158話 地下の森の魔人
目の前のブロムは、初めて会った時とは全く違っていた。
いい意味で、変わったのだ。
クロムの死を乗り越え、今は次期王になる為の勉強中といったところだろう。
「舞さん、お久しぶりです。
ブラック様の件で、私が魔人の国にお伺いしようと思い、ここに来たのですが、ちょうど良かったです。
ここを警備している兵士達から、魔人の王が後で城にいらっしゃると話を聞いておりました。
しかし、中々現れなかった事と、国に帰った様子がないと言う事で、捜索隊を出そうかと心配していたのです。」
「ブロム、心配してくれてありがとう。
どうも、幹部の魔人は地下の森にいるみたいだけど、ブラックの気配を感じる事が出来ないのよ。
とにかく、私達だけで行ってみるわ。」
私はそう言ってアクアとスピネルの顔を見たのだ。
ネフライトの居場所がわかったからと言って、安易に近付くのは心配かもしれない。
もしかすると、ネフライトの中には闇の創造者がいるかもしれないのだ。
そうなると、私以外は誰も争う事が出来ないはず。
警戒しなければいけないのだ。
私だけで何が出来るのだろうか・・・
「・・・舞さん、では、私だけでもご一緒させてください。
この国の事なら、きっと力になれることがあるかと。
私を少しは頼ってくださいね。
舞さん・・・大丈夫ですか?」
「ブロム、ありがとう。
・・・そうだね、王子であるブロムがいてくれると、確かに安心だわ。」
そう言って、私は少しだけ顔を緩めたのだ。
私・・・ブラックが行方不明と聞いてから、全く笑っていなかったかも・・・
もしかしたらこんな状況になるかもしれないとわかっていたから、取り乱す事はなかったけれど・・・
ずっと力が入ったままだったかも。
・・・しっかりしなくちゃ。
私は大きく深呼吸をすると、アクアを見たのだ。
「さあ、アクア。
私を連れて飛んでちょうだい。
何があるかわからないから、直接移動しないで近くまで飛んでいきましょう。」
私達はスピネルを先頭に、地下の森に向かったのだ。
森の少し上をゆっくりと飛んで、ネフライトの気配の近くまで飛んだのだ。
暗い森は以前と同じ様に見えたが、以前の様な嫌な感覚はなかった。
それでも、森の中には私達を伺う何かしらの気配を、至る所に感じたのだ。
「舞さん、今は森の主のお陰で、地下の森の生き物達は穏やかなのですよ。
だから、気配を感じても心配する事はありませんよ。
しかし、森の様子を伺いにあの遺跡があったところに行くのですが、森の主どころか、遺跡さえ見つける事が出来ないのです。」
「そうなのね・・・でも、私が別れる時にまた会えると言ってくれたわ。
・・・必要があればきっと会えるわよ。
会えないと言う事は、それだけこの国もこの森も落ち着いていると言う事でしょうね。」
「なるほど、確かにそうですね。」
ブロムは私の話を聞くと、ニコリとしたのだ。
あの時はブラックを助ける為、幾度となく過去に戻った・・・
思い出すだけで、鼓動が高まるのだ。
ブラックを失うんじゃないか・・・あんな怖い思いは二度としたくないのだ。
だから、絶対にブラックに会わないと・・・
「もうすぐネフライトの反応がある場所に着くよ!」
スピネルからそう伝えられると、私達はゆっくりと森の中に降りたのだ。
やはり森の至る所から、こちらを伺う視線を感じたが、近づいて来る事は無かった。
ゆっくりと、ネフライトの気配がある方向に向かうと、少し開けた場所に着いた。
そこにはネフライトの姿は無かったが、広場の中心に小さな箱の様な物が一つ置かれていたのだ。
私達がそこに向かおうとした時、いきなり大きな衝撃が走ったのだ。
気付くと、私達はスピネルが作ったドームの中にいたのだ。
スピネルが、こちらに向かって来るエネルギーに一瞬早く気付き、ドームを作りダメージを受けた者はいなかったのだ。
もちろん、私はブラックからもらったペンダントがある限り、ある程度の結界で守られているので心配はなかったが、問題はその事ではなかった。
衝撃が放たれた方向をみると、そこにはあのネフライトが佇んでいたのだ。
その表情はいつも温和で真面目なネフライトとは違っていたのだが、創造者が体の中に入っている気配ではなかったのだ。
そうであるなら、私達を攻撃した事もネフライトの意思?
しかしその表情は、とても辛く思い悩んでいる様にしか見えなかったのだ。
「ネフライト、いったい何があった?
ブラックはどこだ!」
アクアがそう叫んだのだが、ネフライトは聞こえていないかの様に、大きく腕と足を動かし、衝撃風の様な物を起こし、こちらにぶつけて来たのだ。
だが、スピネルは風と炎を操る事を得意とする魔人であり、自分の近くに来た衝撃風は何事もなかった様に、柔らかな微風に変えたのだ。
「ああ、ネフライトにはこんな小細工は効かないね。」
そう言って、置いてあった小さな箱のような物を大事そうに拾い上げたのだ。
「ブラック様はこの中だよ。
申し訳ないけど、これは特殊な結界になっているから、ある方しか開ける事は出来ない。
私はその方にブラック様を託すまでお守りする役目・・・」
「何を言っているんだ。
何でそんな結界にブラックが囚われなくちゃいけないんだ。
お前はずっとブラックを裏切っていたのか?
ある方って、誰だ!
・・・何とか言ってみろ!」
アクアはそう言って威嚇の炎をネフライトに吹いたのだ。
しかし、ネフライトは身体を硬化させて鋼の様な身体に変えることが出来る特性を持った魔人であった。
話には聞いていたが、誰もがその姿を見るのは初めてだった。
アクアの吹いた炎に動じる事もなく、小さな結界の箱をしっかりと握っていたのだ。
ネフライトは大きな攻撃する力は無かったが、防御する力は抜群に強かったのだ。
だからこそ、ずっと幹部として重要な立場でいられたのだ。
「私はずっと昔から、ブラック様を守る為に側にいたのですよ。
それは今も昔も変わらない。
そして、ブラック様はとても素晴らしい魔人の王であり、今も尊敬してやまない存在なのだよ。」
ネフライトは遠くを見る様な表情で話したのだ。
「だからこそ・・・次のステージへの準備が必要なのだ。
みんな、わかってほしい・・・もう、取り返しはつかないのだよ。」
そう言ったネフライトの表情は暗く、何か迷っている様にも見えたのだ。
「そんな話を聞いているんじゃない!
ブラックを解放するんだ!」
ネフライトの発言は益々アクアをイラつかせたのだ。
そしてアクアが炎をもう一吹きしようとしているのを見て、私はアクアを止めたのだ。
「アクア、もうやめて!
こんな場所で炎を撒き散らしたら、木々に燃え移って大変な事になってしまうわ。
お願いだからもうやめて!」
私はアクアの腕を掴み、叫んだのだ。
「ねえ、ネフライト・・・本当にこれでいいの?
あなたはブラックの為と言っているけど、それはブラックの希望なの?
本当は、別の誰かの希望なんじゃないの?
それを叶える事が、ブラックの為?
犠牲になっているだけじゃないの?
それでいいの?
よく考えて・・・」
「舞殿・・・今の私はこうする事しか出来ないのです。
私がこれまでブラック様のそばに居られたのは、その方のおかげ・・・
逆らう事など・・・」
そう言いながら下を向くネフライトは、とても辛そうに見えたのだ。
「ネフライト・・・ブラックの側にずっといられたのは、あなただからよ。
何があったかわからないけど、ブラックがあなたを仲間と思い、信頼できる幹部であると思ったから、側においたんだと思うわ。
誰かのおかげなんかじゃないわ。
あなたは他の幹部達よりもブラックの近くにいたじゃない。
だから、ブラックが本当に望む事をよく知っているんじゃない?
お願い・・・それを渡して・・・」
私はそう言い、ネフライトの前に進んだのだ。
そんな私を見るネフライトは、とても怯えている様に感じたのだ。
闇の創造者・・・いったいどんな弱味を握っているのだろう。
どうであれ、ネフライトにこんな思いをさせる事に、私は怒りしか無かった。