い、それを壊せば良いだけではないか。
人間ごときが!」
そう言うと、目の前にいた兵士の剣が私に数本向かってきたのだ。
ジルコン達が私を守る為に動こうとしたが、どうやら体の動きを止められたようで、何も出来ない様子が感じられたのだ。
私は予想をしていた事とは言え、正直怖くて目をつぶったのだ。
だが、剣が刺さる直前に青い光が私を包んだのだ。
ブラックからもらったお守りのおかげで、私は剣から守られたのだ。
「なるほど、ブラックの守りか・・・」
そう言って左手を私に向けたのだ。
すると私の胸元にあった、ブラックから貰ったペンダントの光が消えて、徐々に黒ずんだ石に変わっていったのだ。
私はそのペンダントを見て、落胆した気持ちでカバンの中に手を入れたのだ。
残念な事に、全てが想定した通りに・・・
「これが何かわかる?
全てを消滅に導く闇の薬よ。
この石・・・そして、ブラックも私と一緒にこの闇の渦の中に連れていくわ。」
「舞、そんな話聞いてないわよ。
あなたが犠牲になる事なんて無いわ!」
ジルコンが血相を変えて叫んだのだ。
「ジルコン、私から離れて!」
私はそう言ってジルコンを突き飛ばすと、ザイルの姿の闇の創造者に向き直ったのだ。
「私とこの薬だけは、あなたの自由には出来ない事を知っているのよ。
元々この世界の存在する物では無いのだから。」
「お前が消えても大きな問題では無いが、ブラックは別だ。
ブラックを見ればそんな気持ちも無くなるだろう。
それに、ブラックはお前を守る為に、そんな事はさせないだろうからな。」
そう言うと、私の持っていた結界のキューブがカタカタと動き出したのだ。
そしてキューブが明るく輝き出すと、結界が開き煙と一緒に一人の人物が現れたのだ。
そこには以前と変わらず、黒髪の端正な顔立ちをして、少し疲れた表情のブラックが立っていたのだ。
ああ・・・この人はこんな状況でもとても素敵で、私をこんなにもドキドキさせる人なんだろう。
私は久しぶりに目に映ったブラックを、しっかりと目に焼き付けようしたが、すぐに涙でよく見えなくなっていた。
手で涙を拭っていると、ブラックは私を優しく包み込んだのだ。
「心配かけました。
舞、会えて良かった。」
「ブラックが現れれば、一緒に消滅など考える事も無いだろう。
さあ、ブラック、娘が大事ならその薬を使う事をやめさせるのだ。」
ブラックはそんな闇の創造者の言葉を聞くと、私の目を見て、思念を送って来たのだ。
『舞、私は闇の創造者との融合などしないつもりだ。
私にできる事は私の中に入る直前に私自身を消滅させる事だと思っている。
そうすれば、あの者も一緒に消し去る事が出来るかもしれない。
だから、舞・・・無理はしてはいけない。
舞は私の一番大事な人なのだから。』
『ブラック、わかっている。
全てわかっているから・・・
だから・・・止めないわ。
でも、お願い、この薬を使って欲しいの。
これなら今消滅しても、核は残る。
だから、500年先か1000年先かわからないけど、いずれあなたは復活できる。
あなたを待っている人達がたくさんいるのよ。
だから、お願い。
そして、闇の創造者を欺くためにも私を一緒に・・・』
『それは出来ない。
舞はまだ残りの人生を楽しまなくてはいけない。
私のように、十分永く生きた者とは違うんだ。
自分の世界に戻る事も、この世界で今までのように過ごす事も出来るんだ。
だから・・・』
『大丈夫よ。
私は完全回復の薬を使っているのよ。
だから、闇の薬にも負ける事は無いわ。』
そう伝え微笑むと、ブラックはため息をついた後、強く抱きしめてくれたのだ。
私は心の片隅でゴメンと思ったが、これを伝える事はなかった。