156話 囚われた魔人の王
ブラックはネフライトの持っていた結界に囚われてから、ずっと考えていたのだ。
あのネフライトが一体どうしたのだろう?
何百年もの間、私のそばにいて、私を助けてくれた仲間なのだ。
私を裏切ったのか・・・
そんな事は考えたくないのだ。
特にネフライトは王になる前からの知り合いなのだ。
彼の真面目な性格はよく知っている。
私を陥れる為に、策略を練る様なタイプでは無い。
では一体何が・・・
私がこうしている間にも、魔人の国や舞にも何かあるのではと心配でならないのだ。
しかし・・・この中では思念も届かないし、ましてや舞に渡したペンダントやアクアの気配も感じられない。
今の私はなんて無力なのだ・・・
そう絶望していた時、静まり返った何も無い空間に、ある声だけが聞こえて来たのだ。
「ブラック・・・聞こえるか?」
一つの声が響いたのだ。
それは何処かで聞いた事がある声であったが、何者かはわからなかった。
「ああ、なんて可哀想なブラック・・・
信頼していた部下に裏切られるなんて・・・
魔人の王とて、魔力が吸収されれば、この結界の中ではただの人でしか無いな。
本当に可哀想に・・・」
「何者ですか?
あなたがネフライトに指示したのですか?
一体どういう事ですか?」
私はなるべく冷静を装ったのだ。
「ああ、私は何でも分かっている存在だ。
あの者は自分から私の手伝いをしただけに過ぎない。
ブラックにとっては残念だが、私が無理強いをしたわけでは無いぞ。
そうだ・・・ついでに教えてやろう。
お前の大事にしていた人間の娘・・・あの者にも危険が迫っているぞ。
この世界には存在する事が無かった薬を巡り、争いが始まる事となるだろう。
こんな所で、大人しくしていていいのか?
どうだい、ブラック?」
「どういう事だ!
私をここに閉じ込めることで、お前は何をしたい!」
私はその何者かの言葉を聞いて、さっきまでの冷静な態度を保つ事が出来なかった。
私は声を荒げたのだ。
「何を・・・
そうだな。
ブラックにはこの世界での高みを目指してもらいたいのだよ。
その為に私を受け入れてもらいたいのだ。
もちろん、強制はしない。
ここから出る為には、それしか無いのだがね。
そして、ここから出なければ、魔人の国も、人間の娘も救う事は出来ないのだよ。
さあ、どうする?」
「受け入れるとはどういう事だ?
私に変わって、私の身体を操るという事か?
そんな申し出は受けるつもりはない。」
「少し違うな。
我らは融合し、一つの生命に変わるのだ。
私の創造の力とお前の魔人としての力が融合すれば、この世界は我らのものなのだよ。
どうだ、素晴らしいだろう?」
「何が素晴らしいか全くわからない。
自分でなくなるなんて・・・ましてや私は強さなど求めていない。」
「まあ、そう言うと思ったが。
だが、このままそこにいても良いのか?
長い寿命のお前にとっては、ここに長らくいても大した事は無いだろう。
だが、人間にとってはどうだ?
考えればわかるな。」
目の前の者が言いたい事はわかっているのだ。
ここで時間を無駄にしている間に、舞が危険にさらられてるかもしれない。
もし、その心配がないとしても、二度と舞に会えなくなるかもしれない。
人間の寿命は短いのだ。
わかっているのだが、そんな簡単にこんな話に乗ることは出来ない。
きっと声の主は・・・私の想像が正しければ、この世界を作り出した存在か・・・
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マキョウ国を飛び立った舞達は、急いでサイレイ国に戻ったのだ。
ドラゴンの姿のアクアに乗った私達に誰もが驚いていた。
しかし、シウン大将が一緒にいた事で、大きな問題になることもなく、すぐにオウギ王と面会することもできたのだ。
シウン大将が王の執務室の扉をノックすると、中からヨクが出てきたのだ。
「おお、舞、いったいどうしたのだ!
やはり、向こうで何かあったのかい。」
心配そうな顔で私を見ると、中に入る様に促したのだ。
奥にいたオウギ王も立ち上がり、私達を迎えてくれたのだ。
「ご説明は私からさせてください。
私がいたにも関わらず、申し訳ありません。」
シウン大将はそう言って、敬礼したのだ。
私達は中に入ると、これまでの事をシウン大将が説明してくれたのだ。
「申し訳ありません。
もっと温和に城を出てくる方法もあったのかもしれないのですが・・・」
私はオウギ王にそう言い頭を下げたのだ。
これで、国同士の亀裂が深まったのは事実なのだ。
「いや、舞、気にする事はない。
舞を拘束しようとした向こうの方が問題なのだ。
こちらから出兵したとて、全く問題はないくらいだ。
まあ、向こうの出方を見るとするから、安心しなさい。
舞に何かあったら、亡きマサユキに申し訳が立たないからな。」
オウギ王はそう言ってヨクを見た後、ニコリとしたのだ。
目の前にいるオウギ王は、子供の頃に私の祖父に助けられたと聞いている。
祖父が作った薬で原因不明の病気から回復させた事がある様なのだ。
その祖父をこの世界に招いたのがヨクなのだ。
だから、以前からオウギ王はヨクに絶対の信頼をおいているのだ。
そんな事もあり、こんな私を大事に思ってくれているのだ。
私には気にかけてくれる人達がいて、本当に幸せ者かもしれない。
「ありがとうございます。
皆様にご迷惑をおかけして、申し訳ありません。」
そう言ったとき、アクアから思念が送られてきたのだ。
『舞、問題が起きた。
ブラックの魔力が感じられない!
額の石から力が感じられないんだ。
何かあったとしか思えない。
すぐに魔人の国に戻ることにするぞ。』
私は胸元のペンダントを見たが、変化は無かった。
これはブラックが魔力を込めたもので、その力を使わない限り魔力は失われないからだ。
それに、ブラックからこの石を使い私の様子を伺う事が出来たが、私からは無理なのだ。
そこが人間と魔人の違いなのかもしれない。
しかし、このペンダントと同じアクアの額の石は、一方向のアクセスとは違い相互に位置や様子を確認する事が出来るのだ。
そのアクアが血相を変えているのだ。
『闇』が動いたのだろうか?
少し前までマキョウ国にいたはず・・・あの存在にとって場所は関係ないか・・・
行かなくちゃ・・・
「舞・・・どうした。
何かあったのかい?」
ヨクが私の表情の変化を鋭く読み取ったのだ。
「ええ。
魔人の国に行ってくるわ。
ブラックに何かあったみたい・・・」