164話 終わりへの準備
私はカバンの中に何種類もの漢方薬や生薬を詰め込むと、二階の自分の部屋に行き、魔法陣の上に立ったのだ。
父は仕事の為、外出中であった。
今日向こうの世界に帰る事は話してあったが、それ以上の事は何も話して無かった。
私は自分の部屋をゆっくりと眺めると、手に持っていた光の鉱石の粉末を頭上に投げたのだ。
光の霧が部屋全体に広がるとあっという間に魔法陣の中心に集まり、辺りは何も見えなくなったのだ。
霧が晴れると、そこはケイシ家の薬草庫の中であった。
私は薬華異堂薬局と繋がる秘密の扉を開けると、古びた書物を見つける事が出来た。
それは私が生まれた世界で見つけた書物と対になるもので、同じ内容がこの世界の言葉で書かれていた。
ハナさんが作ったケイシ家に代々伝わって来た書物。
私はそれを鞄にしまったのだ。
そして、足下にある魔法陣が描かれている布を手に持ち丸めると、それも鞄の中にしまったのだ。
そして薬草庫を出ると、目の前にあるケイシ家のお屋敷を眺めた。
カクやヨクと話したい事が沢山あったが、私は全て飲み込んだのだ。
今二人がお屋敷にいるかはわからなかったが、中には入らず、急ぎ魔人の国に向かったのだ。
転移の洞窟の周りには、以前よりも兵士が多数集まっていた。
私はここに辿り着くまでにすれ違った人達に、マキョウ国との状況を聞いてみたのだ。
どうも、私が自分の生まれた世界に行く前と変わらず、国境付近でマキョウ国の兵士達は待機しているようなのだ。
だが、動きのないマキョウ国に、街の人達は徐々に恐ろしくも感じていたようなのだ。
その為、サイレイ国の兵士も国境近くにある防御壁の内側に少しずつ増やしていったらしいのだ。
そして、それと同時に洞窟の周りにも多くの兵士が配置されたようなのだ。
私は転移の洞窟を抜けると、何の取り柄のない人間の私でさえ感じる事が出来る、エネルギー溢れる森に向かったのだ。
森の入り口から中心までつながる一本道を駆け抜けると、開けた場所に立派な大木を見る事が出来たのだ。
久しぶりに来たその場所には、何らやキラキラしたものが多数浮かんでおり、その木の素晴らしさを一層高めているように見えたのだ。
そして私が何も言わなくても、木々で出来た人一人が通れるトンネルがあっという間に出来上がり、私を導いたのだ。
中を進むと、いつもと変わらず美しい姿の彼が、とても悲しげな表情で私を迎えたのだ。
彼は、何でもお見通しなのかもしれない。
彼からもらった種や弓矢をいつも身につけていたからか、私の気持ちの揺らぎを一番わかっている人なのかもしれない。
そして、何も言わずに私を優しく抱きしめてくれたのだ。
「・・・大事なお願いがあるの。
あなたしか、頼める人はいないから。」
私がそう言って微笑むと、同じように微笑んでくれたのだ。
「舞の頼みなら、何でも聞くつもりだよ。」
森の精霊はあっという間にテーブルと椅子を作り出し、温かいお茶を出してくれたのだ。
今までどれだけ彼に助けられただろう。
きっと彼がいなかったら、私はここに立ってはいられなかったはず。
森の精霊が出してくれたカップからは、ハーブティーのような私の大好きな匂いが溢れていた。
あまり時間は無かったが、私はここでの時間を大事にしたかったのだ。
私は森を後にし、魔人の城に向かおうとした時である。
バサバサっていう羽音が頭上から聞こえて来て、黒い影が私の前に降り立ったのだ。
「舞!
迎えに来たぞ。
今から城に来るのだろう。」
ドラゴンの翼を広げたアクアが勢いよく現れたのだ。
「アクア!
来ている事がわかったのね。」
「当たり前だろ。
舞とはブラックの石で繋がっているんだからな。」
私はいつも通りに元気なアクアにとてもホッとしたのだ。
城までは一度洞窟まで戻らないと馬車などが無かったので、アクアが来てくれて助かったのだ。
私はアクアにつかまると、一瞬で魔人の城の前に移動したのだ。
王の執務室に入ると、幹部のみんなが揃って私を見たのだ。
いつもブラックが使っていた机に目を向けると、小さな結界のキューブが置かれていたのだ。
あれから、結界からブラックをどうにか出す事が出来ないか試行錯誤を重ねたらしいが、上手くは行かなかったらしい。
私はユークレイスにお願いしたい事があると伝えたのだ。
「・・・本当にそうして良いのですか?」
ユークレイスの青い瞳は、私の考えを探るように感じたのだが、それでもよかったのだ。
嘘偽りのない私の考えだったからだ。
「ええ。
彼らを守る為なの。
全てが終わった後に、元に戻してくれたら・・・
いえ、戻す必要は無いかもしれない。
とにかく、お願いします。」
「舞・・・他にも何か考えているの?」
私の話を聞いたジルコンは、私の肩に手を置いて心配そうに顔を覗き込んだのだ。
「・・・大丈夫よ。
それより、ジルコン。
あなたには大役があるのよ。
あなたじゃ無いと出来ない事なの。」
そう言った後、アクアを見たのだ。
「アクア、さっき話したようにお願いね。」
「舞、本当にいいのか?
あれが無くなってしまったら・・・」
「良いのよ。
それが、私の世界を守る為なの。」
私は自分が思ったより大きな声で話した事に、少しだけ驚いたのだ。
もう迷いは無いのだ。
誰も私のやる事に、反対する者はいなかったのだ。
この世界に生まれし者達は、手をこまねいているしか無い事がわかっていたからなのだ。
私の準備は整った。
後は、闇の創造者の前に立つだけ・・・