165話 闇の進軍
ブラックは何も無い白い空間に閉じ込められてから、どのくらい時間が経ったのかわからなかった。
しかし、定期的に闇の創造者から、舞の無事を引き換えに、融合の話を持ちかけられていたので、それほど長い時間が経っていないのだと想像はついていた。
とにかく、この場所から出ない事には何も始まらない。
闇の創造者の申し出を受けると話し、外に出るしか無いのだろうか・・・
だが出たところで、創造者に逆らう事はできないのも確かなのだ。
融合した後の私はどうなるのだろう。
今の自分では無くなってしまう事だろう。
私の姿の闇の創造者の意思の下、魔人の世界が変えられてしまうのは耐えられないのだ。
きっと、人間の世界にも影響を及ぼすはずなのだ。
しかし・・・どうも闇の創造者は何か焦っているようにも感じたのだ。
私にはここにずっといても構わないと言いながらも、何度も融合の申し出をして来ているのだ。
以前訪れた第四の世界で会った創造者達が言っていた事・・・
近い将来消滅すると。
その時間が来たのだろうか。
そう考えていた時、再度、この何も無い空間に声が響いて来たのだ。
「どうだ、ブラック・・・考えは決まったか。
今、人間の世界では争いが始まろうとしているぞ。
あの人間の娘もただでは済まなくなるだろう・・・
さあ、考えは決まったか?」
「・・・舞と会う時間はあるのだろうか?」
「ああ、もちろんだ。
それに、あの娘が望めば、融合後もずっと我らのそばにいてもらう事としよう。
あの娘の作る薬は、私の望む世界には必要であるからな。
だから、安心するが良い。」
やはり、闇の創造者も舞の薬が必要と言うわけか。
そうであれば、舞には自分の世界に戻ってもらう事が必要となる。
・・・舞に伝えなければ。
そして私ができる事は、自身の始末のみなのかもしれない。
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サイレイ国とマキョウ国の国境ではしばらく動きがなかったが、マキョウ国の部隊から一人の人物がゆっくりと防御壁に歩き出したのだ。
サイレイ国の兵士達は、オウギ王からの指示のもと、こちらからの攻撃を仕掛ける事はなかった。
しかし、その者の異様な雰囲気にサイレイ国の兵士の誰もが狼狽えたのだ。
防具や武器も持たずに、丸腰で近づいて来るその者を、初めは使者か伝令の者かと思われたのだ。
しかし、その者から発せられるオーラは、普通の人間でさえ感じる事が出来る、強力な物であった。
それは背筋が凍る様な恐怖や不安をもたらすものであった。
たとえ、オウギ王から攻撃の指示があったとしても、手を動かす事も出来ず、黙って立っているしかなかったかもしれない。
しかし、そんな怪しい気配を察知して、防御壁の部隊に向かった者がいたのだ。
サイレイ国の軍部の幹部であるシウン大将であった。
シウン大将は到着するなり、その場にいる兵士達に叫んだのだ。
「皆の者、何をしている!
我々のやるべき事は何だ!
このサイレイ国を守る事が我らの役目では無いか!」
シウン大将が、その場にいる兵士達に喝を入れると、兵士達は目が覚めたように表情を変えたのだ。
目の前に得体の知れない者がいたとしても、自分たちのやるべき事は変わらないと。
シウン大将の言う通りだと、兵士達から口々に声が上がったのだ。
そして、シウン大将の一言で部隊の雰囲気が一変したのだ。
シウン大将は防御壁の上からその者を眺めた。
今まで魔人達や舞と一緒に立ち向かったどの相手よりも、暗く闇の深いオーラを発していると感じたのだった。
防御壁に向かっていたのは、ザイルの姿の闇の創造者だった。
人間を威嚇するかのように、いつも以上に闇のオーラを醸し出していたのだ。
そして壁の近くまで行くと、左手をそっと壁に向けたのだ。
すると、壁の一部が徐々に溶け始めたのだ。
もちろん、国境にあるこの防御壁はただの壁では無かった。
それは、鉱石を使用した魔法道具が設置されている壁で、侵入者を排除しようと、いくつかの仕掛けがあったのだ。
そして、風や火の鉱石を元に作られた仕掛けが発動したのだった。
・・・しかし、闇の創造者を取り巻くその空間だけは、時間が止まったように何も起きる事はなかったのだ。
本来なら風の盾の効果と同じような強風を作る事で侵入者を押し出したり、壁を攻略出来ないように炎の外壁に変化したりと、普通の人間であれば近付く事さえ出来ない壁であったのだ。
左手を壁に向けたその者は、涼しい顔をしたまま、壁に大きな穴をあっという間に作り出したのだ。
それを見たシウン大将は、すぐにサイレイ国側の穴の空いた壁の前に移動したのだ。
壁に空いた穴からゆっくりと歩いてくる者の顔を見ると、やはりそこには先日マキョウ国で会ったザイルだと、シウン大将は再認識したのだ。
後方のマキョウ国の軍の中には、あの王も控えている事も気付いていた。
だが、壁まで歩いて来たザイルは、シウン大将の知っている彼ではなかったのだ。
「ザイル殿!
ここからこちらの国に入ってくるようなら容赦はしない!
何が目的か!」
シウン大将が太い声で叫んだのだ。
「ほう、目的を早速聞いてくれるとはありがたい。
まずは、あの薬を作る娘をここによこすのだ。
そして、我々の進む道に賛同する事。
魔人の国を消滅する為に、一緒に戦うのだ。
これはお願いではないぞ・・・
時間を少しやろう。
王に急ぎ伝えるのだ。」
ザイルの姿の闇の創造者は、そう言ってニヤリとしたのだ。
「どちらも聞き入れられない事だとはわかっているだろう。
・・・お前はいったい誰だ!」
シウン大将は表情を変えずに、同じ口調で叫んだのだ。
「・・・残念だな。」
闇の創造者はそう言って一度振り返ると、無表情のまま両手を広げ、壁に出来た穴を広げ始めたのだ。
すると、待機していたマキョウ国の兵士達がサイレイ国側に向かって進軍しはじめたのだ。
しかし、シウン大将も見ているだけでは無かった。
国境に控えていた兵士達に喝を入れに来た時に、シウン大将自ら率いる精鋭部隊を引き連れて来ていたのだ。
鉱石から造られた防具や武器を備えた部隊は、人間の国の中では、最強の軍と言えただろう。
だが、目の前にいる相手にとっては、どれだけの効果があるのか、シウン大将でも分からなかった。
オウギ王から全てを任されて来たシウン大将としては、ここで退く事は出来ないのだ。
それに、オウギ王が言う通りに、これはデモンストレーションの一つであるのであれば、必ず向こうから、もう一度何かしらの条件を言って来るに違いないと、シウン大将は確信していたのだ。